22話 自業自得
「いきます」
「はい。いつでもどうぞ」
就寝前。もはや日課となりつつある、ティア様の能力特訓である。
意味があることなのかと甚だ疑問ではあったのだが、この二週間あたり続けてみたところ、ほんの少しずつではあるが、進展が見られた。
まずは、この太めの薪である。一度切って接着したところで、以前のティア様なら倒れていたのだが。
「今日も大丈夫でしたね」
「はいっ」
ぴんぴんしている、とは言えないものの、倒れてはおらず、乗り物酔いのような症状もない。
ここで喜んでやめておけば良いものを、ティア様は再び薪に手を翳す。
「えいっ」
「お」
昨日までは、切れても途中までだったのだが、今日はどうにか、真っ二つに切って落とすことができた。
「やりましたね、ティア様」
そう声をかけてみるも、彼女に応える余裕はない。いつものことである。ティア様は口許を押さえ、ふらりとこちらへ体を預けてきた。
ほんの少しだけ、頬の筋肉がつり上がっている。笑顔、という判定で良いのだろうか。
例のごとく、これからまた介護である。炭酸水を飲ませ、手のツボを押し、最終的には、僕も眠気に耐えられなくなって、同じベッドで眠ってしまう。
「おやすみなさい、お兄さま」
「ええ。おやすみなさい、ティア様」
そして、翌朝のことであった。ティア様はいつものように、僕と同じ時間に目を覚ます。そこまでは良かったのだが、何故かその日は、ふらふらと着替えもせずに外へ出ていこうとする。
当然、ギョッとした僕は追いかけ、部屋を出る前に止めた。
「ティア様、着替えもせずにどこへ行かれるのですか? あまりはしたない姿を晒すものではありませんよ」
「あ、ごめんなさい。でも、見ておきたいものがあって」
「はい? 何ですか?」
「お兄さまが教えてくれた、朝に咲く花が気になったんです」
そういえば、昨日朝顔の話をした気がする。あくまで、そんな花があって、もしかしたら庭にもあるかもしれないということだけだが。
「ティア様、昨日話した花は夏の花です。ですから、春に早起きしても見られませんよ」
「ふぇ? そうなんですか?」
確か昨日、それも少しだけ言及したはずなのだが、すっかり抜けているらしい。
ティア様は、とかく朝が弱い。いつも艶々な髪も、早朝にだけは飛びはねまくっている。目尻もトロンと垂れており、見た目からしてわかるほどだ。
「ティア様、早く着替えなければ、またサーヴァンさんに叱られますよ」
「はぁい」
そんな彼女が僕と同じ時間に起きるのは、自惚れではないが、ひとえに僕への愛着だろう。いまだにティア様は、僕と父、母とサーヴァンさん以外に上手く話せていないらしい。
さて、随分と脱線したが、要は、朝が弱いのにも関わらず見に行こうとするほど、ティア様は花が好きなのだ。
というわけで、誕生日プレゼントは花に関連したものが良いと思うのだが。ただ押し花をプレゼントするだけでは、喜んではくれるだろうが、僕の気が収まらない。
悩みはまだまだ終わりそうにない。
学校へ向かうと、教室の黒板にでかでかと文字が書かれていた。
曰く、アクオス・ソリューシャは能力を悪用し、本来の実力より高い評価を得ようとしていたのだ、と。要は、昨日のドーピング疑惑を喧伝しているのである。
これを書いたであろうバリー少年は、仲間の少年らと共にケタケタと笑っている。
彼らの企みはここだけではない。通りがかったクラスの黒板にも同様の記述があった。つまり、彼らはこれを全校生徒に知らしめるつもりらしい。
だが、僕は特に取り乱すことなく、普段通りに席へつく。そう、何も焦ることなどない。この程度は想定内なのだ。
「全員、席につくように」
いつもであれば、すぐに朝の出席が始まる。が、当然ながら、クタール先生も黒板の落書きに思うところがあるようだ。
「これを書いた者は?」
バリー少年を含めたクラスメイト数名が手を挙げた。
普通の嫌がらせであれば、ここで手を挙げる間抜けはいない。だが、これについて、彼らは正当な主張だと思い込んでいる。
「先生。昨日僕は確かに、彼本人から聞きました。彼は自分の能力を悪用していたのです。加えてこれが、本人から押収した薬品です」
自慢げに、胸を張って主張するバリー少年。それが間抜けな勘違いだとも知らずに。
「本当か、アクオス」
「はい。確かに言いました」
「先生! 認めました! 最初からおかしいと思っていたのです。こんな色つきがAクラスだなんて。即刻退学にしてはいかがでしょう」
聞けば聞くほど愚かである。クタール先生も頭を抱えている。
「ほんの冗談のつもりだったのですが、まさか真に受けるとは思いませんでした。こんな大事になるとは」
「今さら言い訳をしようとしたって無駄です! こちらには確たる証拠があるのですから!」
「口を閉じなさい」
クタール先生はピシャリと言い放ち、バリー少年の自慢げな語り口を止めた。
「...はぁ。アクオス、悪ふざけも大概にしておけ」
「はい。申し訳ございません」
「先生! アクオスを許すのですか!」
「黙りたまえ。許す許さないという問題ではないのだ。アクオス、君の能力を公表しても良いか?」
「はい。構いません」
「よろしい。彼の能力は、あらゆる液体を作り出す能力。Eランクの能力だ」
「Eランクであろうと、不正は不正です」
あくまで食い下がるバリー少年だが、クタール先生は目で黙らせた。
「液体とは、皆も知っての通り、基本的には水のことだ。あるいは、水に何かを溶かしたものだな。薬草から抽出した液体を生成することも出来るかもしれない」
「だから言っているではありませんか!」
「だが、少なくともこの国において、そのような特効のある薬草は発見されていない」
「で、では、他国のスパイという可能性も」
「そして、今から言うことが一番大切なことで、お前たちが見過ごしていたことだ」
黙れと言われておきながらことあるごとに口を挟んでいたバリー少年も、見過ごしと聞いて聞く耳を持ったらしい。
「はぁ。力学の授業で触れていたはずなのだがな。何かを生成する能力を持つ者は、自らが生成した物質の影響を受けないのだ」
そうなのである。彼らは大切なことを見逃していた。この能力が、実に都合が良い能力であることを。
つまり、能力を使って自らをドーピングすることなど不可能なのである。
そうして、彼らは全教室にこの落書きをして回った。彼らが落書きの犯人として手を挙げた時点で、全校生徒に彼らの無学を晒したようなものなのである。
「嘘をついてバリーたちを揶揄ったアクオスにも責任はあるが、落書きによる不名誉をもってイーブンであるものとしよう。問題はバリーたちだ。昨日の放課後、バリーがアクオスを無理に尋問している姿を見た者がいる。手を挙げたお前たちも共犯だろう。後で教員室に来なさい」
彼らは半ば呆然として、クタール先生の勧告を聞いていた。
嫌がらせにばかり注意を向け、学習を怠っているからそういうことになるのだ。
もっとも、生成系の能力ではない彼らに、あの分野の理解を深めろというのも酷かもしれないが。
自業自得ではあるのだが、もしかすると、バリー少年は逆上し、またも僕の大切なものに手を出すかもしれない。彼へのマークは厳重にしておこう。
その日の授業は、いつにも増して苛烈な視線、殺意とも言えるそれがチクチクと僕の背中を刺していた。




