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第72話 じどうてきに

 人混みに紛れつつ、足早に路地裏を目指す。


 あえて京太郎は、”冒険者の宿”へ向かうことはしなかった。

 シム、ステラと離れるのは愚策かもしれないが、事態を解決するには襲撃者の身柄を抑え、有利に交渉を進めた方が良いという判断である。というか、この程度のトラブルに対応できる管理者でなければ自分を許せないと思った。

 とりあえず手元には『ルールブック』があるが、この状況ではまともに文章を書き込めないだろう。何度か訓練したことがあるが、歩きながらでは最初の文字すらまともに書けずにいるのが現状だ。


――むう。やはり準備不足だったか……?


 せめて非殺傷系の自衛手段を用意しておくべきだったかもしれない。


――やむを得ないな。


 京太郎は応急処置として、少しでも書く文字数を減らすため、


【名称:スタン・エッヂ

 番号:SK-2

 説明:刃渡り二十センチほどの短剣。

 柄にあるスイッチを入れた状態でこの短剣の刃に触れた者は、しびれて五分ほど身動きがとれなくなる。】


 これに文章を書き加える方向で考える。

 この場合、あのソフィアのチームメンバー、ロアの手持ちの”スタン・エッヂ”までチート武器みたいなことになってしまうが、……まあ、あくまで一時的な処置と考えよう。


 頭の中で一気に文章を構成して……。


 さっとポケットからペンを取り出す。

 間髪入れず、カツッ、と、京太郎が握っていた百均のボールペンがはじかれた。さっきの投げナイフだ。見上げると、いつの間にかすぐ前の建物の屋根に人影が見える。すばしこっこい奴だ。


「おい、そろそろいい加減にして話し合いに応じろよ……!」


 言いながらも、もはや説得は無駄だと気付いている。京太郎はなぜこの世から戦争がなくならないかなんとなくわかった気がした。


 ステラによると、この世界に存在する”マジック・アイテム”は、()()()()があるのが普通なのだという。

 つまり、どのような無敵の守護効果を生み出す”アイテム”を所有していたとしても、ほとんどの場合は受けられるダメージに限界があるのだ。

 奴は、ちくちくこちらに攻撃を加えることでこちらの守護効果を打ち消そうとしているらしい。

 それが全くの徒労であることを知っているのはこちらだけだ。


 京太郎は乱暴に頭皮を掻き、苦い気持ちで満たされる。


――ウェパルの言うとおり、やるときはやらないと仲間に示しが付かない、かもな。


 この場を支配しているのは、勝った方が負けた方の言うことをなんでも聞くという、原始的で野蛮なルールだ。

 相手は、そういうルールのゲームを挑んできた。ならばこちらもそれに応える必要がある。


――入り組んだ場所は相手に有利なだけだな。できるだけ広い空間に出たい。


 京太郎はナイフが飛んできた方向に背を向けて、人気のない場所を目指す。

 余った時間にステラやシムと散歩した甲斐あって、この辺の地理はおおよそ把握していた。少し進めば、廃棄された木造の工場があったはず。以前通りがかった時、仮面ライダーがよく戦ってそうだな、この脆い壁とかぶち壊して怪人が登場しそうだな、と思ったのでよく覚えている。


 かつては馬車の荷台を生産していたというその工場は、今やがらんとして静かだ。壁に不良品と思われる車輪が立てかけられていることを覗けば遮蔽物はない。これは、あまり姿をさらしたくない敵にとって不利な条件のはずだった。

 この状況で、こちらを見逃すか……それとも、しつこく追いかけてくるか。


 たたた、と、京太郎の耳に足音が響く。

 見ると、赤いマフラーをなびかせた男が立っていた。


――妹さんの安全を確保するためには、私がどうしたって邪魔、か。


 一瞬の、間。

 ひょっとするともうそろそろ、こちらには有効な攻撃手段がないことはすでに気付かれているかもしれない。

 そうなると最悪、『ルールブック』と引き離され、攫われてしまう可能性もある。もしその状態で終業時刻が来てしまったら、……こちらの正体を知られることにもなりかねない。

 それだけは避けたかった。


 ガンマンの決闘のごとく、二人はにらみ合う。


 先に動いたのは京太郎であった。

 完全に無防備なポーズで『ルールブック』を片膝に載せて、”スタン・エッヂ”の項目にペンを走らせる。

 その内容は、


【ほい:このナイフは てきをじどうてきに きぜつさせる。】


 というもの。

 だが、「てきをじどう」のあたりまで書いた時点で、


「させるかッ!」


 男は間近にまで迫っていた。その両手にはナイフが八本。これまで使ったのと違って鈍く紫色に発光している。なんらかの魔法効果を発動させるつもりらしい。


「奥義――天狼の遠吠えッ!」


 奥義。

 天狼。

 遠吠え。


 どういう効果の技かは見当も付かないが、とにかく嫌な予感がする。


――間に合わないか。


 京太郎はとっさに叫んだ。


「頼む、――”()()()()()”!」


 その刹那、


『MUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


 かつて京太郎が生み出した(ともがら)が、工場内の部品を蹴散らしながら姿を現わした。


――やっぱり、ずっと着いてきてくれていたんだな。


 実を言うとこの作戦、うまくいくかどうか半々だと思っていた。

 内心、彼の忠誠に感謝する。


「馬鹿な!」


 毒づき、男は目を大きく見開いた。身を躱そうとするがもう遅い。猛烈な勢いで車輪を回す”ジテンシャ”の頭部が男の右脇腹に突き刺さった。


「ぐェ、ギゃあッ!」


 轢かれた男は、カエルが潰れたみたいな音を発して工場内を斜めに跳ぶ。

 そして京太郎は、余裕を持って残りの「てきに きぜつさせる。」までを書き込んだ。


 ほっと一息。


 とはいえ、”スタン・エッヂ”を強化する必要はなくなったかもしれない。思ったよりも”ジテンシャ”の一撃が効いたらしく、男はクロールの息継ぎみたいなポーズのまま、ピクリとも動かなくなってしまった。


 とはいえ、実を言うとこの行動は全くの無駄というわけではない。

 これは完全なる偶然なのだが、同時刻、”スタン・エッヂ”を持つロアという青年は、とある理由でのっぴきならない状況にいた。かつての奴隷仲間の娘の純潔を守るため、奴隷商人たちに囲まれていたのである。

 絶体絶命の危機の時、”スタン・エッヂ”が勝手に飛び出して奴隷商人を残らずやっつけてしまった時はさすがのロアもたまげた。そして彼は、”正義の魔法使い”に対する尊敬の念を(本人の知らないところで)全く新たにするのである。


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