第十九話 Vs ダンジョンボス
遅くなってすみません。
さて、リアがやる気になってくれたところでどうやって戦おうか。如何せん、イザナは絶賛大怪我中である。元々このヤラハクに対してイザナは無力なので怪我をしていても戦力的にさほどの足しにはならないだろうが、それでも子犬が20匹いるのと大型犬が1匹いるほどの大差がある。
思うんだが、これってどっちが凄いんだろう?
これは一旦置いとくとして、イザナが怪我をしてまともに体を動かせないということの方が問題だ。動けない銅像より動く銅像の方が役に立つ。いや、これでは唯のホラー以上の何ものでもない。もしかしたら魔法が関与している可能性もあるが、それが学校の中なら七不思議に入っていても不思議ではない。普段動かないものが動くというだけで恐ろしいものだ。こんなどうでもいいことをつらつら書いているが、何が言いたいのかと言えば、イザナが若干邪魔になりつつあるお荷物だと言うことだけだ。
魔法の方はリアの攻撃で無力化されるということが実証されたが、まだ、スキルでヤラハクとの戦いをアシストできそうではある。これでスキルすら無効化されたら本格的にただのお荷物以外の何者でもなくなる。
ヤラハクとの戦闘で[怠惰]の<働かざる者>は言わずもがなだが、[強欲]の<無知の智>も使い物にならない。これで[嫉妬]の<剥奪されし強者>も使えなければ、使えるのは[憤怒]の<我を忘れし者>と[暴食]の<喰わず嫌い>だけになる。[色欲]の<約束されし生存者>は誰かにサポートできるようなスキルではないので除外している。さらに、最後の解放されていない[傲慢]のスキルが都合よく解放されるのを期待するしかないが、イザナは勝てる――ようにイカサマしたり――ギャンブルしかしない主義だ。どんな目が出るか判らない勝負には最初から期待しない。
ここで[傲慢]と書いたが、理由は言わなくても解るだろう。もし傲慢以外の何かだったら逆に教えてほしいものだ。
話を戻すが、まだ[憤怒]はリアのサポートができやすく、リスクもないと言っても良いほどである。あるとすれば、総量と言えばいいのだろうか、とにかく効果や範囲を強化した合計が10倍以上にならないと言うことだ。何を言っているのか良く解らないかも知れないので、簡単に言えば、比率が合計で10にしかならない。この10は10倍のことだと思ってくれて構わない。何かに対する様々な効果と範囲が常に10なのだ。例えば、何かしらの物体に効果が2つほどあったとする。その効果を仮に『貫通』、『速度』だとして、それぞれの効果を3倍ずつにすると、残る範囲の射程(距離)が最大で4倍までしか強化できない。つまり、『貫通』:『速度』:『距離』=3:3:4の式となる。今範囲は距離(縦)しか考えていないが、これに幅(横)を2倍にしたと考えると、『貫通』:『速度』:『距離』:『幅』=3:3:2:2となる。ちなみに、この考えでいくと『幅』を3倍したとき、『距離』が1倍になってしまうが、1倍は強化をしていないと言うことになるのでこの式から『距離』が消えて、『貫通』、『速度』、『幅』だけのきれいに3だけが並ぶ式となる。
[暴食]の方はこの戦いで一回しか使用できないという欠点がある。一度使用してしまえば2時間は扱えない。こういう戦いで2時間という時間は致命的なほどに長い。だから、イザナはこのスキルの時間戻しの方を自分に使わなかったのだ。今更イザナが時間を戻しても怪我をする前に戻せないからすでにこのスキルを使う意味はない。だが、リアに使うとしても使うタイミングを間違えればマイナスにしかならなくなる。
基本的に[憤怒]でしかサポートできないのである。
まず、イザナがすることはヤラハクに触れることだ。でなければ、効く効かないどちらにしろ[嫉妬]が発動できない。[嫉妬]が発動すれば戦力的かなり大きい。問題点を挙げるなら、どうやってヤラハクのところまで行くかだ。今のイザナではヤラハクまで近づくことすらできないだろう。イザナの怪我どうこうよりヤラハクの動き自体、イザナにしてみれば結構速い。
そこで、イザナは周りに浮いている9色の玉が目に入る。
「…………。リア、あいつと一人で戦えるか?」
『どのぐらい強いか判らないからなんとも言えないけど、一人じゃ難しいそうではあるわね』
「やっぱり、効くかどうかは判らないが強さを半減させるスキルが必要か……」
『確かにあれは必要そうね』
「だったら、少しの間あいつの気を引いてくれ。俺があいつに気付かれないように」
『……わかったわ』
そういうとリアはヤラハクに向かって走り出す。そして、いつものように氷の矢を雨のようにヤラハクに向かって解き放つ。しかし、氷の矢はヤラハクに当たるのと同時に砕け散って、ダメージを与えることはなかった。
そうなると解った上でリアは魔法を放つ。もしかしたらさっき魔法が効かなかったのはたまたまかもしれないと思いながら。しかし、この魔法により完全にヤラハクには魔法が効かないことが解った。それでもリアは魔法を止めない。
その砕け散った氷の矢がヤラハクの視界を少しでも隠すために放った。そもそも氷が砕け散ると思ってなかったので、相当数の氷の矢が放たれた。それが砕け散り、キラキラと輝きながら舞う氷の欠片の量が多い。視界を塞ぐという本来の役割を氷の矢ではなく、氷の欠片がこなしてしまっていた。
ヤラハクは鬱陶しいそうにその氷を左腕で薙ぎ払う。氷はあっけなく吹き飛ばされて、ヤラハクの視界を塞ぐものはなくなった。
しかし、薙ぎ払ったことで左腕が後ろの方向に向いたことでヤラハクの左側ががら空きになった。そこに向かってリアは全力疾走で走る。一瞬だと思わす速さで近づき、がら空きになった左の胴体にリアの爪で思いっ切り引っ掻く。
さらに、左腕に噛みついて腕を喰いちぎろうとしたが、意外にも硬く噛み千切ることができなかった。
『きゃっ!?』
リアが着地したとき、ヤラハクの尻尾によってリアが横に吹き飛ばされて壁に衝突した。ヤラハクの尻尾がリアに当たったのは引っ掻かれた痛みに悶えたヤラハクが偶然尻尾を振ったに過ぎない。しかし、その一撃はなかなかに重いもので、少し間に合わなかったが咄嗟に横に跳んでなければ骨の何本かは確実に折れていただろう。
ヤラハクは壁に衝突したリアの方をギロリと睨みながら向く。そして、右腕を振り下して、再び斬撃を繰り出した。
リアはすぐに体勢を直し、斬撃を軽く右に避ける。しかし、避けてすぐヤラハクの方を見るとすでに新たな斬撃がリアの方に繰り出されていた。
よく見ると、斬撃は2つだけではなく、扇状に幾つも繰り出されていた。避けた斬撃はまだリアにまで到達していないので必然的にすべての斬撃を右に避けるしかなくなった。避けた先に行きついたのはボス部屋の入り口とも言える扉だった。
ここに入る時、目の前に在った魔方陣を気にしていて後ろの扉を見ることがなかった――そもそも暗くて後ろを見たところで何があるのか判らなかっただろうけど――が、今見てみると扉に大きな魔方陣が描かれている。おそらく――というか確実に――ヤラハクはここから出てきたのだろう。
だから何だと訊かれれば、特に意味はないのだが、リアが扉の近くに寄ったので何となく書くことにした。
斬撃が来なくなったが、リアはその場から動けずにいた。このヤラハクに魔法が通用しないので攻撃手段が爪しかないのだが、攻撃するにはヤラハクに近づかなければならない。さっきは大きな隙ができたから攻撃できたのであって、同じ手が二度も通用するとは到底思えない。ヤラハクにも知能があれば、きっと同じことをすれば警戒されるからだ。だから、どうしても後手に回ってしまう。
ヤラハクも唸り声を上げながら、リアの方を見て動かない。それはまるでリアの動向を伺っているようにも見える。
リアは何時間もヤラハクと向き合っているような感覚になっていた。それがあたかもずっと続くようなそんな感覚。しかし、先に動いたのはやはりというかヤラハクであった。右腕を振り下して斬撃をリアに向かって繰り出した。しかもそれはさっきまでの斬撃と比べ物にならないほど巨大だった。
だが、リアは冷静にそれを避けようとすると、リアの耳にイザナの声が響いてきた。
「―――【天より堕ちろ】」
リアは斬撃を避けた後、ヤラハクの方を見る。そこにはヤラハクの背中に殴っているようにも見えるポーズで触れているイザナの姿が目に入った。どうやら、[嫉妬]のスキルを発動する詠唱を唱えたみたいだ。
『―――は?』
リアが驚いたのはその後のイザナの動きである。ヤラハクから手を離した後、浮きながら横に平行移動したのだ。リアの記憶ではイザナにそんな力はなかったはずである。もし浮けるなら、イザナがそれをリアに自慢しない訳がない。だが、よく見るとイザナの足下に黄玉の円盤があり、そこにイザナが乗っていた。
イザナは<無知の智>の力を本来使わないであろう使い方で浮いているのだ。しかも、これはイザナにしか乗ることができない。イザナ以外が乗れば魔法が自動発動して、その人間を攻撃するからだ。イザナはこの浮いている玉を見て、これで移動できないかと考えた。そして、その考えは上手くいったのだ。失敗する可能性があるとすれば、イザナが乗ってもその玉が浮いていられるかという点だけだったが、乗ってみたら普通に乗れた。操縦自体は玉が一つだけだったので簡単である。さすがにすべての玉を一つずつ違う方向に動かすことはイザナにはできない。それは8人プレイのゲームでゲームキャラのすべてを独りで動かしているようなものだ。どこのボッチだと言いたくなるが、そもそも一人でそれをするのは物理的にも認識的にも不可能である。だから、イザナはすべての玉を動かすのならいつも同じ方向にしか玉を動かしていない。どこにあるのかは一応把握できるが、バラバラに動かしたら全部の細かい動きの把握ができなくなる。今回はイザナが乗っているのが一つだけだったのとイザナが直に触れているので操縦は楽である。むしろ今まで以上にピッタリと止まるような細かい動きまでできる。
故にヤラハクはリアからイザナに標的を変えて斬撃を繰り出してくるが、それを簡単に避けることができた。そして、そのできた隙をリアが見逃すはずがなく、ヤラハクの体に傷を付けていく。例えそれが大したダメージにならなくても何度も傷つける。
そして、イザナが[嫉妬]のスキルを発動してから10秒が経とうとしていた。イザナはこのスキルが発動しているかどうか何となく感覚で判るのが相手のステースが半減したときなのだ。だから、こいつにスキルが通用するかどうかがようやく判るという訳だ。
そして、10秒が経った。
「―――!?」
『どうだったの!?』
「………ダメだ。コイツ、スキルも効かない!!」
『そ、そんな!? どうやってこいつを斃せばいいのよ!?
イザナとリアは今隣りにいる。そして、ツキはさっきの10秒間の間に危なっかしかったので、ヤラハクがリアの方に意識が向いたときにイザナが回収しておいた。なので、今はイザナの肩の上にいる。そして、イザナに回復魔法をかけ続けている。
「それが解らないから、困ってんだが。………だが、一つ解ったことがある」
『何よ!?』
「さっきからあいつ右手からしか斬撃を出してない」
『――えっ』
そういえばとリアはさっきの戦闘を思い出すと斬撃を繰り出すとき必ず右腕を振り下していた。
「それに、必ず斬撃の威力にもよるが、連続して8回斬撃を繰り出した後、時間を置かないと斬撃を使用できないみたいだ」
『もしかして………』
さらにリアは扉の近くにいた時ヤラハクと向かい合ったのを思い出す。あれはもしかするとそういうことだったのだろう。確かにリアがヤラハクに初めて傷を付ける前に1回、その後、右に4回避けた。その斬撃は扇状だったので正確には左側にも斬撃があったのだ。それを合わせれば、合計で8回斬撃を繰り出したことになる。
あれはリアの動向を伺っていたのではなくて、斬撃が使えるまで待っていたのだ。
「だから、あの右腕が無くなればあいつを弱くすることはできるだろう」
イザナが言い切ったところでヤラハクが動き出した。今度は斬撃ではなく突進してくる。突進というよりは跳びかかってくると言った方がしっくりくるが、どちらにしろヤラハクはイザナたちの方へ襲ってきたのは間違いない。
イザナはそれを避けようとしたが、リアは逆にヤラハクの方に突っ込んでいた。それを見たイザナはツキに向かって銀玉を触れさせる。その瞬間、銀玉から発せられた閃光がヤラハクの眼に突き刺さる。リアにとっても後ろからだったが、途轍もない光で一瞬目の前が白くなるほどだった。それを真正面から受けたヤラハクの被害は悲惨なモノだろう。
しかし、それによってヤラハクの動きは止まった。これはツキに感謝しなければならないだろう。ツキがイザナの肩にいたからこそあの光を作り出すことができたのだから。
リアはヤラハクの肩に近いところにある右腕に噛みつき、喰いちぎろうとする。だが、左腕の時同様一回で喰いちぎれる物ではない。だから、リアは腕を回して捻り千切ろうとする。これならば、喰いちぎるよりも腕を切断できる可能性が高い。そして、リアは渾身の力を込めて、引き千切る。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ヤラハクは右肩から血を噴きながら、喚き叫ぶ。
――――――――が。
「―――マジかよ」
右肩から何か出てきたかと思うとそれがすぐに膨らみ右腕に早変わりした。腕が再生したのだった。
書いたら一万文字を超えてしまいました。
なので半分ずつに分けて続けて投稿したいと思います。