14話 貴族の学舎
目を覚ました。ここ最近で一番の快眠であったように思う。目覚めもスッキリで、起床時間も少しばかり早い。初登校日としては、良いスタートダッシュとなるだろう。
だが、目を開いたとき。視界に映ったのは天井でもシーツでもなく、ふわりと広がる銀色の糸ばかりであった。見覚えがある、なんて話ではない。
「ティア様?!」
はっとして口をつぐむ。大声を出せば、ティア様を起こしてしまうかもしれない。
驚きはしたものの、ベッドから飛び出すほどのことではない。この年齢の兄妹が、異母兄妹とはいえ、同じ布団で眠ることに問題はない。
だが、それでも、状況はあまりよろしくない。
なぜなら、僕がティア様を抱き締めるような体勢をとっているからである。ご丁寧に、ティア様は僕にぴったりと寄り添うようにして、なされるがままになっている。
僕の寝相は悪い方ではないと思っていたのだが、評価を改めなければならないかもしれない。手を繋いで寝た相手を抱き締める寝相なんて、特殊すぎる。
これほど密着させてしまっていれば、ティア様はさぞ眠りにくいことであろう。共に眠ること自体に問題はないが、ティア様に負担を強いてしまうのであれば、自粛せざるをえない。
ともかく、今は起きよう。
「んん」
「おはようございます、ティア様」
「んあ。お兄さま。おはようございます」
起き抜けの弛緩した表情ですら、相も変わらず可愛らしい。体を起こし、猫のようにふにゃりと微笑む彼女は、愛玩動物より愛されるべき有り様である。
「すみません、ティア様。僕の寝相が悪いせいで、苦しい体勢になりませんでしたか?」
「お兄さまの寝相は悪くありませんでしたよ?」
「...そうですか。気にならないのであれば良いのですが」
幼児の眠りというのは深いものだ。ちょっとやそっとの刺激では目覚めないのだろう。かく言う僕もそうなのだが。前世で老後を過ごした僕としては、深夜に目が覚めないことほど快いことはない。
「お兄さまはいつもこんな時間に起きているんですか?」
「ええ、まあそうですね。これは一種の習慣のようなものですから、ティア様が僕に合わせてくださる必要はございません」
これは前世の名残である。あまりに何度も目が覚めるので、朝は早く起きるようになってしまったのだ。
「お兄さまがそうするなら、私もそうします」
「止めはしませんが、無理はなさらないでくださいね」
「はい。もちろんです」
さあ、今日はいよいよ登校初日である。
6歳児の歩調で片道一時間弱かかる道程を踏破しなければならない。嫌でも健康になりそうな登校である。
多くも少なくもない人通りの大通りの先に、巨大というよりは、広大な建物が広がる。
その門には、入学式と書かれた看板がでかでかと掲げられていた。実年齢九十歳を越えて、よもや、もう一度この文字を目にすることとなるとは思わなかった。
緊張と期待に胸を膨らませた少年少女たちが、次々と門をくぐる。僕もその一人であった。
貴族たちが集まる学舎とあって、豪華絢爛なものかと思いきや、外観こそ彫刻やら何やら意匠が施されていたが、意外にも内装は質実剛健。
余計な飾りは少なく、最大限太陽の光を取り込めるような造りになっている。おかげで開放感はばっちりだ。だが、薄暗い研究室に立て込もっていた僕としては、少々落ち着かない気分である。
そんな教室内で、僕たち新入生を待ち受けていたのは、テストである。
そう、入学早々テストである。否、入学式はまだなので、入学直前テストである。
勘違いを防ぐために言っておくが、合否が決まる入学試験というわけではない。ここにいる全員、入学は決定事項である。
このテストは、クラス分け用の試験である。成績が良い者同士、あるいは、学問に秀でない者同士を引き合わせるためのもので、特に優秀な人間は、飛び級さえ可能である。
そのテストの内容はといえば、それぞれの家庭で学ぶような、常識を問うものばかりである。前半は言語理解や簡単な算数などで、大人はまず間違えない問題。しかし、最後の最後に、応用力を問うものが待ち受けているという、至極簡単なつくりである。
応用とは言ったが、所詮は6歳児レベルである。96歳にとっては造作もない。
そんなテストが終われば、ようやく入学式である。何ということはない。校長先生がやけに長い話を繰り広げ、僕たちは睡魔に耐える。それだけの儀式である。
周囲を見渡してみると、やはり白人ばかりである。黄色人種は僕一人。式場で一人浮いていたわけだが、他の子供たちは緊張でそれどころではなかったらしく、特にざわめくようなこともなかった。
ただ、話の途中、うっかり眠った奴が椅子から転げ落ち、そのときばかりは一時騒然となったが。
トラブルなんてものはそのくらいで、それから解散の運びとなった。
登校初日から友達ができるほど、僕も世渡りが上手いわけではない。他の生徒と同様に、そそくさと帰宅の途に就いた。
「おい」
ふと、聞き覚えのある声で呼び止められた。
「おや。ボースト・デスパイズ様、でよろしかったですか?」
「ふん。色つきなんかがこんなところで何してんだ」
「見ての通り、入学式に参加していたのでございます」
「は? 色つきが入学?」
「はい。一応ですが、ソリューシャ家の長男として、この場に来させていただいております」
長男といっても、補欠のようなものだが。
「けっ。ソリューシャ家の考えることはわかんねえなあ」
「奇遇ですね。僕も同じことを考えています」
なぜ、父はわざわざ僕を、多額の費用がかかる学校に通わせたのか。僕にとっても謎である。貴族の打算としては、ティア様さえ優秀に育てば、僕は用済みであるはずなのだが。
「ま、どうでもいいけどな。同じクラスにだけはなってくれるなよ」
「それはどうでしょうか。先生のみぞ知るところです」
「けっ。やっぱり気に食わねえ」
そんな捨て台詞を残し、ボースト少年は、彼の能力、テレポートでどこかへ去ってしまった。
羨ましい限りである。一時間ほどもかかる下校に早くもうんざりしながら、一人で歩き出した。




