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九つの極罪  作者: 阿志乃トモ
第一章 クシャトリア大迷宮編
18/33

第十八話 想いを見つめて

前話を加筆しました(今話と同日に)。

この話を読む前にそちらをお読みください。

 リアはボス部屋の前にいた時はやる気や希望に満ち溢れていた。護りたい存在に何より隣にイザナがいた。


 イザナが扉を開けると、一緒にその中に入った。どんな敵が現れようとも大丈夫、イザナが何とかしてくれると心のどこかで想っていた。


 中に入ると一面暗闇であった。それ自体は別に何の問題もない。リアの耳と鼻、ツキの魔力感知で周囲を警戒していれば良いのだから。


 ずっと周囲を警戒しているのは神経が磨り減るし、何より疲れる。だが、いつ敵が現れるか判らないので警戒を怠ることはできない。


 ツキが魔力を感じたと言った。それを聞いたリアはさらに警戒を高めた。おそらく目の前の魔方陣から現れる可能性が高いが、それがフェイクなら頼りになるのはリアの耳と鼻になるのだから。


 リアは徐々に光り出す魔方陣を見て、目を瞑り神経を耳と鼻に集中させた。これからどこに敵がいても良いように。それは逆に良かったのかもしれない。どのみち目を瞑ることになるのだから、眩しくて目を瞑るより周りに余裕を持つことができる。一瞬だがそれは目の方に意識が向いてしまうと言うことだ。その一瞬が命取りになることだってある。


 リアが目を閉じたのは偶然だが、それは幸運だったとしか言いようがない。なぜならその光が一番強くなったときにイザナたちが入ってきた扉からソイツは現れたのだから。


 ソイツは静かに背後にいた。おそらく扉に魔方陣があってそこから出現したのだろうけど、音は全くって言っていいほどしなかった。それはリアの聴力を以ってしてもだ。リアが気付けたのは匂いである。


 最初は気のせいかなと思うほどかすかなモノだったが、なぜか光が止んだあとははっきりと解かるほどその匂いが強くなっていた。さらに何か身体を動かす音が聞こえたのでリアはイザナとツキに向かって叫んだ。


『――――ッ!? 気を付けてうしろよ!!』


 リアはそのまま前に走り出してが、ブンという音と共にリアの身体に衝撃が走り、吹き飛ばされた。それはイザナとツキも同じだったらしく一緒に吹き飛ばされていた。


 リアは襲ってきたソイツを斃そうと体勢を整えて、ソイツを一瞥する。見た瞬間、全身に衝撃が走る。そこには目の前に忘れ去ろうとしていたあの悪魔がいた。


 足が震えだす。身体が動かない。何よりあの時の光景を思い出す。


 そう、自分のせいで母親が死んでしまった光景を――――。


 リアはヤラハクではなくリリーシャが目の前にいるような気がした。そして、自分を責めたてるのだ。



 ――わたくしが死んでしまったのはあなたのせいよっ!!



 本来聞こえるはずもない声。しかし、リアの耳には何度も何度も何度も同じ言葉をリリーシャが言ってくる。


 だから、その母に向かってリアは何度でも繰り返す。


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――――』


 ずっと、何度でも繰り返す。


 意味がないことぐらい理解しているが、それでもやめてしまえば自分が責められる。だから、繰り返す。意味のない言葉を。


 リア自身どのくらい謝り続けたのか解らない。イザナやツキの声が聞こえたような気がしなくもないが、リアの耳には届くことはなかった。


 今のリアにはリリーシャの姿しか見えていない。リリーシャがそこにいることに疑問など微塵も感じていないほどだ。今自分がどういう体勢なのか、立っているのか座っているのか、あまつさえ目が開いているかどうかさえ解っていない。


 だがその懺悔も長くは続かなかった。


 突然身体が吹き飛ばされたのだ。それは縦ではなく横に倒れた竜巻だった。その威力は強く、普通の一般人ならその竜巻に呑み込まれてありえない方向に身体中が曲がっていたことだろう。


 イザナの<無知の智(ディクタソクラテス)>の自動発動は魔耐が1000以上の相手には大したダメージを与えることはできない。玉の色にもよるが赤玉でせいぜい軽い火傷をした程度で済む。そんなものは回復魔法で一瞬にして治すことができる。


 リアもレベルが上がったおかげで<無知の智(ディクタソクラテス)>の自動発動なら大怪我を負うことはない。それでも竜巻の中は相当の破壊力があり、リアが悲鳴を上げたほどである。あの時のリアの状態では下手をするとあともう少しで身体中の骨が砕けていたかもしれない。


 だが、そのおかげでリアの視界にリリーシャの姿が見えなくなっていた。


『リア姉ちゃん、大丈夫!?』


 近くからツキの声が聞こえてくる。この時ようやく届かなかった声がリアに届いたのだ。


『………ツ、ツキ?』

『―――ッ!? リアお姉ちゃん正気に戻ったの!?』


 リアの身体は少し痛むが怪我を負った感じではない。何よりも痛むのは頭と心だ。


『ワタシは………、』


 今まで何をしていたのか思い出そうとする。だが、思い出すまでもなく顔を上げると奴の姿をとらえることができた。


 ――ああ、そうだ。


 リアは鮮明にさっきまでのことを思い出した。あのヤラハクの姿を見た瞬間にその姿がリリーシャに変わり、自分を責めたててきた。リアが知っている中で今までリリーシャがリアに対して怒ったことなど一度も無い。いつも何をしても微笑んでいた。リリーシャが怒るのは決まってリアを傷つけようとした連中だけだった。そんな母がリアに向かって憎しみを込めて怒鳴るのだ。それはリアにとって何よりも恐ろしいことだった。


『お兄ちゃん!!?』


 ヤラハクを見ていたリアはツキの一言でイザナのことを思い出した。しかもいつの間にかリアの傍にツキがいなくなっている。


 ツキが走る方向に目を向けるとそこには血まみれのイザナが立っていた。立っているというより壁に寄りかかっているとも見えなくもない。しかし、その状態はイザナがまだ動けると言われてもとても信じることができそうにないほどだ。


 リアは知っている。イザナには自動修復できるスキルを持っていることを。だからこそ、疑問を持つ。どうして、それを使わないのかと。どうして、ツキに回復魔法をかけて貰っているのかと。


 何でイザナが怪我を負っているのかと――――。


 そして、すぐに答えに辿り付く。自分を庇ったせいでイザナがあんな怪我を負ってしまったのだと。また自分のせいで大切な人が傷ついている。また、自分のせいで大切な存在がてのひらから零れ落ちていく。


 ―――そんなのイヤだ!!


 もう失いたくない。これ以上自分の目の前で自分のせいで誰かがいなくなることが許せない。


 ヤラハクがこっち――イザナの方――に向かって来るのが見えた。そして、イザナに止めを刺そうとしているのだと解る。


 またコイツに大切なモノを奪われるのが我慢ならなかった。だから、自分の魔法で最も強い魔法を発動する。何よりも憎い略奪者に――――。


『………っ! 【我は刻む。汝の理を破り、汝の生命(いのち)を奪い、汝の運命(さだめ)を崩す。汝、永久なる(とき)をここにて知れ】っっ!!!』


 氷魔法【ハドマ】がヤラハクに向かって解き放たれた。それにより、ヤラハクの体は一瞬にして氷に覆われ、その氷の中はヤラハクの血が木の枝のように散乱し、その中でヤラハクは息絶えて――――――――――はなかった。


 —―ピキ、ピキピキピキ………パッキィィイイイイイッ―――ン!!!


「グギャアァァアアアアアアアアアッ――――!!」


 逆に氷の棺が木端微塵に破壊されてしまった。リアにとってそれはあり得ないことだった。この魔法がまるで効いていないなんてことがあるはずがない。ヤラハクにこんな芸当できるはずがない。聞いたこともない。まるでこれはイザナのような――――。


(―――イザナのような?)


 リアはイザナの虹色の玉を思い出した。


 お忘れかも知れないが、このダンジョンの50階層以上のボスは普通の魔物とは違う。その魔物が本来持っていないはずの特異な能力が備わっているのだ。それが幾つかは判らないが兎に角、最低一つは魔物版のユニークスキルと言うべき力を保持しているのだ。


 今までは――前に戦ったボスは1体だけだが――そんな力お構いなくイザナが瞬殺していた。だから、知らないのだ。ボスが普通の魔物とは違うと。言うなれば、亜種のようなものかもしれない。さらに、今回は知っての通りヤラハクのレベルが1であるため瞬殺なんてできるはずがない。


 だから、リアの渾身の魔法はヤラハクに破られた。


 それにリアはこれ以上の魔法を知らない。リリーシャは知っていたようだがまだ未熟だからと教えてはくれなった。つまり、リアの最強の矛が砕け散ってしまったのだ。


 何をしても勝てっこない。イザナも戦えないこの状況ではまた理不尽に奪われて、今度は何もかもを失うんだ。リアの心を暗くて黒くて薄い何かが渦巻く。


 身体が動かない。恐怖からではない。喪失からくる怠惰に他ならない。何をしても何も変わらないと諦めて、自ら光を閉ざして立ち止まってしまったのだ。


 死ぬことに恐怖はない。あるのは母に会える喜びだけだ。人生に後悔はある。後悔だらけだ。それでも―――――。


「ようやく元に戻ったか………」

『―――!? イ、イザナ?』


 リアはそこでもう一度イザナの方を向いた。イザナはツキに今もなお回復魔法をかけてもらっている。だが、受けた傷が深いのか少し動くたびに痛みに顔をしかめている。その傷を治すのにどれ程の時間が掛かるのか判らない。


 リアはそれを見て、忘れかけていた罪悪感が再び吹き返すのが感じられた。


『そ、その傷は――――?』


 罪悪感から逃れるために、意味のない質問をする。もしかしたら自分が思っていたのとは違うかもしれない。なけなしの希望にすがろうとする。


「お前のせいで負った傷だ」

『―――――ッ!?』


 だが、イザナはあっけなくそれを壊す。価値のない芸術作品を地面に思いっ切り叩きつけるように。


『ワ、ワタシ―――』

「お前はツキに出会って何を教わった?」

『―――え?』

「そして、思い出せ。――はぁ、はぁ、リリーシャは最後、お前に何て言っていた?」


 突然の弱弱しいイザナの言葉。リアは最初何を言われたのか解らなかった。今が戦いのさなかだというのに何を伝えようとしているのか。一回リアを地獄に叩きつけておきながら。


 解っている。イザナが何を伝えようとしているのかは無意識に知っている。それは一度リアが顔を背けたもの。


(ツキに教わったこと? おかあさんがワタシに残した言葉?)


 無意識だからこそ、()()には伝わっていない。しかし、リアは知っている。イザナが今までどんなに辛く厳しいことを言っていてもそれがリアを成長させるために必要だから言っているのだと。


 だから考える。イザナが何を言いたいのか。そして、思い出す。母が最後に言っていた言葉を――――。


『ふふふ、あぁ、あなたを産んで良かった。………リア? ――――わたくしに楽しい一時を与えてくれて、本当に、ありが―――』


 最後まで言い切ることなく逝ってしまった母の言葉。けど、最後までその顔は微笑んでいた。そして、ずっとリアの方を見続けていた。言葉を言い切る最後まで。


 リアはツキに出会って、ツキを守ろうとして、ツキと運命を一緒にしようとした。結局のところ、自分はしっかりできたかは知らない。ツキが笑ってくれればそれで好いと想っている。


『……………。』


 イザナが伝えようとしていたこととリアがたどり着いた解は違うかもしれない。だが、イザナにとってそんなものはどうでも良かった。リアが自分なりに考え、自分の答えを出したのであればそれで良かった。




 ――――そして、誰もが予想していなかったことが起きた。




 イザナの荷物が発光しているのだ。それも溢れんばかりの輝きを発している。そして、そこから確かにメロディーが流れている。歌詞はないが、確かにそこにいる全員の耳に届くほどの音量で鳴り響いている。


 最初に異変を感じたのはツキである。別に魔力を感じたわけではない。イザナの荷物が少しばかり光って見えていた。最初は気のせいかなと思ったが、その光は徐々に強くなった。その光はバックの中に入っていた何かが光っているだけだったが、強くなるにつれその光はバックが発しているかのごとく光っているのだ。さらに、それにつられるようにメロディーの音も大きくなっていった。もちろん誰も何もしていない。


 その光の発光源はあの白い本だ。なぜかイザナはそれが理解できた。もともと何のための本かも判っていない。それが光を出してメロディーを奏でている。


 そのメロディーを聴いたときイザナはなんだか懐かしいような気がした。なぜかは解らない。なにせ聞いたこともないはずのそのメロディー。しかし、どこか懐かしい。そんな風に思わせる音楽だった。どうやらツキもイザナと同じようで、イザナに回復魔法をかけながら懐かしんでいる。さらに、ヤラハクまでもが動きを止めてメロディーに聴きに入っている。


『この、曲………』


 だが、リアだけはこの曲を知っている。懐かしいとかの次元ではなく、聴いたことがあって知っている。何しろ、リアがまだ幼いころリリーシャが子守歌にして歌っていたのだから。


 リアは自然とメロディーに乗せてその歌を口ずさむ。


『――世界をつづれ、世界をうたえ、白銀に染まる世界を讃えよ。神々さえおそれる美しき箱庭を全てに魅せよ。謳え、奏でよ―――――』


 それはメロディーと噛み合っていない歌詞であった。これを子守歌にするのはどうかなと思う。まるで元々あったメロディーに無理矢理加えたような歌詞。


 それはリリーシャとの大切な思い出。リアは何かを噛み締めるように紡ぐ。


 ――――届けと。


 イザナとツキはそんなリアを見つめて嬉しそうに笑う。そして、イザナはリアの声がリリーシャに届くことを祈って。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!」



 無粋にもその場をヤラハクがぶち壊す。


 3人はハッとなってヤラハクの方を向く。そこにはなぜか赤く変色したヤラハクがいた。元々茶色っぽい肌が血のように赤く濁っている。何が起こったのかこの場にいる全員が理解できていない。ただ、さっきよりもヤバくなった気がするのはイザナだけだろうか。


 ツキが回復魔法をかけてくれたとは言え、まだ痛む身体をなんとか動かしてイザナはヤラハクと向き合う。それはリアも一緒だ。ただ、ツキだけは巻き込まれないように隅っこに隠れに行く。


 イザナはヤラハクの方を見ながらリアに静かに問う。


「いけそうか?」

『―――もう、大丈夫』


 その声にはしっかりとしたリアの意志のようなものを感じさせた。


本当は3月1日に投稿しようと思っていたけど、なかなか筆が進まず、気づけば3日に―――。


次回バトル回です。ボスなのにやっとまともなバトルが始まる。

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