第二十六話 モン巫女
タイトルを変更しました。
「死の世界へようこそ」⇒「モン巫女」
イザナたちは言葉を失っていた。
この草木が生い茂る豊かな森の中でこのような場所があるとは考えてもいなかった。そして、何よりその場所で唯一建っている建造物が放っているオーラは今まで感じたことがないほど強大なものだと解かる。レベル3000以上だったあの狂ったスカイドラゴンでさえこれほどの存在感を感じなかった。
だが、故にあれが――あそこにいるのが彼らの一族が神として奉る神鳥――カルマナなんだと理解できてしまった。
確かに神と呼ばれているだけの存在感がある。まだ、姿すら見ていないと言うのにそこに居るのがはっきりと伝わる。
そして、よくよく周りを観察してみると、どうやらあの神鳥カルマナを中心として生命が死んでいる。
イザナたちはその光景にしばし目を奪われていたが、ここまで連れてこられた目的を思い出し、イザナはその死の世界へと足を踏み入れようとした。
だが、その行く道は手で塞がれた。
塞いだのは誰であろう。シェイナであった。イザナたちをここまで――否、神鳥カルマナの処まで連れて行こうとした張本人がこれ以上行くなと指示しているのだ。
イザナは訝しげに彼女の方に視線を向ける。
すると、シェイナは肩を竦めながら困ったような顔をする。
「入らない方が良い。――まだ、死にたくなければ、ね」
「………つまり、そういうことなのか?」
イザナはシェイナから視線を外し、戦々恐々と目の前に広がる光景を見渡す。リアもイザナに倣いその光景を見る。その瞳には少しばかりの恐怖が見て取れた。ツキは話を聞いていなかったのか目の前の光景を見ている3人に対して首を傾げながらお腹をさすっている。
「まあ、最もここら辺なら入ったとしても死にはしないが。精々、体力が奪われるくらいかな。それでも、体力が0になったら死ぬけどね」
「マジか……」
体力1の人がまるで地獄でも見ているかのような顔をする。あそこでシェイナが行く手を塞がなければ、もれなく死者の世界への切符を手に入れたことだろう。
「ありはしないとは思うが、カルマナ様が居られる処に、至って健康な者が足を踏み入れれば一瞬でその肉体は朽ちて骨だけになり、その骨もすぐにここの土と同じようなものになる」
「はあ――、怖ろしいわね」
「うん。そうだねえ」
シェイナの話にリアとツキがウンウンと頷きながら聞いていた。
「―――で?」
「うん?」
「神鳥に俺らを会わせるんだろ? どうやってこの中に入るんだ? まさか飛んでいくのか?」
一応、飛べる人間が自身の持つ『宵に紛れし絶影たる者が織り成す祭杯を刻みし混沌たる宴の歓びを識る哉』――通称マントの効果を忘れて、そんなことできないだろうなと訊く。
「いや、飛んで行ったりはできないが―――」
案の定、飛んで行くことはできないようだ。
「―――迎えがこっちに来るはずなんだが………。アイツは何をしているだ?」
「迎え? まさか、この中からこっちに来るなんて言わないよな」
さっきまで散々この中は危険だと言っていたのに迎えという言い文が、まるでその危険地帯からこちらにやって来るような言い方だったからだ。
だが、シェイナの言葉はそれを簡単に裏切る。
「そのまさか、さ」
「は?」
冗談半分に言ったつもりだったが、冗談では済まされなかったらしい。
「い、いや、待て。さっきこの中に入れば死ぬって言わなかったか?」
「確かに言った。だが、アイツは特別なのさ。私たちでもこの中には入るにはアイツがいなければままならない」
こうしてイザナたちはアイツを待つことになった。しかし、待てど待てどもアイツと呼ばれる人が来ない。かれこれ30分はそこに居ただろうか。
今、イザナたちは一度村に戻ってきていた。
理由は待ち人が来ないことに対してしびれを切らした訳ではなく、ツキのお腹がキュウーと可愛らしく鳴ったからである。どこかでお腹をさすっていたのはどうやらお腹が減っていたらしい。それを聞いたシェイナがちょうど昼時だから一度村に戻って食事にしようと言う話になったからである。
この村にも二軒だけだが、お食事処がある。
良くシェイナもお世話になるという方の店の中に入る。中に入るとだいたい10人ほど店に入れば満席になってしまうほどの大きさの店であり、店の中は綺麗に整理されており清潔感が保たれている。
ある1点を除けば。
店の端の方にこれでもかと言うほどの皿が山積みになっている。それはもう芸術品としか言いようがないほど絶妙なバランスで重なっており、見ているこっちは皿の多さよりもそっちに目が行ってしまい、ハラハラドキドキさせられる。しかも、皿は現在進行形でさらに積み重なっていくのだから、それはもう圧巻である。
しかも、見たところ――皿で姿は見えないが――数人で分け合っているのではなく、どうやら1人で食べているらしい。約50人分の量を独りで食べるモンスターがいるのだ。それにしても、店の人も大変そうである。店に入ってきたイザナたちを無視して、総出でモンスターの対処をしている。誰よりも大変なのは50人分の料理を忙しなく作っている――チラッと見えた厨房に居た――おっちゃんだろう。何せさっきから絶え間なく料理が運ばれてくるのだから。
「モグモグモグモグモグモグ――うぐッ! 『ドンドンドン!(何かを叩く音)』――ゴクゴクゴク、ぷっはー。おっちゃん、あと10人分おかわり、なの!」
そのモンスターはとても可愛らしい声を出しながら、おっちゃんを殺しに来ていた。だが、イザナたちの横からは「――ほぉ」と途轍もなく恐ろしい声を出す狩人がいた。
シェイナは可愛らしい声のモンスターのいるテーブルまでスタスタと音を出さずに歩いて行く。しかし、可愛らしい声のモンスターはシェイナが近づいて来ていることに気付かずに無我夢中で目の前の料理に跳び付いている。
シェイナは可愛らしい声のモンスターの頭をガシッと掴み、今まで聞いたどの声よりも恐ろしい声を出す。
「―――おい。待ち合わせ場所にも来ないで、こんなところで何をしている」
可愛らしい声のモンスターは頭を掴まれた時点で「ん?」と頭を掴んだ奴の方を食事の邪魔をしやがってみたいな顔で睨もうとするが、狩人の声を聞いた途端に振り向こうとしていた顔が止まり、持っていたフォークとナイフを地面に落とした。そして、その状態で動かなくなる。
いや、微かだが動いていた。小刻みに身体を振動させている。狩人に恐怖して。
「………あ、あ、あ、あ、あ、」
そして、恐怖のあまり可愛らしい(声は以下略)モンスターは壊れてしまっていた。しかし、シェイナが依然可愛らしいモンスターの頭をがっちりと鷲掴みしており、逃げようにも逃げられなかった。それがさらに恐怖を加速させる。
それを見たシェイナは可愛らしいモンスターに向けて誰もが惚れ惚れする様な笑顔を作る。その顔を見たリアとツキ、はたまたすぐ近くに居たウェイトレスはもちろんのことイザナでさえも見惚れそうになってしまうほどであった。
それを向けられている本人を除けば。
「怒らないから、今まで何してたか言、い、な、さ、い」
笑顔を向けられながらその言葉を聞いた可愛らしいモンスターは村中に聞こえるような大声で絶叫した。
その後、怒られたのは言うまでもない。
かくして、可愛らしいモンスターが倒され、その店に平和が訪れた。
しかし、モンスターによる被害が甚大であり、今日の営業は難しそうであった。いつもなら昼より夜の方が稼ぎ時なのだが、この日は昼には終わりを告げていた。それにもかかわらずいつもの2倍以上の利益が出たそうだ。
被害があったのは食材であり、お店としては全く以って被害が出ておらず、ある意味お店の人からはありがたいモンスターである。これからは食事処の女神になりそうだが、何よりの被害はお店や食材ではなくそこで働いている人たちであり、その人たちの体と心の被害は甚大であってその人たちが女神と見ないことは確実であり、やっぱりモンスターであることには変わりなかった。
イザナたちはまだ材料が残っていた――モンスターが追加注文していた分――ので、幸いにもその店で昼食を摂ることができた。
イザナはこの世界に来てから、王宮で出されたいつもと変わらないパンとスープと何かの肉――きっと他の人たちはもっと良いのを食べていたに違いない――とダンジョンで食べていた魔物の焼肉とこの村の牢屋で出されていたパンとスープしか口にしていないので、本当の意味でこの世界のちゃんとした料理というものを口にするのは初めてである。
と、言っても運ばれて来ている料理はどれもイザナがいた世界で一度目にしたことがあるようなないようなメニューであり、意外感がまるでない。
リアやツキには目の前にある料理が珍しいらしく――ダンジョンに料理があるわけがないので当たり前だが――、シェイナに料理のことを色々聞いていた。
しかし、イザナの目には目の前にある料理がどっからどう見ても中華料理にしか見えない。若干、中華のイメージじゃないモノも複数あるが気にしてはいけないと心の中で唱える。
ちなみに、可愛らしいモンスターはシェイナにこってりと絞られて、床に座りながらノの字を書いていた。しかし、目の前にある料理の量ではイザナたちでは食べきれないことが予想され、餌を与えられてモンスターが復活するだろうということが予測される。
イザナたちの食事が終わるとシェイナが可愛らしいモンスターの紹介をした。紹介されているはずのモンスターは予測通りの復活を遂げ、一心不乱に料理を食べている。
「この馬鹿が私たちを迎えに来るはずだったのだが、それをすっぽかしたカルマナ様に仕える巫女の一人でもあるアルトネだ」
「なのー!」
アルトネと呼ばれたモンスター、もとい見た目がツキよりも幼い少女が食べ物を口に入れながら返事をする。そして、行儀が悪いとシェイナに怒られる。
それを見ていたイザナはアルトネに優しい視線を向ける。
「ここにはいないがもう一人カルマナ様に仕える巫女がいる」
アルトネに向けていた視線を今度はシェイナに向ける。そこには当たり前だが優しい瞳ではなく疑惑の目をしている。
「実を言うと君たちに会ってもらうのはカルマナ様ではなくて彼女の方なんだ。しかし、彼女は役目柄カルマナ様のお側を離れる訳にはいかなくてな」
故にイザナたちの方から彼女がいる神鳥カルマナのところまで行かなくてはならないと言うことらしい。しかし、シェイナも彼女がイザナたちに邂逅する理由までは知らないようだ。
リアはアルトネの方を見て、和んでいた。確かにアルトネは料理をそれはおいしそうに食べるのとその光景がまるで小動物のようでリアが和んでいるのが解らないでもない。
対してツキはアルトネと張り合うかのように料理を貪り喰っていた。ツキはまるで野生の動物と見間違えそうな勢いで食べている。野生という意味ではまごうことなく生粋の野生動物に違いない。
そして、動物2人が食べ終わると今度こそ神鳥カルマナがいる建物を目指すことになった。
1人プラスしてさっきまでいた所――待ち合わせ場所だった所――に舞い戻って来た。
イザナは生と死の境界線ギリギリのところで止まり、もう一度境界線の向こう側を一瞥する。さっきと特に変わったことはないのだがなぜか見ておきたくなったのである。
「きゃっ!」
リアの短い悲鳴が聞こえたかと思った矢先、イザナは背中を押されたような感覚を得た。というより、押された。躓いたリアがちょうど前に居たイザナの背中に寄りかかろうとして、手を付いてしまったのだ。もちろん今のイザナにはそれを受け止めるだけの力はない。それでなくてもいきなり背中を押されれば、思わす身体が前進してしまう。今のイザナとリアの力を鑑みて見ると、イザナは空中に少しだが浮かんでいた。
つまり、吹き飛ばされたのだ。死の世界へ。
体力1のイザナがそこに入ればどうなるかは一目瞭然である。
やけに長く感じる滞空時間の中でイザナが考えていたことは唯一つであった。
(あ、これ死んだかも)
永い空中旅行が終わりを告げ、イザナは死の世界へと足を踏み入れたのだった。




