前編
神社は初詣に来た時より少し暖かくて、梅のつぼみが膨らんでいるのが見えた。池を泳ぐ鯉も、春を待ちわびてうきうきしてるように見える。
「お兄ちゃん、早く早く!」
私は後ろを振り返って手を振った。
「そう急ぐなよ」
お兄ちゃんはまだ階段を登っている途中で、はぁはぁ肩で息をしていた。
「お兄ちゃんじじくさいー」
「じじくさいって……まだ中三なんだけど」
私が笑うと、お兄ちゃんは困ったように眉を下げた。
「中三も小五から見たらじじいだもんー」
そう、お兄ちゃんは中学三年生。高校入試を明日に控えている。私はそんなお兄ちゃんのために、一緒に神社にお詣りしにきたんだ。
お兄ちゃんが上ってくるまでの間、なんとなくかけられた絵馬を眺めていたら、お正月に書いたものがまだかかっていた。
私の『漫画家になれますように』と、お兄ちゃんの『樹木医になる』が、仲良く並んでいるのを見て、私はついつい笑ってしまった。まだ二ヶ月ちょっとだし、残ってても当たり前なんだけど、なんだかくすぐったい感じだ。
「おまたせ」
「このあと友達と遊ぶ予定があるんだから、早くしてよね」
やっと階段を登り終えたお兄ちゃんの手を引っ張って、賽銭箱の前に進み出る。私はちょっとオーバーに鈴を鳴らした。季節外れのお参りで、神様が寝てるといけないし。
そして、大きめに柏手を打つと、ポケットから五円玉を取り出して賽銭箱に放り込んだ。この時のために準備していた、お兄ちゃんの生まれ年の五円玉だ。
(――お兄ちゃんが高校入試に合格して、そのまま大学もとんとん拍子で入って、立派な樹木医になれますように)
真剣にお祈りして、一礼する。長ったらしいお願いになっちゃったけど、ちゃんと叶えてよね、神様。
礼をして横を向くと、ちょうどお兄ちゃんもお祈りが終わったところだったので、目配せしてUターンした。
「ごめんな、付き合わせちゃって」
お兄ちゃんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「別に気にしてないけど、無事に合格したら何か奢ってよね。高校生になったらバイトだってできるんでしょ」
なんて返しながら、私は服の胸ポケットからスマホを取り出す。今何時だろう、友達から連絡、来てないかな。
ロックを解除したその時。お兄ちゃんの肘が当たって、私はスマホを取り落としてしまう。
「あーっ!」
石段を転げ落ちていくスマホを見て、私は悲鳴を上げた。慌てて階段を駆け下りて、一番下に落ちているスマホを拾い上げる。
「ごめん! 大丈夫だった?」
「スマホ自体は壊れてないみたいだけど、カバーがゴリンジュウ……」
あとからあわてて駆け寄ってきたお兄ちゃんに、私は言った。あーあ、ついてないなぁ……。ウサミーちゃんのスマホカバー、お気に入りだったんだけど。
まあ、しょうがないか。気を取り直してメッセージをチェック……あれ?
ホーム画面に見たことのないアイコンがあることに気付いて、私は首を傾げた。
瞳がぐるぐるの大きな目玉アイコンで、アプリ名は『未来予知』って書いてある。落とした拍子に、何か変なアプリ、インストールしちゃったのかな。
「なんだ? そのアプリ」
お兄ちゃんが私のスマホ画面を後ろから覗き込んでいる。私は不思議に思いながらも、そのアイコンをタップした。セキュリティソフトもちゃんと入ってるし、ちょっと開けてみるだけなら平気だよね?
『ようこそ。未来予知アプリへ。このアプリでは未来のことを二十四倍の速さで知ることができます。知りたいことを入力してね。』
真っ黒な画面に、白い文字でこんなメッセージと、その下に白いテキストボックス。
「占いアプリみたいな感じかな……」
こういうのってどうせ当たらないんだろうけど、『恋愛運』とか『勉強運』みたいなざっくりした感じじゃなくて、自分で質問を入れられるっていうのはちょっと新しいかも。今流行のAIってやつなのかな?
『今日玖子が着てくる服はどんなですか?』
私はとりあえず、すぐに結果がわかりそうな質問をアプリに入力してみた。玖子は今日遊ぶ友達のうちの一人で、クラスで一番背が高くて大人っぽい。高校生のお姉さんからお下がりの雑誌をもらっていることもあって、流行のファッションにも詳しいんだ。だから本当にわかるなら、一足先にどんな服か知りたくて。
待ち合わせの時間までそんなにないからか、すぐにアプリから返事が来た。
その答えを見て、私は思わず笑ってしまう。
『ピンクでフリルのチュニック』
ないないないない!
これで、もう一人今日遊ぶ予定の千夢なら似合うかも知れないけど。小柄でかわいい系だし。
でも、玖子はそんな服、そもそも持ってなさそう。
「今の技術のAIなら、服の種類を訊かれてるってわかっただけでも十分すごいんじゃないのか?」
なんて、横で見ていたお兄ちゃんが言った。その程度のものかぁ。ちょっとがっかり。
「ところで、待ち合わせはいいのか?」
「神社の前が待ち合わせ場所だから、ここでそのまま待ってれば平気」