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「たべちゃいたいねぇ」【ホラー】

【あらすじ】

 高校生になって、初めての夏休み。

 期待していたことはたくさんあったけど、一番最初に私を待っていたのは猛暑と課外の日々。

「ねえササコ、涼しくなるようなこわーい話、聞いてみる?」

 クラスメイトのミキが話し始めたのは、小さいころから時折見たという、不思議な存在の話だった。


【タグ】得体の知れないモノ、高校生、学校、やくそく、幼いころから

 夏休み。ついに来た夏休み。

 たまに寝坊して、海とか山とかプールとか、テーマパークも行っちゃったりして。

 スイカやアイス、かき氷とかの、冷たくて甘くておいしいもの食べて。

 浴衣着て、縁日で気になる人とばったり会っちゃったりなんかして。


 そんなことを夢見ていたけど、進学校に通う身ではそんなめくるめく日々は望めない。

 

 高校生になって初めての夏休みは、参加必須の課外のせいで、一週間経ってもまだ始まった気がしない。

 今日も明日も課外だし、この昼休みのあとだってそうだ。

 昼食を終えたら、チャイムが鳴る前に次の教室に移動しなければいけない。


「いやあ、今日もあっついよねー、曇りなのにさー」


 一緒に昼食を食べていたミキが、弁当箱を片付けながら間延びした声を出す。


「でもさー、雨降りそうじゃん。絶対もっと蒸し暑くなるよ」


 私は、サンドイッチの最後のひとかけを口に放り込みながら外を見る。

 朝は白かった曇り空が、今にも豪雨を降らせそうなほど厚い雨雲で覆われて、暗い。

 教室の蛍光灯が点いていなければ、授業にも支障が出るだろう。

 それでも、肌にじっとりと張りつくような湿気のせいで、まったく涼しくないのだ。


「いやもう、最近猛暑すぎるでしょ。なんでもいいから、涼しくならないかねぇ」

「お。なら、私がササコのために、とっておきの怖い話をしてあげようかな?」

「お? 大きく出たねー。でもそろそろ教室行かないと遅刻しない?」


 私は腕時計を見る。あと十分ほどで出ないと、次の授業に間に合わない。


「そんなにかからないから、大丈夫だって」

「ならば聞かせてもらおうか、そのとっておきとやらを」

「うむ、よろしい」


 突然、芝居かがった話し方になったお互いを笑いながら、ミキと私はほんの数分だけ、怖い話に興じることにする。


「じゃあ、私が小さいころから始まるんだけどね、」


 ミキは壁を背にして座り直し、声のトーンを若干落として話し始めた。



 ◇ ◆ ◇



 かわいいねぇ、たべちゃいたいねぇ




 小さいころ。

 物心がついて、記憶に残っているほんの二、三歳くらいのときのこと。

 私には、それが見えていた気がした。


 鴨居と天井の間の壁に、ふたつのおおきな目。


 実物の生々しい質感を持ったものじゃなく。

 横長で、絵本に描かれているような、立体感のない作りもののような。

 大きさは、ひとつの目で横幅四十センチくらい。

 とんでもなく大きい。

 それが、並んでふたつ。


 見えるときは決まって曇天の薄暗い時間とか、眠る前の、手元の電気スタンドの明かりしかないときとか。

 ともかく、暗い部屋でだった。



 私はそれと目が合うたび、


「おっきなおめめーっ!」


 と布団に潜り込んだりして、寝かしつけようとする親を困らせていた。

 かと思えば、ちらっと布団から顔を出してからまた、


「おめめーっ!!」


 とやるのだから、親もたまったものじゃなかっただろう。

 いや、直接親に聞いたわけじゃないけど、きっと困っていたと思う。


 ともかく私は、毎晩のようにその目に怯えていた。

 何をしてくるわけでもなかったけれど。

 ただ目があるだけで、口だってなかったけれど。




 ほんとうにかわいいねぇ、たのしみだねぇ、

 やくそくだもんねぇ




 私が小学校に上がるにあたり、私たち家族は学校に近い一戸建てに引っ越した。

 そのころにはもう、「おおきなおめめ」は見えなくなっていたし、私自身気にしていなかった。

 周りの大人も、きっと「見えないはずのなにか」が見えるという、こどもによくある時期が終わったと思っていたんだろうね。



『おおきくなったねぇ、かわいいねぇ、

 もっともっとおおきくなったら、


 たのしみだねぇ、』



 家鳴りに紛れて、一度だけ言葉が聞こえたような。

 そのときは怖かったけど、ただの勘違いだと思ったんだ。




 おおよそ普通の小学生生活を送って、私は中学生になった。

 「おおきな目」のことは、ふと小さいころのことを思い出したときに、連鎖して思い出したりする程度のものになっていた。

 思い出したとして、「あれは“見えないお友達”のひとつだったんだろう」と、自分で納得できる程度の思い出。

 そのはずだったのに。



 高校受験も終わり、あとは卒業式と結果を待つだけになったある日。

 私は下校時の玄関で、忘れ物に気がついた。


「ごめん、ちょっと待ってて!」


 下駄箱の前に友達を残し、私は教室に戻ってきた。

 まだ、中に何人か残っていたけれど。

 声をかけるほどの仲でもなかったから、そのまま真っ直ぐ自分の机に向かう。


 多分、この中。

 そう思って差し入れた手は、しかし、机の中で空を切る。


「あれー?」


 思わずしゃがんで覗き込むと、目当ての紙は奥にあった。

 ほっとして手を突っ込み、紙を回収する。

 そのとき、机の板のそれと至近距離で目が合った。

 机の板に入りきらなかったからだろうか、片方だけだったけれど。


 十年ぶりの、「おおきな目」と。



『おおきくなったねぇ、そろそろだねぇ、


 や く そ く、


 だったもんねぇ』



 口が。

 あのときはなかった口が、そう動いた。




 ◇ ◆ ◇



 壁を背に座るミキは、ゆっくりと唇を動かして語り終えた。


 しんと静まり返った、夏休みの高校。課外授業の休み時間、一年三組の教室。

 私とミキふたりだけなのは、みんながもう次の授業の教室に移動してしまったから。

 教室が薄暗いのは、私たちを除いて最後に教室を出た日直の子が、電気を消して行ったから。

 私もミキとすぐ出るつもりで、日直の子にスイッチを任せたのだ。


 しかして私たちは、気づけば時間ギリギリまでミキの「怖い話」に付き合っていた。


「でもさ、今こうして高校生してるってことは、大丈夫だったんでしょ?」


 私は、努めて明るい声を出す。

 ミキしか見ないようにして。


「うん、まあ。今日も普通に、課外に出たし」


 ミキは緊張感なく、にへらと笑う。


 何で過去形なの?


「何で……何で今、その話したの?」

「ん? だって、夏っていったら怖い話でしょ。ササコもさっきはノリノリだったじゃん」

「そうだけど、でも、なんで」


 私はミキしか見ないようにする。

 時間はギリギリなのに、ミキは問題集すら出していない。何で。


 もう、だめだ。

 意識しないようにしても、ミキの後ろの、壁にあるそれを無視し続けることは。


「……やっぱり見えてるんでしょ? ササコにも」


 立体感のない、ふたつの大きな目と口。

 それが、ミキが背にした壁にある。

 意味がないかもしれないと思っていても、私は無理やりそれから意識を引き剥がす。

 強制的に視線を戻して見たミキの目には、諦めの色があった。


「ササコもさ、実は見たことあるんでしょ? 聞いたことあるんでしょ? だったら、」


 壁の口が、天井まで大きく開かれる。

 無視しようとしても、大きすぎてどうしても視界に入ってくる。



「すぐこうなるから」



 真っ暗な口の中に、ミキは丸飲みにされた。

 口が閉じて、一瞬で消えてしまった。反応する間すらも、全然。

 そこにはもう、ミキが座っていたイスしかない。


 ただ、それで終わりではなかった。

 私は見てしまったのだ。


 ミキが飲み込まれる瞬間、胸ポケットから弾かれた手鏡が床に落ちて、私の頭上を映したのを。


 大きな目と口が、天井にあるのを。




 ミキちゃんは、おいしかったねぇ

 ササコちゃんは、どうかなあ?




 天井の口が大きく開くのが、足元の鏡越しに見える。




 ……ミキの話を聞きながら、思い出してはいた。

 私も、幼いころに「大きな目」を見ていたことを。

 ミキほどには、気にしていなかったと思うけれど。

 でも私の場合、口はミキと比べてもっと早くに現




 ああ、おいしかったぁ

 たべちゃいたいくらいかわいいこは、やっぱりおいしいねぇ

2015.7.27投稿

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