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九つの極罪  作者: 阿志乃トモ
第二章 ジュウオウデンライ編
25/33

第二十五話 青年と巫女

忙しくて更新が遅れてしまい、すみませんでした。


これからもしばしこういうことがあるとは思いますが、何卒よろしくお願いします

 あれから3日が経とうとしていた。


 依然イザナたちは牢屋に入れられたままだ。しかも、ここに居るであろう住人とはまだここ――イザナたち――の見張りをしている青年としか会っていない。牢屋に入れられているだけで特に尋問や拷問などと言った行為もなく、何をする訳でもなくただ何もない部屋でボーとしながら過ごしている。


 この3日の成果と言えば、見張りの青年の名前を知ったことぐらいだろうか。


 彼の名前はブリジッド=パーシャル。年齢は24歳で彼女あり。職業は不明だが、ここらでは一位二位を争う実力者であり、本来ならイザナたちの見張りを任されるはずなどないのだが、織姫彦星夫婦の如く、これでは仕事にならないと判断されたため、涙を呑んで今は恋人と離ればなれで生活しているとのこと。


 初めはそのことでイライラしており、イザナたちに八つ当たりしていたが、この3日間でずいぶん大人しくなった。


 イザナたちが本気でここを出ようと思えば簡単に出られるのだ。イザナが何もしなくてもリア1人で簡単にここの連中を倒すことができるだろう。それだけリアのレベルが人間にとっては凄まじいものなのだ。


 現にリアはイザナにここを出ようと進言してきたが、当のイザナがここから出ようと考えておらず、むしろ今までの動いていた分の休暇だと言わんばかりに和んでいた。こんな牢屋で和めるのか些か謎なところはあるが、イザナは十分に身体を休めていた。


 しかし、それはイザナだけの話であり、リアとツキは早くここ――衛生的とはあまり言えない牢屋――から逃げ出して、外の綺麗で新鮮な空気を体に浴びたかった。ここに居ると少し具合が悪くなっていく気がしてならない。それでなくても、ツキはともかくリアは綺麗好きなのだ。


 しかし、3日も経てばいい加減イザナも休暇を満喫したのか、それとも、この環境下にいるのに嫌気がさしたのかは判らないが、ブリジッドにとうとうこの質問をした。


「なあ、いつになったらここから出られるんだ? そもそも何で俺ら牢屋に入れられたの?」


 今更過ぎる質問である。寧ろ何で今まで聞いてなかったのかが疑問に思うような質問だ。しかし、ブリジッドからの口から出た言葉はある意味予想通りではあった。


「お前らがいつ出られるかなんてオレが知るかよ」


 ブリジッドは見張りとしての役割からなのか、罰としてなのかは知らないがこの牢屋がある建物から外に出ていない。寝るときもここの宿舎で寝泊まりしている。飯時になると誰かからいつもその分の弁当を食べている。イザナは会っていないから誰かは知らないが声からして若い女性でしかもブリジッドとは親密な仲を伺わせる。もしかしたら例の彼女なのかもしれない。しかしながらそれを確かめる術がない。


「けど、牢屋に入れたのはお前らが余所者だからだ」


 最初の質問には良い答えが聞けなかったが、2つ目の質問には当たり前のように返ってきた。


「鎖国ならぬ鎖村でもしてんのここ?」

「その鎖国とやらの意味は知らんが、ここに来る連中のほとんどが我らの祀る神鳥様を悪魔だのと言って畏れ多くも討伐しに来るんだよ。だから、ここら一帯に入ってきた余所者は殺すかお前らのように牢屋に入れるんだ。だが、安心しろ。お前らが神鳥様に危害を加えないことが判ればここから解放される。まあ、それまでの辛抱だな」

「別に私たちその神鳥とやらに何かするつもりなんてないわよ」


 今まで静観していたリアがここに入れられた理由を聞いた途端に自分らの無実をもぎ取ろうとする。3人してみれば冤罪も良いところだろう。


「それを決めるのは巫女様の役目だ」


 ブリジッドは憮然とリアの言葉を返す。そして、その声にはそれ以上は何も言わないと言った意志が感じられた。


 なので、リアもこれ以上何かを尋ねるのに躊躇いを覚えたのか口を閉ざしてしまった。しかし、イザナはそんなことを気にせず、ブリジッドに話しかける。


「なあ、その神鳥って言うのは?」


 その質問にブリジットは目を細め、眉間にしわを寄せながら何言ってんだコイツみたいな顔をしてきた。そして、そのままその顔が返答である。


 ブリジッドはイザナの純真無垢な瞳を向けられていることに戸惑いを覚える。その瞳はまるで孵ったばかりの雛鳥が母親を見るような、とは言い過ぎだが、ブリジッドをまっすぐに射抜いている。


「え? お前マジで神鳥様のこと知らねえの?」


 ブリジッドは目を見開き、何言ってんだコイツみたいな顔をしながら言ってくる。目を細めるのと、目を見開くのでは同じ何言ってんだみたいな顔でもずいぶんと印象が変わる。しかし、どちらとも同じ言葉であることには変わりなく、結果的には何言ってんだコイツである。印象が変わるだけで意味合いは同じである。ただ猜疑(さいぎ)から驚愕になっただけのこと。


 いやいや、これでは印象ではなく思いっ切り意味合いが変化しているではないか。つまり、何言ってんだコイツ、状態である。


「神鳥以前に今どこにいるのかも知らない」

「いやいやいや! それはウソだろ!?」


 残念ながら事実である。イザナたちはダンジョンからいきなり夜の森の中に放り込まれたのだ。今いる場所を知る術を持ってはいなかった。さらに言えば、イザナはバルハット王国に召喚された身の上だが今は置いとくとして、リアとツキに関してはダンジョンから一度も地上に出たことのない文字通りの――ダンジョンと言う――箱入り娘たちなので、地上の地理を知るはずもない。あのスカイドラゴンの老人から貰った本ではどこに何があるのかは判るかもしれないがどの森にいるかを見分けるのは至難の技である。


「お前ら一体どこから来たんだよ……?」


 ブリジッドが(おのの)きながら、逆にイザナたちに質問する。


「《クシャトリア大迷宮》って知ってるか? 俺らあそこから転移したと思ったら、気付くと森の中に居たんだよ」

「何だお前ら罠にでも引っ掛かったのか? 転移系の罠ってどこに跳ばされるか判らないからな」


 ブリジッドはイザナの言葉にしみじみと頷く。イザナたちは別に罠に引っ掛かった訳ではないのだが、ダンジョンをクリアしたと言ったらおそらく信じてもらえなかっただろう。


 ダンジョンを攻略できる者は誰も彼も高レベルの人物であり、さらに言えば、《クシャトリア大迷宮》のように国に管理されているダンジョンをクリアした人間の名が世間に広まらないはずがない。まあ、最も《クシャトリア大迷宮》が攻略されたのは実に3日ほど前であるし、何よりバルハット王国がそのダンジョン攻略者のことを何一つ知らないのだから、広まるはずがない。もしその状態で広まるのなら召喚された勇者の誰かだろう。


 ブリジットの耳にも近年ダンジョン攻略の話など聞いたこともない。ここがただ閉鎖的なだけであり、知らないだけでダンジョンが攻略されている可能性は否定できないが。


「なら、教えてやる。ここは《カルマナ大森林》だ」

「………《カルマナ大森林》」


 イザナは知っていた。しかし、その知識はまだ王宮にいた頃、資料で軽く見た程度なのでどこら辺にあるのかは大雑把には知っているが、その正確な位置までは知らない。そして、それ以上のことも知らない。


 とりあえず、《カルマナ大森林》はバルハット王国から見て、南西に位置している。


 イザナはそれを思い出して、バルハット王国がいまどの辺にあるのか太陽を見て判断した。イザナの世界地図はバルハット王国を基準にしているので、何となく気になっただけであり、特に他意はない。


「おっ、さすがに知ってるか」

「名前だけな」

「名前だけって………」


 イザナの言葉にガックリと肩を落とすブリジッド。


「そもそもなんでお前らこんな森の中に住んでんだ?」

「…………。ふう、神鳥様を知らないって言うならそれも知らないよな」


 ちらりとリアとツキの方にも目線を向けてみると、キラキラとした目でこちら見てきていた。思わず、うっと言いそうになるが何とか堪えて軽く深呼吸する。


「ふーむ、そうだな」


 ブリジッドは少し思案顔になりながら、右手で顎をさする動作をした。


「遥か昔、この森には巨大な国が存在していた。今じゃ考えられないがその国があった頃はここに木々などほとんどなく建物ばかりが建っていたらしい」

「………」

「余りにも古すぎてその国の名は歴史の中に埋もれてしまったが、その国を滅ぼしたのが神鳥様だ」

「ねぇ、それが何だと言うの?」


 リアがブリジッドの話に割り込み質問した。それにブリジッドが答える前にイザナが「いいから黙って聞け」とリアを(たしな)めたあと、ブリジッドに続きを話すように促した。リアはイザナの態度に若干恨めしそうに見つめながら、渋々ブリジッドの話に耳を傾ける。


「あれいいのか? ―――あぁ、解った解った。続きを話す」


 ブリジッドはリアのことをイザナに聞いたが、イザナはブリジッドに早くしろと睨みつけてきたので、取り敢えず了解した。


「神鳥様は国を滅ぼした後、この森に住み付いた。と言うより、神鳥様は生まれ故郷であるこの森を取り戻したと言うべきか。まあ、話したいのはそっちじゃなくてその国の人間。国を滅ぼされたと言っても逃げ延びた者たちが多くいた。その一部の住人達は神鳥様が舞い降りた時、まるで神の遣い、もしくは、神そのものが降臨したかのような衝撃を受けた。そうした人々がこの森に住み付いた神鳥様を(たてまつ)り始めた。そうしてこの場所に住み始めたのがオレたち一族の祖先って訳だ」

「へー、じゃあ、お前ら昔からここに住んでるのか?」

「あぁ、かれこれ2000年以上はここに住んでることになる。ちなみに、《カルマナ大森林》の呼び名は神鳥様の名から採ったものだ」

「じゃあ、神鳥の名はカルマナと言うのか」


 そのイザナの呟きに対して、ブリジッドは聞こえたのか肯定した。


 イザナがまた何かブリジッドに訊こうとしたところで、この場所に誰かが入ってきた。牢屋の中からでは誰が入ってきたのかまでは見えないが、ブリジッドの笑顔で彼と親しい間柄の人間が来たことは明白だった。しかし、それは親という訳ではないだろう。親ならこんな眩しい笑顔を咄嗟に出すはずもない。


「やあ、ジェッド。元気にしてたかい?」


 その声は女性のようにも聞こえるし、口調のせいか男性のようにも聞こえる。いわゆる、中性的な声だ。


「だから、オレはジェッドじゃねぇっていつも言ってんだろ。シェイナ」

「それは失敬」


 どうやら、シェイナという名前らしいからおそらくは女性だろう。しかし、中性的な声に日本名で太郎(ハナコ)と読ませる男の娘みたいな感じかもしれないからまだ女性と決まったわけではない。


「何しに――――って、ああ、こいつらの処遇が決まったのか」

「そうだ。だから、彼らと会わせてもらえないだろうか」

「勝手にこっちに来ればいいだろ」

「一応、キミの許可を取らないといけないのだよ」

「めんどくさいな、お前」


 シェイナと呼ばれた人物がコツコツと足音を立てながらこちらにやって来る。そして、イザナの牢屋の少し離れたところまで来ると、イザナたちを一瞥してきた。


 シェイナと呼ばれる人物はイザナの予想通り女性であった。茶色の髪を後ろで束ねており、男装すれば美少年になりそうだが、それと反比例するかのような巨乳であった。これでは男装は難しいのではないだろうかと思わせるほどの大きさである。このおっぱいがなければ男と勘違いしていたかもしれない。


 そんな彼女はイザナたちを見た後、微笑を加えて気さくに挨拶してきた。


「やあ、初めまして。私の名はシェイナ=クリップ。こう見えて、カルマナ様に使える巫女の一人だ」


 じっくり観察してみれば、確かに神に仕える巫女のような服装を着ているようにも見えなくもない。もっともイザナはこの世界の巫女服をまだ一度も見ていないので、彼女が着ているのが巫女服かどうかは知らない。


 そして、彼女はイザナたちの名前をしっかりと把握していた。ブリジッドには名乗っているので知られていても不思議ではないが。


「さて、リア君、ツキ君、そして、アサギリ君」


 シェイナが一人ずつイザナたちの名を呼ぶ。ここから解ると思うが、イザナはブリジッドに朝霧と名乗っている。さすがに、イザナの名前を出すとどうなるか判らないからである。それについては、リアとツキにも説明しているのできっとイザナと呼ぶことはないはずである。


「キミたちにはこれから―――」


 なぜかイザナたちではなくブリジッドが固唾(かたず)を呑んで見守っている。


 この判決でもしかしたら、死刑という宣告を受けるかもしれないので、さすがにさっきまで仲良く(?)していた連中が死ぬのが忍びないのかもしれない。


 しかし、ブリジッドの心配は驚愕に変わった。


「―――カルマナ様に会っていただく」

「はあああああああー!!」


 叫んだのはもちろんブリジッドだ。


「うるさいぞ、ジェッド」


 耳元とは言わないが近距離で叫ばれたので、シェイナは耳を塞ぎながらブリジッドの方を睨み付ける。


「いや! だって! こいつらを神鳥様に会わせるって!?」

「落ち着け!」


 ブリジッドの頭にチョップをくらわせる。そして、ブリジッドが地面にのめり込んだ。地面にぶつかっただけでなくのめり込んだのだ。地面にはくっきりとブリジッドの跡が残ったとさ。


 ブリジッドが放置されたのは言うまでもない。


 牢屋から出されたイザナたちは3日ぶりに外の新鮮な空気を吸った。リアたちも久しぶりの外で少し嬉しそうだ。リアはそれを隠そうとしているが、ツキはぴょんぴょん跳ねながら感情を表現している。なんとも正反対な2人である。それにしてもぴょんぴょん跳ねているとウサギのように見える。――ああ、そう言えば、ウサギか。


 ちなみに、バックは返してもらったが武器類は返してもらえなかった。武器なんて与えて、襲われでもしたら大変なので当たり前と言えば当たり前である。しかし、ツキはともかくリアとイザナ(条件付き)は武器がなくても、相当な戦力なので関係ない。


 外に出て、少し歩くと村が見える。変哲もないどこにでもあるような普通の村だ。しかし、他と違うと言えそうなのは、木と一緒になって暮らしているように見える。


 どう表現していいのか判らないのでこのような表現をしたが、別に木と一体となって暮らしている訳ではない。見たところ、本当にどこにでもありそうな村である。


 村人たちはイザナたちが通っても気にした素振りを見せずに今まで通りに生活している。あたかも、イザナたちが捕まっていたなんて誰も知らないかのように。


 だが、それはやはり虚実であるようだ。子供たちは大人たちと違って、物珍しそうにイザナたちを見てきている。しかも、よく見るとその子供たちはまだ小学生で言えば低学年程度かそれ以下の子供たちである。


 つまり、この村の人間はイザナのような余所者にある意味慣れてしまっているのだ。


 イザナもそれを気にすることなく、シェイナの後に付いていく。村を端から端まで歩き切ると当たり前だが森が広がっている。


 ここは大森林の中なので村の周りは木しかない。もちろん、木以外にも川などはあるが。


 その森の中に入り、獣道ではない自然的に整備されたような道を歩く。しばらく歩くと、イザナたちは眉を(ひそ)める。


 この広大で生命に溢れているような森の中で区別するかのように綺麗にくっきりと分かれていた。


 詩的な表現をするなら死の世界になるだろう。


 そこは森の中で唯一全ての木々が死んでいる。枯れているのではなく死んでいる。木だけでなく、土も石も元々そこにあった建物と呼ばれていたモノも――すべての生命が死んでいる。


 途轍もない存在感(チカラ)を放つ、巨大な建造物以外は。


南南東⇒南西に変更しました。

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