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第89話 休憩所

 二人、なんだか気まずい雰囲気のまま会社を出る。


「あ、ちょっと待って。切符買うから」

「あれ、Suica入ってないの?」

「入ってないよ。だって滅多に外出しないんだから」

「ああ……」


――百年引きこもった、か。


 何かの言葉の綾だろうか? 数字を大袈裟に言う冗談なら京太郎も時々やる。「百億年掛かってもクリアできねーぞこんなゲーム」とか、そんなの。


――だが、この場合はどうだ……?


 もし彼女が、本当に人間じゃないとしたらどうだろう。

 ステラやシムは《擬態》により姿を変えている。彼女も似たような術を使っている可能性は十分にある。

 もし、そうだとしたら……自分の今の気持ちは、根本から変わってしまうだろうか。


 京太郎が深遠な悩みに頭を悩ませていると、突然だった。

 急に肩を抱かれて、


「よォ兄ちゃん、マブいスケ連れてんじゃねえの」


 という、マンガに出てきたらその後3ページ以内に退場すること受けあいなチンピラ台詞とともに登場した男がいる。

 京太郎はこれっぽっちも焦らず、


「……コウちゃん。お前さては、わざわざ待ち伏せてやがったな」

「へへへ。ちょっとだけ仕事、抜けてきた」

「本当に社会人の行動力かよ……」


 言いながら、この友人が大学時代のノリを失っていないことを頼もしく思う。


「今日は休憩とってなかったらいいんだよ」

「いっとくけど、邪魔は……」

「しねえよ。まだ仕事あるし。すぐ帰る。……でも」


 浩介は、ため息を吐いた。


「来た甲斐あったぜ。――まさか外人とはな。しかもあれ、マイケル・ベイの映画に出てくるモブ女みたいにドチャクソエロい……」

「やめてくれ。お前が目をつけた後輩女子が片っ端から食われていったあの日々を思い出す」

「バカ言うな。俺はダチに気があるって気付いたら身を引いてたぞ。あの娘の時だって」

「その話はするな」


 そこで、切符を買ってきたウェパルが戻ってくる。


「たーいま。……って、その方どなた?」

「はろーないすとぅーみーちゅー! って、日本語うま!」

「そりゃどーも」

「あ、日本育ちってやつ? マテンロウのアントニーみたいな……」

「ま、そんなとこ。……で、もっかい聞くけど、だれ?」

「どーも! 京太郎のダチやってます! 浩介っていいます! 今日はたまたまここに通りがかったところです!」


――たまたま、ねえ。


 女性と接するとき特有のコミュ力を発揮して、浩介はニカッと笑った。


「じゃ、俺は仕事ありますんで。お疲れ様っした」


 そして、駅の出口へと去りながら、ばちっと下手なウインクをこちらへ向ける。

 よくわからんが、”がんばれよ”と言っている気がした。

 

「なんか……面白い人だねえ」

「ああ。あいつ、昔からモテるんだよ」

「わかる気がするなぁ」

「ウェパルも、ああいう男が好きかい」

「だからさあ。そういうことをさあ。聞くなって。はずいから」


 京太郎は苦く笑う。小さなきっかけだが、ちょっとだけいつものノリが戻ってきた気がする。浩介に感謝だ。


――とはいえまあ、半分振られたと思った方が精神衛生上、いいか。


 残念ながら、”マジック・アイテム”ショップで買った精力増強剤は役に立たないだろう。



 そう思っていただけに、ウェパルが当たり前みたいにラブホテルに案内してきた時は驚いた。

 最初こそ何かの間違いかと思ったが、


「ほら、ここよ。なんか予約とれなかったから、ちょっと空き部屋ないか確認してくる」

「………………………………………………え?」


 ウェパルはその言葉を無視して、とことことホテルの中へ消えていく。

 通常、こうした建物にはイチャイチャした男女が入っていくモノだと思っていたため、一人建物の前で残された京太郎はごくりと生唾を飲んだ。


「空き部屋あるって。行こうず」


 京太郎はしばし眉間に手をやり、


「最初からクライマックスなのか?」

「は?」

「いや……だってここ、少なくとも食事を楽しむようなところではないのでは?」

「――? よくわかんないけど、ここって休憩所でしょ? ピザ取ろうと思ってさ」

「きゅうけい……」

「うん。会社に出前呼ぶ訳にもいかないし、京太郎の部屋は……なんか狭そうじゃん? それにここなら、ゲームもカラオケもやり放題らしいよ。ついでにベッドが自動的に回転する機能まであるんだって。おもろくない?」

「ああ、なるほど」


 そういえばラブホテルって日本特有の文化だったか、と思い出す。

 だとしてもここがどういうことをする場所か、あっちこっちにヒントがある気がするのだが……。


「他意は、ないのか?」

「鯛? お刺身食べたいの? 私、今日はピザの気持ちなんだけど」

「よぉし。ピザを頼もう。それも耳の部分までたっぷりチーズが入ってるやつを、だ」

「やったね♪」


 京太郎は嘆息しつつ、ウェパルの後に続いた。

 明日の報告会、――たぶん、浩介は腹を抱えて笑うだろうな、と思いながら。



 その後の流れは本編とあまり関係がないため、おまけ程度に書き記しておく。


 結論から言うと、その日の二人はかなり盛り上がった。

 若干やけ気味だったのも良かったのかも知れない。

 まず出だしに今年の劇場版ドラえもんのテーマソング(by星野源)を歌ったあたりで一気にテンションが限界まで上昇。その後、ピザと一緒に運ばれてきたビールとコーラのカクテルで京太郎は完全に頭のネジが外れた。


 SMAPの『世界に一つだけの花』を歌いつつ「花屋の店先に並んでいる花はその時点でたくさんの花の中から選別されたものであるため、これはこの歌の趣旨として誤った比喩表現なのではないか」といった旨の理論を展開し、意外にもこれが受け、気分が良くなった京太郎は頭がくるくるぱーになった状態で『ガッチャマン』と『宇宙戦艦ヤマト』を熱唱した。


 その後、カラオケ→マリカー→スマブラ→バイオのガンシューのやつを一時間刻みで遊び、一周してカラオケに戻ってあたりで終電の時刻が近づいていることに気付く。

 しかし京太郎は、ウェパルが歌う、なんだかよくわからない異国の歌を聴いているうちに、幸せな眠りについていた。


 ふと目を覚ますと、冴えないおっさんが鏡張りの天井に映っているのが見える。

 どうやらそれが自分らしいと気付いて、アラームを鳴らしているスマホを止めた。

 時計を見る。約束の夜明けが近づいている。


 仕事の時間だ。


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