21話 煙に巻く
さて、今日も学校である。最近では、あまり思考を乱すことなく、授業をこなしていった。そして、それには理由がある。
それは、授業中だろうと絶え間なく続く、鋭い視線である。無意味に振り返るわけにもいかず、誰のものと断定できはしなかったものの、お陰でこの午前中も乗り切った。
しかし、決して心地よいとは言えない視線である。よほど僕に恨みがあるのかとも思うが、差別的なものならともかく、恨みというと、心当たりがない。
とはいえ、気にしたところで仕方のないことだ。それよりも、午後からの授業に集中しよう。次は体学。体育の授業である。本鈴が鳴る前に、更衣室で着替えなければならない。
「今日は基礎訓練を行う。全員、活性化状態を使うことは禁止する」
クタール先生がそう言うと、クラスメイトの一部がこそこそ話し始めた。特に女子たちである。盗み聞いたところ「ふざけんなよ。そんなものできるか」とのことだ。もちろん、言葉遣いには多少脚色が入っているが。
「活性化状態の質を上げるためにも重要なことだ。文句を言うな」
そこで、僕にとっては疑問なのだが、これまでの授業、まさか全員活性化状態になって行っていたのだろうか。
一時間に約十キロ走らせるなんて、小学生の体育にしてはやけに厳しいと思っていたのだが、その疑念は正しかったらしい。確かに、あの少し横に肥えたボースト少年が、僕と同じくらいのスピードで走ることには違和感を覚えていたのだ。
ということは何か。僕は今まで、彼らの何倍かの苦労をさせられたということか。もしかすると、鬼のようだと思っていたソリューシャ家の訓練も、活性化状態を前提としたものだったのではないか。
「活性化無しでグラウンドを5週だ。さあ走れ」
いつもの四分の一以下である。なんだかやるせない気分になってきた。
こうなったらもう自棄である。全力を以て、最も遅い少女が一周している間に走り終えてやった。
「ア、アクオス。活性化は」
「使っていません。これまでも、これからも」
若干憎しみの籠った声音になるのは、仕方のないことだと思うのだ。
たったの二キロ程で、僕以外の生徒たちは軒並み疲れはて、その場に倒れ込んでいた。甘ったれた根性である。
ヘロヘロになったバリー少年が、クタール先生のもとへ近寄っていった。
「せ、先生。アクオス君は、ズルをしています。絶体、活性化状態を使ったに違いありません」
「本人は否定している。加えて、私の目にも活性化状態の兆しは映らなかった」
補足しておくと、活性化状態の兆しというのは、ある程度高いランクの能力を持つ人間には、活性化状態である人間が感知できるらしい。当然、僕にはわからない。
気配のようなもので、能力のランクが高いほど、活性化状態を感知されるリスクが高いらしい。
ちなみに、僕の活性化状態は、父が集中していないと見逃すレベルらしい。活性化状態の恩恵も、見逃してしまう程しかないのだが。
先程、僕には活性化状態の兆しはわからないと述べたが、訂正を入れたいと思う。Sランクであるティア様の活性化状態だけは、僕にもわかる。
「体学の授業はこれで終わりだ。次のチャイムまでに、全員着替えて教室へ戻っているように」
バリー少年は、キッと僕を睨み付けた。元々細目なので、大して迫力もない。差別意識を抱く相手に圧倒されて、さぞ悔しいのだろう。その無意味な競争心というものは、僕が年を経て失ったものの一つに他ならない。かといって、今それが羨ましいかと言われれば、首を横に振るだろうが。
そして放課後。僕はなぜかバリー少年に呼び出された。典型的な場所、校舎裏である。
「アクオス君、来てくださってどうも」
「いえ。それで、ご用件というのは?」
僕が尋ねると、バリー少年は答えず、まっすぐ僕に近づいてきた。必然、不信に思った僕は後退する。がしかし、これまた典型的なことに、背後には壁。
バリー少年は僕を壁まで追い詰め、そのまま僕の顔の横に手をついた。俗に言う、壁ドンである。
「君、調子に乗ってますね?」
生憎と、恐喝方面であるが。
「そんなつもりはございません」
「はは。ご謙遜を。あれだけ授業を疎かにしておいて、尚且つ成績を落とさないなんて、君、どんな卑怯な手を使っているんですか?」
「全て実力でございます」
無論、過去96年の、だが。
「あくまで隠すんですね。わかりました。ではこうしましょう」
彼は僕の胸ポケットから、素早く生徒証を抜き取り、数歩離れた。
「この花が大切なんですよね?」
「ええ。そうですね」
「では交換条件です。僕の質問にきちんと答えてくれれば、これは無事に返しましょう。答えてくれないなら」
彼は逆の手に、魔法で火を作り出した。
随分と強行な手段である。他人の大切なものを破壊する行為が、どれだけ反感を買うか、まさか知らないではあるまい。
「バリー様。それは交換条件とは呼べません。僕のものを盗み取った時点で、あなたは犯罪者です」
「煩いですね。色つきのものは僕たち貴族のものと同義です」
今彼は、行政を任される可能性のある者として致命的なことを言ったと思うのだが。もしこれが公明正大を掲げる父の前なら、彼は問答無用で張っ倒されているだろう。
「はぁ。わかりました」
「答えてくれる気になりましたか」
答えるも何も、始めから何も隠していないのだが。とはいえ、輪廻転生がどうのと言っても正気を疑われるだろう。
彼は何も、僕の命を狙っているわけではない。そのため、この間のように臭素をぶちまけて窒息させるようなことは正当防衛の範囲外だろう。
では、彼の追求を逃れ、かつ押し花を返してもらうためにはどうすればよいか。
「実はですね、僕の能力は、あらゆる薬を作り出す能力と言って、その名の通り、どんな薬でも作ることができるのです。その能力を使って、体を強くする薬を作ったり、頭が良くなる薬を作ったりしていたのです」
「へぇ」
真っ赤な嘘である。
「秘密は話しました。返していただけませんか?」
「いいえ。最後に一つだけ。その薬とやらを、僕にもください」
彼は本当にAクラスなのだろうか。実際の交渉において、盗んだものを取引にその条件を課して、素直に飲んでもらえることが何度あるのだろう。
だが、そこはあえて触れないでおく。従っておけば、少なくとも押し花を害されることはないだろう。
といっても、薬などあるわけがないので、今からでっち上げるのだが。
「わかりました。器を用意してください。僕が生み出すのは液体ですから」
「良いでしょう。偶然にも、ガラスの小瓶をもっています」
そんな偶然があるものか。どう考えても集る気だっただろう。
まあいい。気にしていても仕方がない。適当な液体を作り出して、満足してもらおう。
「これが...」
生成した液体は、某栄養ドリンク。黄色い炭酸の液体である。化学式も何も知らないが、生み出せてしまった。ラッキーである。
この世界に炭酸はあまり普及していないらしく、泡を発する飲み物は度肝を抜いたようだ。口をつける様子は一切ない。こちらとしても、嘘がバレないので好都合である。
「要求は満たしました。返していただけますね」
「え、ええ」
彼は素直に押し花と生徒証を返してくれた。我ながら穴のありすぎる話ではあるが、バリー少年が騙されてくれて良かった。
「それでは。僕はこれで」
「ええ」
あの少年、やはり外交慣れはしていないらしい。栄養ドリンクに驚きすぎて、僕の態度に一瞥もくれていない。どう見ても、秘密を話したにしては、僕の態度は平然としすぎているのに。
ともかく、今回は誤魔化せたが、次があるとは思えない。早急に、この押し花を守る方法を模索しよう。これはもはや、ティア様への誕生日プレゼントと同列になるほどの問題だ。
ちなみに、持っていかないという選択肢はない。これはティア様と僕の繋がりの証であり、お守りである。肌身離さず持ち歩いていたい。
そうだ。良いことを思い付いた。押し花にするから駄目なのだ。生徒証に挟むのではなく、何か別の方法で身に付けていれば良いのではないか。
そうと決まれば、また試行錯誤だ。魔法に押し花に、ティア様の教育。やりたいことは沢山ある。
忙しくなりそうだ。




