10話 授職の儀リターンズ
翌日。前年と同じく、朝食を済ませてすぐに屋敷を出た。傍らには、大輪の笑顔を咲かせ続けるティア様の姿がある。お陰で通行人の視線を集めに集めていた。
「ティアーユ様、はぐれないよう、お気をつけて」
「わかっているわ、アクオス」
今日は僕と手を繋ぐことはない。ティア様は父と手を繋いでおり、僕はそれに後ろから付き従っている形だ。
「お父さま。今年も人が沢山ですね」
「ああ。アクオスも、はぐれないようにきちんと付いてこい」
「はい。お父様」
この世界の貴族のヒエラルキーにおいて、黄色人種は基本的に下層である。たとえ家族といえど、そう簡単に白人の隣を歩くことは許されない。それが、家督を継ぐ可能性の低い者なら尚更である。
だから、そう物欲しそうにチラチラと見られても、手を繋ぐことは出来ないのです。ティア様。
心の声は通じることなく、僕は黙ったまま歩き続けた。
さて、人生二度目の大聖堂である。心なしか、去年より人が少ない。朝が早いせいだろうか。
「ふわぁ。すごいです」
二度目というだけあって、淡白な反応を示す僕とは対照的に、ティア様は目をキラキラさせて、あちらこちらへ目を向けている。
ここで唐突に言わせてもらうが、ティア様は大層可愛らしい。それゆえに、周囲の目を惹き付けるわけだ。誰の娘だと辺りは騒然とする。
そして、その隣には、ソリューシャ伯爵家の当主がいる。そうすると当然、株が鰻登りなわけだ。これでもかというくらい、授職の儀を活用している。
どう考えても、僕は邪魔である。そういうわけで、白人ばかりの中、悪目立ちする僕は教会の外に退散させてもらった。
去年と同様、儀式が始まってからは、歓声の波が起こっていた。大歓声の後では、嬉しそうな子供が中から現れ、拍手だけの後では、しょんぼりした子供が出てくる。観察しているだけで、退屈しのぎにはちょうどよかった。
そんな中、一際大きな歓声が起こった。時間的に、ティア様の順番付近である。まさかと思ったが。
案の定、次に出てきたのはティア様であった。
「おにっ、アクオス」
「ティアーユ様。いかがでしたか」
「切断と結束を操る能力。驚異のSランクだ。我が娘ながら、恐ろしい才能だな」
Sランク。数年に一人出るか出ないかという、希少などというレベルではない、珍しく、かつ強力な能力である。これだけで、将来は安泰と言っていい。
切断と結束。物騒ではあるが、有用であることは間違いない。何せ概念を孕んだ能力なのだ。何かを生み出すなんて能力とは格が違う。最高ランクに相応しい能力である。
これでティア様が生きている限り、僕が家督を継ぐ可能性は完全に無くなった。もとよりそのつもりであったが、えらく宙ぶらりんな立場に立ったものである。
「そういえば、アクオスの能力は知っていますが、ランクは知りませんでした。けれど、便利な能力ですから、きっと高いランクですよね?」
「あー、ティアーユ。アクオスの能力ランクはEだ」
「はい?」
「事実です、ティアーユ様」
ポカンとして固まったティア様。忘れることなかれ、僕の能力はEランク。逆に名誉とさえ思える最低ランクである。
「ですが、おに、アクオスの能力はとてもすごくて」
「わかっている。おそらく、アクオスの使い方に秘密があるのだろう。なぁ、アクオス?」
「左様でございます」
恭しく頷いてみせる。主に前世の記憶を活用しているので、そのような言われ方は過大評価気味であり、気恥ずかしいのだが。
そこでティア様は父の横を離れ、とことこと僕の耳元へ口を寄せた。
「やっぱりお兄さまは凄いのですね」
それだけ囁いて、また父の横に戻ってしまった。少しだけ頬が赤い。それは僕もだろうが。
まさか往来の真ん中で、あれほど接近されるとは。誰もが目を奪われる美貌に不意打ちで近づかれては、長寿の末に悟りさえ開きかけた身であれど、心臓に悪い。
ふと、僕たちの近くに並んでいた列が騒然としていることに気がついた。ティア様の囁き声が聞こえたというわけではなく、Sランク能力の存在についてであろうが。
「なんだか恥ずかしいです。行きましょう、お父さま、アクオス」
「はい。ティアーユ様」
人でごった返した街を行く。次の行程は、学校の下見である。
大聖堂から、家とは反対方向へ歩くことしばらく。大聖堂と負けず劣らずの大きさで、されどシンプルな外装の建物が現れた。
大聖堂は縦に長いイメージであったが、この学校は横に広いイメージである。グラウンドもあるが、一般的な小学校の二倍はあるのではなかろうか。
「大聖堂を経由したが、これが最短ルートだ。きちんと道を覚えておけよ」
「はい。心得ております」
複雑な道程ではない。目印になるものは把握しているので、トラブルにでも巻き込まれない限りは迷ったりしないだろう。
「案内ありがとうございました。帰宅しましょう。お母様がお待ちです」
「そうね。お腹が空いたわ」
「昼時で人通りも増えてきた。はぐれるなよ」
父のありふれた忠告に頷きを返す。
それがまさか、あんなことになろうとは夢にも思わずに。




