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最強シスコン執事の化学実験室(ラボラトリー)  作者: リア
第一章 化学者が執事と呼ばれるまで
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3話 5歳児の考察

 第二の人生を歩み始めて、早5年。


 赤子として扱われるこの数年間は、僕の精神をすこぶる痛め付けてくれた。最終的に、終末介護の延長だと考えることで事なきを得たが、それでも、授乳される感覚というのはなかなか堪えたものだ。


 兎も角、第一の目的であった言語の習得は辛くも達成し、語彙力はまだまだ足りぬものの、一応話し言葉の理解と発話は可能となった。


 それに応じ、この世界についてわかったことがいくつかある。


 一つ目。場所について。


 初日の予測通り、ここは地球ではない。テルリック大陸とかいう大陸の、モナーク王国とかいう王国らしい。


 そしてこのテルリック大陸にはもう一つだけ国がある。そちらの方が歴史は古く、モナーク王国はそこから独立した形だ。その割に領土はこちらの方が広いという、謎に満ちた国家である。そのあたりは追々調べていくとしよう。


 国家間の事情はともかく、この地域の気候は温暖湿潤。日本のように四季があり、冬には雪、夏前には梅雨が観測される。日本人としてはありがたい国である。とは言ったものの、そんな気候はこの近辺だけで、より内陸部では乾燥地が広がっているらしいが。


 二つ目。時間について。


 この世界では、時間の換算が地球と等しい。つまり、一日は二十四時間。一年は三百六十五日なのである。転生ビギナーにも優しい設計で、誠に助かっております。


 最も根本となる常識で言えばその程度だろうか。その他、この世界の文化やら何やらは、具体的な事物が目前に現れたら、そのときに解説しよう。


「アクオス。どうしたのよ、ボーッとして」

「お母様。なんでもありません」

「お母様だなんて、5歳児が使う言葉ではないと思うのだけれど」


 僕は今、この家、もとい屋敷の食堂にいる。


 早速だが補足として、僕ことアクオス・ソリューシャの家族を紹介しよう。


 目の前で複雑そうな表情を浮かべている少女、もとい女性が、僕の母。アクア・ソリューシャである。金髪碧眼だが黄色人種であり、息子たる僕もまた同系の容姿だ。


 その人柄は、一言で言い表すとすれば、優しいお姉さんである。人柄、と言ったが、その幼げな体躯と、子持ちにそぐわぬ若さによる評価も多少含まれている。具体的な年齢については、彼女のプライバシー保護のため言及しないでおくが、僕の見立てはおおよそ当たっていたとだけ述べておく。


 立場としては、とある伯爵の妾である。その伯爵、つまり僕の父が統轄する領地で村娘をしていたところ、父に見初められたということらしい。俗に言う玉の輿である。やはり美人は得をするものだ。


 そして、僕と母が今いるこの場所は、王都にあるソリューシャ伯爵邸なのである。


「アクオス様、アクア様、お下げしてもよろしいでしょうか」

「はい。ありがとうございます」

「私たちは平民の出自なのだから、畏まらなくて良いといつも言っているのに」

「そういうわけにはございません。主人に傅くことが私どもの職務でございますので」


 伯爵の屋敷ということで、当然ながら召し使いというものが存在する。優しい母は、敬われることに忌避感を覚えているらしいが、教職としてある程度敬われることに慣れている身としては、特に気にならない。


 さて、召し使いもさるものながら、この世界にはより驚くべきものが存在する。


 それがこれ。たった今僕の目の前で浮かび上がったお皿である。完全に物理法則を無視しているわけだが、この世界ではこれが当たり前なのだ。皆が皆、当然のように行使するこの力は、いわゆる魔法である。初日のきりもみスプーンも、母の魔法によるものであった。


 村娘の出であり、お世辞にも学があるとは言えない母からは詳しい作動原理などはついぞ説明されなかったが、遠隔で物を動かすやら、火種を起こすやら、さまざまなことが可能になるらしい。


 これこそが、この世界のビックリポイントの第一位である。


「アクオス、しっかり者すぎるあなたなら、わかっているとは思うけれど、今日は授職の儀よ」

「はい。わかっています」


 聞き慣れない単語が出てきた。立て続けに解説が入るが、ご容赦願いたい。


 この世界の貴族階級は、5歳になると協会へ出向き、授職の儀を執り行う。簡単に説明すると、魔法などという常識破壊に加えて、更に一人一つずつ、特殊技能を神様から授かるらしい。その能力によって、将来の職も決まるのだとか。能力がデタラメであればあるほど、重要な官職に就けるとのこと。


 授職の儀は子供のお披露目も一つの目的とされているらしく、その子供が強力な能力を手にすれば、素晴らしい宣伝となるわけだ。


 これは余談だが、この授職の儀には高額のお布施が必要で、平民にはとても手が出せないのだとか。


 さて、その授職の儀が今日なのである。


「お父様の血がもう少し濃ければ、希望があったのだけれど」

「僕は気にしていませんから、お母様もお気になさらないでください」

「アクオス、私より大人びていないかしら?」


 補足として、能力取得に際し、ある条件で強力な能力が手に入るのだが、それはまた後程述べるとしよう。


 今は母との会話に注力する。


 欲しい情報を引き出すために。


「お母様、質問があります」

「何かしら? 私に答えられるかどうかわからないけれど」

「ティア様は、どうなさるのですか?」


 ティア様。ティアーユ・ソリューシャ様。転生初日、僕が守ると決めた少女の名である。


 一応彼女の立場を解説しておこう。母が嫁いだ伯爵、僕の父が、正妻との間に産んだ、正真正銘の伯爵令嬢である。つまり、僕とは異母兄妹にあたるわけだ。


 そして母は、僕の世話に加えて、その少女の世話、つまり乳母係も任されていたのである。


 数年前は、僕とティア様は共に暮らしていた。赤ん坊にそのような概念があるのかは謎だが、仲は良かったように思う。中身は爺である僕が不敬を働いたことは一度もない。


 だというのに、ある日突然、僕とティア様は引き離された。理由については、母は黙秘するばかりで、父に至っては会うことも儘ならない。使用人たちは母の意向に従って黙秘である。


 さて、そんな彼女も、この日ばかりは顔を合わせざるを得ない。さもなくば、将来の職が無くなってしまうのだから。


「ティア様もいらっしゃるのですよね」


 僕はこの論理に確信を持っていた。


 が、しかし。母の返答は僕の想定を裏切った。


「いいえ。ティアーユ様はいらっしゃいません」

「なぜ」

「...」


 母はまた黙秘を貫く。彼女が僕に対し、嘘を吐くとは思われない。だから、ティア様が来ないというのは本当なのだろう。


 なら、その理由は何だ。僕を嫌悪しているにしても、それはこの儀式をすっぽかす理由にはならない。であれば、他に理由があるはずなのだ。授職の儀にも変えられない事情が。


「行きましょう、アクオス。時間です」

「...はい。お母様」


 渋々僕は屋敷を出る。幾度となく振り返り、義妹の境遇を推理しながら。


 そのとき。


 屋敷に数多く存在する窓の一つに、銀色が揺らめいた気がした。陽光を反射したのか、あるいは。

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