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最強シスコン執事の化学実験室(ラボラトリー)  作者: リア
第一章 化学者が執事と呼ばれるまで
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18話 ポリ酢酸ビニル

 学校生活が始まり、早くも一週間が経った。


 いまのところ、恙無い学校生活を送っている。友達と呼べるほどの人はおらず、インジュさんと時折言葉を交わす程度の交遊関係ではあるが。


 発生するトラブルとしては、ティア様の補講に熱が入りすぎ、寝不足になってしまったときだろうか。


 ちなみに、ティア様の能力の訓練は今なお続いており、毎夜毎夜手を繋いで眠る羽目になっている。それ自体は僕としても悪くないことなのだが、いかんせん、一分一秒も寝坊が出来ない。おかげで寝不足が助長されてしまう。


 話を戻すと、授業中は居眠りなんてことができるはずもない空気感であり、自ら太股をつねることでどうにか耐えたりもした。


 学校の授業に関してだが、第一学年だからということもあってか、家で習ったようなことばかりが並んでいる。史学や魔学は良い復習になるのだが、算術が退屈でならない。四則演算なんて、今さらどうやって楽しめというのか。そういったことからも、眠気が増大するのである。


 ただ、万一生徒が眠そうな素振りを見せると、クタール先生が容赦なく問題をけしかけてくる。それがまた算数のくだらない問題であるわけだが、それを即答して見せるのが少しばかりの愉悦である。


 もちろん、毎日そのようなことが起きているわけではないが。


 そうして僕は、今日も学校へ走って向かう。


 少しばかり流れる汗を、タオルで拭いさる。この登校にも慣れたものだ。


 こうして走っている僕の格好は、さながら陸上部のようなタンクトップと短パンである。今でこそあまり汗もかかず、逐次汗を拭き取る程度で済んでいるので、上から制服を着ることができるのだが、これがもう少し暑くなると、そうはいかなくなる。


 その場合の対策を、早い内に講じなければならない。最近の学校生活における課題は、寝不足を除き、専らそこであった。


 しかし、まさか今日、こんな形で悩みの種が増えることになるとは思っていなかった。


「これは」


 僕が登校すると、そこに僕の席は無かった。一瞬、教室を間違えたのではないかと疑ったが、見覚えのある顔触ればかりで、ボースト少年もいるので、それはあり得ない。


 その理由に心当たりは、まあ無いではない。


 こういった状況は、職業柄、何度か見たことがある。まさか自分が被害者になるとは思わなかったが。


 幸いなことに、机や椅子を窓から外へ投げ出すような胆力は無かったらしく、廊下の隅に寄せてある程度である。このくらいなら、叱りつけるようなことはせず、許してやっても良いだろう。


 僕は黄色人種。貴族間で、差別的意識があるのは仕方がない。


 とはいえ、この国を担う貴族の、その上位層がこれとは、呆れたものである。もう少し分別のある人間が集まっていると思っていたが、小学生にそれを求めるのは酷だったようだ。


 この行為自体は社会情勢上責められたものではないが、この工作をする時間ほど無意味なものはないと何故気付かないのか。


 否、無意味なものと決めつけるのは良くない。この些細な嫌がらせによる僕の反応、あるいは、それを考えて時間を過ごすことにより、彼らのストレス発散にはなっているのかもしれない。貴族の息子として、僕には計り知れない様々な重圧等があるのだろう。


 僕は溜め息を一つついてから、机を元のように戻した。責める気持ちは起こらないものの、多少苛立つのも事実である。


 というわけで、再犯防止のため、ある細工をすることにした。ひっそりと活性化状態に移行する。


 生み出す液体は、酢酸ビニル樹脂。家庭用接着剤、木工用ボンドの主成分である。それを机の足一面に塗り、思いきり体重をかける。少なくとも一日後には、小学生の腕力ではどうにも剥がせないほどになるだろう。


 ちなみに、酢酸ビニル樹脂は水溶性であるので、剥がすときは、水を加えてやると良い。沸点もそれほど高くなかったはずなので、お湯をかけても良いかもしれない。


 そこでクタール先生が入室。机に突っ伏し、全体重を預ける僕に目をやった。


「ホームルームを始める。アクオス、どうかしたか?」

「いえ。大丈夫です」


 これで明日、面倒な机の移動をする必要はなくなるだろう。


 本日の授業だが、非常に興味深い内容があったため、復習も兼ねて、述べておこうと思う。


 その前に、そういえば、教科について伝えていなかったはずだ。先にそれについて言及しておこう。


 この学校では、入試科目である、算学、読学、史学、魔学に加えて、力学と体学が含まれる。


 力学とは、能力についての学習。そのままの意味である。体学とは、体の動かし方についての学習。前世で言うところの体育である。


 話を戻そう。その内の、魔学、つまり魔法の授業だ。この学校では、魔法の演習よりも先に、魔法理論について学ぶ。


 これはソリューシャ家の教育でも習ったことだが、魔法によって可能となる事柄には、いくつか種類がある。


 一つ目。遠くにあるものの移動。この場合の遠くとは、手が届かない範囲を指す。だが、これにも制限がある。あまりに遠い場所であったり、動かす物体が重かったりすると、効力を発揮しないのである。


 二つ目。熱の操作。以前、銀鏡反応の実験を行った際、ティア様が発動したような、対象の物質の温度を上げる、あるいは下げるという魔法である。


 三つ目。光源の発生。どうでも良いが、これを使って、目から光線を出す遊びができるらしい。


 四つ目。電気の生成。とはいえ、空中に放電ができるほどのものではなく、全力で放ったとしても、触れあった際に相手を気絶させる程度なのだとか。


 五つ目。炎、水の生成。言葉通り、炎や水を生成する魔法である。これがあるので、僕の能力は魔法で代用できると思われているわけだ。


 この五つが魔法の基本的構成要素である。


 もっとも、電気という概念はこの世界にまだ無いので、ビリッとさせる魔法、といういかにも小学生に相応しい言葉で習ったが。


 さて、ここからが新出の範囲なのだが、魔法には理力と呼ばれる力が関与していると言われている。理力とは、人々の体内に眠る力であり、それを消費することで、魔法を発動しているのだとか。そして、それを回復するためには、十分な休息が必要なのだと言う。


 こじつけのような話だが、面白いのはここからだ。


 実際、統計として、魔法を最大限行使した後の人々からとったアンケートがある。その結果を聞いていただこう。


 遠くのものを移動させる魔法、対象の温度を上昇させる魔法、光源を発生する魔法、電気を生成する魔法、炎を生成する魔法について、同様の結果が出た。すなわち、それを行使した後の人は、倦怠感、および空腹を感じるのだ。


 それに対して、対象の温度を低下させる魔法に関しては、熱っぽさを感じるのである。


 ここからは僕の仮説なのだが、魔法はエネルギーの変換と移動を行っているのではないか、ということだ。


 五つに分類した内の、前四つに関してはそれで納得がいく。一つ目には力学的エネルギー、二つ目には熱エネルギー、三つ目には光エネルギー、四つ目には電気エネルギーと、全てエネルギーの変換及び移動によって、ある程度説明がつく。その供給源はというと、一般に言われている通り、理力、すなわち、我々が持つ熱エネルギーや化学エネルギーなのではないか。


 とまあ、こうしてみると、理力とはよく言ったもので、エネルギーの理に叶っている。


 ただ、驚異的なのは、その変換効率が、百パーセント、ないし増幅しているのではないかということである。そればかりは正しい計測の方法が無いためわからないが、変換効率ほぼ百パーセントという時点ので、十分前世の常識を通り越している。


 では五つ目は何なのか、ということだ。炎の生成に関しては、エネルギーの説明で良いと思われるが、水の生成に関して。これまたアンケート結果によると、水の生成を極限まで行った者は、脱水症状に似た症状を訴えたという。


 このことから、仮説として、体内の水分を寄せ集め、精製して放出しているのではないか、ということが考えられる。


 全て仮説ではあるが、これである程度のイメージがついた。ティア様が、自分の手足を動かすような感覚だと言っていたのも納得といえば納得である。


 はてさて、これでイメージはついたわけだが、魔法演習の授業までに習得できるかどうか。

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