第二十八話 神鳥よ——、
気づけば二ヶ月以上放置・・・。 一応、反省はしておこう
『こはいかに 今 涯なき遊戯か――
新たなるもの 秘かに流るるか
前の詞は 口に渇れしに
新たなる歌 胸に湧き出づ
前の道 尽き果てしところ
われ導かる 新たなる国へ
———ギーターンジャリ 一二四篇 一部抜粋———』
それは黄金に輝いていた。しかし、そこに神々しさはなく、むしろ優しげな輝きである。それは部屋全体に行き渡り、全てを包み込んでいるかのようであった。実際は、輝いていないのかもしれない。ただ、神鳥カルマナから後光が差し込んでいるとイザナたちが錯覚しているだけなのかもしれない。
しかし、そんな幻覚を見るほどイザナは神鳥カルマナに『美』を見た。そう、美しかったのだ。まるで一種の芸術品がそこに飾られているかのように。さらに、その前で祈りを捧げている淡い水色の髪の少女がまた神鳥カルマナを引きただせているのかもしれない。
確かにコレを見れば、この村の人々が神鳥カルマナを神と崇める理由も解るような気がした。さらに言えば、遥か昔の人々はこの美しさに加え、空高く舞う神鳥カルマナの神々しさを目の当たりしたのだ。
イザナでさえ崇めることはしないだろうが、その姿に心を奪われたに違いない。微動だにせずにいる今でさえ目を奪われているのだから。
生きているのかと疑問を抱かざるを得ないほど、全く動いていない。目の前にいる神鳥カルマナが剥製か彫刻と言われても疑うことはないだろう。
さらに、よく神鳥カルマナの身体を見てみれば、僅かにパチパチと電気が走っている。一見すれば気付かないほどの微力なものだが、それがまるで己の中にある力を必死になって抑え込んでいるようにも見えた。
神鳥カルマナが光って見えたのはこれがもしかしたら原因かもしれない。
『ようこそ、ここまでお出でくださいました』
呆けていたイザナたちの頭の中に突如として声が鳴り響く。
その声でようやく我に返ったイザナたちはその声の持ち主を見た。この頭に流れ込んできた声はシェイナでもアルトネのものでもない。もちろん、リアやツキではない。故にここに居る中でイザナたちに声をかけてきたのは唯一人である。
凛とした声にどこか幼さが残るその声は神鳥カルマナに祈りを捧げている少女のものであろう。これが神鳥カルマナの声だとしたらリアとツキは二度見ではなく三度見ぐらいするほど驚いていたであろうが、ここにイザナたちを呼んだのは神鳥カルマナではなく、残る最後の巫女だと言っていたのでまずこの少女で間違いない。
『このような格好のままお出迎えしたことをお許し下さい。今、私が「祈り」を止めれば、この死の浸食が加速的に進んでしまうのです』
この少女も神鳥カルマナと同じくさっきからずっと同じ姿勢で祈り続けている。さっきから頭の中に声が響いているがおそらく少女のスキルによるものだろう。スキルでないなら魔法だろうが、祈りのような何かをしている状態では魔法の行使もままならないはずである。
「驚いたかい?」
と、頭の中に響く声とは違い音として耳から聞こえてきた声はシェイナであった。
「これは『念話』って言うスキルなんだ。この村では今のところ彼女しか使えなくてね。まあ、そのおかげで私たちはカルマナ様のご意志を拝聴できるのだから感謝しかないけどね」
ちなみに『念話』は範囲内であれば想いを考えるだけでお互いに伝えることができるが、その想いが勝手に相手へ発信されることはない。自分が伝えたいと想ったことだけを伝えることができるすぐれものなのだ。
『全くです。私に最大限の感謝を示してください。かれこれもう一週間も彼と会っていないのですよ』
普通に会話をしていたら、可愛く頬を膨らませていたに違いない。しかし、彼女は同じ姿勢を強いられているのでその姿を見ることは叶いそうもなかった。さらにちらりと見える横顔はさっきから少しも変っていない。もしかしたら、スキルを使っている影響が出ているのか、それとも元々無表情の娘なのかもしれない。しかし、頭に伝わってくる声は感情豊かと言うか、この声からまるで無表情キャラが想像できない。
「それは君のせいだろう? 君がジェッドとイチャイチャしていたからこうなったのさ。恨むなら私ではなく過去の自分か、長老たちを恨むんだね」
『べつに恨んでいません。ただ、拗ねているだけです』
「それを自分で言うかね」
『ええ、言います。しつこい女だと思われようとも何度でも言います。私は拗ねているんです。ただ、長老たちに告発したシェイナに対して拗ねているだけです』
「……ちょっと、私の事恨んでいるだろ、君」
シェイナと少女はどこか楽しそうにイザナたちを放置して会話をし出した。いささか二人が盛り上がり始めてイザナたちが置いてきぼりにされている――と言うより、忘れられている気が否めない。アルトネもどこか遠くを眺めながらボーとしている。初めて会った時のような爛漫とした面影はなく、どこかつまらなそうな雰囲気すらある。
イザナはそのうち終わるだろうと思い二人を止めることなく、神鳥カルマナの方を注視していた。
相変わらず神鳥カルマナは動いていない。しかし、寝ている訳でもなさそうである。これは完全にイザナの直感なので、寝ている可能性もない訳ではないがなぜかイザナは起きていると初めから解っていた。
取り敢えず、イザナは『鑑定』を神鳥カルマナに使ってみることにした。
サンダーフェニックス レベル5100
そして、固まった。
(フェ、フェニックスだと!?)
イザナは――当たり前だが――初めて見るフェニックスという種族にまるで少年のように心躍らせていた。それをなんとか顔に出さないようにしていたが、内心では飛び回っているかのような心境だ。
フェニックス。
多くの人が知っていることだろう。その涙は癒しをもたらし、その血を口にすると不老不死の命を授かると言う伝説を持ち、数百年に一度、自ら香木を積み重ねて火をつけた中に飛び込んで焼死し、その灰の中から再び幼鳥となって復活するという――不死鳥である。フェニックスの起源はエジプト神話の霊鳥ベンヌだとも古代のフェニキアの護国の鳥であるフェニキアクスだとも言われている。
ここに居るのはサンダーフェニックスから判るように火属性ではなく雷属性のフェニックスだろう。しかし、それが例え火の鳥でなくても――この世界でも――幻獣を自分の目で見ているのだ。これほど感動することがあるだろうか。
イザナはしっかりとリアたちが視界の中にいることは判っているのに、今ここに、この場所にいるのが自分と神鳥カルマナだけのような気がした。
イザナ自身さえそれが錯覚だと解っている。
しかし、それはなんとも不思議な感覚である。イザナが今までに経験したことがないが故になんと表現するべきなのか判らないが、言えることは唯一つ、今世界にいるのは2人だけだということだ。二度も同じ表現をしたが、それ以外に言いようがないのだから仕方ない。
イザナを余所にシェイナと少女はまだ言い合っていた。それをどうすればいいのか判らずとりあえずアタフタしている風を装っているツキと早く終わらないかしらと思っているリア、そして、アルトネがつまらなそうに天井を見ている。
何と言うか、傍から見ればシェイナと少女のやり取りは滑稽にしか見えないのだ――事実、祈りを捧げている精巧な銅像のような少女に向かってシェイナが目に見えない相手と一人で会話をしているようにしか見えない。『念話』のスキルが周りの人たちにも適用されていなかったら、リアとツキ、そして、イザナはシェイナに向かって変人でも見たかのような顔をしただろう――が、どうも本人たちは白熱しだして、イザナたちを呼んだ本来の目的を忘れている感が否めない。
「それは君が―――――」
『今それは関係ないではないですか!』
「いや、関係あるね。君が許してくれないと、――――」
『そもそも、シェイナはいつも―――――っ! ま、まさか!』
白熱していた二人だったが、少女の方が突如としてシェイナとの口論を止め、狼狽したような声を出す。
それにシェイナはもとより、リア、ツキ、そして、アルトネも少女の方に視線を向けた。少女の方は相も変わらず動いていないが、聞こえてくる声には驚嘆が含まれている。
しばらくすると、少女の声が聞こえなくなった。おそらく何かに集中するために『念話』のスキルを使うのを止めたのだろう。彼女がそこまでする相手はこの中でただ一人しかいない。
それが解っているのかシェイナはさっきまでと違い、少し真剣な顔つきになっている。彼女たちからしてみれば、これは神託なのだから真剣にもなるだろう。
ところで、イザナと言えば今なお神鳥カルマナを見つめ続けている。それに気付いたリアがどうしたのかと思い、イザナの顔の前に掌を何度も振っているが当のイザナは何の反応もない。些かその反応が気に入らなかったので何度も同じことを繰り返す。ツキはそんなリアを見て、二人とも楽しそうだなと思い耽っていた。
今更なのだが、イザナたちは何でここに居るのだろうか? そもそも少女がイザナたちを呼んだことになっていたが、当の本人はシェイナと楽しくおしゃべりしており、周りを完全に蚊帳の外にしていた。そこに神鳥カルマナが介入してきたことにより、さらにリアとツキは置いてきぼりされている。
かなり長い時間沈黙が続いた気がする。しかし、実際は数分も掛かっていないだろう。時に沈黙は何よりも長く感じることがある。
だが、始まりがあれば終わりがあるように、この沈黙は破られた。
『シェイナ』
静かで、しかし、何よりも強靭な意志を感じる声色。リアとツキは初め、それが少女から発せられたことに気付かなかった。
『これより戦の準備をなさい』
「―――また、性懲りもなく《ヤツ》らが攻めてくるのか?」
リアとツキには《ヤツ》らが誰なのか判らないが、少なくとも彼女ら――この村の住人にとっては良くあるのかは知らないが、何度か戦ったことがある奴ららしい。
『……解りません。しかし、カルマナ様の《未来予知》によれば、今まで以上にもしかしたら悲惨な事態が起こるかもしれないそうです』
「カルマナ様でも解らないのか?」
『そうみたいです。しかし、数日中――おそらくここ2、3日には必ず起こるみたいですよ』
「……そうか」
そう言うと、シェイナはアルトネの方へ視線を向ける。しかし、アルトネはつまらなそうに天井を見上げていたので、シェイナの目つきが徐々に怒り帯び始める。ここには記さないが、この後、アルトネが辿る運命は唯一つであっただろう。しかし、シェイナが行動する前にリアがぽつりと洩らす。
「あれ? 何で私たちここに居るの?」
その言葉は決して大きな声ではなかった。しかし、アルトネの方に意識が向いていたシェイナでさえはっきりと聞き取ることができるほど鮮明に周りの人たちの耳に届いた。
「「「………」」」
今ここで何人かの心が繋がった気がした。
「そ、そうだよ! ボクたち何しにここまで来たの!?」
今更思い出したかのようにツキが部屋に響くような声で叫ぶ。シェイナと少女のやり取りのせいで完全に何しにここまで来たのか忘れていたようだ。
「……あー、そういえば彼女たちをここに連れてくるように言ったのは君だったな」
シェイナはリアたちの声を聞いて、今も祈りを捧げている少女の方を見やった。
『……ええ、シェイナたちにはそのように言いました。しかし、彼女たちをここまで連れてくるようにおっしゃったのはカルマナ様です』
少女はカルマナ様が今牢屋にいる男女を連れて来いと言う意志をシェイナに告げたにすぎない。
シェイナも少女が知っているはずがないのに牢屋にいる男女を連れ来てといってきたので、それを言ったのは彼女ではなく神鳥カルマナだと解っていた。だからこそ、最初は神鳥カルマナが呼んでいると言っていたのだ。しかし、シェイナは神鳥カルマナの意志を聞けないので、リアたちを連れてくるように言ったのは他でもない少女だと後からリアたちに告げた。シェイナは嘘は言っていない。
『なので、私の方を見られても困ります』
「いや、一番困っているのは彼女たちだ」
確かに付いて来いと言われて、付いて行った先では待ちぼうけ。誰だって困るだろう。
『しかし、先程から彼女たちのことをカルマナ様に奏しているのですが、一向に返事がありません。どうしたのでしょう』
少女はそう言いながらも神鳥カルマナに念を送り続けている。しかし、神鳥はその少女の念を無視していると言うよりは完全に遮断してしまっているため、いくら少女が頑張ってみたところで届くはずもないのである。
しかし、そんなことを知らない彼女は今も懸命に祈り続けている。まあ、もっとも祈りの姿はさっきからずっと変わっていないので周りには彼女がそんなに一生懸命だと思われていない。本人が聞けばいささか拗ねてしまうかもしれないが。
そんな少女の頑張りなど知らないシェイナは先程から立ち尽くしている人物を訝しみながら見ていた。その人物は誰であろう――――イザナである。
先程から神鳥カルマナの方を見て、微動だにしていない。
「なあ、リア君にツキ君。彼は一体どうしたんだ?」
イザナの方を指しながら問う。それと同時に自分がこれほどまで少女とのやり取りに白熱していたことに恥じていた。
「えーと、それが私たちにも解らなくて……。さっきからずっとこの調子で」
「ふむ。とりあえず殴ってみたら目が醒めるだろうか?」
ある意味、王道的な行為だろう。悪に染まった友を己の拳で目覚めさせるのは。―――いや、この場合はなんか違う。
「あ、それはもうやったよ」
と言うか、すでにツキがやっていたそうだ。いつそんなことをやっていたのか。
「ふむ、そうか。では、こうしよう」
そう言うとシェイナはパチンと指を鳴らす。
それをリアとツキは不思議そうに見ていたが、しばらくするとイザナに変化が見られた。
「――――うっ!」
突然、イザナが頭を抱え込み蹲った。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!?」
慌ててリアとツキがイザナの方を急行する。しかし、彼女たちがイザナに触ろうとしたら、今度は突然立ち上がり、辺りを見渡し始めた。そして―――、
「あれ? 俺何してたんだ?」
なんてことを言う。イザナがどうしていたのか心配だったリアとツキは呆気にとられ、シェイナの方をゆっくりと見た。
「そんなに睨まないでほしいな。別に彼を殺す力なんて使ってないんだから。ちゃんと、正常に戻っただろ?」
しかし、何をしたのかは答えなかった。リアたちも確かにイザナが正常に戻っていたので、イザナを直してもらった手前何をしたのか訊きづらくなってしまった。
リアはかなり聞きたそうな顔をしているが、事態は一刻一刻変わり続けている。諸行無常なり。
『え? そ、そんな……! カルマナ様が!?』
狼狽した少女の声がその場に居た全員の頭に響いてきた。
「今度はどうした?」
『カ、カルマナ様を拝見してくださいっ』
切羽詰まった声に従順し、全員が神鳥カルマナを見た。
「「「「――――ッ」」」」
そして、一瞬呼吸が止まったかのような錯覚に陥った。
何があったかと訊かれれば、只々、神鳥カルマナが目を開けてイザナたちを見ていた。だが、たったそれだけのことでしかない。それ以外に何かをしたわけではない。
「カルマナ様が開眼なされた……!」
初めの少女の様子からも検討は付いたが、シェイナの顔が驚愕に染まっている様子からどうやら彼女たちも神鳥カルマナが動いた瞬間を見たのは初めてらしい。
ただ、気のせいか。神鳥カルマナはイザナの方を見ている気がする。これはイザナの直感であって確信がある訳ではない。
一同が見守る中、彼の存在は微かに口を動かし始める。
そして、神鳥カルマナからたった一言の咒――呪――が零れだした。
「स्वाहा」
その瞬間、イザナの意識は黒く染まった。
स्वाहा スヴァーハー
と読むらしい。意味はルビの通り。
ちなみにタイトルに意味はない




