29話 金の成る粉
父から商会のカードを貸してもらい、一日を挟んだ今日。明日には注文の品が完成してしまう。今日すべきことは、そのための資金集めである。昨日は補講を休講にしてまで、これの準備に費やしたのだ。
今日学校が終われば即座に帰宅し、準備したものを持って商会に向かう予定である。
僕の丸一日かけた努力がどれほどの値段になるか、楽しみであると同時に、もし目標金額に足らなかったらという不安もある。
「今日の授業は貴族の役割についてだ。君たちにとって大切な講義となる。注意して聞くように」
とはいえ、授業に集中しないわけにいかない。こんな授業、ティア様に教えたいことだらけではないか。
僕が知っているのは、あくまで前世で知られていたことだけ。この世界での人々の生活なんかは全くと言ってよいほど無知である。
「貴族というのは、以前も習った通り、この国の領地を分割して統治する存在であり、国王の元に束ねられる。しかし、この教室にいる者はよく知っているだろうが、何も領地経営だけが貴族ではないのだ」
よく知っている。僕の父は弟に領地を任せて、王都へ来ているのだ。
「貴族というのは平民と違い、教養がある。これが重要なのだ。君たちも受けた授職の儀。そこで与えられる能力によって、国務が割り振られる」
例えば、僕の父であれば、外交関係。能力によっては、軍に登用されることもある。それ以前に、貴族はそれぞれ独自に軍を持ち、有事の際はその軍を用いて脅威を撃退する役割も持っているのだが、特に戦闘に向いた能力を持つ貴族はその軍を統括する役目を負う。
どうしてそう詳しいかと言えば、以前父に訊ねたのである。僕が父の跡を継げないことは重々承知しており、ティア様が世継ぎとなるのも納得できる。だが、僕が無用というのはどういう了見か、と。彼の弟がそうであるように、僕も長男の息子であるので、領地経営などを任されるべきなのではないか。
答えは単純だった。この国の基本は、実力主義。能力のランクが高いほど重用される。既に父の弟には息子がおり、Cランクの能力を持っているのだとか。今は地方にある学校で教育を受けているが、彼が領地を継ぐのは確実らしい。
そういうわけで、僕には縁のない授業ではある。
「国務にも様々な種類がある。軍部、政治など、多方面に渡るわけだが、今日はその一つ、商業における貴族の役割を説明しよう」
ほう。興味深い。貴族が商業に介入しているとは知らなかった。本日商会を利用するにおいても、何か有用な情報があるかもしれない。
「商業に関する国務はそう多くない。商会の監査や、国内利益の計算、流通経路の確認などだ」
商会の監査とは、その名の通りである。国内の商業を一手に引き受ける商会が、敵国と繋がっていたり、法外な価格設定をしたりすると、少々オーバーな表現であるが、国の経済は破綻しかねない。
国内利益の計算も名の通りである。その利益に応じて、商会に税金の納入を義務づけている。国庫の管理に直結する大切な役職だ。
そして、流通経路の確認。物流の経路と絶対量を調べることにより、領地毎の税収を決定する。それこそ国家の予算の源泉を握っているようなものである。それだけ他から恨みがましい目を向けられることもあるらしいが。
「インジュ。たしか君の父は商会関係の国務に就いているのだったな」
「はい」
インジュ・ハート。このクラスで唯一、僕とまともな会話をする人物である。かといって、それほど友好的というわけでもなく、十分な距離感は開いているが。内面的な部分には触れず、表層的なやりとりばかりなのである。
おそらくだが、バリー少年あたりがバリアを張っているのだろう。彼女に熱い視線を送っている姿が散見される。そういった関係でないというのは、誰の目にも明らかだと思うのだが。
「では、商業に関する貴族の任期について、何か知っているか?」
「はい。任期は十年だと聞いていますぅ」
「その通りだ。インジュの父君のことを指すわけではないが、国務に当たっている貴族の不正行為に繋がるとして、任期が長すぎるのではないかという議題もある」
任期が長いということは、それだけ工作がしやすいということでもある。少し会計を弄るだけで、自分の領地に莫大な利益を産み出すことさえ可能かもしれない職業なのだ。
「と、今日はここまでだ。連絡事項は特にない。では解散」
丁度よく進んだところで、放課後となった。切り替えの早い先生で助かる。
一度帰宅し、荷物を抱えて直ぐ様とって返す。目指すは王都の中央部、僕らが授職の儀を行った教会の近くにある、商会本部である。
とんでもなく大きいあの教会よりは数段劣るものの、商業を司るに相応しい門構えである。僕の身長の5倍ほどもありそうな扉を潜ると、豪華絢爛を形にしたようなカーペットやシャンデリアが広間を彩っている。
数あるカウンターに並ぶ、受付の女性たちの所作、容貌は何方も一流。この空間だけで、いったいどれほどの財が動いているのやら。
威圧される時間もそこそこに、空いたカウンターへ。当然ながら大人用の設計であり、受付の女性からは僕の目元までしか見えていないだろう。
そんな僕を見て、受付の女性は少しだけ目を見開いた。最近の外出で、そんな驚かれるような反応にも慣れてしまった自分がいる。
「お客様、カードを提示していただけますか?」
「はい。といっても、これは父のものですが。おつかいを頼まれまして」
軽く状況説明も混ぜておく。納得したのか、対面の彼女は乱れのない流麗な動作で処理を進めていく。
「カードをお返しいたします。それでは、本日のご用件をお聞かせください」
「これを売りたいのです」
結構な重量の袋を、どうにかカウンターへ持ち上げる。そして、女性に確認を促した。
「これは」
「食塩です。売ることは可能ですか?」
濃塩酸と濃い水酸化ナトリウムの水溶液を混合し、過熱して水分を蒸発させてやれば、塩化ナトリウム、すなわち食塩の完成である。
量を稼ぐために、屋敷の中で、日の当たる場所全てに溶液の入った容器を設置し、調理場の火力を借りたりで水を蒸発させることにより、ようやくこの袋が一杯になった。
塩というのは、この世界でそこそこ貴重である。百キロ先には海があるといえど、距離が距離。車も電車もないこのご時世、運んでくるのも一苦労だ。また、岩塩が採れるような場所も限られている。
実際のところ、年に数度来る海側からと、この近くで岩塩が採れる領地からの行商以外に塩を手にする手段はない。
にも関わらず、国の中枢であるこの王都の人口は膨大。庶民には手が出せないほどの値段になってしまうのも必然である。
たった一袋でも、小さな財産くらいならできるだろうと踏んでやってきたわけだが、少々不安である。せめて薪代くらいは稼げなければ困る。薪はソリューシャ家の所有だし、使用人たちにも手伝ってもらっているのだ。
「これが全部、塩ですか?」
「はい。売却可能ですか?」
商会では、需要のあるものであれば、おおよそ何でも売却できるとの噂である。1センドであろうと、利益に貪欲であるらしい。
「塩自体は可能なはずですが...少し確認させていただきます」
「ええ。構いません」
半ば独占状態にある塩が、貴族一家の一年分ほど持ち込まれたのである。怪しいと考えるのも無理はない。
受付嬢は何やら奥の方で、仲間らしい職員らとこちらをチラチラと見てはこそこそ話している。あまり良い気分ではないが、やむを得ないだろう。
暫くして、先程の受付嬢が帰ってきた。
「確認が取れました。袋一杯の塩でございますね」
「はい」
あの話していた中に、鑑定か何かの能力を持っている人がいたのだろう。能力によって職業が決まるということの良い例だ。
「どのくらいの値段で買い取っていただけますか? 父からは、最低でも二万センドで売却するように言われているのですが」
ほんの僅かだが、受付嬢の表情が歪んだ。あくまで予想だが、こちらが子供であるのを良いことに、買い叩くつもりだったのだろう。しかし、そうは問屋が卸さない。正しくそうである。
勿論、父がそんなことを言ったというのは嘘だ。だが、こちらが折れないということは伝わっただろう。
相手はこちらを従順な子供だと思っている。言い付けを破るようなことはない。つまり、二万センド以下では売ってくれないというわけだ。
ちなみに、一袋あたり二万センドというのは、少々高い値段設定である。一般に購入できる値段の三割増し程度。
しかし、今は丁度海側から配給が来る間隔の中間である。それ込みで、どうにか通らないかと思ったのだが。
「でしたら、お断りさせていただきます。あまりに高すぎます」
さすがにそうそう上手くはいかないらしい。適正な価格、つまり、商会に利益が出る値段でなければ買ってもらえないようだ。
「わかっております。少し試してみたかっただけですから。本当は、一万五千センドでと」
やむを得ない。相手方に、ほんの少しだけ利益の出る値段を提示する。これだけでは、目標金額の四分の一にしかなっていないのだが、そこはスミス氏の優しさに甘え、ツケておいてもらおう。
いざとなれば、もう一度塩を作れば良い。次はより安く買い取られるだろうが、残りを支払うには十分であろう。
「かしこまりました。それでは、こちらの書類にサインをお願いいたします」
アクオス・ソリューシャと記名する。これで交渉成立だ。ずっしりと貨幣の入った袋を代わりに受け取り、商会を後にした。
そのときだった。僕と似た格好、つまり制服を着た少女の姿を見かけたのである。向こうもこちらに気がついたようで、ゆったりとした足取りで近づいてきた。
「あらぁ。奇遇ねぇ」
「こんにちは。インジュ様」
ゆるふわカールの髪が特徴の、インジュ・ハートさんである。クリエ氏とは対照的に、常に微笑みを湛えている。
「どうして商会に来たの?」
「父からおつかいを頼まれまして。インジュ様は何故?」
「私はパパに会うためよぉ」
そういえば、彼女の父は商会関連の職に就いていたのだったか。こんなところで遭遇するのも納得である。
「急いでいたんでしょぉ? お邪魔したわねぇ」
「いえいえ、そのようなことはございません」
嘘である。今日もティア様に心配をかけてしまうのは忍びないので、一刻も早く帰りたいと考えている。
「んふふ。そんなに畏まらなくても良いのにぃ。それじゃあ、また学校でねぇ」
「ええ」
彼女も急ぐ用事があったのだろう。それ以上引き留めるようなこともなく、僕たちは別れた。
これだけの金銭を持って、再び誘拐されるなんて考えたくもない。身体的疲労は大きくなるだろうが、全速力で帰宅するとしよう。




