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第97話 混乱の気配

「捜索を中断する、ですって?」


 ”探索者”たちの中心にいたソフィアが、がつ、と両拳を打ち合わせる。誰もが彼女に傾注する形になった。


「それが”勇者狩り”の狙いなのは明白です! しかも、こんなあからさまな挑発までされて!」


 ソフィアが指し示しているのは、不吉なマークで赤く染められた街だ。

 アルは冷静に、


「やむを得ん。たった一人の悪党を捕まえても、街が滅びてしまっては元も子もない」

「うう……」

「ヤツの捜査は中止。今から街の防壁に向かう。……恐らく、規模的にはかなり希有な戦闘になるだろうが……。やるしかない」


 言いながら、アルは苦い顔を作っている。

 何も、かつての”勇者”たちが”魔王”討伐に必要とした神聖な数字だから六人編成が尊ばれていたわけではない。それ以上の”マジック・アイテム”持ちが集まると、同士討ちの危険性がとてつもなく高くなる。そうなった者たちの烏合の衆ぶりは歴史上、幾度とない悲劇を生んでいた。


「戦闘指揮は大叔父様がなさるという。50年前から古今東西の戦術論を編纂されてきたお方だ。心配……ないとは思う、が」


 京太郎は、アルの口調にいつもの自信がこれっぽっちも感じられなかった。お腹が痛いとかかな? と思った。


 アルとソフィアがしゃべり終えるとほぼ同時に、この地区を任された保護隊員から子飼いの”探索者”に向けた指示が慌ただしく飛ぶ。北の防壁に移動するのだ。

 一番動きが速かったのは、機動力に長けた斥候班であった。彼らは自分の足で直接北へ走ればいい。

 だがそうでないもの動きは悲惨である。どたどたを右往左往しながら馬車へと乗り込んでいくその有り様は、朝礼に並ばされている小学生のそれに近く、明らかに訓練を受けた者たちのそれではない。

 我が強すぎる”探索者”たちは集団行動に慣れていない、というのもあるが、それ以上に、いまこの街に迫っている危機への得体の知れなさに混乱しているのだ。

 ”魔族”との闘争の最前線にいるはずの”探索者の街”ですらその程度の意識なのだから、この世界の人々の戦争慣れしてなさは相当なものである。


 京太郎、シムは人混みに紛れないようまとまって立ち、サイモンは「どっちが面白そうかな」といった感じで馬車とこちらを交互に見ている。

 京太郎はどちらを勧めるつもりもなかった。

 結局サイモンは、しばらくこちらにつくことにしたらしい。


 人混みがはけた頃合いを見計らい、


「やあ」


 気軽に声を掛ける。

 アル、ソフィアが同時に振り向いた。ソフィアは例のユニコーンのスーツを身にまとっている。京太郎はその姿にずっと既視感があるなあと思っていたが、そこでようやく気付く。藤子・F・不二雄先生が描く未来世界の住人の間でめっちゃ流行ってるピッチリスーツだ。京太郎は中学生のころからずっと、あのスーツが流行る日を心待ちにしている。


「京太郎……さん」


 救いを求めるように、ソフィアが呟いた。

 さて、どうしたものかと京太郎は考えている。

 大規模な戦闘が始まること。……それ自体は京太郎たちにとって介入するべき理由にはならないだろう。

 それが”勇者狩り”によって導かれたものであれ、なんであれ、この世界の管理者が戦争に参加するようなことになってしまっては、本来の目的を見失うことになる。


「悪いが、そのドラゴン的なやつとの喧嘩に参加するつもりはない。我々が受けた”クエスト”はあくまで、”勇者狩り”の捜索だ」

「子飼いの”探索者”なら、隊員の指示に従うのが常だぞ」

「じゃ、縁切りだ。短い付き合いだったな」

「お前……」


 アルは目を細めて、三白眼を向けた。京太郎はこの男に睨まれるのにすっかり慣れてしまっている。


「まあ……どちらにせよある程度、探索班を残す必要はあると思っていたところだし……フム」


 そこでアル・アームズマンは数秒、パントマイムの道化みたいにピタリと停止して、


「……ここで真っ当に指示に従えば……遊撃隊を命ぜられた甲斐はない、か」


 と、柔軟に意見を翻した。


「よし。残る捜索班の指揮は、ぼくがやる。カーク・ヴィクトリアを呼び戻すぞ」


 さすがにその提案には、ソフィアが反論する。


「”勇者”一族の人間が防衛戦に参加しなかったとなると、後々問題になるのでは?」

「わかっている。……だが、このニホン人が言うとおり、”勇者狩り”の優先度も高い。高度な判断が必要なのはむしろ、こちら側だと考える」

「しかし、すでに防壁に向かったあなたの部下は、」

「ソフィアが指揮してくれ。公認の”探索者”なら、さほど格は落ちないだろう」


 アルはあっさりとそう言って、ポケットから家紋の入った懐中時計を取りだした。


「これが証だ。頼んだぞ」

「……は」


 ソフィアはそれだけ言って、踵を返す。

 一瞬、何か未練がましくこちらを見ていたようだったが、京太郎は気付かないふりをした。



 土埃を上げて走りゆく馬車の列を見送ると、あっという間に広場から話し声が消失する。

 一行は、かつて女衒の”人狼”がそうしていたように、ちょうど良い高さの花壇に腰掛けた。

 時刻は六時半を回っており、陽の光が徐々に差し込んできている。

 夜の街がもっとも静寂に包まれる時間帯だ。


「なあ」

「なんだ」

「さっき言ってたよな。決戦の地はこの場所になるってさ」

「うん」

「なんだか確信ありげだけどそれ、どういう根拠があるんだ?」


 アルは腕を組み、しばし目を細めて、


「しばし待て。そのうちわかる」


 そう応えた。


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