七年越しのバレンタイン
『七年越しのバレンタイン』
全身が震え、心臓が激しく波打つ。手には汗がじんわりと染み渡り始めた。
ありったけの勇気を出して、金色のリボンが掛かった真紅の小箱を、彼の前に差し出した。
「一馬、これ…受け取ってくれない?」
放課後の教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
それでも体育館からは、ボールの音と共に声が聞こえる。まだ、遊んでいる子がいるのかもしれない。窓から差し込む橙の夕陽のせいで、彼の表情がよく読み取れなかった。たった今、私は一世一代の告白をした。女の子の誰もが、勇気を振り絞って告白できる
大イベント、バレンタインデー。頑張って作ったチョコレートは、形こそ不恰好ではあるが、我ながらよく出来たと思う。彼の好きなアーモンドを入れた、甘さ控えめなチョコレート。
まさに、彼の為だけに工夫を凝らして作った一品だった。なのに、彼は「いらない」と
即答して、それを教室の隅にあったごみ箱に投げ捨てた。
「な・・・」
私は、たった今起きた出来事に対応できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
信じられないという表情で、私はそこで初めてちゃんと彼の顔を見た。
そこには、信じられないくらい冷えた鋭い瞳で見つめる彼がいた。
ピピピピピピッ
部屋に鳴り響くけたたましい電子音。その音で、悪夢から完全に覚醒した。
窓から漏れる朝の光と雀の鳴き声。
「ああ、そっか・・・今日は」
二月十四日、国民女子にとって一大イベント。また、男子にとっては期待と不安で
いっぱいの一日。そして、私にとっては悪夢の日。あの出来事から七年経ったが、
毎年この日に見る夢は、やっぱりあの出来事。それだけ酷くてショックが大きかった
のかもしれない。私は溜息をついて、ベッドから起き上がると顔を洗い、
ハンガーに掛かった制服を急いで着た。一階のキッチンに行くと、
そこには朝食を取っている父と弟、コーヒーを入れている母の姿があった。
「あら、おはよう。早紀ちゃん、早く食べなさい」
「うん。あ、祐介のパンもらうね」
そう言うと、たった今焼きあがったばかりのパンを、横から奪い取った。
「馬鹿早紀、俺のパンだぞ!おい、親父もなんか言ってやってよ!」
「ふむ、学校に遅れるぞ。早く食べなさい、二人とも」
「親父は早紀には甘いんだから!」
祐介の文句を無視し、急いで牛乳でパンを胃に流し込んだ。
「ごちそうさま」と「いってきます」を同時に言ってから、階段に置いてある
かばんを持って家を出た。腕時計の時刻は、七時を指している。
アイツが、家を出る時間帯は七時。その時間帯だけは、どうしても避けたかった。
アイツとの鉢合わせなんてごめんだ。幼馴染で高校までも一緒の西谷一馬。
私が唯一告白し、悪夢の原因を作った張本人だった。
しかし、会いたくない時に会ってしまうのが人生というもので……。
私が門を出ると同時に、彼が家から出てきた。「あ、早紀。おはよう」と神経を
逆なでしようとしてるしか思えない笑顔で、私に駆け寄ってきた。あの出来事から
七年経ったのに、彼と私の関係に変化は無かった。でも、この七年で彼も私も変わった。
あれから、彼に何かと付きまとわれるようになり、私は感情表現が乏しくなった。
唯一変わらないのは、私達の距離だった。
「今日は何の日か知ってるか?」
「さあ?」
彼があまりにも軽い口調で、爆弾発言をしたものだから、わざと私は惚けてみせた。
「バレンタインだぜ」
「だから何?」
「今年こそはチョコくれないのかなって」
そう言われた瞬間、この男を富士山の樹海辺りにいっそ埋めてやろうかと物騒なことを
考えた。そう考えるのは、当たり前。あれから、毎年こうやってチョコを要求してくる。
高校に上がってから、体格が男らしくなって身長も伸びた。
女の子達からモテるようにもなった。
「くれる子なんて沢山いるでしょ」
「だって義理じゃん」
「で…私が本命だって言いたいわけ?冗談はよしてよ。私はバレンタインなんて、
くだらないイベントに参加するつもりなんて無いもの」
「…」
「ねぇ、一馬。あなたは…」
その後に続く言葉が出なかった。これを言ってしまったら、私は後悔する。
もう、後悔して傷付くのはこりごりだ。もういい加減、この想いを忘れよう。
「なんでもない」と言って、一馬よりも先に歩き始めた。
だから気付かなかった、じっと私を見つめる一馬の視線なんて…。
私の後を追ってきた一馬は、何を思ったか私の腕を引っ張って、学校とは別の方向に
無理矢理私を連れてった。信じられないほどの強い力に逆らえず、
私は一馬に付いていくことしか出来なかった。
「離してよ!痛い!」
ようやく振り払うことが出来たのは、甘い雰囲気に包まれたピンク色の商店街の通りだった。
バレンタイン当日のせいか、活気に溢れていて、角にあるお菓子屋はチョコを買い求める人でごった返していた。
「お前さ、一回だけチョコくれたことあったよな。何でくれた?」
「何でって…たまたま買ったからよ。前からそう言ってるでしょ!」
「誰のために買ったんだよ!」
荒らげた声には、怒気が含まれていて何だか、責められているように感じた。
あの時と同じで、冷えた鋭い瞳をしていた。彼の視線が怖くて耐え切れず、
目を逸らして言った。
「誰でもいいじゃない、あんたには関係ないわ!だって、あんたは捨てたじゃない!」
「え……」
「私が……、私のチョコ捨てたじゃない!」
過去の記憶が鮮明によみがえってきて、泣きながら苦々しく吐き捨てて言った。
「だって、あれは…修一にくれたものだろ!?人から返されたものなんていらねぇ!」
「はぁ?修一って…まさか、修ちゃんのこと言ってるの?!」
「他に誰が居るんだよ」
拗ねたような口調の彼に、頭を抱えたくなった。こんな馬鹿な勘違いで私達は七年も、
それこそ馬鹿馬鹿しいすれ違いをしていたのか。そう思うと、呆れるのを通り越して、
いっそ笑いたくなる。
「……馬鹿、大馬鹿、超大馬鹿一馬!」
「バカバカバカバカって何だよ!」
「…私の友達は修ちゃんにチョコをあげたの。ラッピングが上手く出来ないから、
チョコ作り教えてもらう代わりにやってあげたのよ。全く同じラッピングで…」
そう、彼は勘違いしたのだ。私が修ちゃんに告白して、突っ返されたチョコを
義理チョコとして一馬にあげたのだと……。
「じゃあ……お前」
「正真正銘、本命よ」
「…っ」
「今更、ごめんとか言わないでよね」
「ごめん」
「だから、言わないでってば!」
今まで抑えてきた想いが溢れ出てきちゃう。宝箱の中に何重にも鍵を掛けたのに、
彼の言葉はその宝箱すらも破壊してしまう。
「本当に…ごめん」
宝箱の隙間から漏れ出す想いは、昔のままで色褪せてなかった。
きっと宝箱が破壊されたら、彼を許してしまうだろう。必死で取りつくろってきた
感情も吐露してしまうだろう。それでも、七年に渡ったこの恋の結末は
あと一言でケリがつく。
「今更だけど……俺も好きだよ」
ほらね?
やっぱり、彼の笑顔には勝てない。
きっと、これからも。
Fin.




