ハートのチョコをクリエイト★【コメディー】
【あらすじ】
人間界が、バレンタインで甘い賑わいを見せていた頃。
女悪魔のノワールも、気になるあのお方のために“ハートのチョコレート”を作ろうと決意する。
「悪魔的に言うなら、“ハート”ってあれよね★」
バレンタイン殺戮企画参加短編です。
【タグ】ラブコメ、バレンタイン殺戮企画、スプラッタ?、女悪魔、ハートのチョコレート
赤紫色が混じる暗黒の空、荒涼とした黒い大地。まばらに生える、葉がなく水気もない木々。
それ以上に目につくのは、ただ異形ということしか見てとれない骨と躯の数々。まるで、そのへんの小石がごとく転がっている。
これらが日常として存在する世界はただひとつ。
そう、魔界だ。
魑魅魍魎、悪魔に魔族に何でもござれ。光に満ちる世界とは、まったく異なる価値観で生きる者どもが棲まう異界である。
そんな一角。大きな角を持つ白骨に、腰かける人型の影がひとつ。そして、浮遊する小さな影。
「ねーえ、この髪型どう?」
声を発したのは人型。メリハリがある褐色の身体に申し訳程度の布地を纏い(というか、貼り付けてと言うべきか)、腰までの金髪をツインテールに束ねていた。血色の目は、幼さがある顔立ちと相まって、どこか甘い毒を連想させる。
そして、頭部のねじれた角。背中にはワインレッドの皮膜の翼、先が尖った尻尾。
要するに、人型は女悪魔だった。
「これぞ、キュートな悪魔ノワールちゃん★ にぴったりだと思わない??」
ノワールは、ツインテールの先をくるりんと仕上げてウインクした。
「あーうん、かわいいかわいい」
答えたのは、パタパタと羽ばたく小さなコウモリ。首元に血染めのリボンをキュートに結んでいる。
「ちょっとー、投げやりじゃなーい?」
ノワールがぷうっと頬を膨らませると、
「だってこのやりとりっていつものことだしさー」
コウモリは、ノワールが腰掛ける白骨の角に、逆さまに止まる。
「んもう、ブランは乙女心がわからないんだから! そんなんじゃチョコレートもらえないわよっ」
「“ちょこれーと”?」
コウモリ――ブランは逆さまのまま、首を傾げる。
「そ、チョコレート。なんか、人間の間に“バレンタイン”とかいうイベントがあるらしくって」
「ばれんたいん?」
「好きな相手に“チョコレート”ってのを渡すみたいなのよ」
「ふーん。求愛行動のひとつなわけか」
「悪魔的には、愛だのなんだのってわかんないんだけど。でも、要は。気に入られたい相手に捧げものをするってことよね」
そこで、ノワールはにっこりと笑う。
「あたしねー、気に入られたい悪魔がいるのよ」
「あー、なんか言ってたっけ。大悪魔まで秒読み段階の」
「そう! よく覚えてたじゃないのブラン!」
「あんだけ聞かされてりゃねー。で、何か献上するつもりなんだろ?」
「そう! 察しがいいじゃない」
ノワールは両手を合わせて、すべやかな褐色肌の指を絡ませる。
「ハートのチョコレートを贈ろうと思うの!」
「はーと?」
「そう。ハート。人間たちが記号化した、愛の形なんだって」
ノワールは、両手で「♡」の形を作ってみせる。
そして、
「でもぉ、悪魔的にはやっぱ、ハートっていったらあれよね?」
甘い毒に、嗜虐的な光が宿る。
「ああ、そういう……。なかなかセンスいいんじゃない?」
ブランが感心したように、ノワールを見上げ(体勢的には見下ろし)た。
「だからさあ、なんでボクが駆り出されてるの」
「細かいことはいいじゃなーい。ブランて、センサー役として優秀だから」
「はいはい……もういいよ。で、なんでここを選んだの?」
悪魔とコウモリは、宙に浮いている。夜闇にピンクのイルミネーションがきらびやかな、人間たちでひしめくショッピング街を眼下に据えて。
「はあ、わっかりやすくピンクな感じだねー。愛とか恋とか、老若男女問わずにさ。いくらか欲も見て取れるけど」
「『欲』はいいわあ、悪魔的に魅力あるぅ★」
身体をくねらせながら、ノワールは恍惚とした表情を浮かべている。
しかしすぐに人間たちを見下ろして、
「『愛』よりも『哀』って感じが、悪魔的にはいいのよね。だ・か・ら! 反転させちゃう」
ふっと、ノワールの姿が掻き消えた。
そして次の瞬間、
「え……?」
呆然と。事態が飲み込めない、というような、男の声。
「どうしたのふみゆ、き……きゃあぁああっ!?」
男の隣を歩いていた女が、振り返って悲鳴をあげる。
男の胸から、鮮血に塗れた褐色の腕が生えていた。その手には、血を吐き出しながら脈打つ心臓。
「ノワールちゃんが、悪魔的に心臓ゲット★」
明るくポーズを決め、ノワールは心臓ごと腕を引き抜く。
胸から血を噴出させながら、男が倒れた。
「ふみ、ふみゆ、ふみ……」
女が両手で両頬を包み、ガタガタ震えている。震えつつも、死体に歩み寄ろうと、
「うんうん、そういうの! 『哀』とか『絶望』とかね♪」
ノワールは喜色を浮かべて女の心臓ももぎ取った。
ふたつの死体が出来上がるまで、一分もかかっていない。
生前のふたりの側を歩いていた人間たちが、徐々に異常に気づき始めた。
最初は緩やかに、そしてそこからは衝撃波のように。
悲鳴と恐怖、恐慌状態が伝播する。
「あっははははははははっ!」
ノワールは哄笑を響かせ、
「あとは数をそろえなきゃ♪」
甘い声に残虐な愉しさを混ぜて、女悪魔による心臓狩りが始まった。
「型にはめてチョココーティング! ……にしたいとこだけど、これは固まっちゃ意味ないわよね」
「んー、鮮度が命かね」
「よね★ じゃあチョコレートはかけるだけにして……。できた!」
完成品を高く掲げて、ノワールが、嬉しそうにくるくると回る。
「がんばったじゃん? 行ってくればー」
「うん! 行ってくるー!!」
背中の翼を大きく広げ、ノワールは赤紫が交じる暗黒の空を、一直線に飛んで行く。
「うまくいくといいなー!」
ブランが珍しく大きな声を出して、友人を送り出した。
「あの、大悪魔さま! これを受け取ってください!」
ノワールは頬を赤く染めながら、ハートの型を載せた皿を差し出す。
型の中には、チョコレートのかかった脈打つ無数の心臓が詰め込まれている。
集めてすぐに準備し、超特急で仕上げた代物だ。新鮮さの証拠として、心臓たちからは未だに血が噴き出している。
皿はノワールの手から受け取られた。チョコレートがけの心臓がふたつほど、鋭い爪の生えた太い指につままれ、大悪魔の口に放られる。
「いい絶望の味だ」
ぱっと、ノワールの全身に喜びが広がった。
大悪魔はそのまま、ノワールの頬を指でなぞる。
「なにか付いているぞ」
「あっ、これ、チョコレートがいつの間に! ……あの、あたしのことも……食べちゃいます?」
ノワールは甘い期待で目を潤ませて、上目遣いに大悪魔を見つめた。
2017.2.14投稿