第九話 綴られる思わく
お待たせしました!!
『<働かざる者>の効果によって、レベル、及び全ステータスを1へ変更します』
唐突に頭に流れて来た言葉で完全に固まってしまった。何を言われたのか理解が追いつけなかった。今まで上げたレベルがリッセトされたのだ。呆然とするのは当たり前だろう。その状態では死ね、と言われているようなものだ。このダンジョンはレベル1で生き残れるほど生易しくない。
そして、イザナは言われたことをだんだんと理解した後、頭が冴えてしまった。先程まで殺意や憎しみが空を覆っていたのに、それがまるで嘘だったかのように今は青く晴れ渡っている。そして、考えてしまった。
―――自分はどうしてこんなにも怒りを覚えているのだろうか、と。
1週間、されど1週間。加えて、今まで以上に濃い日々だった。こんなに楽しい日々はイザナにとっても久しぶりだったのだ。だからこそ、リリーシャが殺されたことで多少でも怒りを覚えることはなんら不思議ではない。
だが、イザナ自身はそんなことで怒りを覚える人間ではないと思っている。そんなものは高校に上がった時に消え失せたのだと。すべてに興味をなくし、何をしたいわけでもなく、ただ日々を無為に過ごす時間がそんなものをすべて閉じ込めたはず、だと。
しかし、イザナがこの世界に来た時、感動を覚えた。この世界に召喚されたことではなく、二つある太陽を見て、美しいと感じたことだ。この時、イザナの閉じていた扉からこちらを覗くようにそっと扉をその時に開けたのだ。その後、扉を閉めたが鍵を掛け忘れた。そして、あの2匹に出会った。その2匹が扉の向こうからそっと呼びかけて来たのだ。リアに関しては扉の開け方が解らずに扉を何度も叩いてくる始末。そして、扉の向こうから聞こえてくるリリーシャとリアとの関係を無意識に羨ましいとさえ思った。だからこそ、イザナは扉をそっと開けてその2匹に会おうと考えたのだ。だが、それは叶わなかった。扉から覗いても1匹しかそこにはいなかった。
故にイザナは怒りを覚えているのだ。自分とは違い、幸せそうな2匹の関係を破壊されたから。何より、ようやく気を許しても良いと思った相手を奪われた喪失感。それがイザナを怒りへと誘った。
だが、今までの自分自身がそれを止めたのだ。
きっかけは確かにあったが、それでもその怒りが喪失したのは他でもない自分自身のせいだった。
それが悪いわけではない。しかし、現状を鑑みるとそれが良いことだとも言えない。リリーシャの死に対してリアが仇を討とうとしているのだ。自分が弱かったからこそ、母が死んだのだと彼女は考えている。自分が強ければ母は死ぬことはなかった。そして、自分が母を殺した奴に敵わないことも解っている。だけれども、この衝動は止められなかった。だから、リアは走り出す、標的に向かって。
スノーウルフの特性はと訊かれれば、まず間違えなく誰もが氷魔法を使えると答えるだろう。これは〈氷の女王〉が余りにも有名だからだ。氷魔法の陰に隠れるが、スノーウルフはすべての魔物の中で最も類無きほどのスピードを誇る。普通だったらリリーシャが攻撃を受ける可能性はほぼゼロに近いのだ。
だが、それは両者のレベルが近いからこそだ。リアと敵とのレベルは余りにも離れすぎている。そして、結果も判り切っていることだった。スノーウルフとしての速さが意味をなさずに敵が鋭い爪で引っ掻くように手を振り下したときの衝撃でリアは吹き飛ばされた。
「―――リアっ!!」
あれから固まっていたイザナはその光景がリリーシャの時と重なって見えた。そして、リリーシャが言っていた最後の会話の中の言葉を思い出す。
『―――ふふふ、何せあなたはリアの運命の相手ですもの』
イザナは運命なんてものは信じていない。だが、この時はなんだかリリーシャの言葉を信じても良いような気がした。自分でもどうしてその結論に至ったのか解らないが、少なくとも今は信じるに値する。リアを死なせてはならない。そう思えてならないのだ。
あの爬虫類みたいなのに向かってイザナは走り出す。レベルは1になったが、まだイザナにはユニークスキルの<無知の知>がある。あれなら、魔力がなくてもぶつければ相手にダメージを与えることができる。イザナは8色の玉(銀を除いた)をそれぞれ爬虫類みたいなのに放った。それから、すぐに鑑定を使い相手を見る。
ヤラハク レベル397
あのおいしかった肉の正体だった。それに気付いて少しイザナは吐きそうになった。それはなんとか堪えることには成功した。
ヤラハクがこちらに気付き、意外な俊敏力で玉を華麗に避ける。イザナも急な方向転換が苦手なので避けやすいと言えば避けやすかった。それでも何とか赤い玉をぶつけることに成功した。その瞬間、タランタランの時と同等の爆発を巻き起こした。
爆発による煙から姿を現したが、ヤラハクは無傷でそこに立っていた。
「オォォォォォォぉぉぉ――――――――」
ヤラハクの咆哮が大地を揺るがす。それと周囲にあった煙も完全に消滅した。それでも、イザナは怯まずに走り続ける。そして、ジャンプしながら剣を振り上げる。ヤラハクもさっきリアを飛ばしたように手を投げ払おうとする。
『イザナ!? よけて!!』
こちらに駆けながらリアが叫ぶ。リアならまだ頑丈だが、自分より弱いイザナはそうでもない。母と同じように死ぬのではないかと頭を過った。
「うおおぉぉぉおおおおお――――――」
イザナの声が木霊する。そして、両者がぶつかった。
ズバッ――――――!!
大地ごとヤラハクを剣で真っ二つにしたのだ。ヤラハクはあっけなく死んで、動かなくなった。
「……………へ?」
イザナは現状を理解できなかった。
◯◎◎◯
アクラス=ウィクリートはバルハット王国第一騎士団副団長たるレギルス=ドンドートにあのことを問いただしていた。
「どいうことだ、レギルス。彼をダンジョンに置き去りにしたのは故意によるものだろ?」
アクラスは他のダンジョンに行っており、1週間後の今になってダンジョンから帰ってきたことでイザナが死んだことを聞かされたのだ。本当はアクラス自身がイザナと一緒のダンジョンに行きたかったのだが、王と大臣たちがそれを拒否した。なので、同行することになった副団長にはそれとなくイザナのことを話した。無論、イザナが魔従師だと言うことを言わずに。しかし、不審に思ったレギンスは召喚の日から少し様子がおかしかった部下にイザナのことを知っているかと問うと、怯えながら知らないと返した。その反応に何か知っていると思ったレギンスはそのことを問いただすと部下が知っているイザナのことを全て話させた。
レギルスはバルハット王国の最西にある小さな村で生まれた。その村は獣人たちが多く住むハーネル王国と近接しており多くの獣人たちがその村にも住んでいた。バルハット王国にしては珍しいほどの他種族と友好な関係の村であった。レギルスには4人の幼馴染みがいたがその半分が獣人であった。その4人は良く近くの森に探検にいっては大人たちに見つかり叱られていた。
これほどさまざまな種族がいる村はそうそうない。あるとすれば、新しくできたクルト連合国と言う国が多種族国家でありこの村と似ている。違いがあるとすれば、この村はあくまで人族が主として住んでいる国であり、王都に近くなればなるほど他種族が疎まれる国の中に存在していた、と言うことだろう。
この平和な村に悪夢が襲った。
レギルスが9歳になった頃、ある集団が村を襲った。
その集団の名は『クロマ教団』。過去に実在したと言われる最凶の魔従師イザナを妄信する組織である。この組織の目的は唯一つ。最凶の魔従師イザナをこの世に甦らせることである。そして、復活した彼の者に自分たちを導いてもらうためである。
彼らは皆クロマ教団の聖書と言える黒い本を持っていた。それはその黒い本の原典とも言える《イザナ書》の複製だと言われている。それは古代ラストラ語で書かれていて、普通の人は不気味がって触れようともしないが、その分野で研究している者はその本を喉から手が出るほど欲しがる。なぜなら、その文字は遺跡などを発掘してもあまり発見されていないのだ。その文字だけで書かれた書物を手に入れたいと考えるのは研究者としてはごく普通のことだ。さらに言えば、エルミナ教の聖典もこの古代ラストラ語で書かれているが教皇すら読めずにいる。なので、もっぱら普及しているのは、聖典ではなくその本を意訳したと言われる聖書の方である。
そして、聖典を解読する研究のためクロマ教団の聖書をある研究者が手に入れ解読した。今度は聖典の方を解読しようと教皇に要請したが、却下された。だが、その研究者は何度も申請し、とうとう教皇がおれ、解読することが許されたが、一週間後、その研究者は自殺をした。その遺書にはただ一言。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――知らなければ良かった。
それ以来、古代ラストラ語の研究を禁止された。正確に言うならば、聖典の解読を禁じた。
閑話休題
レギルスの村を襲ったのは総勢30人程度だった。だが、夜中に強襲されたことで村は混乱に陥った。そこは重要ではない。総勢30人と書いたが、そのほとんどがこそこそしていただけで実際に村に攻撃をしていたのは2人であった。もしくはこの2人が目立ち過ぎただけかもしれない。1人は炎で町を囲み誰一人出れないようにしていた。この言い方は正しくない。出ようとした者を炎が逃がさないように火の手を出現させて、逃げないように掴むのだ。それに掴まれた者は一瞬にして灰へとなった。もう1人は高笑いを上げながら次々に村人を殺していった。獲物にされたら誰もそいつから逃れることはできなかった。速過ぎたのだ。余りの速さに分身が見えたような気がした。
レギルスは父親に家の近くにあった隠れ場所――地下にある――に連れていかれた。そこにはこの村の子供たちが隠されていた。ここにいた子供自体少なかったが、レギルスの幼馴染みもそこにいた。ここにいるということは来る間に死ななかったということだ。他の幼馴染みはもしかしたらレギルスが死んだのではと心配していた。
上の方では悲鳴や戦いの響きが届いてくる。レギルスたちはじっと固まって、お互いを励まし合っていた。しばらくすると、その音も止み、どうなったのかと1人の子供がここの扉を開くと、槍で貫かれた。そして、口から血を吐き絶命した。
そこからのレギルスの記憶は鮮明だった。子供たちはその光景に何も言えなくなり、ただその子供を見つめた。その子供が刺された扉から1人の男が現れた。その男は村を火で囲っていた奴だった。顔は見えなかったが、なぜか彼の右胸にあった十字に白バラが散っているマークだけが印象的だった。そんな彼は子供たちに向かって、
「われらの王のために死んでくれ」
それだけ言うと、右手を前に出して、火魔法を放った。一瞬にして、この小さな部屋は火に包また。それを一瞥すると男は姿を消した。
それを聞きつけた王国の騎士団が、その村を調査した。そして、そこで見つけられたのが、レギルスただ1人だった。レギルスは幼馴染みがとっさに火魔法を発動すると同時に覆いかぶさったので火の直撃を免れ、生きていた。それを見つけた当時の騎士団長がレギルスを自分の養子にした。そして、レギルスは村で何が起きたのか質問されると、自分が知っていることをブツブツと答えていく。そして、最後にあの男の――正確に言えば、右肩のマーク――ことを言うと、「クロマ教団めっ!」と言う声を聴き、自分たちを襲ったのがその組織だと知った。
それからは、騎士団に入るために訓練をひたすらにした。それとクロマ教団のことを何度も調べた。クロマ教団には多くの魔従師がいる。ほとんどの魔従師がそこに辿りつくのだ。
そんな彼が魔従師と言う存在とイザナと言う存在を許すはずがない。まして、その両方を備えたイザナを殺したいとさえ思った。だが、アクラスがそれを許さないだろう。しかし、イザナが行くダンジョンにアクラスはいない。なので、レギルスはその部下に頼み、ボス部屋の前に転移系の罠を仕掛けさせた。そして、うまくいった。イザナを殺すことに成功したのだ(レギルス視点)。それが自分のしたことだとはだれも思わなかった。目の前にいるアクラスも置き去りにしただけだと思っている。
「お言葉ですが、団長。彼はこの国の不安要素でした。彼の存在が国王に知られれば、あなたとてただでは済まなかったのですよ。それに私は彼を置き去りにしたわけではありません」
「お前が彼を知れば、殺しにかかると踏んでいた。まして、今回は私が同行できなった。―――だが、お前がやったと言う証拠もない私にはお前を裁くこともできない。今後、こんなことがあれば、問答無用で騎士団から除籍させてもらう」
「―――――っ!?」
レギルスはアクラスの言葉に顔を引き攣らせた。
「これは驚きました。あなたがそこまで私情を挟むとは……」
「私情ではない。元々、何のために彼らを召喚したのだと思っている」
「………。そう、でしたね。それでは私はこれで」
レギルスはアクラスにお辞儀するとそのまま部屋の外に出ていった。
1人になったアクラスは椅子にもたれかかって天井を見る。それから、机に置いてあるイザナのクラスの資料を眺める。そして、イザナのところで目を止める。
「……………………。ふう、やれやれ。ようやく私たちの王候補を見つけたのだが、これで振り出しか。彼ほどの人形はなかなかいないのだがな。巫女様が聞けば、大喜びして彼を出迎えただろうに」
アクラスの言葉を聞いた者は誰一人としていなかった