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最強シスコン執事の化学実験室(ラボラトリー)  作者: リア
第一章 化学者が執事と呼ばれるまで
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5話 力の及ばぬこと

 僕は授職の儀の帰路で、母に能力の使い方を尋ねた。しかし。


「私は使えないもの。知らないわ」


 とのことだった。言われてみれば当然である。


 母が見初められたのはほんの数年前だと言うし、父もわざわざ妾、それも黄色人種の、に能力を持たせようとは思うまい。


「そんなに使ってみたいのかしら」

「はい。それはもう」

「ふふ。ようやく子供っぽいことを言ったわね」

「子供ですから」

「今までの言動を顧みて欲しいわね」


 冗談である。


「アクオス、能力も良いけれど、それよりも先に魔法を覚えなさい」

「そうはおっしゃいますが、僕にはどうも魔法というものが理解出来そうにありません」


 そうなのだ。僕はこのファンタジックな世界において、魔法というものを行使したことがない。正確に言えば、出来ないのである。


 一応、母に習ってはみたのだが。


「こう、体にあるエネルギーを、びゅーんって飛ばす感じなのよ」

「それがよくわからないのです」


 と、こういうわけで、いまいち要領を得ない。一般に、5歳の段階で基本となる魔法は使用可能となるらしいのだが、僕に限ってはそれが全くもって訪れない。難儀なものである。


「腕をぐーっと伸ばす感じなのよ」

「わかりませんよ」


 恐らくなのだが、未だ僕の前世の常識がこびりついているせいではなかろうか。年を取ると変化に順応出来なくなるから困りものである。もともと頭が堅いというのも、要因として多分に含まれるだろうが。


「ところでお母様、教会の外にも随分と列が出来ていましたが、あれは全て授職の儀に並んでいたのですか?」

「ええ、そうね。毎年凄い行列なのよ。貴族様が集まるお祭りみたいになっているわね。こうして出店も出ていて、列は夜まで捌けることはないわ」


 国が広い分、治める貴族も多い。よって必然的に、儀式を受ける子供も多いのだ。


 遠隔地に領土を持ち、そこに暮らす貴族は、王都で宿泊もすることとなり、商人が食い付くというわけなのである。


「あら?」


 自宅を目前にして、門の前に馬車が停まっていることに気がついた。あれはおそらく。


「おかえり、アクア、アクオス」

「お父様。お久しぶりですわね」

「お父様、お久しぶりです」


 何を隠そう、今世の我が父、オルトルイス・ソリューシャその人である。銀髪碧眼の高身長で、威厳のある引き締まった顔立ちをしている。


「アクオスは相変わらずだな」


 しかし、息子に向ける緩んだ表情は、きちんと父親のそれである。ちなみに、彼も白人。能力は大層強力なものであるそうだ。実際に聞かされたことはない。


 ちょうどお昼時ということで、親子水入らず、食堂で食事を摂ることになった。


「お父様、お仕事の方は順調なのですか。最近また帰りが遅くなってらっしゃいますけれど」

「すまないな、アクア。家のことは任せっきりで」

「構いませんわ。ただ、あなたのお身体が心配なのです」


 父は、いわゆる外交官だ。日々隣国との話し合いに精神を削っているらしい。大変な仕事だ。僕より早く起き、家を出て、僕が眠った後に帰宅する。僕だって、そこそこ早寝早起きを習慣化しているのだが。とんだブラック企業である。


 ちなみに、領地経営の方は弟さんに一任しているそうだ。


 そこで、ふと気になった。


「お父様は、どうして今の職を選んだのですか?」


 僕は前世で、ただ好きだからという理由で化学者を目指した。見たところ、父は外交が好きで外交官を目指したというわけでもなさそうなのである。


 いったい何が、彼をそのような黒い仕事へ駆り立てるのか。


「どうして、か。それは家族を守るためだ」

「家族を守る、ですか」

「お前も結婚して、子供ができればわかる」


 生憎と、既に結婚は経験済みなのだが。


 しかしやはり、子供ができれば人は変わるものなのだろうか。


 食事中、僕の頭は、過去と今の家族のことばかり考えていた。


「ふむ。あらゆる液体を作り出す能力、か」

「はい。お父様は能力の使い方、ご存じですよね。ぜひご教授願えませんか」

「それは構わないが、これから仕事に戻らなければならない。また後日だ」

「心得ました」


 食後、父に能力の使い方を教わる約束を取り付けた。やはり父も、僕の能力には渋い表情を浮かべていたが、僕の意欲を尊重してくれたようである。


 さて、折角父がこの場にいるのだ。雰囲気を壊してでも、聞いておきたいことがある。


「お父様」

「何だ、アクオス」

「ティア様は、今どちらに?」


 父は目を見開き、僕の顔を見つめた。母が苦虫を噛み潰したような顔で僕を睨み付ける。しかし僕はそれを意に介さず、父を見つめ返していた。


「お前がティアーユと過ごしていたのは、確か3年ほど前までだったと思うが。お前は2歳の頃の記憶があるのか」

「はい。鮮明に記憶しております」


 キッパリ断言してみせると、父は大きなため息を吐いた。


「よもや隠しだては出来ぬか」

「お父様っ」

「良いのだ、アクア。アクオスは利口だ。きっと事情を理解し、受け入れるだろう」


 僕は心中でガッツポーズを繰り返した。第二の人生の半分を費やした悩みが、ついに今日解決するのだ。


「それに、今言っておかねば、屋敷中の部屋を探し回るやもしれんからな」


 父はニヤリと笑って、冗談めかした風に僕をからかう。実はその発言、正解なのだ。


 僕は今日の行きしなに、屋敷のどこかの窓で銀色が揺らめくのを見た。それを探そうと考えていたのだ。それをまんまと言い当てられたわけである。


 さては父の能力は、読心術なのではなかろうか。


 今はそんなことはどうでも良い。それよりもティア様だ。


「ティア様はどちらへ」

「ティアーユは今、この屋敷にいる。最上階の最奥だ。だが、アクオス。お前は決して近づいてはいけない。家督を継ぐ可能性のあるお前は絶対にだ」

「ティア様は、ご病気なのですか?」

「ああ。そうだ。いまやお前が知っているティアーユではない。顔は醜く腫れ上がり、局所的だが麻痺もしている。万が一お前に感染しては、この家の存亡にも関わるのだ。わかるな、アクオス」

「...はい」


 つまり、ティア様は病気で会いにはいけない、外出もできないというわけだ。


「それではな。くれぐれも、ティアーユの部屋には近づかないように」


 父はそう言い残して去っていった。


 時代柄、仕方がないのかもしれない。


「アクオス。今まで黙っていてごめんなさい」


 奇怪な病に侵された人間は隔離され、静かに死を待つ。


「構いません。お母様が謝ることではありませんから」

「アクオス...」


 それしか出来ないのかもしれない。

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