◇うまい話には裏があるというけれど。
俺は、ラストダンジョン『断罪の塔』の最上階にある“深淵の間”に、遂に突入した。
『ニンゲンヨ、良クココマデ来タ。ダガ、ソレモココマデダ。我ハ邪神……』
「やかましい! お前の能書きを聞いてる余裕はこっちにはねえんだよ!」
そこには、無駄に豪華な衣装を纏う男が、玉座に座っていた。額から二本の角を生やすその男は、にこやかに話し掛けてくるが、俺は問答無用で飛び掛かる。
――いっ気に畳み掛けさせてもらうぜ!
右手には光剣アマラを持ち、闇剣カマラを左手に持って身体の前で交差させて叫ぶ。
「グランドクロススラッシュ!」
十字に交差した剣から、白く輝く光と漆黒の闇がクロスした形のまま飛び出し、玉座の男に襲い掛かる。
『グハッ! 人間メ卑怯ナリ! ヤハリ人間ハ……』
ヨロヨロと玉座から立ち上がる男は、尚も話し掛けようとするが、構わず斬撃を繰り出す。
「だぁかぁらぁぁぁ! うるせえんだよ!」
男の肩口から入った光剣アマラが、男の身体を斜めに切り裂く。左から横薙ぎに振るった闇剣カマラが、男の胴を真っ二つに切り裂いた。
――殺ったか?
だが、男の切り裂かれた筈の傷口から、霧状の闇が漂い出すと男を包み込む。
――ちっ、これしきではやはり駄目か。
俺は飛び退くと、一旦玉座から距離を取る。
『オノレ人間メ、我ノ力ヲ思イ知ルガ良イ』
男の全身を漆黒の闇が覆い尽くし、それが次第に巨大化していく。その巨大化した闇は、轟音を響かせ天井を突き破ると、石組が瓦礫となり降り注ぐ。
――こいつは、ちょっと不味いか!
職業スキルの【瞬速】を使い瓦礫を躱していると、頭上から低い声が辺りに響き渡る。
『ハッハハハ、矮小ナ人間ガ我二逆ラウトハ無駄ナ事ダ』
見上げると、崩れた天井の隙間から青空が見える。そして、巨大化する闇は、既に上空高くまで伸びていた。
「やかましい! 偉そうに……たかが、プログラムされたAI(人工知能)のくせに!」
俺は自分の職業『ニンジャマスター』の固有スキル、【瞬速】【飛脚】を同時に発動させると、降り注ぐ瓦礫を難なく躱す。そして、落ちてくる数個の大きな塊を足場に、天井の割れ目から塔の外に飛び出した。
俺は外の明るさに目を細め、【飛脚】のスキルで空気の塊を作ると、それを足場にして上空へと駆け上がった。
そうなのだ。ここはオンラインゲームの中で、今戦ってる相手はラスボスの邪神ザカルタだった。
あれは半年前の事だったかな。今までに無い、新たなヴァーチャル技術を使ったVRMMOゲーム『ゼノン・クロニクル』が、一般公開された。
それが全世界に向けて大々的に宣伝されると、一躍、業界で一番有名なゲームとなった。何故ならそれは、過激な謳い文句があったからだ。
『ラストのボスを最速単独撃破した者に、賞金一億円と豪華な賞品!』
このキャッチコピーに、全ての人が色めきたった。学校内やテレビ放送の中では勿論、果ては一流企業の社内でも、その話題が尽きる事はなかった。世の中は“誰が一億円を手にするのか”その話題一色に染まったといっても過言ではなかった。だから、一億の文字に踊らさた沢山の人々が、ゲームに挑戦したのだ。
この俺も、それに踊らされた一人だったというわけだ。この半年、長く辛い月日だった。録に睡眠も取らず、給料の大半をつぎ込み、挙げ句に借金までして挑んだ。
課金アイテムや課金スキルに、洒落にならない金を注ぎ込んだのだ。
だが、そのおかげで、レベルもステータスもカンスト。所謂、カウンターストップした状態になったのだ。しかも、課金アイテムで、そこから更にステータスを底上げしている。その上、ほとんど全てのスキルも課金で取り込んでいるのだ。
さっき、最初に放った【グランドクロススラッシュ】も、本来は聖騎士のスキル。俺の職業『ニンジャマスター』では使えないスキルだ。しかし、課金スキル【全スキル開放】で使う事が出来るようになった。装備についても、【全装備開放】のスキルを持っているので、どんな武器や防具でも装備する事が出来る。
簡単そうに聞こえるが、課金したからといって直ぐに、全てのスキルやアイテムが手に入る訳でない。超レアなスキルやアイテムは、まず、隠しダンジョンを見付ける。そして、課金して謎の鍵を貰って初めてそのダンジョンに入れるのだ。その最奥に眠るのが、超レアなアイテムやスキルだった。だから、大半の者は途中でその難解さや、多額の金が掛かる事に嫌気がさし途中で諦める。しかし、ラスボスを倒すにはどうしても、それらが必要だった。
しかし俺は諦めず、必要なアイテムを手に入れるため、殆どのダンジョンにも潜ったのだ。
そして遂に……。
雲ひとつない青空の下、俺は【飛脚】のスキルを使って宙に浮いている。
目の前には、人の形はとっているが、何処までも広がる巨大な闇があった。
ここで、負ける訳にいかない。ラスボスに負けると、全てを失い最初の街に戻される。また、一からやり直すなど、今の俺には無理な相談。既に、借金で首が回らない。勝って一億を手にするしかないのだ。
『人間ノ分際デ、ココマデ出来ルトハ誉メテヤロウ。ドウダ、我ガ手下ニナルナラ見逃シテモ良イガ』
「馬鹿言ってんじゃないぜ。お前を倒して一億を手に入れなきゃ、俺は破産なんだよ!」
さっき使った【グランドクロススラッシュ】が通用しないとなると、もはや残る手はひとつしかない。【グランドクロススラッシュ】は、俺の持つスキルの中では、かなりの威力があったからだ。
俺は『ニンジャマスター』のスキルの中でも、究極のスキルを使う事にする。
こいつは隠しダンジョンでも、もっとも困難で厄介だった言われる、三つのダンジョンで手に入れる宝珠。武の宝珠、魔の宝珠、速の宝珠を体内に吸収して、初めて開放される隠しスキルだ。もっとも、課金アイテムの謎の鍵も、相当の値段がしたのだが。
「【影分身の陣、千人掌】!」
俺の叫びと共に、周囲に数えきれない程の無数の、魔法陣に似た円形の黒い影が浮かび上がる。その無数の影の中からは、俺とそっくりな黒装束の男が、ゆっくりと起き上がってくる。
俺の周りに、そこには千人の俺が出現していたのだ。光剣アマラと闇剣カマラを手に持ち、装備も、カンストしたステータスも全く同じ千人の俺がいる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
俺の雄叫びに呼応して、その千人の俺が一斉に動き出した。そして、目の前にいる邪神ザカルタに向かって行く。
やつが油断して、余裕を見せている今が好機。何もさせずに勝つ。
――ここで、一気に倒してみせる!
このまま倒せなければ俺の負け。何故なら、この究極スキルは、ごっそりとHPとMPを削るからだ。この後とても、まともに戦えるとは思えない。だから、負けた後は現実に戻って首を括るしかない。だが、勝てば夢の億万長者だ。
――【ラッシュ】【ラッシュ】【ラッシュ】【火炎斬】【雷刃破】【氷爆突】【双剣撃】
僅かに残ったMPをスキルに注いだ千人の俺が、縦横無尽に闇を切り裂いていく。
正に圧巻。
様々な色を煌めかせた千人の俺が、闇を霧散させていく。青空の下ではあるが、それはさながら、巨大な闇の中で色鮮やかな、大輪の花を咲かせる打ち上げ花火の様であった。
『ウガァァァァァ!』
俺のMPが尽き果て、時間切れで千人の俺がひとりに収束していく頃、遂に、邪神ザカルタが断末魔の叫びを上げた。
最期の闇が塵となり消え去ると、俺は両手を天に向かって突き上げ、歓喜の雄叫びを上げる。
「おおぉぉォォォォォ!」
あふれる涙がこぼれ落ち、頬を伝って顎先へと滴る。辛かった半年を思い出し、込み上げる歓喜に体を震わせる。
興奮しながらも俺は、家と車を買ってそれから等と、一億円の使い道を頭の片隅で考えていた。そんな、喜びに満たされていた時に、脳内に運営からのインフォメーションが流れてきた。
『おめでとうございます。これほど早く攻略されるとは、我々運営一同驚いております。それでは早速ですが、豪華な賞品を進呈しますのでそのままお進みください』
「んっ?」
機械的な音声のアナウンスに、俺は首を傾げる。
――どういう事だ? ここで受け取るのか?
当然俺は、現実世界で一億円と、その豪華な賞品を受け取るものだと思っていた。
首を傾げ、そんな事を考えていると、目の前に真っ白な両開きの扉が現れた。
――まあ、あれだな。何かお祝いのイベントなんかがあって、目録とかが貰えるのかな。
俺は気軽に考えて目の前の扉に手を掛け、喜びの勢いもそのまま思いきり扉を開ける。
だが……
途端に、扉の向こうから目映いばかりの光が溢れる。
――うおぉっ! 眩しい!
余りの眩しさに瞼を閉じる。その時に、微かな浮遊感を感じた。だが、次の瞬間には一気に体が落下し始める。
――なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!
そして、意識が急速に薄れていく。
『それでは、皆様が心より願う異世界転移を進呈いたします。より良い異世界ライフをお楽しみ下さい』
薄れゆく意識の中で、あの運営からの機械的な音声が脳内に響いた。
――えっ、えぇぇぇぇ! 何それ? 俺はそんな物は望んでねえぞ! 俺の億万長者ライフがあぁぁぁぁ!
そして、俺の意識が途切れた……。