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ノスフェラトゥ・リボルバーセット  作者: 紫炎
第1章 ー犬使いのガンマンー
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第006話 スローライフ

 魔人界、そう呼ばれている世界があった。

 人と魔が奇妙なバランスの上で混在しているその世界の正体は魔界に生息している迷宮ゴーレム、通称『ダンジョン』と呼ばれているものである。

 長き時を生きて、やがては魔人界と呼ばれるほどに巨大化したダンジョンの中心にはセフィロシティと呼ばれる巨大な街が存在し、そこでは人界と魔界を繋ぎ、人族、亜人族、魔人族、天使族が入り交じり合って生活していた。

 その街では日々何かしらの問題が起き続けている。犯罪、殺人、抗争に、街中を歩けば路地裏に連れ込まれ喰われたり、卵を産みつけられてどぶ川に捨てられる者なども後を絶たない。

 そして、そうした揉め事を解決するのが支配者ドミネーターに雇われた用心棒バウンサーと呼ばれる者たちであり、これはそんな用心棒バウンサーのひとりであるミーシャ・ドッグと呼ばれている男の物語である。



第1章 ー犬使いのガンマンー



「……つぅ」


 セフィロシティの一角、第243街区にあるゼダン通りを黒い犬を連れた男が歩いていた。

 何かに怒っているような、嘆いているような、或いは我慢しているような顔をした男の名はミーシャ・ドッグ。それは赤の女王ノエル・レーベの支配するこの街区ではよく知られている用心棒バウンサーのひとりだ。


『ケッケッケ、今日はどこ行くよ? 酒でも飲んで紛らわしゃ、痛みも飛ぶかもしれねえぜ?』

「うるせえよ。この状態で飲んだら、血が止まらなくなるわ」


 脇下のホルスターから響く声にミーシャは嫌そうな顔をしながら、そう返す。それから己の左手を見ながら深くため息をついた。


「たく。余計な仕事ばかり来やがる」


 昼過ぎにベヒモスと呼ばれる魔物を仕留めてからすでに三時間が経過している。だが犠牲銃に食われたミーシャの左親指は未だに治らない。


『ま、その方が俺様にゃあ、ありがてえがな』

「悪趣味なヤツ」


 ミーシャの返しにリボルバージョニーがケッケッケッと笑う。

 ミーシャは、あらゆるダメージを受けても再生することが可能な|ノスフェラトゥ(不死病感染者)という存在であったが、犠牲銃に捧げられた肉体の再生には契約の履行を必要としていた。

 そして、リボルバージョニーとの契約はミーシャの苦痛を捧げることであり、リボルバージョニーが望んだだけの苦痛をミーシャが感じる必要があった。簡単に言えばミーシャは、リボルバージョニーに一日ほど指が再生せずに苦しみ続ける呪いをかけられていた。


『ケッケ、後一日はそうやって嘆いてな。俺様の腹が満たされるまでな』

「ハァ……いてえな。渡すもん渡したら、今日はとっとと帰って寝よう」


 そう口にしたミーシャの横の横を、相も変わらず人界から持ち込まれた自動車が走っていた。それをミーシャが羨ましそうな顔で見る。


『なんだよ。ショーウィンドウにトランペットでも置いてあるか?』

「そんなショーウィンドウなんざ、どこにもねえよ。ああ、俺も車欲しい……」

『ケッ、人界の乗り物か』


 ここは人界と魔界の境の世界だが、基本的には人界からの輸入物に頼った形で栄えていた。人界に対して魔界は未だに未開の地に等しく、人族も亜人族も魔人族も、それに天使族なども、より高度な文明を持つ人界との交流の方を優先する傾向にあった。

 その中でも高級車の所持などは、人界の常識と同じく一種のステータスとして考えられていたのである。


『走りゃあ、テメエだってあれぐらいの速度は出せるだろうによ。なんで、みんな欲しがるかね?』


 そのリボルバージョニーの言葉に合わせて黒犬が「ウォン」と鳴いた。自分だってアレぐらいは走れると言いたいようである。その黒犬の頭を右手で撫でながら、ミーシャが苦笑いをしてリボルバージョニーに言う。


「そういう問題じゃあねーんだよ。分かんねえかな。まあ無理だわな。お前はいつも乗ってるみたいなもんだしな」

『ハッ、俺様が乗ってるのはボロ車だがな』


 そのリボルバージョニーの返しに、ミーシャは「ボロじゃねえよ」と舌打ちしながら先へと進もうとすると、僅かに悲鳴が聞こえた気がした。


『聞いた声だったな?』


 リボルバージョニーの言葉にミーシャが頷く。それからミーシャは横に立っている黒犬を見た。


「ジャック。行ってこい」

「ウォンッ」


 その指示に黒犬のジャックが影へと潜り込んで消えると、すぐさま男の悲鳴が聞こえて、路地から血を流したネズミ顔の男が飛び出してきた。


「ヒッ!?」


 ネズミ男はミーシャを見ると、すぐさま背を向けて逃げ出していく。


『ラット族か。珍しいな。追うか?』


 ミーシャがやる気なさげな顔で見送っているとリボルバージョニーが尋ねてきたが、ミーシャは首を横に振る。


「別にいいだろ。お、出てきた」


 そう口にしたミーシャの前に、ラット族が飛び出した路地からエルフの女性がジャックと共に出てくる。


「ミーシャ!」

「よぉマリシア」

「ジャックが助けてくれたと思ったら、あなたはそこで突っ立ってたわけ?」


 呆れたという顔のマリシアにミーシャは「まーなぁ」と返す。


「別に必要ないとも思ったんだけどな。ま、今これなもんであんま動きたくないんだよ」


 ミーシャがマリシアと呼んだエルフの少女に、包帯が巻かれた左手をスッと出して見せた。それはところどころ所々赤黒く染まっていて、マリシアも思わず顔をしかめた。


「ないのは親指? ってことは、さっき通りで暴れてた魔獣を倒したのってあなただったのね。赤目が処理したにしては対応が早すぎるとは思ってたんだけど」

「たまたま居合わせてさ。お仕事ですから」


 そう言って、少しばかり笑うミーシャだが、その顔はやはり痛みにより少し歪んでいた。そのことに苦笑いしながらマリシアは「ま、ありがとね」と口にする。


「別にお前ならラット族ぐらいはどうとでもなっただろうけどな」


 そのミーシャの言葉にマリシアが肩をすくめる。


「どうも街に移住してきたばかりみたいね。少なくともり合うことになったら加減できないから、助かったわよ。助けてくれたのはジャックだけど」


 そう言ってマリシアはジャックの頭を撫でる。

 魔術を得意とする上に年齢詐称を地で行くエルフ族は、見た目では力を判断できない相手だ。それを襲おうとできるような相手は、この街でもそう多くはない。確かなことはミーシャが手を下さなければ、ほぼ間違いなく焼け焦げた鼠が一匹、街の片隅に転がっていただろうということだった。それを理解しているミーシャが苦笑している前で、マリシアが視界に映る巨大な塔を見た。


「それにしても珍しいわよね。サイタン様のご機嫌が悪いわけでもないのに魔獣が出るなんて」

「ん、ああ。サイタンピラーな。魔物の発生を抑制してるんだっけか」


 そう言ってミーシャも町の中心にある巨大な塔サイタンピラーを見た。

 それは、ダンジョン内の階層と階層を連結している巨大なる蛇が変異したものだ。同時に塔は魔素を吸収し続けることでダンジョン内に発生する魔物の抑制も行っている。

 それがこの街に暮らす者の常識であり、サイタンピラーの存在なくして安全に生き続けることができないことを住人たちは知っていた。


「あれが巨大な蛇ってのはイマイチ想像できねえんだけどな」


 ミーシャはそう言って笑う。街の中心から離れたこの街区からでも見える巨大な塔だ。その正体が蛇であるなど、ミーシャにはまったく想像が付かなかった。


「そりゃあ、ダンジョンマスター様のしもべの一体だもの。移民のアンタでなくても、私たちだってそう聞かされている程度にしか知らないわよ。ま、サイタン様のお顔を見たことがあるのなんてこの街区じゃあノエル様ぐらいなものじゃないかしら?」

「らしいな。あー、つってもさっき出た魔獣ベヒモスは自然発生じゃあないらしいぜ。どっかの金持ちのペットだったとか言ってたな。まあ本人もその腹の中に入っちまって責任の追及すらできないらしい状態だって話だけど」


 そのミーシャの説明にマリシアが「うわぁ」という顔をする。


「金のある連中ってのはホント馬鹿ばっかだねえ。あんなもん、ペットにして何が楽しいんだか……アンタのジャックみたいに可愛げがあって、実用性があるんならいいんだけどさ」

「んー、そうだな。こいつも成り行きで使い魔にしたんだけどな。ま、助かってはいるな。なあジャック」


 そう言ってミーシャが、横にいるジャックの頭を撫でて、ジャックが「ウォンッ」と嬉しそうに鳴いた。


「で、街の掃除を終えた用心坊さんがどこいくつもりなの? これからなんか用事あるわけ?」

「まあ、ひとつあるっちゃーあるが、別に急ぎでもねえからなぁ。どうしようかってところだ」


 そう口にしたミーシャに、マリシアが笑顔になって「じゃあ、ウチにきなさいよ」と返す。


「ちょうど、仕事も一段落したのよ。そんでアンナや子供たちのご飯を作るための材料を買いに行ったらあれと会っちゃったわけ。お礼もしたいし、その手の包帯も巻き直してあげるわよ」

「けど、これ一日ありゃ治るぞ」


 そう言ってミーシャが左手を見せるが、マリシアが顔をしかめて言葉を返した。


「正直言って、見てる私がキツいのよ。まったく、もう少しちゃんと巻けるようになった方がいいんじゃないの。リボルバージョニー使うんなら、これからも必要になるんだしさ」


 そう言って、マリシアはミーシャの右腕を掴んで歩き始めた。それにミーシャがやれやれという顔をして、リボルバージョニーが『ケケケ』と笑う。そしてジャックがその後ろを尻尾を振りながらトコトコと付いていくのであった。




  **********




「あー、マリシアに犬兄ちゃんだぁ」

「ジャックー。元気ー?」


 第243街区の端にあるダウンタウン。

 古ぼけた家が建ち並ぶ中でも、倉庫らしきものが繋がっていて若干の異様さを放つ家の中にマリシアとミーシャが入ると、そこでは子供たちが待っていた。

 その子供たちの輪の中にミーシャは笑って入っていく。それを見ながらマリシアが少し怒った顔で子供たちに注意する。


「こら、犬使いのお兄さんでしょ。まったく」

「別に犬兄ちゃんでいいぜ。犬野郎でもなんでもな」


 ミーシャが面倒くさそうにそう返すが、マリシアが今度はミーシャに対してムスッとした顔で睨んだ。


「気にするわよ。ノエル様のお気に入りにそんな口聞いていたら子供たちが赤目の連中に睨まれかねないでしょ。アンタのためじゃあないのよ、まったく」

『ま、一種のアイドルだからな。あのロリビッチは』

「ロリビッチとか子供の前で言わないの。もう」


 ホルスターの中の銃の言葉にマリシアがそう返す。


「相変わらず、アンタの相棒は口が悪いわね」

「今は静かな方だな」

『ゲッゲッゲ、コイツの苦痛を味わっている最中さ。邪魔すんなよ』


 その言葉にマリシアが嫌そうな顔をする。リボルバーの犠牲銃『ジョニー・マッド』。それは使用する者の指を喰らい、その苦痛を糧とすることでドラゴンをも殺す力を与える呪いの武器だ。

 会話こそ可能だが、その本質は呪いそのものだと魔術に精通した種族エルフであるマリシアは理解している。


「悪趣味ねえ」

『テメエらだって腹減りゃ飯を食うだろ。俺様のご飯はソレで、こいつは俺様にモーモーミルクを提供する淫乱な雌牛ってわけだ。ははは、雌犬だったか?』

「気持ち悪いこと言うんじゃねえよ」


 心底嫌そうな顔でミーシャが言う。


「アチチーだー」

「銃とエロい関係ー」

「うっせぇぞガキども。さすがにそれは勘弁しろ」


 はやし立てる子供たちの言葉にミーシャが頭を抱えている横では、マリシアがせっせと左手の包帯を巻き直している。それにミーシャが感心した顔を見せた。


「はー、やっぱり上手いな。俺は全然なのに」

「そりゃあ、アンタが巻くときはいつだって痛みで手がちゃんと動いてないからじゃあないの? ま、こんなところに住んでると怪我なんかは日常茶飯事だからね。ほら、少しは楽になった?」

「……かな?」


 巻き終わった左手を見ながら、ミーシャが頷く。痛みが引くわけではないが、それでも動かす度にズレて顔をしかめるよりはマシな状態になっている。


『チッ、薄味になった気がするな。追加でもう二三本喰わせろよ』

「ざけんな。お前にゃ金輪際、指を喰わせる気はねえ」


 ミーシャがそう言うがリボルバージョニー・マッドは『ヘッ』と笑うだけだった。それにマリシアも苦笑いして、ミーシャがため息をつく。

 この街で力を糧に生きる以上はリボルバージョニーを抜きに過ごせるなどとミーシャも考えてはいない。だから少しだけふてくされた顔でミーシャは横を向き、マリシアが済まなそうな顔をした。


「ごめんねミーシャ。私らが造る武器がもう少し力になれればいいんだけどね」


 その言葉にミーシャが「よせよ」と返す。


「俺が自分の食い扶持を稼ぐためにしてることだし、こいつは役には立ってるさ。ただ、ベヒモス相手じゃあどうしようもねえってだけだ」


 ミーシャがそう口にして、リボルバージョニーの納められているものとは違う足に巻かれたホルスターを見た。そこに収められているのは自動式拳銃だ。刻まれているのはマリシア&アンナのスペル。この家の横にある倉庫の看板に書かれていた文字と同じものであった。


『ヘッ、浮気野郎め。まあ結局テメェは、あんたのブットイのじゃないとダメなのよーってよだれ垂らして俺様のブットイのに抱きつく淫乱ビッチに成り下がるわけだが』

「テメェ……いい加減、その言い回し止めろよ。マジで」


 辟易した顔でミーシャが言い、それにマリシアが苦笑しながら立ち上がると台所へと視線を向ける。


「さて、包帯も巻き終わったし、昼飯でも作ろうかな」

「お、だったらコイツでも使って炒飯作ってくれよ」


 そう言ってミーシャが取り出したのは肉を包んだモノだ。


「これは?」

「ノエルにって言われてな。まあ、半分くらい切り落として残してくれりゃあ問題ねえだろ」

「へぇ、太っ腹だね。これ、何の肉?」


 マリシアがその包みを開けると見事なまでの霜降り肉のようだった。


「ベヒモスの……エンジェルラダーとか言うところらしいな。天使のいる場所にも昇れる旨さだからそんな名前が付いてるとかなんとか。オヤジさんが言ってたなぁ」

「マジかよ」

「すげー」


 子供たちが喜び、ミーシャも「だろー」と自慢げではあったが、それを聞いたマリシアの表情は見事なまでに固まっていた。そこにボソリとリボルバージョニーが呟く。


『ああ、このアホは知らないだろうし……一応言っておくけどよぉ。残したりするのは危ねえぜ。悪いこたぁ言わねえから腹に入れてクソに変えちまいな』

「え、ええ、そうね」


 マリシアの手にあるものを市場に流せばどれだけの額になるのか……それが一瞬マリシアの頭の中に浮かんだが、赤の女王ノエルのお気に入りを利用して大金をせしめた……などと知られれば、この街で生きていくことすら難しい。

 そして冷や汗を流しながら熟考した結果、マリシアはリボルバージョニーの警告通りに渡された肉はすべてお腹の中に入れることを決断したのであった。


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