第二十七話 狐の物語
遅れて申し訳ありません。
4月中からGWまでは前話から執筆活動ができないほど忙しく、気づけば約1か月放置・・・。
これからはこんなことがないよう善処しよう。
イザナが死の世界へ足を踏み入れる瞬間ツキは驚愕の目でイザナのことを見ていた。リアもリアでイザナが空中を浮かびながら足を踏み入れようとしているのを何も言えず、できずにイザナより先に地面に受け止められた。
シェイナとアルトネの2人に関して言えば、まさか体力が1しかない人間が存在しているとは思はないので、シェイナは驚いたような顔をしたがすぐに「何をしてんだか」みたいな顔になり、アルトネはただただイザナを見ていた。そこにはどの感情も感じない。
改めて言うが、イザナが足を踏み入れた場所は体力を奪い、その後に命を奪う場所だ。つまり、イザナにとってはそこに少しでも入れば、死を意味する。
シェイナがこんなにも落ち着いているのはイザナの体力が1だと知らないからだ。知っていれば慌ててイザナを助けに向かっただろう。そして、彼女はそれができた。
しかし、イザナは無情にも大地に喰われた。何度かバウンドしながら最初よりも幾分先に行ってしまったが、どこに居たってイザナの危険地帯には違いない。むしろ、最初落ちた場所よりも中心に近づいているため、危険度はさらに上がっている。
「お、お兄ちゃん!!」
ツキが慌てて叫んだが、その声がイザナに届いたかは謎である。リアに至っては大地とキスをしているので声を出すこともできない。
ツキは助け出そうと死の世界へ入ろうとするが、それをシェイナに阻まれた。例え体力があるツキ(イザナと比較して)でも、神鳥カルマナに会わせる客人をむざむざと危険地帯に行かせる訳にはいかなかった。
キッとツキはシェイナの方を睨むが、シェイナの方はツキではなくアルトネの方を見ていた。
それはさっきのツキの声でイザナがここに入るのはかなり危ないらしいことを――もしかしたらこのまま起き上がらないのではと――察したので、アルトネにイザナを助けろと目で言っているのだが、アルトネはイザナの方を凝視しながら動かない。
「アルトネ!!」
つかさず、シェイナはアルトネに叱責するがそれでも動かない。
シェイナはアルトネに頼るのを止めて、自分で助けに行こうする。が、シェイナが行こうと視線を向けるとイザナは何事もなかったかのように立ち上がった。
その姿は心配していたシェイナたちが道化と思えるほど落ち着いていたので少しイラッとしたが、同時に何もなくて安堵し、そして、アワアワしているツキを心配する。
―――ところで、アワアワするって何? いや、石鹸などが泡立っている様をアワアワすると表現するなら解らなくもない。しかし、この状態でアワアワするとは何だろう。アタフタではなくアワアワ。もしかしたら、ツキがアワアワアワと繰り返し口から発している様子を表しているのかもしれない。もしかしたら、シェイナはアタフタしているツキではなく、壊れたツキを心配していたのだろう。
そんなことが周りで起きていること関知せずにイザナは自身に何が起こっているのか考えていた。
当然だろう。何しろイザナが入れば確実に死ぬ処で平然と立っているのだから。ここで真っ先に考えたのはこの名前が長くて憶えられそうにないマントである。しかし、その考えはすぐに唾棄した。アレが創った物がこんな高性能な訳がないという、なんとも言い難い理由であるが、実際このマントに死の世界を防ぐ力は持ち合わせていない。それにしてもイザナは彼女のことを嫌がっている(?)のか忌避している(?)のかは知らないが、こんなにもほぼ見知らぬ他者に感情を顕わにしている――か微妙だが――、イザナの中学時代からしかイザナのことを知らない者が見たら驚いていただろう。まして高校から既知の人は「誰?」と思わず呟くかもしれない。基本誰にも心を開いていないのだから、誰かを気に掛けることはなく。興味を抱くこともない。故に誰かに悪態をつくこともない。向こうにいた時ならイザナでも考えられないことなのだ。
しかし、マントのおかげで助かったわけではないのなら、どうしてと思ったところでイザナはその解にひとりでに辿り着いた。辿り着いてしまえば、なんてことはない。ああ、そうだったと、納得してしまう。
イザナのユニークスキル『七つの大罪』の中にある[色欲]<約束されし生存者>の効果が発揮されたのだ。その効果は状態異常、および呪いの類を無効化するもの。
今現在イザナがいる空間そのものが侵入者に死に至る状態異常を起こしているに他ならない。状態異常ならば、イザナには効くはずがない。故に今なお平然と立っていられることができるのだ。
独り納得したところでツキたちの方を見れば、未だにリアは倒れたままだし、ツキは口をアワアワさせている。シェイナはそんなツキをどうにかしようとアタフタしているし、アルトネに関してはジッとこちらを見ている。
何だかその視線がイザナの目には恐ろしかった。だが、その視線はすぐに年相応の爛々とした目に変わった。
「だいじょうぶ、なのー?」
そして、何事もなかったかのようにイザナに向けて幼い声を発してくる。
イザナはその声に答えながら皆がいる方へ歩いて行く。ツキはじっとしていられず今にもイザナに跳びかかろうとしているが、シェイナがそれを阻止している。ツキがここに入れば危険極まりないのでいい働きをしていると言いたいが、シェイナがそれを阻止できたのは最初からツキを掴まえていたからだろう。できて当たり前ではなく、やる前から終わっていた。
リアはというと倒れたまま顔を上げ、申し訳なさそうにイザナの方を見ていた。無事だったから良いもののスキルがなければ完全にイザナは死んでいた。つまり、リアがイザナを殺したも同然の状態に陥っていたのだ。また、目の前で大切な存在を失うことになったかもしれないのだ。その罪悪感で身が千切れそうになっているのかもしれない。
「それにしてもよく平気そうな顔でその中にいられたな。私でもその中に生身のまま入れば、『何かが吸われている』感覚があるんだが」
皆の処に戻ってきたイザナにシェイナが尋ねる。ツキと――すでに立ち上がった――リアはイザナに抱き付き、2人して良かったと繰り返し言葉にしていた。それをイザナは困ったようにされるが儘にしていた。
ようやく落ち着いてきたところで先のシェイナの言である。
「いや、あまり意識しないから忘れてたんだが、俺のスキルの中に死の世界を無効化できるスキルがあってな」
シェイナは息を吐く。それはおいそれと他人にスキルのことを教えることに対してなのか、ただ単に死の世界を防げるその力に感心したのか。
リアとツキは未だイザナから離れようとしない。それを見ながら小声でシェイナが独り言のように言う。
「ほう。見たところアルトネとは毛色が違うみたいだが、特定の状態異常ではなく状態異常そのものを無効化し正常のままにする感じかな。まあ、本人もバレても問題ないから言ったようだし。それともあの子たちを安心させるために言ったのか」
イザナの無事を喜んでいるのは別に良いのだが、そもそも神鳥カルマナに会うためにここまで来たのだ。本来の目的を果たすためにシェイナは強制的に話を最初に戻した。
「さて、これからカルマナ様の処に行こうと思う。――だから、いい加減、彼から離れてくれないか。彼も困った様な顔をしているようだし」
充分リアとツキは喜びを分かち合えたようなのでイザナから距離を取った。その時のリアは自分が何をしているのか思い出したのか、顔を赤くしてすぐさま離れた。ツキはそんなリアを見て、ヤレヤレと思いながらゆっくりと離れた。
「見たところ、アサギリ君はそのままこの中に入っても平気そうなみたいだが、念の為、私たち同様アルトネの力でカルマナ様のところまで行こう。それじゃあ、アルトネ頼む」
「了解、なのー」
シェイナの言葉を受け、アルトネは左右の指先だけを互いに軽く擦るように合わせながらイザナたちに聞こえないような小さな声で何か呟きだす。
「Toishikimanaush,towa towa to. wenshikimanaush,towa towa to. Sarpoki huraot,towa towa to. Sarpoki munin,towa towa to. ointenu,towa towa to. Otaipenu,towa towa to. Inkar hetap neptap teta ki humi okai. Tapan esannot moshiresani kamuiesani tapkashike. Too heperai too hepashi」
例え聞こえていたとしてもイザナたちには何を言っていたのか全くと言っていいほど理解はできなかっただろう。全言語理解というスキルを持っていたとしてもだ。これは言語であり、言語ではない。
「―――〖chironnup yaieyukar〗」
アルトネがすべてを言い切ると同時に彼女を中心に薄ピンク色に輝く所謂太極図が展開された。それはイザナたちが入ればそれだけで満員になりそうなほどの大きさだが、もしかしたら彼女が制御しているのかもしれない。
シェイナが中に入るように促すので3人はそれに従い模様の中に入る。中に入っても外にいた時とさして変わったことは何も起きなかったが、これはむしろ何も起こらないようにするためのものなので問題はない。
問題があったとすれば、予想よりも中が狭いと言うことだろう。これでは歩きづらい。円であるが故に5人はいるスペースはあった。しかし、横は良いが縦に並んでいる者たちは軍隊のように足並みを揃えなければ歩くことも難しいほどの距離なのだ。
これにはさすがにシェイナがアルトネに言って改善してもらい。ようやくのことで神鳥カルマナの処に向かうこととなった。
シェイナはイザナたちに諸注意のようなものを言ってきた。
「くれぐれもカルマナ様を怒らせないでほしい。あの方が怒れば君たちだけではなく私たちにも被害が出るからだ。下手をすればあの方の攻撃で村が滅ぶことに成りかねん。基本的にあの方は動くことはないが、激怒したときは別だ。あの方は無差別に周囲を攻撃し、その余波で村にまで被害が及ぶかもしれない。何もなければずっと同じ場所で微動だにせずにいるはずだ。どうか、くれぐれも頼んだよ」
諸注意ではなく神鳥カルマナを怒らせないでという注意だった。
「それは解かったが、神鳥は何をすれば怒るんだ? まさか話しかけた程度じゃ怒らないよな。それとも体に触ったら怒るのか?」
シェイナの言葉を聞いて好奇心から訊いたもので、神鳥カルマナを怒らせないようにしようとはあまり考えていない。攻撃されたら確かに困るが何もできないという訳ではないからである。
イザナの問いに対して、シェイナは是、否と答えた。何に対して怒るのかは言わなかったが、その代わりに違うことを口走った。
「確かに話しかけたとしても怒りはしないし、仮に触れたとしても怒らないだろう。ただし、あの方に触ることができさえすれば、の話だが」
「なに? 神鳥の身体は特殊なのか?」
「私が言うのもなんだ。今からご拝見するのだから自分の目で確かめてみてはどうだい」
シェイナは近くまで見えてきた神鳥カルマナが棲む建物を見ながらイザナに返した。確かに一見は百聞にしかずと言う。誰かから説明されるよりも自分で見た方が良いし、その方が主観で見える。
目的地である建物に進むにつれ、一歩一歩と近づくにつれ、ヒシヒシと感じていた存在感がビシビシに変わり、そして、今ではまるで水中――は言い過ぎだが、まるで酸素の薄い山の頂上付近を沼のような足場で歩いているかのような感覚である。
しかし、イザナたちは今そのような重圧を感じていない。一言でいえばアルトネのおかげである。おそらく、イザナでもこの空間内に居なければ、死の世界を平然と歩けたとしてもこの重圧でかなりキツイものだったに違いない。そういう意味ではシェイナの判断は正しかったと言える。
そして、イザナたちは何事もなく目的地に着いた。
そこはかなり古く半壊だが、城だったと言うことは何となく理解できた。かつてあった国の真の中心である。なんともプレミアムな物件だ。まあ、欲しいとは思わないが。
まだ入り口――おそらく正面玄関だと思しき――が残っており、そこから一行は普通に入っていった。
中にもまだ昔の城跡が残っているかと思いきや二階以上の床は全て抜けており、上を見上げれば空が見える。そして、軽く辺りを見渡せば一心に祈るようかのように膝をつき両手を合わせている少女とその祈りを向けられている存在。
黄金に輝くその存在こそが――――神鳥カルマナである。
chironnup yaieyukar=狐が物語った(簡訳)




