第003話 ロード
『なんでえ。マヌケなグラディエーターかと思ったが随分とヒョロイな兄ちゃんだな。観測コウモリも飛んでねえようだし、もしかしてどっからか迷い込んできたのか?』
リボルバーがひとりで矢継ぎ早に話を振り、対して男は「ぐ、グラディエーター?」と首を傾げた。リボルバーの口調もやかましいが、口にしている内容も男にはよく分からぬモノだった。
『え、マジで? なんも分かってなさそうだな兄ちゃん。そりゃあ運ねえわ、マジで』
リボルバーがゲラゲラと笑う。
男はそれを呆然とした顔で見ながら「悪夢か。まあ、そういうこともあるか……あるのか?」と呟いていたが、リボルバーはそんな男の心境など気にすることなく『おう兄ちゃん』と再び声をかけた。それと同時にキルルゥゥウウという鳴き声がどこからか再び木霊し、男の肩がビクッと震えた。
「なんだよ。あの化け物、去っていったんじゃなかったのかよ?」
男が怯えた顔で鳴き声のした方へと視線を向けたが、ジョニー・マッドと名乗ったリボルバーは『んなわけねえだろ』と鼻で笑う。
『ヤツはニーチェルグっていう地下竜の一種だぜ。何しろ餌に食らいつくことの少ない場所で生きてきた連中だ。食えるもんがあるなら死ぬまで追ってくるし、なぶって動かなくしてから獲物を食うような獰猛なヤツさ。ありゃ肉を柔らかくする為って説もあるんだがよ。どうなんだろな?』
「知らねえよ、そんな説!?」
男がたまらず叫んだが、通ってきた穴とは別の入り口から先ほどの化け物の姿が見えて、男は顔を真っ青にした。そして、リボルバーの言葉によればニーチェルグと呼ばれるその化け物は、男の存在を認めるとすぐさまこの小部屋の中へ頭部を入り込ませようと動き始めた。
『不味いな兄ちゃん。あれの頭が中に入ってきたら逃げ場ねえぜ』
「どうすりゃいいんだよ?」
『そうだなこの場で撃つのは……ちと、不味いか。部屋が崩落しかねねぇ。だから、まずは入ってきた穴から外に出ろ犬ヤロウ。あ、俺様もちゃんと持ってけよ』
「犬って……いや、分かったよ。ここがどこなのかも分からないんだ。相談できる相手はいた方がいいしな」
そう言って男がリボルバーを掴むと、先ほど入ってきた穴から外へと飛び出した。
「キルルルゥウウ」
同時に小部屋の中へとニーチェルグの頭部が入り込む。ニーチェルグはその頭部を四つに裂けさせ、さらには口の中から無数の触手を出して部屋中へと広がらせていく。
「クソッ、化け物めっ」
穴の外からその光景を見た男がとっさにリボルバーの撃鉄を上げてトリガーを引いたが、カチャンと音がしただけで弾丸が出る気配はなかった。そこで男は初めてシリンダーの中に弾丸が入っていないのに気付いた。
「おい、どういうことだよ? これ、弾がないぞ」
『なんだいマヌケな兄ちゃん。お前、心底マヌケ野郎だな。いいか、ここに親指を入れるんだよ』
「親指、何の話だ?」
尋ねる男の前で、リボルバーの銃身がガチャンと折れて、シリンダーが出てきた。そこには五発分の弾丸を込める穴があった。
「なんだよ、これ?」
しかし、その穴は均等には並んでおらず、その大きさも歪だ。何よりもそれぞれの穴の入り口にはギザギザの歯のようなものが並んでいるのが異様だった。
『あん? 親指ならあの程度のヤツ一発で殺れるぜ。中指なら貫けるがコアの場所が分からねえと仕留めるのは無理だ。人差し指で探って中指でってんならテメーでもいけるだろうが、まあ一番スマートなのは両手の親指を一本ずつ喰わせることさ。で、どっちのニーチェルグも一発ずつズドンだ』
「親指を? それってまさか……」
ゾッとした顔をしながら男が尋ねる。その言葉の意味が何を示しているのかは、男にもすでに理解できた。穴はちょうど五本分。そのまま指が入れられる形に並んでいたのだ。
しかし、男は敢えて尋ねるしかなかった。違う答えが出てくるのを期待するしかなかった。もっとも、その期待は当然即座に裏切られる。
『察しが悪いな犬臭い兄ちゃん。つまりよ、俺様はテメェの指を喰らって、それを弾丸に変えるのさ。犠牲銃っつってな。『代償』と引き替えに俺様はテメェにドラゴンをも殺す力を与えるってぇわけだ。まあ十回撃ったらおさらばってことだが、コストパフォーマンスは最高だって評判なんだぜ。これでもよ』
陽気に言うリボルバーに男が叫んだ。
「ふざけるなよ。喰うって、俺の指をか?」
『オイオイ。指二本で命が助かるなら儲けもんだろうが。ほら、今なら一撃だぜ。よく狙わねえとって……ああ、タイムオーバーだ』
「な?」
リボルバーの言葉とともに足音が響いてくる。その音のする方に男が視線を向けると通路の奥から化け物、もう一体のニーチェルグが迫ってきているのが見えた。
「嘘だろ、くそっ」
『お、逃げるのかい。決断は遅いが逃げ足は速いな兄ちゃん』
「うるせえっての。ていうか、さっきよりもあいつ速いじゃないか」
『そりゃあ、急がないともう一匹が来ちまうだろ。連中、仲良く分け合うってことを知らねえからな。独り占めを狙ってるのよ』
「冗談だろッ」
『なんだよ。信じられねえのか? だったらちょいと立ち止まって連中に聞いてみろよ。案外答えてくれるかも。おっと、それとな。次の角だが』
「今度はなんだ?」
『行き止まりだぜ?』
「なっ!?」
リボルバーの言葉通り、その一本道の曲がり角の先は袋小路であった。男が愕然とした顔で目の前を遮る壁を見る。当然、抜け出せる隙間などありはしない、ただの壁であった。そして、後ろから足音がどんどんと近付いてくるのが男には分かった。
「う、嘘だろ」
『はは、どうするよ。こりゃあ死んだか。食われるか?』
ゲラゲラと笑うリボルバーに男は舌打ちするが、だからといって状況が改善されるわけもない。それどころか、もはやニーチェルグは目前に迫っていた。
「くそッ」
「キルルルゥウウ」
「冗談じゃねえっての」
覚悟を決めた男は一気にニーチェルグと通路の壁の間へと走り出す。
「キルゥッ」
「当たるかよ」
ニーチェルグの前足が男に対して振るわれ、それを男は避けて横壁を蹴り、ニーチェルグの後ろへと飛んだ。その身体能力にはリボルバーも思わず口笛を吹くほどのものだったが、続けて笑いながら口を開く。
『思ったよりも動くな兄ちゃん。けどなぁ、連中にゃあ尻尾もあるんだぜ?』
「っ!?」
その次の瞬間にはニーチェルグの尾が振るわれ、男が弾き飛ばされた。
「ぁああああッ」
「キルゥゥウウウウ」
そのまま男が壁に激突した音を聞き、ニーチェルグが歓喜の声を上げた。
「ガッ、くそ」
『はは、言わんこっちゃない』
床に転がった状態で男がうめき、それをリボルバーが笑う。叩きつけられた身体が悲鳴を上げている。男にはもう走って逃げる力も残されてはいなかった。
「ハァ……ハァ」
もはや道はない。男がリボルバーを見て、ゴクリと喉を鳴らす。ここから先のことを思うと男は泣きたくなったが、それを我慢して一言尋ねた。
「やれんだな」
『早くしな。死ぬぜ』
その言葉に男は銃身を折ってシリンダーを出し、目をつぶりながら穴へと親指を入れる。ギチギチと穴の周りの歯が蠢き、次の瞬間には親指の肉を一気に噛み砕いた。
「──────────ッ!」
男から声にならない悲鳴が響く。綺麗に切断されたのではない。不揃いの歯が肉を砕いて切り裂いていくのだ。その痛みに男の頭の中は沸騰しそうに熱くなる。だが、目の前の化け物は待ってはくれない。男の反応を不審に感じたのか、ニーチェルグは一気に飛びかかってきた。
『撃てや相棒』
「クソッタレッ!」
その次の瞬間、銃声が響き渡る。
リボルバーから放たれた赤黒い弾丸はその場で巨大な質量へと変換され、まるで巨大なドリルの集合体のごとき物体となってニーチェルグへと突き刺さった。
「キッ!?」
その威力に、ニーチェルグは悲鳴を上げることもできず、肉も骨も粉砕されていく。
「……スゲェ」
その光景に、男は痛みも忘れて思わず呟いた。
一瞬で頭部は破壊され、胴体部のほとんども抉り尽くされたニーチェルグは、下半身のみ残した形でドサリと崩れ落ちた。それは間違いなく即死だった。
「く……ぅう」
もっとも次の瞬間には再び痛みが戻り、男は膝をついてうめき始める。勝利の余韻に浸る余裕など男にはなかった。
『ハッハァア、良い威力じゃあねえか。やるなぁ、兄ちゃん』
「ぁあああああああああああああッ!?」
苦痛の声を上げる男に、リボルバーが笑いながらさらに追い打ちをかける。
『おいおい、兄ちゃん。まだいるんだぜ、ホレ? 聞こえっだろ?』
「グッ……クソッタレ。イテエェ……が、は……ハァ、分かってるっての。クソォォオオッ」
別の足音が近付いてくるのは男にも分かっていたのだ。
男は涙を流して嗚咽しながら、再度シリンダーを出してもう一本の親指も穴に差し入れた。そして、再度悲鳴がその場に轟く。
そのまま倒れ込んだ男は、しかしすぐさま立ち上がる。
「ざけやがって……糞、クソがッ」
こぼれ落ちる涙や涎を拭いもせず、撃鉄を左の人差し指で起こすと、通路の奥から迫ってくるもう一匹のニーチェルグへと銃口を定めた。
「ハッ、ははははは。指が心臓みてえにドクドクしやがる。けど、この一本道なら避けようがねえだろ。なあ?」
発射された弾丸の威力を男は見ている。そして、この場はそう広くもない通路だ。二匹目のニーチェルグは逃げることすらできないと男は確信をして、
「くたばれよ化け物!」
二発目の銃声がその場に響いた。