27話 寄道の弊害
無事に発注も終わり、クリエ氏とスミス氏に見送られて工房を出ると、空の色は茜色に近づいてきていた。これは早く帰らねば、ティア様が心配してしまう。
走りながら、契約内容を確認しておこう。
まず、製品の完成は三日後。本当は直接注文した場合、一週間ほどかかってしまうのだが、そこはスミス氏のご厚意で、早めてもらえることになった。ありがたい限りである。
次に、代金について。フレームだけで二万センド。下級貴族の月給並みの値段である。当然ながら、現時点で僕にそのような財力はない。当てがあるとはいえ、三日以内に用意しなければならないのだから、少々不安である。
「ただいま戻りました」
「お兄さま。おかえりなさい。遅かったですね」
「ええ。学校の用事を済ませておりまして」
「本当ですか?」
「はい? 本当ですが」
勿論嘘である。本当の用件などばらしてしまっては、サプライズにならない。どれだけ怪しまれようと、口を割るわけにいかないのだ。幸いなことに、僕は嘘を吐くのが得意である。
そう、どんなに潤んだ目で上目使いをしようと無駄なのだ。
「私、お兄さまに嘘を吐かれると、とっても悲しいです」
「ぐ」
計算しつくされたような角度と声音。正直、話してしまっても良いのではないかと揺らいでいる。嘘を見破るのではなく、自白させようとは、我が義妹ながら恐ろしい娘である。
が、そこで視線を少しだけ移動させてみると、何やら廊下の角からこちらの様子を窺う人影。見覚えがあるどころか、毎日見ている金髪である。
「お母様。ティア様に何を仕込んでいるのですか」
「ぎく」
「はぁ。生まれた頃は、もっと落ち着いた女性だと思っていたのですが」
「失礼ね。というより、生まれた頃のことなんて覚えているの?」
「ええ。はっきりと。お母様が魔法でスプーンを回転させて遊んでいたことまで」
「やっぱりアクオスは珍しい子ね。私の方が覚えていないわよ」
「お兄さまはすごいです。私もあまり覚えていません」
それはそうだ。ティア様は、去年再会したときも、僕の一切を忘れていたのだから。それでなくとも、知覚が曖昧だった頃の記憶など、残っている方が珍しいというものだ。
「それはそれとして、アクオス。随分と遅い帰りね。どこで何をしていたか、洗いざらい吐いてもらいましょうか」
「ですから、学校で用事が」
玄関を通ることを許されず、弁明しようとした僕の声を、背後から何者かが遮った。
「嘘だな」
「お父様」
我が父、オルトルイス・ソリューシャである。相変わらず、僕の心を見透かしている。正直な話、ここまでくると気持ち悪いレベルである。
「あの学校はな、実家での学習がある家のため、必ず決まった時間に生徒を解放するようになっているんだ」
確かに、僕たちが放課後拘束されたことは一度もない。まさか制度化されているとは思っていなかったが。
「お父様が来てしまっては、致し方ありません。僕が今日何をしていたか、お話します」
嘘は一発でバレる。なら、話してしまうしかない。
「ですが、条件があります。お父様一人だけにお話させてください」
「お兄さま?」
「潤んだ目で見つめても駄目です。まずはお父様に。それから話すべきかどうか、判断を仰ぎます」
「むぅ」
「ティアーユ、それで妥協してくれないか。知らせる必要があるなら、後で知らせることとする」
「はぁい」
ティア様は渋々妥協したようだが、おそらく、ただでは引き下がらない。一度承諾したことをねじ曲げるような子ではないので、僕と父の会話を邪魔されることはないだろうが。
僕と父は、屋敷の応接室へ入った。
「それで、アクオス。お前は放課後何をしていたんだ?」
しかしまあ、父の真剣な表情といったらない。前世の感覚で、所詮寄り道と高をくくっていたのだが、もしかすると、貴族社会では別な意味を孕んでいるのやもしれない。
ただ、そうだとしても話さないことには始まらない。単刀直入に言ってしまおう。
晩御飯の時刻が近づいている。そうでなくとも、待ちくたびれたティア様が乱入してこないとも限らない。
「もうまもなくティア様の誕生日ですから、そのためのプレゼントを用意していたのです」
「は?」
神妙な面持ちだった父は、僕の回答を聞くと、普段の威厳ある立ち居振舞いからは想像もできない間抜けな音を漏らした。
「ですから、プレゼントを」
「それだけか?」
「はい?」
「本当にそれだけか?」
いやにしつこい。しかもどこかしら目がギラついているような気さえする。
「本当にそれだけです。お父様なら気づいているかと思っておりましたが」
「馬鹿を言え。いくら愛する息子のこととはいえ、知覚外の事柄を知るなど不可能だ」
そう言って嘆息した父は、思いきり背凭れに背を預けた。とんでもない肩透かしを喰らった様子である。
「はぁ。それならそうと、勿体振らずに教えろ」
「そうは仰いますが、サプライズですのでティア様の前では。お父様、わかっていらっしゃると思いますが、ティア様には内密に」
「ああ。分かっている。まったく、不要な神経を使ってしまった」
「いったい何の話だと思われていたのですか?」
寄り道に特別な意味がないのだとすれば、彼の先程の態度は尋常でない。まさか非行に走るなどと思われているわけではあるまい。
父は安堵と共に、ぶつくさと話し始めた。
「以前、お前を誘拐した賊がいただろう」
「はい」
「その背後関係を尋問したら、厄介なことになっていてな」
そこまで話したところで、はっと気づいたように父は言わざるのポーズをとった。
「子供が気にする必要のないことだ。忘れてくれ」
「はあ」
「アクオスは心配するな。こっちでなんとかする。それと、あまり遅くならないように帰ってこい」
「はい。申し訳ございません」
随分と気にかかる言い方だったが、父が大丈夫だというのだから、おそらくは大丈夫だろう。これでも重役を任されている立場なのだ。発言には責任を持つだろう。
話が変わるが、生まれ変わって初めて父親に叱られたような気がする。前世でさえ利口な子供として生きてきたので、懐かしいというよりは、新鮮な感覚である。
実年齢は百歳にも近づこうとしているのだが、なかなかどうして、悪くない。
「ティアーユの誕生日プレゼントの準備だというのは理解した。いったい何を用意するつもりなんだ?」
「ブローチです。ささやかなものですが」
「ほう。良いではないか。その算段はついているのか? そのための小遣い程度なら用意してやろう」
「いえ。それには及びません。お小遣いと言える額でもありませんから」
とてもではないが、父にねだることができる金額ではない。だが、それを稼ぐためのアドバイスくらいは貰っておこうか。
「お父様、ものを売ってお金を稼ぐには、何か特殊な手続きなどありますか?」
「ものを売る? 何をするつもりだ?」
「能力を使って少しばかり。家に迷惑はかけませんので、お許しいただけませんか」
「はぁ。とても7歳児の考えることとは思えんが、まあ良いだろう。何を売る気か知らんが、ものを売るなら商会へ行け」
「商会ですか」
聞いたことはある。元々個人経営が基本であった商人たちが一つの団体として集まり、価格の統一化などを図るなど、最大限利益を生み出そうと画策しているらしい。
「本当であれば、成人するまで、入会して商品を卸すことはできないのだがな。特別に、俺の名義を使わせてやる。くれぐれも、使い方を間違えないようにな」
そう言って父は、僕にあるカードを差し出した。掌サイズの光沢あるそれには、父の名前と、何やら文字が並んでいた。
「Eランク?」
「ああ。入会したは良いものの、要らなくなった家財道具を売るくらいにしか使っていない。ランクなど下がりこそすれ、上がるわけがない」
商会にもランク分けがあったとは初耳である。貴族ともなれば、見栄を張るためにランクを上げようと躍起になりそうなものだが、父はあまり拘らない質らしい。
「何をしようとアクオスの勝手だが、ティアーユを悲しませるようなことだけはするなよ」
「心得ております」
何より大切なことである。誕生日プレゼントのために僕が破産したのでは笑えないし、彼女は笑ってくれない。




