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第3話 河原の神様

 傾いた夕日が西の空を茜色に染めていた。

 時刻は午後五時頃。冬至(とうじ)を越えたといえ、今はまだ一月。日は決して長くない。大きい通りは差し込む夕日のおかげでまだ明るいが、建物が遮蔽物(しゃへいぶつ)となる狭い道などはすれ違う人の顔を確認することすら難しいほどに暗くなっている。


(これぞまさしく「()()れ」時ですね)


 そんなことを思いながら瑞樹は一人、石が転がる不安定な地面を踏みしめる。

 左を見れば背の高い草と低木が茂る高さ三メートルほどの急な土手。右を見れば幅四メートルほどの小さな川。足元には大量の丸い石に覆われた地面。

 ここは岩蔵(いわくら)高校の正面を流れる川――「赤鳥川(あかとりがわ)」の河原だ。

 校門を出てすぐの辺りを流れるこの川は、岩蔵市北東部から南に向けて流れる一級河川「宗津川(そうづがわ)」の支流である。市中央部の岩蔵山とその麓の岩蔵高校を南側から取り巻くように流れており、水深は深い場所でも一メートルほど。水質は比較的綺麗で、まれに橋の上で釣りをしている者もいるが、それでもわざわざ河原まで降りてくる者はいない。よって土手に設けられたコンクリートブロックを並べただけの簡素な階段は、誰にも使われないまま苔と草に覆われた無残な姿を(さら)していた。

 まるで違う世界に飲み込まれたような異様な静けさが漂う河原。そこを瑞樹は一人歩く。暗さのせいか、そこかしこに転がる大小様々な形の石が地面を埋め尽くす大量のしゃれこうべのように見える。


(時間が違うだけで雰囲気ってこんなに変わるものなんですか……?)


 見知った場所の見知らぬ風景に、瑞樹は肌を粟立(あわだた)たせる。

 静夏(しずか)から『河原の神様』の噂を聞いた後、バイト先に向かう静夏やランニング前に一度自宅へ戻るという実里(みのり)と別れ、特に何をするでもなく通りをぶらつき始めたのが今から一時間ほど前。ぶらつくうちに噂が気になって河原に降りる道を探し始めたのが半時間ほど前だっただろうか。

 まさか階段を探すだけで三十分もかかるとは思っていなかったとはいえ、軽々しく噂の確認になど来るべきではなかったかもしれない。

 臆病風(おくびょう)に吹かれそうになり、瑞樹は(かぶり)を振る。


(ここは学校前の河原、いつも見ている場所です。暗さのせいで不安になっているだけで怖い要素なんか一つもありません。変な噂はありますがあくまで噂、本当のはずはありません。それに、仮に噂が本当だったとしてもいるのは神様。怖がる必要はないし、むしろ私のお願いも叶えてくれるはず……)


 果たして瑞樹は噂を信じているのかいないのか。それは瑞樹自身にも分からない。

瑞樹の中には今、「神様」が現れるなんてありえないと思う自分と「神様」が現れるのではないかと期待する自分が同時に存在している。後者の瑞樹は噂の河原が校門前の河原だと聞いたときに現れた。現金なもので噂が身近な場所での出来事だと知った途端に噂に対する期待感が頭をもたげて来たのだ。

 矛盾した思いを抱えたまま瑞樹は河原を見回す。

 瑞樹は噂の「神様」が河原のどこにどうやって現れるのかを知らない。そもそもの情報提供者である静夏も知らなかったのだから当たり前だ。しかし、それでも「神様」が本当に存在するなら何か変わったものが河原に現れるのではないか。

 どこかに異常はないか。この河原にあるはずがないものが突然現れ出たりはしないか。

 息を詰めて辺りを見回す瑞樹だったが、河原には石が転がっているだけで何の異常も見当たらなかった。


「やっぱりただの噂だったみたいですね」


 安心と落胆が入り混じったような声で瑞樹は呟く。

 と、そのとき。不意に、何かが動くガサリという音がした。

 驚いて振り向く瑞樹。音がしたのは瑞樹の後方、暗がりになった橋の下だ。警戒心も(あら)わに走らせた視線の先にあったのは――


「……段ボール箱?」


 そこにあったのはスーパーのゴミ置き場にでも置いてありそうな、何の変哲もない段ボール箱だった。

 大きさは大体一抱えほどだろうか。二リットルのペットボトルが六本ほど入りそうなサイズで、小さめの動物なら余裕をもって入れられそうである。


「捨て猫でしょうか」


 もしそうだとすればこのまま人の来ない河原に放置しておくのも忍びない。大人の猫なら自力で生きていけるかもしれないが、もし子猫だとすれば十中八九自分で餌も取れずに死んでしまうだろう。

 なんにしても中身を確認しないことには始まらない。瑞樹は箱の横にしゃがみ込むと、そっと箱の(ふた)を開けた。


「やあ、お嬢さん! 突然じゃがワシと契約して魔法少女になってくれんか?」


 瑞樹はそっと蓋を閉じた。


***


 蓋に手を当ててまま瑞樹は硬直していた。


(え、なんですか今のは?)

 

 驚きが一周したのか、妙に冷静な頭で瑞樹は自問する。今瑞樹が見た光景は、言葉にすれば非常に単純だ。しかし瑞樹の脳はそれ(、、)を言語化することを頑なに拒んでいた。


(きっと何かの間違いでしょう。ええ、こんなことあり得ません。ファンタジーにもほどがあります)


 きっと場の雰囲気に()まれて変な幻でも見てしまったのだ。そうだ、そうに違いない。一人頷きながら瑞樹は自分にそう言い聞かせる。もう一度確認すれば今見たものも消えているだろう。そんな期待を込めて、瑞樹は再び箱を開けた。


「やあ、お嬢さん! 突然じゃがワシと契約して魔法少女になってくれんか?」


 消えていなかった。

 先ほどと全く同じセリフを繰り返しながら、それ(、、)は瑞樹を見上げていた。


「・・・・・・」


 無言のまま、瑞樹は天を仰ぐ。静かに目を閉じたその表情は、まるで試練に直面し苦悩する聖者のようだ。

 停止していた瑞樹の脳が、それまで拒絶していた目の前の現実の言語化を急ピッチで進める。いくら理解し(がた)くても、起こっていることそれ自体は実に単純なことなのだ。そう時間のかかる作業ではない。結果はすぐに出た。


(ああ、私は今、狸のぬいぐるみから魔法少女の勧誘を受けているんですね)


 うんうんと一人頷くと、瑞樹は改めて段ボール箱に目を向ける。表面に汚れは見られないが新品ではないらしく、ところどころに多少のシワがある。中には狸のぬいぐるみが一つある以外に何もない。ぬいぐるみの大きさは大体二十センチほど。信楽(しがらき)焼きの狸をさらにデフォルメしたようなデザインだが笠や大福帳(だいふくちょう)の類は身に着けておらず、代わりに藍色(あいいろ)の法被のような上着を羽織っている。


(ずっとこっち見てる……)


 箱の中からジッと期待に満ちた視線を送ってくるぬいぐるみに、瑞樹は愛想笑いを返す。そしておもむろに両手を伸ばすと、勢い良く蓋を閉めて元来た方向へと走り出した。


「待たんかあぁぁぁああ!」


 段ボール箱を突き破る音と共に瑞樹の背後から壮年の男の声で叫びがあがる。ちらりと振り返れば、狸のぬいぐるみが見た目によらぬ俊足で瑞樹に追いすがっていた。


「おかしいじゃろ!? 今のは完全に、『わあ、ぬいぐるみが喋るなんて不思議な事もあるものですね。私で良ければお話を聞きますよ、狸さん? うふふ』みたいな感じのリアクションだったじゃろ!? なんで全力疾走で逃げとるんじゃ!?」


「やめてください、ついてこないでください、あと『うふふ』とか人を勝手に変なキャラにしないでください、ていうか魔法少女ってなんなんですか怪しすぎますよ!」


 変な人―明らかに人間ではないが―に絡まれてしまった。いつの間にか並走してきたそれと視線を合わせないようにしながら瑞樹は走る。初対面の人間にいきなり魔法少女云々と口走るような人がまともな人とは瑞樹には思えなかった。


「わかった、その辺りのことを説明するから一旦止まってくれんか!? ちょっと息が切れてきた!」


「知りません! いい加減にしてください人を呼びますよ!?」


「いや、別に構わんが、お前さんはそれで良いのか? ここにいるのはワシとお前さんだけじゃぞ? 端から見たらお前さん、ぬいぐるみに話しかけられたと言い張る電波な女の子以外の何者でもないぞ?」


「変なところで客観的ですね!? そこまで分かってるならなんで話しかけてくるんですか! 大体、なんで言葉を話せるんですか! あなた一体なんなんですか!」


 妙に冷静な状況分析に思わず瑞樹は思わず立ち止まってツッコミを入れる。

 噂を頼りにしてここまできた以上、瑞樹としても奇妙な出来事に遭遇する覚悟はしていた。しかしそれでも、まさか狸のぬいぐるみから魔法少女になるよう迫られるなどというわけの分からない状況に陥るとは思っていなかった。


「ワシがなんなんのか? そうじゃなあ……」


 混乱する瑞樹を他所(よそ)にぬいぐるみは呑気に首をひねる。そして次の瞬間瑞樹を更に混乱させる言葉を言い放った。


()いて言えば、神様じゃな」


「神、様?」


「うむ。さよう」


体長二十センチのぬいぐるみが上着を(ひるがえ)して胸を張る。


火難(かなん)盗難(とうなん)除けの狸神にして魔法少女の良さを広める男、魔法宮(まほうのみや)ことキュウモウ狸とはワシのことじゃ!」


   ***


 堂々たる態度で名乗りを上げたぬいぐるみを前に瑞樹は困惑していた。


(え、神様? これが?)


 疑いに満ちた目で瑞樹は「キュウモウ狸」と名乗ったぬいぐるみを見下ろす。目の前で「夢は魔法少女のマスコットになることじゃ!」などと聞かれてもいない自己紹介をしているそれはどう見ても狸のぬいぐるみで、神様らしい威厳や風格といったものは微塵(みじん)も感じられない。

 

(いえ、確か『河原の神様』は姿が不明瞭だったはず。だったらこのぬいぐるみが神様でもおかしくはない……?)


 内心で首を傾げながらも瑞樹はキュウモウ狸に問いかける。


「えっと、あなたが噂の『河原の神様』ですか?」


「噂?」


 怪訝そうに眉を(ひそ)めるキュウモウ狸。そんなキュウモウ狸に『河原の神様』の噂について説明する瑞樹だが、キュウモウ狸の反応は(かんば)しくなかった。


「すまんが心当りはないのう。この街で会った人間はお前さんが初めてじゃし、そもそもワシがこの町に来たのはほんの二、三日前じゃからな。噂になるはずもない」


「そうですか……」


どうやらキュウモウ狸と『河原の神様』は別人らしい。ガックリと肩を落とす瑞樹に、キュウモウ狸は続ける。


「そもそもその噂自体、実体のないただの噂かもしれんな。願い事を何でも叶えられるというのはいくらなんでも胡散臭すぎる話じゃしの」


「……そうですよね、やっぱりそんな都合の良い話なんてありませんよね」


「どうした? えらく沈んだ様子じゃが、何か叶えて欲しい願いでもあったのか?」


 落胆して(うつむ)く瑞樹。そんな瑞樹に首を傾げるキュウモウ狸だったが、ふと良いことを思いついたとでもいうように笑って言った。


「お前さん、名は何という?」


「名前ですか? 渡部瑞樹ですが……」


「そうか。瑞樹よ、ここで会ったのも何かの縁じゃ。お前さんの願い事、ワシが聞いてやろう。願いの内容によっては叶えられるかもしれんぞ?」

 思わぬ提案にハッと顔を上げる瑞樹だったが、すぐに表情に不信感を滲ませる。しかしそんな瑞樹に、キュウモウ狸は優しげな目でこう告げた。


「なんじゃ? その顔は。お前さんが探していたのとは違うが、ワシとて神様じゃ。ものにもよるが、願いを叶えることもできる。話すだけ話してみんか?」


 そう言って見上げてくる視線を受けて瑞樹はわずかに逡巡(しゅんじゅん)する。

キュウモウ狸の提案は確かに魅力的だ。しかし、だからと言ってほいほい話してしまっても良いものだろうか。なにせ相手は初対面の人間に「魔法少女になってくれ」と言い出すような不審人物(動物?)なのである。

 瑞樹はちらりとキュウモウ狸を見る。目の前の狸神はぬいぐるみそのものの愛らしい顔に慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


「……実は」


 しばしの沈黙の後、瑞樹は口を開く。願い事といっても特に知られて困るようなものでもない。人に知られるのは恥ずかしいが、キュウモウ狸のような見ず知らずの他人が相手ならばそれも幾分かマシだと思われた。


「私、大人っぽくなりたいんです」


「大人っぽく?」


「はい」


 一度間を取るように頷いてから、瑞樹は続ける。静まりかえった河原に瑞樹の独白が響く。


「私、子供の頃は体が弱くて病気がちだったんです。今はそんなことはないんですけど、その頃の私を知ってる人からは過保護に扱われるというか、まだ心配されることも多くて……」


 瑞樹の脳裏を一時間ほど前の廊下での一幕が(よぎ)る。あの時、運動を始めようかと呟いた瑞樹を実里は必死の形相で止めたが、あれは病弱だったころの瑞樹を知っているが故の行動だったのだ。


「だから私が頼り甲斐のある大人っぽい人になればそういう風に思われることもなくなると思うんです。それで、その、大人っぽくなりたいな、と……」


 わずかに赤面しながら、瑞樹は語り終える。こんなことを大真面目に言ったら笑われるだろうか? そんな不安を感じながらキュウモウ狸を見れば、彼は意外にも腕組みをして考え込んでいた。

 数秒後。


「大人っぽく、か……残念じゃがワシの専門外じゃのう」


 首を横に振りながら発せられたその言葉に、瑞樹は諦めにも似た納得を感じた。

 やはり美味しい話はそうそう転がってなどいない。そもそも神様に頼って自分を変えようという考え自体甘かったのだろう。そう思って肩を落とす瑞樹に、キュウモウ狸は冷静に声をかける。


「まあ待て、早合点するな。なにも絶対に叶えられんとは言っておらん」


 落ち着けと示すようにキュウモウ狸は短い両手を振る。真顔で―瑞樹は狸の真顔など見たことがないのでそのような感じがするというだけだが―そう言うキュウモウ狸の様子に、(しぼ)みかけた瑞樹の期待が再び膨らみ始める。


「本当ですか!?」


「本当だとも。まあ、主にお前さんに頑張ってもらうことになるが力を貸すことはできる。なあに簡単なことじゃよ」


 勿体ぶりながらキュウモウ狸はニヤリと笑う。期待に目を輝かせる瑞樹を前に、キュウモウ狸はここぞとばかりのドヤ顔で言い放った。


「魔法少女になればいいのじゃ!」


「私もう帰りますね」


 キュウモウ狸が言い終わるのとどちらが早かっただろうか。魔法少女という一言が出たその瞬間、瑞樹は(きびす)を返してその場から立ち去ろうとする。


「まあまあ、そう急がずに最後まで聞いていけ。聞かんとワシ、泣くぞ?」


 おどけた口調に似合わぬ瞬間移動じみた速さで、キュウモウ狸は瑞樹の前に回り込む。そんなキュウモウ狸を氷の視線で串刺しにしながら瑞樹は呟いた。


「なんですか? これ以上あなたの戯言(たわごと)に付き合う気はないんですが」


「辛辣じゃのう。まあ落ち着け。さっきのは冗談でもなければおふざけでもない。真面目な解決策じゃ」


「どこが真面目なんですか! 結局あなたの趣味じゃないですか!」


 瑞樹の口から思わず怒りの声が飛び出す。

 魔法少女。最近では少し意味合いが変わっているようだが、瑞樹の知る限りではそれは魔法の力で変身したり事件を解決したりするアニメのヒロインを指す言葉だ。いわゆる変身ヒロインの一種だが、瑞樹にとって重要なのはそういったキャラクターが登場する作品が主に「女児向け」……すなわち、幼稚園から小学校くらいの子供を対象とした作品として扱われているということだ。

 子供を満足させるための夢物語とおもちゃメーカーの戦略の融合が生んだ虚像。小さい頃に憧れたとしても成長すればいずれは卒業するべきもの。子供時代の象徴――それが魔法少女というものに対する瑞樹の印象である。そんな瑞樹からすれば、魔法少女になることで頼れる大人に近づけるなど(たち)の悪い戯言以外の何物でもなかった。


「確かに相談したのは私の方ですが……人の悩みで遊ぶような人にはさすがに付き合いきれません! 帰ります!」


 先ほどとは違う意味で赤くなった顔で、瑞樹はキュウモウ狸の横を通り抜ける。そんな瑞樹に落ち着いた声で問いが投げかけられた。


「そうカッカするでない。ときに瑞樹よ、そもそも魔法少女ものとは誰が何をする物語じゃと思っている?」


 不可解な質問に瑞樹は歩きながら眉を顰める。


「誰が何を? そんなの主人公が魔法で事件を解決する話に決まってるじゃないですか」


 何を分かり切ったことを聞くのかと言わんばかりの口調で発せられた瑞樹の答えに、後方からキュウモウ狸の(うなず)きが返る。


「さよう。主人公が人々の困りごとや怪事件といった困難を解決するのは、魔女っ娘から連綿と続く魔法少女ものの王道。ではその主人公とは何者じゃ? どういう人間じゃ?」


「何者って……作品にもよると思いますが、よくあるのは普通の女の子とかじゃないんですか?」


 瑞樹が突っけんどんな口調で言い返す。矢継ぎ早に何度も質問されるのはあまり良い気分ではない。何が聞きたいのか分からない質問の場合はなおさらだ。


「うむ。そうじゃな。普通の女の子がひょんなことから魔法の力を手に入れる。これもまた魔法少女もののお約束じゃ。じゃが、なぜ普通の女の子が困難に立ち向かわねばならんのじゃ? その理由はなんじゃ?」


「……それこそ作品によると思いますが、大体は魔法の力と一緒にそういう役目みたいなのもついてくるんじゃないですか? 妖精の国を救うために悪い奴らを倒すとか」


「その通り。大抵は力とともに何らかの使命も授かるものじゃ。では、その使命を果たした後、主人公は一体何を手に入れる?」


 河原を去る瑞樹の足が止まった。先ほどから繰り返される意図の分からない質問への苛立(いらだ)ちが我慢の限界に達したのだ。

 ここらでガツンと言ってやろう。そう思って振り返りながら、瑞樹はキュウモウ狸をキッと睨みつける。


「いい加減にしてください! あなたさっきから何を――」


「成長じゃよ」


 しかし、瑞樹の非難はキュウモウ狸の言葉に遮られてしまった。


「……はい?」


 気勢(きせい)を削がれた瑞樹の口から間抜けな声が漏れる。そんな瑞樹を真っ直ぐ見つめながらキュウモウ狸は続けた。


「魔法少女ものにおいて、普通の少女である主人公は人々の困りごとや怪事件を解決するといった使命を課される。そしてそれらの困難を解決する中で、主人公は責任感や決断することの大切さを学び成長していくのじゃ。……ところで」


 そこで一度言葉を切ると、キュウモウ狸は愛らしい見た目に似合わぬ不敵な笑みを浮かべる。


「責任感を持ち決断力がある人というのは、大層頼り甲斐があって大人っぽいとは思わんかね?」


「……なるほど」


 そういう理屈か、と瑞樹は心の中で呟く。つまり、キュウモウ狸はこう言っているのだ。魔法少女になって困っている人を助けるなどの活動をすることで人間としての成長が見込めるのではないかと。

 

(理屈としては穴だらけですね)


 現実は物語のようにはいかない。そもそも人の役に立ちたいなら普通のボランティアでも良いはずだ。


「さて、では改めて聞こうかの。お嬢さん、ワシと契約して魔法少女になってくれんか?」


 よってこの提案を受け入れる必要はない。

 が。


(考えてくれたんですよね。真剣に)


 腕組みをして首を捻っていた彼の姿が自然と思い出される。出会ったばかりの瑞樹の願いを叶えるために、わざわざその方法を考えてくれたのだ。


「丸め込まれたみたいで(しゃく)ですが」


 キュウモウ狸の元に歩み寄りながら、瑞樹はため息をつく。


「その話お受けします。よろしくお願いしますね、キュウモウ狸さん」


 契約成立。

 差し出した瑞樹の右手に、ぬいぐるみのような右手がしっかりと重ねられたのだった。



 なお、その直後に


「よっしゃあ! これでワシも魔法少女のマスコットじゃあ!! イヤッフゥゥ!!!」


 と叫んで両手を天に突き上げるキュウモウ狸を見た瑞樹が、


「あれ、これ本当に丸め込まれただけなんじゃ……?」


 と一抹の不安を抱くことになったのだが、それはまた別の話である。

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