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最強シスコン執事の化学実験室(ラボラトリー)  作者: リア
第一章 化学者が執事と呼ばれるまで
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26話 工房と男気

 店員に教えてもらった工房に、早速足を伸ばした。ここまで来てしまうと、帰るのが夕方になってしまいそうだ。できるだけ手早く発注したいところである。


 石造りの重厚感ある建物に取り付けられた、木製の扉。その扉には、迫力ある建築物のイメージをぶち壊すように、可愛らしい丸文字で、「メイカース工房」と記されている。


 その様子に苦笑しつつ、ノックをするために近づくと、仄かに熱を感じた。店員は休みのはずだと言っていたが、やはり休日返上で試作でもしているのかもしれない。


 少々ベクトルが異なるようではあるが、その気持ちはよくわかる。本当に研究が楽しいと感じていたあの頃は、寝る間も惜しんで研究に没頭したものだ。


 と、爺の昔語りもほどほどに、早速扉を叩いた。


「ごめんください」

「クリエ、もうすぐ帰るから待っていてくれと言ったじゃないか」


 ほどなくして、低く野太い声と共に、扉は開かれた。何やら別人と勘違いをしているらしい。


「誰だ、坊主?」

「お初にお目にかかります。アクオス・ソリューシャと申します」

「あ、ああ、これはご丁寧に」


 僕が恭しく一礼をしてみせると、屋内から現れた巨漢は恐縮したように小さく頭を下げた。


「本日は、依頼したいお仕事がございまして訪れました。少しばかりお時間よろしいでしょうか」

「お、おう」


 巨漢は気圧されたように頷いて、扉の奥を指し示したが、すぐに訂正し、頭を振った。


「悪いな坊主。また明日にでも来てくれないか。今日は休日なんだ」

「お話だけでもというわけにはいきませんか。なるべく早い方が嬉しいのですが」

「いやでも、そろそろあいつが」


 巨体に似合わず、いやに弱腰である。壮年の男性のこういった態度というのには、どうも見覚えがある。


 たしか、僕が妻と結婚して、その後日、年上の教授と呑みに行ったとき。その教授が、嫁の尻に敷かれないようにとしつこく言ってきたのだ。そのくせ彼は、電話一つにビクビクしていたが。


 そういったように、もしかすると、仕事ばかりの彼を叱るため、彼の妻がやって来るのかもしれない。叱られるとわかっていて、尚も続けているのだから、大した愛情である。


「良いと思うよ」

「ク、クリエ」


 いつの間にやら、僕の後ろには女性が立っていた。巨体の男性が恐れおののくには、随分と小柄である。7歳の僕と比べてさえ、頭一つ分も違わないのではなかろうか。


 雰囲気もまた然り。精緻に整った顔立ちは殆ど変化を見せず、容姿の割に落ち着いて見えるものの、童顔であり、大人らしく美しいというよりは、可愛らしいといった形容が似合う。子供以上大人未満、というよりは、ただ少し大人びた子供である。


 ただ、僕の今生の母も驚くほど若かったので、こちらの常識では、このくらいで嫁ぐことが普通のことなのかもしれない。


「このくらいの子なら、おつかいか何かだろうし、聞いてあげたら?」

「お、おう。クリエが良いって言うなら」


 クリエと呼ばれる女性、もとい少女が来てから、どうも巨漢が挙動不審である。生まれつきであろう強面も相まって、いよいよ物騒な雰囲気を纏っている。


「じゃあ坊、ちゃん。中へどうぞ」


 坊主と言いかけて咄嗟に方向転換したらしい。言葉遣いを切り替えるその機転は誉めたいところだが、この大人しそうな少女にどうしてそこまで怯えているのか。たとえ妻だとしても、随分年下のようだが。


 何はともあれ、話を聞いて貰えることになったのである。


「改めまして、アクオス・ソリューシャと申します」

「スミス・メイカースだ。よろしく頼みます」

「クリエ・メイカース。よろしく」


 強張った声音、表情で僕と握手を交わすスミス氏と、相変わらず読めない表情でそれを見つめるクリエ氏。なんともアンバランスな組み合わせである。


「それで、用件なのですが、実はブローチの枠を作っていただきたいのです」

「何? 枠だけ?」


 仕事の話になると、途端に目の色が変わったスミス氏。強面の威圧を存分に発揮し、詰めよってくる。とても7歳児に向ける顔ではない。もしこれが他の7歳児であれば、泣いて逃げ出していただろう。


「それは、俺が削る宝石を侮辱しているのか? 俺の作った枠に、俺以外が削った宝石が合うわけがねえ。もし俺の、俺たちの工房を侮っているってんなら」

「そんなわけない。早とちり」


 僕が弁明の言葉を述べるより早く、クリエ氏が、心なしか先程よりも冷えた表情と声音でスミス氏を宥める。


 否、宥めるというよりは、叱るといった方が適切か。事実、スミス氏は凍らされたかのように体を竦め、動きを止めた。


 絶対零度の眼差しを引っ込めたクリエ氏は、優しいとは言えねども、幾分柔かな視線を僕に向けて問うた。


「それで、どういうこと?」

「あ、はい。実は、妹のためにプレゼントを用意しようとしておりまして。しかし、何分学生でありますので、宝石のような高価なものを用意することも出来ず、せめて枠だけでも最高級のものを差し上げたいと思った次第でございます」


 極力丁寧に述べたつもりではあるのだが、何故だろう、クリエ氏の視線がまた冷えていく。まるで僕の心臓を穿たんとしているかのような、鋭い眼差しである。


「嘘じゃないみたい」

「は、はい。嘘偽りはございません。無論、学生だからと言って値引いてもらおうなどという算段もございません。望む対価をお支払い致します。僕に出来得る限り、という条件はつきますが」

「へぇ」


 感嘆の息を吐いたのはスミス氏。硬直状態が解けたようだ。そして、不良が喧嘩を買うときのような様で口角を上げた。


「いいぜ坊主。最高の逸品に仕上げてやる」

「本当ですか」

「ああ。最近の若い奴は腰抜けばっかりかと思ってたが、なんだ案外、男気あるやつもいるじゃねえか」


 たとえどんな若者でも、腰抜けなどという言葉、貴方にだけは言われたくないと思うのだが。もちろん、口に出さないでおくが。


「本当に枠だけで良いんだな? 坊主は俺のお気に入りだ。特別に利息無しでツケにしておいてやってもいいぜ?」

「それには及びません。枠だけで結構です。スミスさんのお作りになる枠には到底そぐいませんが、考えがありますので。自分の力で形にしてみたいのです」


 スミス氏は更に口角を上げ、殺人鬼がターゲットを追い詰めたときのような笑顔で僕の肩を叩く。


「最高だな坊主! お前は物作りってもんを分かってる! ますます気に入った!」


 人相こそ悪いものの、気の良い人なのだろう。加減を知らない手つきにも、親しみが籠っているような気がして、とても好印象だ。


「パパ、お金の話」

「...はい」


 娘に頭の上がらないダメ親父だとは思っていなかったが。

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