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お嬢様(五歳)は奴隷のイスをご所望です【ハイファンタジー】

【あらすじ】

貴族の名家に仕えるエルフの奴隷の“うさぎ”は、ある日、お嬢様に“どれいのいす”になれと命じられた。


※自サイトにも掲載しているものに、いくらか加筆修正したものです。


【タグ】身分差、年の差、日常、嬢様と“どれい”

 お嬢様は両手を腰に当てて胸を張る。


「“うさぎ”、おまえは“どれいのいす”になるのよ!」


 五歳の幼き令嬢からの命令に、十八歳の奴隷のエルフ、“うさぎ”は動揺した。



 どうしてこんなことになったのだろうか。


 お嬢様の“うさぎ”となる前は、奴隷のエルフはただ売り買いされる商品だった。

 物心つく前に故郷から拐われたらしい。

 らしいと言うのは、今のご主人様であるおおらかな貴族の旦那様の目に留まり、屋敷に連れて行かれる途中で聞いたからだ。


「お前にはエルフの里の印がないね。よほど幼い頃に奴隷にされたんだろう。辛かっただろうに。もう大丈夫だ」


 旦那様は支配階級の人間としては珍しく、奴隷を奴隷として扱わなかった。

 身なりを整え教育を施した上で、使用人と変わらない待遇で仕事をさせてくれた。驚くことに、給金まで出ている。

 奴隷のエルフは、様々な諦めと共にあるのが当然だった生活とは一変した、幸せな日々を過ごしていた。



 旦那様のご息女であるお嬢様に出会ったのは、そんな生活の、本当に初めの頃だった。


 薄汚れたみすぼらしい身なりのまま、奴隷商の元から旦那様の屋敷に着いたその日のこと。

 まずは風呂で身綺麗にするためにと、屋敷の使用人(中には同じように拾われた奴隷もいたそうだ)たちに連れられて夕日の差すバラの庭園の隅にある使用人用の道を歩いていると、道の途中で佇む幼子を見つけた。

 絹のような光沢をもつ前髪を後頭部でまとめて形の良い白い額を出し、ひと目で上物だとわかる深紅のドレスと、背中に流した金髪のコントラストが目に鮮やかだったのを覚えている。

 そして、彼女は大きなウサギのぬいぐるみを両手で抱えていた。


「あらまあお嬢様! このようなところでいかがなされました?」


 使用人の女が駆け寄って行き、二言三言交わす。そのあと、幼子は初めてこちらに気づいたように視線を寄越した。

 そして腕の中のぬいぐるみとエルフの奴隷を無遠慮に何度か見比べたあとで、


「みみがながいのね。おまえもうさぎなのかしら?」


 エルフの長く尖った耳のことを言っているのだと気がついて、エルフの奴隷は片膝をつき、恭しく頭を垂れた。


「このようなお見苦しい姿でお目通りした無礼をお許しください、お嬢様。この耳は、エルフという種族の特徴でございます」

「ふうん、そうなの。でもおまえはきょうから“うさぎ”よ!」


 こうして、エルフの奴隷はお嬢様によって“うさぎ”となった。



 お嬢様は両手を腰に当てて胸を張り、実に堂々としていた。


「おじさまのごゆうじんのおにいさまが、『きぞくは“どれいのいす”にすわるものだ』とおっしゃっていたの!」


 それで「どれいのいす」発言に繋がったのか。“うさぎ”はひきつりそうになる口元をなんとか柔和な笑顔に保ち、ひざまずいてお嬢様に目線を合わせていた。

 その「おじさまのごゆうじんのおにいさま」は、今日のお茶会に参加している。よく言えば恰幅の良い、しかし意地の悪さが目元に出ている貴族だった。


 やりかねない。

 いや、多分実際にやっている。


 よその家の見ず知らずの奴隷に、同情を禁じ得なかった。


「“うさぎ”、おまえも“どれい”なのでしょう? なら、わたくしのために“どれいのいす”になるのよ!」


 そうだ、今はお嬢様が問題だ。

 利発な令嬢然としているが、まだ五歳の幼子だ。

 旦那様のためにも、何よりこの愛らしいお嬢様のためにも、こんなことで道を踏み外させるわけにはいかない。

 なんとかしなければ。

 幸い、お嬢様の「どれいのいす」発言は周りの客人たちには聞かれていない。


「それにしてもたいくつだわ。“うさぎ”、わたくしをうらのていえんまでつれていきなさい! おとうさまにはおゆるしをいただいているわ!」


 貴族とはいえ、幼いお嬢様にはたしかに貴族のお茶会は退屈だろう。そして今のお嬢様を人目のつかない場所へ避難させる口実ができて幸いだという思いが、“うさぎ”の脳内を巡る。

 立ち上がって使用人のまとめ役の女を見つけ、視線を送る。

 こちらの詳しい事情は知らないだろうが、彼女は「行きなさい」と目配せで答えてくれた。


「では参りましょう、お嬢様」


 お嬢様を連れて、“うさぎ”は貴族たちのお茶会を後にした。



 ここまで下がれば、外部の者に聞かれる心配もない。“うさき”は内心胸を撫で下ろす。


「“うさぎ”、えほんをとりにいくわよ!」


 お嬢様はスタスタと自室に向かう。“うさぎ”は慌てて後を追った。



 お嬢様お気に入りの数冊の絵本を持って、お嬢様と“うさぎ”は裏の庭園まで戻ってきた。

 ここは完全な私有地なので、外部の誰かが立ち入るということはない。

 高い陽に照らされた美しいバラの色彩と、芳しい香りに包まれた静かな空間だ。

 お嬢様は、広く開けた芝生の上で足を止め、くるりと向き直って“うさぎ”を見上げた。


「さあ“うさぎ”、“どれいのいす”になりなさい!」


 お嬢様はどこか誇らしげだ。一体どんなものを想像しているのだろうか。

 まさか四つん這いでは……。

 一か八か、“うさぎ”は賭けに出ることにした。


「お嬢様。恥ずかしながら、私めは“どれいのいす”を存じ上げません」


 単語すら特定させてはならぬ。

 そう強い決意を胸に、単語の印象を少しでも薄くしようとお嬢様のたどたどしい言葉運びをそのまま口にして、“うさぎ”は方膝をつき目線を合わせる。

 お嬢様の中でイメージが固まっていなければうやむやにできるし、たとえ何か考えていたのだとしても、強引にでも訂正してしまわなければ。


「しょうがないわね。わたくしがおしえてあげるわ!」


 そんな“うさぎ”の胸中を知ってか知らずか、お嬢様は得意気に胸を張る。年上の“うさぎ”にものを教えることができるというのが、単純におもしろいのかもしれない。


「まずはすわりなさい!」


 言われた通り、“うさぎ”はその場に正座した。


「ちがうわ!」


 まさか本当に四つん這いになれと言われるのだろうか。

 そんな“うさぎ”の不安をよそに、


「こうよ!」


 お嬢様は、身振り手振りで“うさぎ”の姿勢を直させようと奮闘した。“うさぎ”もお嬢様の言うことを理解しようと、あれやこれや座り直す。

 とはいえ、さほど時間はかからずお嬢様の望む座り方にたどり着いた。


「胡座でございますね」


 貴族の令嬢の前で胡座はどうかと思ったが、


「そうよ! あぐらよ!」


 周りに誰もいないし、お嬢様が満足げなのでいいかと思った“うさぎ”だった。


「これが“どれいのいす”よ!」


 言いながら、お嬢様は“うさぎ”の胡座の上に座った。

 よかった。お嬢様は道を踏み外していない。“うさぎ”は安堵した。

 良家の令嬢が人前でする真似ではない(正解の方ならもっとすべきではない)と、お嬢様の中のレディ心をくすぐりつつ訂正するのだ。

 そう心の中で計画を練っていると、


「かたいわね……」


 いくらか調子を落としたお嬢様の声がした。


「私の足首は、骨ばっていますから……」


 体重をかけられて、“うさぎ”も正直重ねた足首が痛かった。


「……やりかたをかえるわ」


 お嬢様は“うさぎ”の足首からおりて立ち上がった。そして“うさぎ”に向き直り、びしりと人差し指で“うさぎ”を指差す。


「“うさぎ”、すわりなおしなさい!」

「かしこまりました」


 胡座を崩して正座した“うさぎ”に、お嬢様は今度は何も言わなかった。一度大義そうに頷いてから、“うさぎ”のひざの上に座り、


「これがわたくしの“どれいのいす”よ!」

「はい、お嬢様」


 これはこれで足が痺れそうだが、微笑ましいのでよしとしよう。

 ただし、「どれいのいす」という呼び名だけは変えていただかなければ。“うさぎ”は口を開く。


「僭越ながら“うさぎ”が申し上げます、お嬢様。旦那様のご息女たるもの、人前で“どれいのいす”というのは少々はしたないかと……。そして、私どもに対しては構いませんが、人を指差すのはレディらしくありません」

「はしたない……そうかしら?」


 お嬢様は少しだけ不安そうな顔で“うさぎ”を見上げた。

 幼くても、物心つく前から淑女たれと育てられてきた気高き令嬢。レディらしくないと聞けば、気にせずにはいられないのだろう。


「だったら……」


 少々思案して、お嬢様は閃きの笑顔とともに手を打った。


「“うさぎのいす”ということにするわ!」


 きらきらと、サファイアのような鮮やかな色の目を輝かせてそう言った。

 なるほど、それなら誰かに聞かれたとしてもどんなものかは想像できないだろう。何がしかのかわいらしいイスを想像させるだけで済む。


「レディたるもの、こどもじみたすがたをきゃくじんにさらすわけにはいかないものね! “うさぎのいす”は、おまえとふたりのときだけにするわ!」


 お嬢様はにっこりと微笑んだ。


「さあ“うさぎ”、わたくしにえほんをよみなさい! それと、おまえのいう“オジョウサマ”というのはひびきがかわいくないわ!」

「と、おっしゃいますと?」

「もっとかわいらしいよびかたにしなさい!」

「左様でございますか。では、“おじょうさま”ではいかがでしょうか」


 音は同じだが、少しだけ響きをやわらかくしてみた。お嬢様のお気に召すだろうか。


「そうね、おとうさまがたのまえではそうしましょう!」

「それは?」

「わたくしとおまえだけのときは、わたくしのことをなまえでよびなさい!」

「よろしいのですか?」


 奴隷や使用人が貴族の名前を直接口にするのは、不敬だと暗に禁じられている。客人などを指す際にも、よほど紛らわしくなければ「○○家の旦那様」など遠回しに言うのが普通だ。

 戸惑っていると、


「さあ、よんでみなさい、“うさぎ”!」


 不満を顔に表して、お嬢様が見上げてくる。


「かしこまりました、おじょうさま」


 お嬢様は眉根を寄せ、不機嫌を隠そうともしないで頬を膨らませた。


「エ・ス・カ!」

「それでは、エスカさま」

「それでいいのよ!」


 お嬢様は満足気に、“うさぎ”に背中と体重を預けた。



 そうして、お茶会が終わるまで“うさぎ”はお嬢様に絵本を読み聞かせて過ごした。

 多少正座の足が痺れたが、楽しそうなお嬢様の様子を見て、気にしないことにした。

 お茶会が終わり、客人たちの見送りや片付けが終わる頃にはお嬢様はすっかり寝入ってしまい、“うさぎ”は使用人の女と協力してベッドに寝かしつけた。

 お嬢様はそれはそれは幸せそうな寝顔だったので、使用人と奴隷たちでそっと見守り、皆笑顔になった。


 この日の「どれいのいす」のやり取りを旦那様に報告したところ、旦那様はひとしきり大笑いしたあと、「よくやった」と“うさぎ”は褒められたのだった。

 しかし。お嬢様が“うさぎのいす”を所望するたび、何かと旦那様の急用ができて“うさぎ”が呼ばれたり、お嬢様のお稽古事の始まりの時間が早まったりしてお嬢様がむくれたりしたのだが、それはまた別の話。

2014.12.1投稿

連載版はこちら

奴隷うさぎはお嬢様とともにあり

http://ncode.syosetu.com/n9697cv/

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