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ノスフェラトゥ・リボルバーセット  作者: 紫炎
第1章 ー犬使いのガンマンー
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第007話 ロープライスブリット

「これ、まじウメー。すげえなマリシア」


 そう言ってガツガツと炒飯を口にしているのは、並んでいる子供とほとんど変わらぬ大きさの少女であった。


「アンナ。よーく、味わって食べなさい。それ、もう何十年って食べられるもんじゃないから」

「なんだよ。すげえ大げさなこと言うじゃねえか。なあミーシャ?」

「いや、正直俺も驚いたぐらい旨いぜ。マリシアの料理の腕は最高だな」

「ん、ありがと。ホント美味しいわねえ。ほほほほ」


 ミーシャのほめ言葉にマリシアが諦めた表情をしながらその炒飯を食べていた。

 今食べている炒飯を金額で考えれば、向こう何年かの食費など問題にならなくなりそうだったが、ともあれもう調理して食べてしまったのだから、美味しかったとだけ記憶しておこうとマリシアは考えながら喉を通している。

 そんなマリシアの達観した思いをよそに、食べ終わったリーリャがそのままテーブルにうつ伏せになる。


「あー喰った。今日はこのまま寝てよっかなぁ」

「なんだよミーシャ。だらしねえ。つか、テメエ、ベヒモス相手に俺らの自動拳銃アダマスキャットを使わなかったそうじゃねえか。どういった了見だ?」


 その言葉にリボルバージョニーが笑い、ミーシャが「使えるかよっ!?」と吠えた。


「弾丸一発でいくらすると思ってんだよ。アレ倒すのに使ってたら破産するわ」

「そうよアンナ。さすがに無茶よ」

「んだよ。根性のねえ」

「ないのは金だ。バカ」


 そのミーシャの言葉にアンナが口を尖らせる。


「まあ、うちのやり方じゃあマシンガンで撃つなんて無茶もできねえけどよ。少しぐらい役立てたっていいじゃねえか」


 そう言ってアンナもミーシャと同様にテーブルに倒れ込んだ。それから「ベヒモスかぁ」と口にした。


「アレを倒すとして……倒せるだけの弾丸を用意するにしても一発一発の術式精度を落としたら本末転倒だしなぁ」

「あははは。私の腕が上がれば……とは思うんだけどね」


 マリシアがそう言って苦笑いをする。

 アンナとマリシアはノエルお抱えのこの世界のガンスミスだ。人界の銃の加工と改造をドワーフであるアンナがこなし、魔獣をも貫く術式を弾丸に込めるのがマリシアの役割である。そして、マリシアの反応にミーシャが肩をすくめた。


「何言ってんだよ。ノエルが信頼して使ってるってこたぁ、十分な腕なんだろ? 俺も随分と助かってるしな」


 ミーシャが特にお世辞でもなく普通にそう口にすると、マリシアは少し顔を赤くして照れくさそうに「ありがと」と返す。それをアンナがジト目で見ていたが、ミーシャは特に気にせずにその場でグデーッとしていた。

 そして食事を終えて子供たちが外に遊びに出ると、その場は緩い空気が漂い始める。それからマリシアが台所にいって食器を洗い出したのを確認すると、アンナがミーシャを見て口を開いた。


「マリシア、機嫌良さそうだな」

「みたいだな。良いことじゃねえか」


 ミーシャが少しばかりウトウトとした顔でそう返すとアンナが眉をひそめた。


「おいミーシャ。お前さ。まさか、また」


 そうアンナが言い掛けたとき、外から何やらけたたましい破砕音が聞こえてきた。


「なんだ。うるっせぇなあ」


 話を邪魔されたアンナが起きあがって窓の外を見たが、その場所からでは音の出元の確認はできない。また、マリシアも騒音に気付いて台所から出てきた。


「何かしら?」

「分かんねえな。誰か暴れてるんじゃねえか?」

「まあ、ここらじゃあ争いごとも珍しくはないけどさ」


 煌びやかな表通りとは違い、ダウンタウンであるこの場は人族からエルフ、ドワーフ以外にも多種多様な種族が集まって暮らしている。

 それぞれの種族でコミュニティを形成していて、それほどのぶつかり合いは少ないものの、種族によっては対立していたり、微妙な立ち位置にいるコミュニティも少なくはない。

 それからマリシアが様子を見に行こうかと思案していると、外から子供たちが急いで戻ってきた。


「マリシア姉、豚がいるー」

「ブヒーって怒ってるー」


 その子供たちの報告に、マリシアのみならずミーシャとアンナも眉をひそめた。


「オークか? まさかドラムじゃあねえだろうな」

「アイツかぁ。確か、ミュンの店に入り浸ってるって言ってたなあ。女騎士プレイにハマってるって言ってたし……まさかストーカー?」


 アンナの言葉にマリシアが「いや、あの子はそんなに悪い子じゃないわよ」と返す。そのやり取りにミーシャが眉間にしわを寄せてアンナに尋ねる。


「ちょっと待て。ミュンってさ。あの金髪で巨乳の……だけど、清楚にはほど遠いだろ。女騎士って」

「女は化けるんだよ。それよりもミーシャ、出番だろ?」


 アンナがニッコリと笑みを浮かべてミーシャを見る。

 それに嫌そうな顔をしながらも「しゃーねえ」と言って、ミーシャは左手を抱えて立ち上がった。『ノエル管理下での』問題の対処をするのが用心棒バウンサーの役割だ。それはつまり、243街区の、こうした揉め事の処理も当然含まれていた。




  **********




「だーかーらーさぁ。息クッセエ豚が何を頭のイカレたことを言ってるんだってんだよ。頭んなかに腐汁でも詰まってんじゃねえの?」

「んだと、この混じりの狼女が。人間に媚びて腐れた頭を俺らが教育してやんぞ。こらぁ」


 そしてミーシャたちが住宅街の入り口へと向かうと、そこにはダウンタウンの住人たちが集まり、それに対してオークたち五名ほどが鼻息荒くして叫んでいた。その相手をしているのは金毛の獣人の娘であった。


「ラーファはまた真っ先に絡んでるのね」


 マリシアが額に手を当てて苦い顔をしているが、ともあれ一種即発に近い状況だ。そしてマリシアが進んでいくと、それに気付いた女たちが道をあけて、ラーファと呼ばれた少女がマリシアを見た途端に嬉しそうに尻尾を振り始めた。


「マリシアの姉御。来てくれたんだな」


 骨でも投げれば飛んでいきそうな勢いで近付いてくるラーファの頭をすれ違いざまにポコンと叩き、マリシアはオークたちの前に出る。


「たく。で、アンタらはなんなの? ここはノエル様の支配街区だってのは知ってるわよね? 見たところ余所者のようだけど、街のルールも理解する前から騒ぐと火傷するわよ」


 そう口にするマリシアは胴の入ったもので、その後ろに控えているミーシャも思わず見惚れるほどだった。だが、オークたちにはそうではなかったようである。


「ノエル?」

「ああ、あのドクの情婦で町をもらった淫売だろ」

「コェエの?」

「いんやぁ?」

「そいつ、明日からうちのボスの玩具になるからよー」

「テメエらは俺らが可愛がってやるってわけよ」


 そう言ってゲラゲラと豚たちが笑い合う。それには周囲の者たちからの殺気が漏れる……が、次の瞬間に発せられたオークたちの獣気によって彼女たちは一歩引いてしまう。目の前の豚たちが、明らかに自分たちよりも上の気配だと察したのだ。


「おいおい、たかだが243街区の、それも人間に媚びてる連中が俺らに殺り合おうってのか?」

「全員、手足切り落として飽きるまで遊んでやろうか? ああん?」


 ブモーっと鼻息荒くするオークたちがマシンガンを抜いてチラつかせ、恐れと怒りの混じった顔をした何人かの住人たちが腰のモノに手を出そうと動きを見せたところで、ミーシャはいよいよ収まりが付かぬと判断して頭をかきながら一歩進んだ。

 それに『るかい?』と嬉しそうに声を出したリボルバージョニーに「お前の出番はないけどな」とミーシャは返すと、リーダー格らしきオークの前へと出たのである。


「なんだよテメエは」

「兄貴、こいつ人間ですぜ」

「どうりで猿臭ぇわけだ。たかだか食料の分際で、なんか用かい兄ちゃん?」


 そう言って顔を近づけるオークにミーシャが顔をしかめる。


「最悪だ。マジ臭いぞ、こいつ」

「なんだ。テメェ……!? あ?」


 次の瞬間にはミーシャはレッグホルスターから自動拳銃アダマスキャットを素早く抜き、自然な動作でオークリーダーの顎へと突き上げていた。


「こいつ。いつの……間に?」


 それにオークリーダーが目を丸くして、自分に突き付けられている銃口を見た。


「一応言っておくわ。この街区でノエルへの敵対発言は厳禁だ。そーいうのを放置すると俺が苛められるんだよ」


 そのまま銃声がしてオークリーダーの頭部が振り上がって、血を噴き出した。


「てめっ」

「兄貴を一発で? ヤベェぞ、その銃!」

「で、二つ目。この場所に余所者が揉め事を持ち込むのも厳禁だ。正しいか否かも関係ない。人ん家で偉そうな口垂れるな」


 続けて、二体三体とオークの頭部が撃ち抜かれ、


「そんで重要なのは三つ目だ」


 残りの二匹のオークがそれぞれマシンガンの引き金を引こうとするが、直後に背後の影の中から現れた黒犬ジャックがオークの片方の腕を噛み砕き、さらにはもう一方のオークに対してジャックは一瞬で大型のボウイナイフへと変わってその腕を切り落とした。


「ぐぁっ」「ぁあああっ!?」


 そしてマシンガンを落としたオークたちの前で、ボウイナイフが元の犬の姿に戻ってミーシャの横へと戻っていく。その姿を見てオークたちは青い顔をした。


「まさか、影犬シャドウドッグ? 道具憑きの上位種がなんでこんなところにいるんだよ!?」

「クソッタレ。待てよ人間。俺たちはバーバルファミリーの」

 

 オークたちが怯えた顔でそう口にするが、ミーシャは眉間にしわを寄せながら銃口を向けた。


「俺の前でドクの名前を出すんじゃねえ。ただでさえ指がいてえのにさらに気分悪くしただろうが、このクソ豚ども」


 そして二発。そのすぐ後にドサリという音が続いて、オークたちが倒れて頭の中身が地面にぶちまけられた。


「ふぅ。ジャック、ご苦労様」

「ウォンッ」


 ミーシャの言葉に黒犬が嬉しそうに鳴いた。それからミーシャが今の立ち回りで、再び痛みが強まった左腕を見て嘆いた顔をしているとマリシアが近付いてきた。


「ご苦労様、ミーシャ。まさかいきなりぶっ放すとは思ってなかったけどさ」


 マリシアが肩をすくめて笑う。

 ミーシャが激昂した理由は明らかであったがために、その場の誰も何も言わなかった。目の前の男は基本ダラリとした性格ではあるが、とある一点だけは口にしてはいけない言葉がある。地雷を踏んで、目の前の豚のようになりたいという者はいなかった。


「死体はこっちで片付けておくけど……こいつ、ギリギリだったわね」


 マリシアの視線の先にあるのはオークリーダーだ。至近距離で撃たれたにも関わらず、その頭部は他のオークのものよりも綺麗なものだった。

 ミーシャの自動拳銃アダマスキャットから放たれる銃弾は、魔術防御を解くと同時に着弾時に衝撃波を放って傷口を拡大する。であるにも関わらず傷口が浅いということはそのオークリーダーの魔法耐性はかなり高いものだということだった。


「離れてたら一発じゃあれなかっただろうな。で、こっちのブツは……ハァ、やっぱり安モンか。まあ、そうだわな。クソ」


 マシンガンからマガジンを抜いたミーシャがそう口にする。ミーシャが見ていたのは人界より密輸されたものであろう安物のマシンガンではなく、マガジンに装填されてる弾丸であった。

 強靱な魔物や魔族、或いは術師の防御を貫ける弾丸は非常に高額なものだ。結局ミーシャが、リボルバージョニーの代わりに自動拳銃を使っているのも、弾丸の費用の問題があるためだった。

 しかし、オークたちの所持していた弾丸は簡易術式がかけられただけの安物の弾丸である。


『ケッケッケ、俺様を使っておきゃー良かったんだよ相棒』

「この程度の相手に指を犠牲にできるか、馬鹿。それよりもマリシア、しばらくはあまり外には出ない方がいいかもな。場合によっちゃあ、バー……バルファミリーだったか? それが来るかもしれない」

「そうだね。で、アンタはどうする?」

「俺は……と」


 突然、ブルッと胸ポケットが震え、ミーシャがスマートフォンを取り出して液晶画面を見た。それから顔をしかめてマリシアに口を開く。


「呼び出しだ。これから行くつもりだったけどよ。タイミング良すぎだろアイツ?」

『まったくだ。ケッケッケ』


 リボルバージョニーの言葉にミーシャはため息をつく。

 スマートフォンの液晶画面に表示されていたのは街の支配者、赤の女王ノエル・レーベの名であった。

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