第二十九話 彼女は見ていた。
なんか最近、筆が進まない・・・・。
貴方は嘘を付いたことがあるだろうか?
多くの人が是と答えるだろう。嘘を付いたことがあると。
例えば、場を和ませたり、盛り上げたりするときに付く冗談。
例えば、自己防衛のために付く言い訳。
例えば、誰かを貶めるための策略、もしくは詐欺。
例えば、事実を隠蔽するための工作。
例えば、他者に自分をよくよく見てもらうための着飾りや仮面。
多くの人が嘘を付く、もしかしたら自分でさえウソを付いていることに気付いていないだけで多くの嘘を纏っているのかもしれない。
それ自体、悪いとは言わない。
それによって誰かが救われることもあるだろう。逆に、大切な誰かを酷く傷つけることもあるだろう。
そもそも言葉とは手段に過ぎない。
見えない刃物で見えない臓腑を抉り出す。
そんな所業、見えない刃物単体ではどう足掻こうが為しえるはずがない。かと言って、人単体にできるものでもない。確かに超人ならもしかしたらできるかもしれない。しかし、ここではそういうことを言いたいわけではない。
つまり、その人単体が見えない臓腑を抉り出す手段が見えない刃物に他ならない。
故に言葉とは武器であると言える。
外傷など与えずに相手を突き刺す矛であり、癒しを齎す魔法。しかし、何かを防ぐ盾になることだけはできない。
救うことも傷つけることもできるが守ることはできない、そんな武器である。
しかし、武器そのものが目的になることは決してない。
武器が誰かを救うわけでも傷付けるわけでも守るわけでもない。誰かが携えた武器によって救われ、傷付けられ、守られるのだから。
もし、聖剣を携えた勇者が魔王を倒して世界を救ったとして、民衆は勇者ではなく聖剣の方を讃えるだろうか?
否、断じて否である。讃えるのは間違いなく勇者の方であろう。
皆理解しているのだから、讃えると言う行為は軒並み偶像に対してしかできないことを。いったい誰が偶像の付属品などを讃えるだろうか。
確かに聖剣を祀ることはあるだろう。勇者の死後に。しかし、讃えることは決してない。
勇者が魔王を倒すという目的を果たすための手段が聖剣であるが故に。であれば、聖剣を讃える唯一の例外が存在する。目的を果たした道具に対して讃える人物が。
だが、哀しいかな。それ故に道具が目的たり得ることなどない。
極論を言ってしまえば、目的とはある行為を目指し、終わらせる概念であり、物質のみの概念ではない。そして、手段とは行為と物体が統合した概念である。
故に、言葉が目的たり得ることなどない。
言語は他者と意思疎通するための手段であるのだから。そして、言葉はそのための暗号である。なぜなら、言語は解かる人には解るし、解らない人には解らないものなのだから。
つまり、言葉は実体のない物質だ。そして、何よりも概念そのものである。
もし世界に言葉がなくなれば、どうなると思う? 人から言葉を奪われたらどうなると思う?
仮に家族、父母、兄弟姉妹という概念がなくなったとして、貴方に近しい隣人は何者だ? 貴方を産んだ者? 貴方と同じ血が流れる者? まだ、それならば他者を理解できるし、その者たちを定義できる。何より『私』が知っている人たちである。しかし、この世に私、貴方、彼、彼女という概念しかなければ、家族なんていう人たちは赤の他人へと成り下がる。なにせ知人という概念すらないのだから自分の目に見える者たちは等しく同じ人に見えるし、いつ何時見てもはじめましての状態でしかないのだから。もし、言語があれば『私』はこう言うしかない。
誰だこいつらは、と。
では、さらに私という概念しかこの世になければ、この世にある自分以外の全てが「何だこれ?」の状態になるだろう。見えるし触れもするが、認識できない。何か解らないが何かある。
もし、私という概念しか知らない者がいるとすれば、そんな者に嘘がどれだけ意味があろうか。
◯◎◎◯
多くの魔物たちが洞窟から出てくる。
加奈子たち――召喚された学校の生徒達――は町の方に被害が及ばないようにわらわらと出て来る魔物たちを確実に倒していく。
今、加奈子たちが居るのは《クシャトリア大迷宮》の入り口のところである。
なぜこんなことになっているのかと言えば、イザナのせいであろう。イザナが《クシャトリア大迷宮》を攻略したことにより、使い物にならなくなり始めた住処から魔物たちが引っ越しをし始めたからである。
もっと言えば、引っ越しを始めたのは最下層に住む魔物たちである。地上に近い上層に住む低級モンスターたちは上に登ってきた化け物たちから逃げているだけである。しかし、逃げた先に待っているのが学園の生徒たちである。低級モンスターからしてみれば、前門の虎後門の狼に他ならない。だが、狼が霞むほど虎が恐ろしいのか、どの魔物たちも我先に、そして、一目散に狼の方に向かって行く。
加奈子はいつものパーティ――正輝や未央たち――で魔物との戦闘を行っていた。しかし、パーティメンバーからはいつも戦闘中は目の前の魔物たちを倒すのに集中しているのに、今日に限ってはその限りではなくどこか上の空である。
それにはもちろん理由がある。それは一昨日、生徒会書記である天影知里から言われたある一言に尽きる。
『あなたは―――――、あなたは朝霧誘にもう一度会いたいですか?』
それを言われた日の夜、いや、それだけでなく王宮からここに来るまでの道のりの間、そのことしか頭になかった。
しかし、実はあの場に居たのは2人だけでなく盗み聞きしていた者たちが居た。何の因果かその者たちも同じパーティメンバーであった。
奇しくもどちらも妹同士である咲楽と麻衣である。
咲楽はダンジョンから戻ってからいつも弓の練習をしている。弓使いが天職なのだが、ここ最近――イザナがいなくなってから――全くと言っていいほど自分が思い描くように的に当たらなくなってしまった。そして、的に当たらないことに苛ついてさらに悪循環を生んでいた。
そんな彼女に息抜きを与えていたるのが麻衣である。いつも咲楽が弓を射っている近くで邪魔しないように見守りながら応援している。そして、ちょっと無理しているんじゃないかなと思ったらすぐに強引にでも咲楽に射るのを止めさせる。
麻衣は何かを振り払うかのように弓を射る咲楽をあまり見たくないのだ。前みたいに楽しく弓を射って欲しい。
その日は早めに咲楽の練習が終わったので、2人で王宮に戻って何かしようということになった。この王宮には意外と遊具があり、スポーツをしたり、トランプなどで遊んだりすることもできる。
2人が王宮内を歩いていると、声が聞こえてきた。
「―――――あなたは朝霧誘にもう一度会いたいですか?」
そして、咲楽は頭から電撃を浴びたようにそこに止まってしまった。無論、それは麻衣とて同じだ。2人はその声がする方へ行くとそこには加奈子ともう一人、誰だか判らないが先輩だろうと思われる女子生徒がいた。
咄嗟に咲楽と麻衣は物陰に姿を隠して2人の様子を見守った。
「な、何を言って………? それにイザナは死んだはず……」
咲楽たちも動揺したが、それは加奈子とて同様である。しかし、彼女たちにとってさらに衝撃的な言葉が女子生徒から発せられた。
「それが間違いで今もなおダンジョンで生きていたとすれば?」
「――なっ! そ、そんなはずッ―――。レギルス副団長はイザナが死んだのを見たと………」
「そのレギルス副団長が嘘を付いていたら? そのレギルス副団長がその彼を殺そうとした張本人だとしたら?」
「――――――ッ!!!」
女子生徒の言葉に加奈子は唖然とした。咲楽と麻衣も開いた口を閉じることができなかった。
「な、何でレギルス副団長はそんなこと………?」
「…………」
女子生徒は加奈子の問いに何も答えずにそっとポケットから1枚の紙を渡したのが見えた。そして、加奈子の耳元で何かを囁くとそのままスゥーと姿を消した。
さっきまでそこにいたのに今では誰がそこにいたのか全く思い出せない。しかも、あの女子生徒がそこにいたという記憶までもが消えそうになっている。しかし、加奈子の手にある1枚の紙がさっきまでのことが現実だと訴えている。
3人はしばしばその場所から動けなかった。加奈子は手に持った紙を握りしめながら思いつめ、咲楽と麻衣はこの状況がまだ完全に飲み込めずにどうしていいのか解らずに。
そんな出来事があったその次の日、王国内で大事件と呼べるようなことが起きた。
それは《クシャトリア大迷宮》から大量の魔物たちが出現しだしたと言うことだった。生徒達には理解できなかったが、この世界の人間にとっては一種の常識でもあった。ダンジョンから大量の魔物、つまり、ダンジョンが攻略されたと言うこと。機能を失ったダンジョンに魔物は棲みたがらない。
しかし、国にとって一大事なのは魔物が大量に現れ村などを襲うことではない。それは駆逐すればどうとでもなる問題であった。《クシャトリア大迷宮》はこの国が管理していたダンジョンである。それが国の知らぬうちに攻略されたということの方が国にとって一大事だった。記録帳には誰がどこまで攻略したのか然りと記されている。なのに、ダンジョンが攻略された。
だが、村などをそのまま放置するわけにもいかないので、冒険者などにも呼びかけてダンジョンから出てきた魔物たちを殲滅することになった。
咲楽たちがダンジョンの攻略が達成されたのを聞いたのはダンジョンに向かう道中のことだった。その人物は国が管理しているはずのダンジョンなのに全くその素性が判っていないことも。一緒にいた騎士がぼやいていたのを咲楽たちは聞いていた。
しかし、咲楽と麻衣――加奈子は別の馬車――だけは昨日の話もあり、もしかしたらイザナが攻略したのではと考えていた。
そう考えると、昨日の誰かが加奈子と話していた話が現実に帯びてくる。イザナが生きている。そして、レギルス副団長が殺そうとした。
しかし、あの優しい副団長が何でイザナを殺す必要があるのか。それに無能だと言われていたイザナがこのダンジョンを攻略できるものなのか。
次々と湧き出る疑問が咲楽を蝕んでいく。しかし、いくら考えても解らなかった。だが、その答えを知る人物がいることは知っている。
「サクラちゃん、大丈夫?」
そんな咲楽のことを麻衣は心配して声をかけた。しかし、彼女も咲楽と少しは同じ気持ちなのかその顔は暗い。
「大丈夫だよ」
咲楽も麻衣に心配かけまいと作り笑顔だと判るような顔で答える。麻衣もそれが解っているからなおさら辛い。
だけど、麻衣は周りには聞こえないように咲楽に訊く。
「イザナお兄ちゃんが心配?」
「…………」
その問いに咲楽は無言で麻衣を見つめる。しかし、また破顔して明るい声で答える。
「そんな訳ないじゃん。あの人がどうなろうともう私には関係ないし!」
今度は麻衣の方が咲楽を無言で見つめる。無言になってしまった。確かに笑顔なのだが、どこか今にも咲楽の顔が泣きそうだったから。
それからしばらく2人は道中無言で過ごした。だが、沈黙は長くは続かなかった。咲楽と麻衣の2人が互いに何かを言い合ったのではない。意外にも近かったのか馬車が止まり、目的地に着いたのだ。
2人はどちらからとなく仲良く馬車を降りていった。そして、二人を追いかけるように追ってくる俊作――加奈子の弟――と共に正輝たちと合流した。
3人の心にわだかまりを残したままそのパーティは魔物たちを屠りに向かうのであった。
しかし、加奈子はまさか咲楽と麻衣があのことを知っていると思ってもいない。だからこそ、何もかも気付いていなかった。
4日後、《クシャトリア大迷宮》の前には誰一人としていなくなっていた。全ての魔物を駆逐できた訳ではないが2日以上魔物が出てこないことが確認されたためもう魔物は出てこないだろうという判断が下された。
なので、加奈子たち――学校の生徒達は王宮に戻り、今までと同じ様な日常へと戻っていった。
この日からおよそ1か月後、数名の学生が突如として行方を晦ませ、王宮内は大騒ぎとなるほどの事件となった。
次はイザナの方に戻ります。




