第七話 ソクラテスはかく語りき
気付くとイザナの周りには色とりどりな9個の玉が浮いていた。時計回りに、赤、青、緑、橙、黄、白、黒、銀、無色に並んでいる。
それを見たタランタランは一回怯んだが、すぐにイザナに向き直した。だが、イザナは怯んだ隙に一回タランタランと距離をとった。そして、すぐさま自分のステータスプレートを見る。
朝霧誘 男 16歳 レベル6
種族:人間
天職:魔従師
体力:60/65
魔力:58/58
筋力:49
耐久:80
俊敏:65
魔耐:63
【称号】
異世界人 孤独な旅人 道化の見習い
【スキル】
全言語理解 鑑定 詐偽
【ユニークスキル】
『七つの大罪』
[???](未解放)
[強欲]<無知の智>
[???](未解放)
[嫉妬]<剥奪されし強者>
[???](未解放)
[???](未開放)
[???](未開放)
<無知の知>………①浮遊する玉はそれぞれ火(赤)、水(青)、風(緑)、土(橙)、雷(黄)、氷(白)、闇(黒)、光(銀)、無(透明)属性を表しており、それぞれの玉に触れながら魔力を消費するとそれぞれの属性の魔法を詠唱なしで放つことができる。放てる魔法は知識量に依存。②自分以外の者がこの玉に触れるとそれぞれの属性の魔法を魔力を消費せずに自動発動する。(例、火なら爆発。雷なら電撃。氷なら凍らせる)③玉は自由に形状を変化することができる。ただし、玉の体積分の大きさにしかならない。また触れずに動かせる範囲は50メートル程である。④全ての玉を一つに束ねるとあらゆる魔法を無効化する。ただし、攻撃はできなくなる。
発動条件、周りに味方がいない状態で10体以上の敵がいる場合。
<剥奪されし強者>………一度、触れた相手にのみ発動可。10秒ごとに全ステータスを半減させる。ただし、対象は一人のみとする。
詠唱【天より堕ちろ】
発動条件、レベル差が100以上の敵と相対した場合。
開いた口が閉じるのに時間が掛かった。なんだこれはと言いたくなるスキルだった。しかも、まだあと5個もスキルが残っている。
しかし、魔法の才能がないイザナにとっては嬉しいスキルだ。イザナは魔法の講義を受けていたが、魔法を扱うことができなかった。魔力の方は体中に巡らせられることができるのに、魔法を扱うことができない。アクラス団長もこれには首を傾げていた。
とりあえず,イザナは無色の玉を左手で掴んで短剣をイメージする。すると、イメージ通りに短剣に変形した。
無属性魔法は主に肉体強化などができる魔法だ。もちろん、それ以外にも特殊な魔法も存在するが、そういうのは魔法の方が使い手を選ぶので無魔法を持つ者のほとんどが強化の魔法を使う。
イザナは魔力のほぼ全てを消費し、知っていた最上級———イザナの魔力量で使うことのできるレベルという意———の強化魔法を使い俊敏値を一時的に5倍まで引き延ばした。
魔法は使う魔力量によって威力が変化するが、それぞれの魔法には最低魔力量というものがある。はっきり言ってしまえば、その魔法を使うのに最低限これだけの魔力が必要ですよ、っていうことを表したものだ。当然ながら最低魔力量の数値が高いほど強力な魔法を発動できる。
さっきまでのタランタランの動きを見ていてもそれほど速い動きはできないと踏んでの行為だ。魔法の方も数十秒したら切れるので、短期決戦に持ち込むつもりだ。もちろん、レベル124もあるタランタランを避けながらだ。そいつも『そいつの相手はお前たちがやれ』と言っているので襲ってくることはないだろう。そいつを残せば残りは20匹ほどなので赤と黄と白の玉も操りながら、攻撃すれば何とかなるだろうと短絡的に考えた。
時間も残っていないので、近づいてきているタランタランに赤玉をぶつけた。
――ドッカーーーン!!!
予想以上の大爆発に唖然とした。副団長が使ったニトロ石と同じくらいの爆発だった。タランタランはまだ生きていたが、それでも玉が当たったところは焼け崩れていた。あれだと動くこともままならないだろう。
動けなくなったタランタランに向けてまた赤玉を今度は頭にぶつける。そして、次こそは完全に絶命した。
感覚的にどこにどの玉があるのか理解できるので、予定を変更して、それぞれの玉をタランタランにぶつけてみた。もちろん、イザナ自身は走りながら、初めから持っていた剣と無色透明な短剣を使い攻撃している、と言うかは糸による攻撃を避けているだけなのだが、その合間にどんな効果があるか実験しているのだ。
その中でも意外と危険だったのは青玉だった。相手にぶつけた瞬間にだいたい半径3メートルほどの水の刃を出したのだ。ぶつけたタランタランは真っ二つになりそこなっていた。料理下手の人間が野菜を切ったら切れておらず、全部つながった様な感じの切れ具合だった。
緑玉は竜巻を横に発射しタランタランを吹き飛ばしていた。これにはダメージが通っていないのかすぐ様態勢を治してこちらに向かってくる。
違うタランタランに橙玉をぶつけると、針状の土を玉全体に出して串刺しにしていたが、大したダメージもないのか気にもしないでイザナを襲う。同じタランタランに黄玉をぶつけてみると身体中に電撃が襲っていた。しかし、そういうのに耐性があるのか電撃を浴びながらもこちらに来る。なので、白玉を黄玉と交代してぶつけると氷漬けになって動かなくなった。そして、念のためにそいつに赤玉をぶつけて完全に粉々にした。
今度は黒玉をぶつける。すると、その場から動かなくなった。別に死んだわけではない。何かに押し潰されているかのような動きだ。これがどいったものなのか良く判らないので後で考えることにして、青玉で分断した。
銀玉はただ光るだけだったので、目くらましぐらいにしか役に立たなかった。
ここまでイザナが優勢っぽく書いているが実は満身創痍な状態なのだ。はっきり言ってしまえば、いかにチートなスキルを手に入れてもタランタランとのレベル差があり過ぎるのだ。5体程度だけだったら簡単に勝てたかもしれないが、何分数が多すぎた。まして、レベル124のタランタランも無傷で残っている。さらに、魔法の効果も切れたのでかなりやばい。何がやばいって体力がかなり少ない。
頭を最初に潰そうと、レベル124のタランタランに向けて黒玉を放つ。タランタランは動きが遅いのでぶつけることには成功した。動けなくなったところに今度は青玉をぶつけようと放つ。だが、青玉が当たるよりも早くタランタランは糸を口から出す。動きが遅い代わりに糸で動きを止めてから捕食する魔物なのだ。
避けることもままならず、その糸に絡まる。そしてそのままレベル124のタランタランの方に糸で引っ張られが、青玉がタランタランにぶつかったことにより中途半端に前進しただけですんだ。そして、赤玉を顔の部分が氷づいたタランタランにぶつける。そして、頭が吹き飛んだ。だが、まだ動いている。一種のホラーだ。
他のタランタランもそれに激怒したのか、『お頭~!』と叫びながらイザナを捕食しようとする。
―――ピシ。
そんな音が聞こえて来たと思ったら、レベル124のタランタランの目の前で地面に亀裂が走り、それがイザナの方まで襲ってきた。それはさらに広がりイザナのところで地面が崩壊した。
元々この下は空洞になっており、イザナが先程から爆発を何度も起こしていたので床がもろくなっていた。そこに地面に近い場所で爆発を起こしたことで耐え切れなくなり、崩壊したのだ。
「く、そ」
イザナは重力に逆らう力を持っていないので、そのまま奈落の底に落ちていった。
――誰か!
と口に出していたか憶えていない。
◯◎◎◯
加奈子たちは20階層のボス部屋の扉の前にいた。転移系のトラップに引っ掛かってから、蜘蛛が出てきた。その蜘蛛自体は倒せそうだったが、今までよりも数が多かったこととトラップに引っ掛かったことによるパニックによって、蜘蛛の対応は騎士たちに任せて、加奈子たちは魔方陣に飛び込んだ。正輝が何やら残りそうな感じだったが、宮本が無理矢理引っ張って来ていた。
みんなが壁にある魔方陣から出てきたところで今度は騎士たちが出て来た。だが、加奈子はイザナがまだ出てきていないことに気付いていた。騎士たちと一緒に出て来るだろうと、不安を打ち消そうとしたが、最後に出て来たのは副団長だけだった。そして、ようやく終わったと安堵したような表情をして、息を整えていた。
加奈子はそんな副団長に近づいた。
「あ、あの、イザナがまだ戻ってきていないのですが!」
「イザナ? ―――っ! もしかして彼のことか! ―――すまない。一人助けられなかった者がいるんだ!」
「―――ッ!! 行かなきゃ」
「もう無理だ! 私が見た時にはすでに奴らに殺されていた!」
「で、でも!」
「それにもう向こう側の魔方陣は消してしまったんだ!」
この騒ぎを聞きつけたのか、正輝たちがこっちによって来る。
「どうしたんだ、カナ!」
「イザナが、イザナがまだ中に!」
「無駄だ! 彼は死んだ。それにもう行く手段もない!」
加奈子はそれでも行こうとするので、それを見ていた宮本が加奈子を気絶させた。
「すまない」
「いえ。けどどういう訳か説明してくれるんですよね?」
「ああぁ」
副団長の話によると、みんなが魔方陣の中に入っていった後、一人だけまだ走っている生徒がいたので、騎士たちに出るように指示をして、副団長はその生徒を助けに行こうとした。だが、その直後、彼が躓いて倒れたところをあの蜘蛛の魔物に襲われたらしい。その食った魔物は殺したが生徒の方は無残な姿で死んでいたため、みんなを不安にさせないために死体は持ってこずに帰って来たらしい。
その話を聞いたあと、辺りは静寂が支配した。当たり前だろう、知らなくても異世界に召喚された人間が無残に死んだと聞かされたのだから。だが、すぐに周りの連中があの無能が死んだのは当たり前な結果だみたいな雰囲気になって、自分はそんな風にはならないと現実逃避していた。
だが、幼馴染みだった5人は違った反応を見せていた。特に顕著なのは大泣きしている麻衣と呆然とただつっ立ている咲楽だろう。未央は正輝の胸を借りて泣いていた。俊作は心配そうに姉の顔を見ながら介抱している。
そして、このまま先に進むのは難しいという判断でダンジョン探索は一旦中止になった。加奈子は俊作に背負われながら、未央は正輝に支えながら、麻衣は宮本に付き添ってもらいながら歩き出す。
みんなが一度来た道に戻ろうとする中で、咲楽だけは魔方陣があった場所を見つめていた。宮本は咲楽を呼ぼうと麻衣に断わってから、咲楽に近づいた。そして、咲楽の肩に触れそうになったところで、咲楽が魔法陣の方に向かって囁くように言う。
「―――私を一人にしないでよ」
宮本は聞いていけないことを聞いた気がした。だが、幸い咲楽は宮本に気付いていない様子だった。触れそうになった肩から手を離し、今度は手を耳までもっていき、両手で叩いた。
「ひゃあ! ―――宮本先輩?」
「ああ、オレだ」
驚いた後キョロキョロと首を振ったあと、ようやく宮本に気が付いた。
「あ、あれ? みんなは?」
「みんな来た道から帰ってるよ」
「………。あ、あの、私何か言ってました?」
「いや、何も言ってなかったと思うぞ」
「そう……ですか。ならいいです」
そう言うと、一番近くにいた麻衣の方へ走っていた。その後に続いて、宮本も歩き出した。
そして、王宮でもすぐに死者が出たことが話題になったが、王宮関係者のほとんどがあの魔物使いが死んだことに安堵していた。生徒たちにも不安を抱かせるかと思ったが、そんなこともなかった。無能と言う渾名が今回は仇になったのだろう。近藤たちは笑いをこらえている様子だった。そして、その話を聞いた生徒会長は生徒を死に至らせたことに対して自分自身に怒りを覚え、イザナの担任だった早海惟子は悲しみのあまり一晩中泣いていた。
だが、みんなすぐにイザナのことを忘れたかのように数日で再び《クシャトリア大迷宮》を挑み始めた。もしかしたら、自分はああはならないと思い込みたいからかもしれない。
なお、加奈子が起きた後の行動はここに書くことが憚られるので割愛する。
◯◎◎◯
イザナは寒さによって目を覚ました。目覚めるとそこは洞窟だった。それ以外に表現できないほどに洞窟だった。結構深いのかそれとも入り組んでいて見えないだけか判断はつかないが、簀巻き状態で寝ていることは純然たる事実である。だが、どうみても偶然ここに入り込んだ風には見えない。天井にも穴が空いていないことと、今寝ている場所が行き止まりでこれ以上進めそうにもない。つまり、イザナを助けてくれた人物がいると言うことだ。
すると、出口の方から物音が聞こえ出す。自分を助けてくれた人が帰って来たのかと思ったが、よくよく考えてみればここはダンジョンであり、どう考えても人間が住んでいるようには見えない。この洞窟の中も生活感が全くない。なので、臨戦態勢を取ろうとするが、自分が簀巻き状態だと忘れていたので、そこでジタバタしているだけになってしまった。穴があったら入りたい気持ちになったが、洞窟はすでに穴の中なので目的は達しているとも言える。
そして、その音の根源が姿を現した。
『ん? あっ! ようやく目を覚ましたのね! ずっと目を覚まさないから心配したじゃない!』
薄暗くて少し灰色っぽく見えるがきっと真っ白な――オオカミだった。
『―――ハッ! 何言ってんだろ、ワタシ。恥かし。人間に言葉が通じる訳がないじゃない』
「………。お前が助けてくれたのか?」
『そうよ。感謝しなさい、人間。まあ、ワタシの言葉が解ればだけど』
「そうか。ありがとう」
『―――ん? もしかしてワタシの言葉解かる?』
「ああ、解かる」
『―――っ。も、もしかして、最初から聞いてた?』
「ああ、一人叫んでいたことに恥かしそうにしていたところも」
『アアアア! わ、忘れなさいよ。とっとと忘れなさい!』
「おい! やめ! ちょっ、顔を蹴るなよ」
前足でボスボスとイザナの顔を踏みつけてくる。さほど痛くないので手加減してくれているのだろう。
『騒々しいですよ、リア』
イザナの顔を攻撃するリアと呼ばれたオオカミを止めてくれたのは、リアと同じ方から歩いてきたオオカミだ。リアに比べると二回りほど大きい。立ったイザナと同じぐらいの大きさじゃないだろうか。
『けど、おかあさんこいつが』
どうやら親子らしい。
『けど、じゃありません。――お客さんすみませんね。騒々しい娘で』
「いえ、なかなか愉快な娘さんで」
『あらあら。魔従師さんでいらしたのですか。通りでリアの独り言が会話っぽいと思ったのです』
言葉が通じないと思っていたなら、なぜ謝ったのだろうか。
『わたくしはリリーシャと申します。あなたのお名前を伺っても、魔従師さん』
『あ、ずるい。おかあさん! ワタシも名乗る。―――ふふん! 聞いて驚きなさい。ワタシの名前はクシャトリア。彼の〈獣王〉さまと同じ名前なのよ!』
「じゃあ、リアな。よろしく」
『あ、よろしく――じゃない! なに勝手に愛称で呼んでんのよ!』
「まあ、いいじゃないか。それで俺の名前だが………」
ここまで言ってイザナは名前の方を名乗ってもいいものか悩んでしまった。人間にとってイザナと言う名前は悪い意味で有名だが、魔物の方はどうなっているのだろうかと。解らないのでとりあえず、普通に名乗ることにした。
「イザナ。朝霧イザナだ。こっち風に言えば、イザナ=アサギリかな」
『…………。イザナと言う名前なのですか?』
真面目な顔になった様な気がするので、気になること訊いてみた。
「お前らにとって、イザナと言う名はどういう存在だ」
『我々にとって、イザナと言う名前は、我々の王である〈獣王〉様の主であられた方。その方と同じ名前、しかも同じ魔従師、あの方の生まれ変わりのようなあなた様と気軽にお話しすることを正直躊躇われます』
「そんなかしこまれても困るんだが、だったらリアの名前は〈獣王〉から採った名前なんだろ? それは良いのか?」
『わたくしはリアの名前はこの大迷宮から採ったつもりなのですが、娘に〈獣王〉様のことを話したらすっかりそっちを気に入ってしまって……』
「……それは大変だな」
『ちょ、二人ともそれどういう意味よ!?』
「はあ―――」
『何よその溜息!! 〈獣王〉さまは私と同じスノーウルフなのよ! だったら、名前が同じことをワタシの誇りにしても好いじゃないっ!!』
よくよく考えれば、魔物――オオカミと話す簀巻き状態の人間の画ってシュールだよな、とどうでもいいことを考え出した。
ヒロインは人型だと思った?———残念。
けど、いつかリアを人化させる………予定。
あれ? そういえば嫉妬の方使ってない・・・・・・。
<剥奪されし強者>に詠唱を加えました。




