第八話 リリーシャとクシャトリア
イザナがリアをあらかたからかった後、リリーシャがイザナに話してかけてくる。
『それにしても運が良かったですね』
「運が良かった?」
『ええ。あの状態じゃなかったら、今頃凍死していましたよ』
あの状態とは簀巻き状態のことを指しているのだろう。あの糸がイザナの体を包んでいたことで防寒の役目になっていた。寒くなるとミノムシが糸を絡めて巣のようなものを作るがそんな感じだろ。タランタランの糸はすでに解いてもらっている。そして、今更ながらに目覚めた時に感じた少し凍えるような寒さが治まっていることに気付いた。
「そういえばさっきまで寒かったのに今は何ともない」
『今はあなたにわたくしが魔法を掛けていますので』
「そうなのか―――それはありがとう」
『いえ、お礼ならあの娘に言ってやってください。ここまであなたを連れて来たのはあの娘なんですから』
「そう、なのか?」
イザナの説得によって様付けは何とかやめてもらった。
それに、種族によっては魔法を使える魔物も存在する。有名なのではドラゴンがいい例だろう。ちなみにタランタランは糸を出せるが魔法を使うことができない。あれは身体的な理由で出せるのであって魔法では決してない。
『そうですよ。あの娘たっら、いきなり「誰かがワタシを呼んでるわ!! これは運命の相手に違いないわ!!」って叫びながら出ていったと思ったら、あなたを連れて帰って来たんですよ。ふふ、誰を連れて来たのかと思ったら、人間のオスを連れて来るんですもの。わたくし嬉しくって、その日の夕食はヤラハクの肉を食卓に出してしまいましたわ』
ヤラハクの肉とはこちらで言うお赤飯のことだろうか。
『お、おかあさん! なに変なこと言ってるの!?』
一人と一匹の会話を聞いていたリアがリリーシャの言った言葉に反応する。おそらく、自分が言った言葉をイザナに聞かれたのが恥かしいのだろう。
『別に変なことは何も言ってませんよ。それにリアも2日も起きないイザナさんを心配していたじゃない』
『あ―――!! だから、余計なことを言わないで!!』
「それよりも俺は2日も寝ていたのか」
『それよりもってどういう意味!?』
『そうですよ。あの糸に包まれていなければ、この穴蔵の中にいても寒さで体が凍っていたかもしれません。わたくしもいつまでも魔法を掛けられる訳ではありませんし』
「そうか……。だからさっき運が良かった、と」
『2人してワタシを無視!? ―――うっ~、もう、知らない!!』
拗ねてしまったのか、隅っこに行って体を丸めた。でも、こちらが気になるのか、ピクピクと耳を立てている。リリーシャはそんな娘を見ながら言葉を発する。
『それにリアもあなたが寒くないように寄り添って体を温めていたんですよ』
それを聞いたリアは一瞬立ち上がりそうになったが、何とか堪えてジッとしていた。リアの代わりにイザナが立ち上がり、リアの方に近づく。そして、リアの体を撫でながら話す。
「そっか。ありがとな、リア」
『ふ、ふんっ』
そっぽを向くがイザナにお礼を言われたことが嬉しいのか尻尾が揺れているのを隠しきれていなかった。
その後、外がどうなっているのか気になったので、リリーシャに付き添ってもらって、出口の方に行ってみた。そしてそこから見えた景色は真っ白だった。リリーシャたちとの会話で外が雪原地帯だと予想はしていたが、吹雪によってかなり荒ぶっていた。正直、この洞窟から外に出るのが躊躇われるほどの酷さだった。
その景色を見ていると、身体が悲鳴を上げ始めた。その痛みで壁に手を付く。
『大丈夫ですかっ。まだ、体は癒えていないのですか無理をしないでくださいね』
リリーシャの言う通り、イザナはタランタランとの戦闘で体のあちこちを負傷していた。さらに、あの部屋の床から落ちた時のダメージもある。雪により衝撃は大分吸収されたが、それでも相当な衝撃を受けたのだ。リリーシャに付き添ってもらったのも、もしものことがあった場合すぐに奥に連れていってもらうためだ。それと、魔法で寒さを和らいでもらうためでもある。どちらかと言うと、こっちの要素の方が大きいだろう。
イザナはリリーシャに大丈夫と言い、奥に戻っていく。リリーシャもその後に付いていく。戻る途中でイザナのお腹が雄叫びを上げた。
『ふふふ、そういえば、ヤラハクの肉が残っているのですが食べますか?』
その提案にイザナは顔を赤くして頷く。
結果としてはヤラハクの肉は美味だった。どの部位かは知らないがすでに加工された―――どうやったのかは知らない―――ヤラハクの肉の塊が冷凍されていた。流石に生のままで食べるのは難しいので、手ごろな大きさに切ったヤラハクの肉を<無知の知>の赤の玉で火を出して焼いた。
ここに木などはないので火を直接肉に向けて焼いた。最初の1回目は手加減が解らず、肉を炭にしてしまい食べられるものではなかった。一応、試しに一口間で見たが、シャクっと音がしたと思ったら中まで炭だった。二個目はゆっくりと火を弱めて炙り続けた。そして、よく焼けたと思って、食べてみると、今度は中が焼けていなかった。それどころか、まだ肉の中が凍ってすらいた。まだ火が強すぎたので冷凍がしっかり溶けなかったのだ。これは肉を少し厚く切り過ぎたのが問題なのだが、凍っているのでなかなか切るのが難しい。王宮で貸与されたのは刀などのような切り裂く剣ではなく、叩き斬るような剣なのでさらに難しい。
それを見ていたリアは何してんのコイツみたいな目でイザナを見ていたが、見かねたリリーシャがヤラハクの肉を解凍してくれたので、イザナはようやく肉にあり付けた。最初からこんなことができるのならしてもらえば良かったのだが、イザナは冷凍でもちゃんと焼けるだろうと短絡的に考えていたことと、そもそもスノーウルフは捕らえた獲物を一度完全に冷凍して保存しておく、そして、その肉をそのまま食べるので焼くという発想そのものがなかったのだ。
ヤラハクの肉をたらふく食ったことで胃が凭れているので動くのが難しくなった。むしろ、少し気分が悪い。2日も何も食べなかったのにいきなり脂っぽい食べ物を食べたのだから当たり前である。
そして、2匹のスノーウルフと食事をする風景を見て一つ疑問が湧いた。
「そういえば、どうしてリアは俺を助けたんだ?」
『――――――?』
質問の意味が良く解っていないのか首を傾げている。言葉が通じなければ何て感情豊かな動物なんだろうと言いたくなるような仕草だ。
「だって、俺人間だろ? ―――いや、それ以前に俺を助ける意味ないだろ? ここまで連れてきて俺を食料にする訳でもないしさ」
『………。う~ん、何て言うんだろ。誰かに助けを呼ばれた気がして、その場所に向かったらあんたが倒れてたの。それであんたを見てたら、何だか解んないけど、あんたを助けなくちゃって言う気持ちになってさ。―――う~ん、今思うと何だったんだろう、あれ?』
『ふふふ、運命の相手だからでしょ』
『おかあさん! からかうのもいい加減にして!』
そこからは二匹と他愛もない話をした。そして、そこで判明したことだが、どうやらスノーウルフには性別がメスしかない様なのだ。それで、どうやって子孫を残しているのかと疑問に思ったので訊いてみると、何やらこの階層にある凍らない湖の水を飲むと自分自身の分身とも言える遺伝子を持った子供を産むことができるのだと言う。つまり、自分のお腹から自分を産むようなものかとイザナは勝手に解釈した。その湖がなければ産めないのではと思うが、その湖はこういうダンジョンの中や地上ではある場所にしか存在していないのだ。だから、スノーウルフは基本その場所から動くことはない。
そう考えると、リリーシャとリアは本来同じはずなのにどうしてこうも違うのかとイザナは頭を抱え込んだ。リアは昔の自分にそっくりだとリリーシャは言うが絶対嘘だろう。ちなみに魔物にも寿命はあるが長寿であるが、その死因のほとんどが他の魔物や人間に殺されるのでその寿命を全うする奴は少ない。そこで二人の年齢を訊いてみるとリリーシャは300年以上生きていて、そして、リアはまだ生まれて15年も経っていないらしい。リアはまだまだ子供だった。
それからリア繋がりでこんな話題も出て来た。
「〈獣王〉って二人と同じスノーウルフなんだっけ?」
『わたくしも直接お会いした訳ではないので確かなことは言えませんが、そうだと聞いたことがあります。なにせこのダンジョンと同じ名前ですからね。話題にもなります』
スノーウルフは群れでは生活しないがあの湖が近くにある場所で生息しているので、必然的にスノーウルフの集団が出来上がる。この階層にも二人以外にもスノーウルフは生息しているが、イザナはまだ見ていない。それになんでも今いる洞窟はリリーシャの縄張りなので他のスノーウルフはあまり近づかない。それでも、〈獣王〉と呼ばれるスノーウルフだけは別である。彼女は世界を放浪しており、唯一の例外として湖の近くで生活していない。
また、彼女は〈氷の女王〉とも地方によっては呼ばれている。スノーウルフはその名が表すように氷魔法を得意としている。その名が付けられた理由は雪原地帯に生息しているからであり、氷魔法が使えるからではないこともここに明記しておこう。この話は置いとくとして話を元に戻すが、他のスノーウルフとは比べるまでもなく〈獣王〉の魔法は圧倒的だ。基本的に彼女は訪れた町などを攻撃することはないが、彼女を怒らせたら話は別である。そして、彼女を怒らせた町は一瞬にして、氷の世界へとその姿を変える。その町で生活していたすべての人や草木、そして、建物が氷に覆われ、その世界において生命というものは唯一匹を除いてすべてが死滅する。その氷は何十年、何百年経っても溶けることがなく、さらにはそこの天候までもが寒帯へと変貌する。そしてこれが、天災と呼ばれる所以であり、人々が〈氷の女王〉と呼ぶ理由でもある。
イザナがこの洞窟で目を覚ましてから早くも1週間が経っていた。この中の生活では外が昼なのか夜なのか判断ができないが、リリーシャが言うにはイザナがこの洞窟で初めて目を覚ましたのがおよそ夕方の時刻だったそうで、そこから2匹が外へ出るのが昼時なのでその回数を数えると7回にも及んでいた。そこから1週間が経ったと推測する。
とりあえず二匹には大量の木の枝を集めてきてもらった。この階層に木があるか解らなかったが、杉に似た木が沢山生えているらしいのでそれを集めてもらった。しかし、その木が湿気っており、薪として使うのにも苦労した。
2匹がいないときは魔法がないのでかなり寒い。なので、集めた木をなんとか遣り繰りして赤の玉で火を起こして、たき火で寒さをしのいでいた。
この一週間で怪我もたいぶ良くなった。日常生活を送るならなんら心配はいらないだろう。今いる場所はずいぶん非日常なところだがそこは気にしないでおこう。それでも一週間暇だったことは否めない。何しろずっとこの洞窟にいたのだ暇にもなろう。特に2匹が外に狩りに行ったときなんかは暇を大安売りで売っていたほどだ。なので、筋トレでもしていようと体を動かしていたら、帰って来たリアに「何してんの、あんた!?」と叱られたほどだ。リアにツッコまれることはあるが叱られるのは珍しいので記憶に新しい。何しろ昨日のことだ。
後したことと言えば、ステータスがどうなっているのか確認したぐらいだろう。レベルの高い魔物を何体も倒しているのでレベルが何と20も上がっていた。なので〈孤独な旅人〉の効果を使いステータスをどうカスタマイズするかを熟考した。ちなみにリアとリリーシャを鑑定してみたところ、リアはレベル40でリリーシャが何とレベル368もあった。流石は300年も生きていることはある。そんなことを考えていたら寒気がしたので思考を停止した。
外に出かけたと思ったリリーシャすぐに帰って来たと思ったら、今日は天気がいいから外に出てみてはと提案されたので外に出てみることにした。すると、一週間前の吹雪が嘘かのような雪景色がそこには広がっていた。前の時は吹雪で前が見えなかったが、どうやらここは森の中らしい。杉みたいな木がそこら中に生えている。そして、太陽の光が雪に反射して眩しかった。そして、ダンジョンに入ってから久しぶりに太陽を見た。実に一週間ぶりだ。目に突き刺すような光ではないが、ここが本当に外だと錯覚しそうだった。
そして、二匹と共にここを見て回ることになった。あわよくば次の階層の入り口を見つけたいものだ。そういえば、ここが何階層かリアはともかくリリーシャも知らないらしい。王宮で読んだ《クシャトリア大迷宮》の資料では雪原地帯のことは書かれていなかったので、70階層よりも深い場所にあるは確かだ。
リアは元気にそこら中を走り回っているなかなか元気な奴である。それを見ていたリリーシャがイザナに話しかけて来る。
『あなたが来てから、リアったら毎日楽しそうなんですよ。親としてはこのままあなたが旅立つときに一緒に行ってほしいほどです』
「おいおい、何言ってんだよ。それだとリリーシャが一人になっちまうだろ。それにあいつも嫌がるぞ」
『ええ、そうでしょう。………けど、リアがあなたを連れて来たのは偶然ではなく運命だと考えています。そして、リアがわたくしから一人立ちするきっかけになるような気がするのです。―――ふふふ、何せあなたはリアの運命の相手ですもの』
「それまだ引っ張ってんのか………」
『もちろんですよ。何しろ、あなたの名前は〝イザナ〟であの娘の名前が〝クシャトリア〟なんですよ。かつていた魔従師とそれに付き添う〈獣王〉の様ではないですか』
言わんとしていることは何となく理解できる。リリーシャからしてみれば、〈獣王〉と自分の娘を重ねて見えるのだから将来の娘に夢を馳せるだろう。
『それに元々スノーウルフは子供と十数年余り一緒に過ごした後、自分の子供とお別れしなければならないのです。わたくしも母と過ごしたのはあの娘と同じ15歳の時でした。ある日、いきなり母がいなくなったのです。そのことを他のスノーウルフに聞いてみると代々そういうしきたりらしくスノーウルフなら誰でも通る道なのです。わたくしもリアの前からいなくなろうと考えているのですが、なかなか踏ん切りがつかずに今までずるずると来てしまいました』
「それで自分がいなくなるんじゃなくて、俺に連れていってもらおうと」
『恥ずかしながら。それにあの娘にとっては早いか遅いかの違いですし』
「―――リアにとって早いか遅いかじゃなくてリリーシャにとっては、だろ?」
『―――――。そうですね。わたくしのわがままにあの娘を―――――』
そこまで言うとリリーシャが急に立ち止まった。
「どうした?」
『そういえば、リアはどこに行ったのでしょう?』
会話に夢中でいつの間にかリアの姿を見失っていた。だが、すぐに匂いでリアの場所を探す。何と言ってもイヌ科の動物なので鼻はかなり良い。だが、リリーシャがリアを見つけるよりも早く『キャアアアアアア―――!!!』と言うリアの悲鳴が聞こえて来た。その悲鳴を聞くや否やリリーシャは疾風の如く走り出した。
イザナは突然のことで体が固まったが、リリーシャが走り出したのを見た後、すぐにハッとなってリリーシャの後を付いていった。
病み上がりの身体にはリリーシャの後に付いていくのが難しくすぐに見失ったが、近くで激しい音が響いてきたのですぐにそちらに向かった。
そして、そこでイザナが見た光景はリリーシャが血ふぶきしながら全長5メートルほどありそうな二足歩行している一見虫みたいな爬虫類に吹き飛ばされている場面だった。
『おかあーーさんっ!!!』
リアが叫ぶ声が木霊する。
リアは雪がリリーシャの血で染まったところへ走る。リリーシャはすぐに立とうとするが、怪我で力が入らないのか立てずにいた。リアがリリーシャに近寄ると大きく奴の爪で引き裂かれた傷を舐める。
奴にかなり吹き飛ばされたので、奴と距離がある。それに奴は歩みが遅い。それが逆に奴に対する不気味さと恐怖心を与える。
『無駄ですよ、リア。―――もう助かりません。わたくしを置いてすぐここから逃げてください。そして、イザナさんと一緒に』
なんとも優しい声色で傷を舐めるリアに話しかける。
『おかあさんを置いてなんか行けないよっ!』
『このままではあなたも一緒に死んでしまいます』
『だったら、ワタシも一緒にっ――』
『何を言うんですか。あなたはわたくしの宝物なんですよ。ここで死んでは困ります』
『で、でも!』
『でも、じゃありません!』
『――――っ!』
『はあ、何度も言いません。わたくしを置いて逃げなさい。あなたの実力ではあいつには勝てま、せ――うぐっ』
『おかあさんっ! しっかりして!』
『はぁ、はぁ、もう、時間もない、みたいですね』
『な、何言ってるのよ、おかあさん』
『ふふふ、あぁ、あなたを産んで良かった。………ねぇ、リア?』
『―――何?』
『わたくしに楽しい一時を与えてくれて、本当に、あり、が―――』
言い切る前にリリーシャが動かなくなる。
『おかあさん!?』
リアは何度も顔を舐めるが全く反応しなかった。
『―――ねえ? おかあさん? 目を覚ましてよ。ねえ? う、そだよね? 嘘だと言ってよ、おかあさん。おか――、さん、う、うう、うわあああああああああああああああん』
階層全体にリアの雄叫びが響き渡った。
『解放条件を確認。これより[憤怒]を解放します』
リリーシャの死を見ていたイザナの脳内でそんなことお構いなしに無慈悲な声が鳴り響いてきた。だが、イザナにはそんな声がどうでも良かった。今なおリアとリリーシャの方へ歩いて行っている奴に対して殺意にも似た怒りが湧いていた。
たかが一週間だがされど一週間。今までほとんど誰とも接してこなかったイザナがこんなにも誰かと同じ時を共に過ごしたのは初めてだった。
剣を抜いて、奴に向かって走ろうとした瞬間、またしても脳内で声が響いてきた。
『解放条件を確認。これより[怠惰]を解放します』
だが、そんな声は無視する。今すぐ奴を殺すことだけを考えていた。しかし、この後の声を聴いて動きを止めてしまった。
『<働かざる者>の効果によって、レベル、及び全ステータスを1へ変更します』
「――――――――え?」
[憤怒]の名前は<我を忘れし者>と思いついてるけど、能力が全然決まっていない……。
それから作者の都合により、次の更新が木、金曜日あたりになってしまいます。
楽しみにしていた方は申し訳ありません。