第二十三話 藁は縋るもの陰謀は暗躍するもの
少し修正しました。
王宮の敷地の隅にある建物。そこには召喚された生徒と教師しか寝泊まりしていない。食堂などもあるが、料理を作っている人間は王宮に雇われた料理人である。そんな彼らがここで寝泊まりしているはずもない。つまり、ここは召喚された生徒と教師のために造られたとっても過言ではないだろう。しかも、その建物が真新しい訳でもなく、妙に古い感を出していることで、如何にも昔からそこに建っていましたと言わんばかりである。だからか、その違和感に気付いている者はほぼいないのであった。
そんな建物の女子に与えられた区域の一室で2人の生徒が対面していた。1人は凛とした顔つきだが大和撫子を思わせるような女性。学校では生徒会長の名を背負っており、この世界に来てからも女子生徒からしばしば助けを求められている。
もう1人は独特な雰囲気を持っているのに、しかし、どこにでも居そうな雰囲気でもあるのだ。そのせいか親しくない者がいつも彼女のことを見ていても「彼女の顔は?」「雰囲気は?」などと尋ねられれば、どんな顔だったか思い出すのに首を捻ってしまう有様だ。そんな彼女は生徒会長といつも一緒にいるのでさらにその影に隠れて彼女のことを憶えているのはごく少数しかいない。彼女の役職は生徒会書記であり、生徒会長とは昔からの仲でもある。
書記が会長に頼まれて、調べ物をしていた。彼女の天職は忍者なので情報収集が得意なのである。
「―――ふむ。やっぱりこの建物は私達の為に造られたのか」
「えぇ。ここ、まだできてから1年も経っていないみたい。ここが少し古めなのは私たちに悟らせないようにだと思う。それに勇者召喚の方も調べてみたわ」
「――そちらはどうだった?」
「色々調べてみたけど、ここまで大規模な召喚は初めてなんじゃないかしら。今まで多くて30人程度がせいぜいだったもの。それに私たちが召喚される一月前に召喚されたカイゼル帝国の勇者は5人だそうよ。それにあそこはここと違って本当に魔族たちから攻撃を受けているらしくて、本来するつもりのなかった勇者召喚をしたみたい。それでも数カ月かけて集めた魔力石で召喚を行った結果が5人。つまり、この国は数年以上の時間をかけて準備していた、と言うことになるわ」
イザナが老人のところで読んだ本の中にあった勇者召喚の本では魔力石を使わなくても召喚できるのだが、その本が余りにも古すぎて召喚方法自体が誤って伝えられているのだ。
「やはり、この国の王は私達を戦争のための軍事力として呼んだという訳か」
「そう考えるのが妥当ね。――――それとあなたが一番知りたがっていた彼に関することよ」
「――――っ! どうだった!」
「そんなに慌てないで。全く弟君が相手になるといつもこうなんだから」
「う、うるさいっ! それに弟ではなくて―――」
「―――従弟、でしょ?」
「あ、ああ、そうだ。―――それでどうだったんだ?」
「うん。調べてみたらやっぱりこの国ではなくて第一騎士団副団長の独断だったみたい。で、他の人――王様もね、何も知らないみたいよ。それに生きているはずの彼が死んだって嘘ついたのは副団長でしょ? ―――そして、今もあのダンジョンの中にいるとみて間違いないと思う」
「くっ! 私が同じダンジョンに居ればっ!」
会長は悔しそうに握り拳をベットに叩きつけた。そして、それを見ていた書記は会長の顔を見るとニヤニヤと笑い、からかうかのように言う。
「それにしても、自分のスキルの力を真っ先に弟君に使うなんて会長は本当に弟君のこと大切に想っているのですね」
生徒会長のユニークスキルの一つに『ライフライン』というのがある。そのスキルは使った相手がどんな状態――病気や怪我、命の危機など――なのかが遠く離れていても解るのだ。それを使っていたおかげで彼がまだ死んでいないというのが手に取るように解る。
「べべべ、別にそんなんじゃない!! だいたいお前は私をからかって遊びたいだけだろ! お前はいつもそうだ!」
「だってそうしないと会長、弟君のこととなるとなんでもかんでも世話を焼こうとするし。弟君の噂が広まったときなんかも彼がそんなことするはずがないとか言って噂の発信源を探ろうとして、彼に余計なことはするなと言って怒られちゃって。あぁ、あの時の落ち込んだ会長可愛かったなぁ」
「やっぱりからかっているではないかっ!? それに私の事を会長と呼ぶなとも言っているだろっ!?」
「だから、会長♡って呼ぶんですよ」
「あ~っ! 私はお前のそういう所が大っ嫌いだっ!」
「あら、私はあなたのこと心から大好きよ。―――それに脱線しないでちゃ~んと真面目な話をしましょ、会長?」
「脱線させたのはお前だろ!?」
「あら、私の主はいけずね。――ああ、それと真面目な話、妹ちゃんの方とは友好を結ばないの? 彼女だって彼がどうなっているか知りたいはずよ?」
「お前は、急に真面目に………。はあ。――――彼女とは、その、今まで本家で一度も会ったことがなくてだな。それでな、」
「恥かしくって自分からじゃ声がかけられないと」
「い、いや、そうじゃないんだ! ただ、あの2人は不仲だと聞いているし、それにあそこの家庭は複雑だろ?」
「そうね。本当だったら、あなたじゃなくて弟君が私の主になっていたかもしれないしね」
「それに、彼は妹に私達の家のことは何も話していないみたいなんだ」
「だから、余計妹ちゃんとは話せない、と? ―――ふう、いつもは凛々しい会長がそんなところを見られたらファンもガッカリしますよ?」
「こ、これはお前がやれとっ!? それにこの部屋は私のスキルで誰からも覗かれたりする心配もない」
「ふふふ、そうでしたね」
生徒会長のもう一つのユニークスキルを使い、この部屋を完全に外と隔離している。もしもこの部屋を王国の人が覗いていたとしても誰も――最初から居た生徒会長しか――いないように見えている。生徒会長の許可がなければ外に声すら漏れない。密会をするにはうってつけのスキルと言えよう。
「真面目な話に戻して――――、弟君が大好きな会長はいつこの国を出て、弟君を追いかけるんですか?」
「お前はまたそうやって………。んん! そうだな、今はまだその時期じゃない。今私達がここを出ることは何時でもできるが仮にも私は生徒会長だからな、もし私達の出奔のせいで生徒達に危険が及ぶ様な真似はしたくない。それにもしかしたらアイツが生きていることを知って、会いたいという生徒が中にはいるかもしれない」
「ところで、その私達って誰と誰のこと?」
「ん? 何を言っているんだ? 私とお前に決まっているだろ?」
「副会長さんは入れてあげないの?」
「――彼奴は―――と言うより、天職が『勇者』の生徒はもうこの国に懐柔されているとみるべきだろう。知っているだろ? 輝弥副会長が王国から毎晩どんな施しを受けているかは」
「――ふふふ、それで会計のヨミちゃんが私に泣きついて、相談しに来たもの」
「私の処にも来たよ。――――それよりまだ懐柔されていない勇者は風紀委員委員長の火村ぐらいだろう」
「ああ、なっちゃんね? 確かに彼女の性格なら懐柔されていないでしょうね。それにあの噂に踊らされて、よく弟君のことを気に掛けてたし、ね?」
「気に掛けていた、と言うより危険視していた、の間違いだろ」
「どちらも同じじゃない」
「どう見ても違うだろっ!? ―――はあ、もういい。お前と話していると段々と話が逸れていく」
「で? その私達の中に彼女も入れてあげるの?」
「それはまだ決め兼ねる。だが、お前が前に言っていた彼女は連れて行こうとは考えている。そちらも彼女の返答次第だけどな」
「あぁ、彼女ね? 悪くないと思うわ。問題があるとすれば、彼女といつもいる子たちが何か言いそうってことだけ。その子たちは連れて行かないんでしょ?」
「ああ、連れて行こうと考えているのは彼女だけだ」
彼女たちの密会は騒々しく行われている。しかし、それに気付く者は誰一人としていない。隣の部屋の住人にも今もすべての部屋を覗いている者も。
書記の女子生徒は生徒会長と別れた後、また自分の主の為に情報を集めに行く。それが今できる最良のことだから。きっと、誰も違和感には気付いていないだろう。今この瞬間、彼女は王国の人間からも、生徒や教師、学校の関係者からも認知――否、認識されていない。その唯一の例外が生徒会長である。だからこそ、生徒会長は情報収集を彼女一人に任せているのだ。
彼女に絶対の信頼を置いて。
◯◎◎◯
加奈子たちが《クシャトリア大迷宮》から王宮に戻ってくるとき、馬車の中はどんより曇り空であった。曇りよりも暗かったかもしれない。
誰も何も話そうといない。いや、話せる気力すら多くの人が失っていた。理由は単純に恐怖である。自分たちよりも大きな存在に飲み込まれてしまったのである。
それは加奈子たちとて例外ではなかった。正輝は初めから強大な何かが来ると感じ取っていたからかそれとも勇者からなのか、他の人に比べると幾分平気そうだった。馬車の中でも未央の手を握って彼女の恐怖を和らげようとしている。それとも未央の前だからやせ我慢しているのかもしれない。
そんな彼らが王宮に戻るとほとんどの人間が何事だと囃し立ててきた。
そして、レギルス副団長から報告を受けた国王はすぐさま他のダンジョンに向かっていた生徒たちにもダンジョン攻略を中止させた。レベル上げということなら十分彼らは戦場に出ても自分の身が守れないという言い訳ができないほどに強くなってしまっている。それに国王としてもこれ以上強くなられても困る部分もあったので、これは丁度いい機会となった。
しかし、ダンジョンを順調に進んでいた生徒たちからは少し非難の声が上がったりもしていたが、そういう生徒とはとある交渉により特別に許可を得ることによってダンジョンを進んでいいことになった。ただし、そういう生徒は同じダンジョン、今まで通りの見張りの騎士たちが付き添ってだが。
王国としても彼らがダンジョンを攻略してくれたら、国にもそれ相応の利益が出る。仮にダンジョン内で犠牲者が出たとしても、国にとっては大した痛手ではない。犠牲者を見て、辞めたいと言ったところですでに彼らはダンジョンを辞めることができないところまできてしまっていた。
だが、ダンジョンに残りたいと言ってきたのは1割強程度で他の人たちは毎日戦いをし続けたことに疲れを感じていたのか、国王のダンジョンの攻略の中止を受け入れていた。そして、久しぶりに会う――非戦闘員や違うダンジョンに向かった――友人たちと再会の喜びを分かち合っていた。
それは加奈子たちも同じであり、久しぶりに会った友人たちが何をしていたのか談笑し合った。あのダンジョンに行っていた者たちはその恐怖を拭うように。
さらに国に帰ってから変わったことが一つある。
それは勇者の待遇である。前よりも――あからさまに――優遇している。他の人には付けていないのに美人なメイド――勇者が女性なら執事――を数人いつも侍らしているのだ。勇者の言葉なら彼女らは何でも聞く、それは夜でも同じである。むしろ夜の為にいるのかもしれない。女子の間では近藤や輝弥副会長がすでに侍らしているメイドと何度もしていることが噂となっている。そして、加奈子が視たのは一回だけだが、それでも正輝がメイドとしていることを知っている。それが正樹の本意かどうか知らないが、未央に対しての裏切りには違いなかった。
加奈子はそれを未央には言っていない。未央が知っているかどうかは知らないが、今の加奈子にはそんなことはどうでも良かった。
いつも――この世界に来てからも――一緒に居た幼馴染みとはあの日ダンジョンから戻ってから少し疎遠になってしまっていた。自分から独りになりたいと色々と整理したいと言って遠ざかったのだ。そして、イザナが一人で訓練していた場所に毎日来ている。
自分自身でどうしたいのか解らないのだ。今まではあのダンジョンにいればいずれきっとまた会えるかもしれないと僅かな希望に縋っていたが、その藁もなくなり、途方に暮れている。自分一人でここを出ることはできそうではあるが、それをすると未央たちを裏切ることになってしまうじゃないかと怖れているのだ。
今日もいつもの場所に行こうとしたら、突然加奈子の前に女性が立っていた。なのに、不思議なことにその女性がそこにいることに何の疑問の抱かないのだ。そこに居たのが当たり前のような気がするのだ。
その人は学生服を着ていたので、加奈子と同じ生徒だと判った。そして、その女生徒が加奈子の方を見定めるかのような視線で頭から爪先まで上下に見渡してくる。そして、顔の位置にその視線が行くとようやくその人の顔が露わになった。しかし、その顔はどこかで見たことがあるような気がするがどこで見たのかが全く解らなかった。なのに、加奈子は確かにこの人の顔を何度も見たことがあるという確信がある。
「初めまして、ですね? 私は生徒会所属、天影知里。役職は書記を務めております。以後、お見知りおきを、水島加奈子さん」
その女生徒が加奈子の心情を読み取ったのか、自己紹介してきた。そして、加奈子は生徒会というフレーズでようやくこの女生徒をどこで見たのかを思い出すに至った。
(―――そ、そうだ。いつも会長の傍にいるお付きの人)
会長と書記はその役職だけでなく、家の方でも何やら主従の関係だと聞いたことがあった。それもあってか、加奈子は会長と目の前にいる書記――天影知里がいつも一緒に行動しているイメージがある。実際、学校では生徒会長と書記はいつも一緒にいたし、登下校の時も護衛としての役割もあるので付き添っている。なので、会長と廊下ですれ違うときは一緒に彼女のことも見ていることになる。それでなくとも生徒会として行事を行うときには必ず全校生徒の前にその顔を見せている。
そして、加奈子もいつもしっかりと見ている。なのに、その顔を憶えていなかった。
「え、えーと、何か私に用があるですよね?」
加奈子の全身を見渡して、自己紹介した後に加奈子の名前まで言っている。これで何の用もなかったら、一体何しに来たんだよって話になる。もしかしたら、大胆不敵な新手のストーカーかもしれない。自分の名前をほとんど関わりのない人が知っていたら身構えるだろう。しかし、天影知里は学校の全員の名前を把握しているのであって、加奈子だけの名前を知っている訳ではない。これも全部、物覚えの悪い生徒会長に代わっての自分の責務だと思っている。
「あなたは―――――、あなたは朝霧誘にもう一度会いたいですか?」
「―――え?」
それは加奈子にとって失った間違いだらけの藁ではなく、本物の藁が目の前に現れたのだった。
はて? 会長のキャラが……
次は新章ではありません!「3/19」
と、思ったけどなんか切りがいいので次新章に突入します。「3/20」




