第十六話 ブック、ブック、ブック
すいません。
少し忙しくて更新が遅れてしまいました。
一応息子なので死体となったスカイドラゴンをあの老人のところまで運ぼうと考えたが、あまりにも重くて運ぶことは叶わなかった。ツキは論外だが、リアもまだ満足に動ける体ではない。
リアは回復魔法で元気そうにはなったが、それはまだ完治した訳ではない。傷は見当たらないが折れた足はまだ折れたままだ。あの老人のところで少しの間、リアの怪我の治療に専念しようという腹つもりだ。なにせ、こっちは老人の依頼を受けたのだ。それぐらいの報酬があっても良いだろう。それにあの老人も自分の息子がリアに怪我を負わせたのだから嫌とは言うまい。
なので、イザナ一人では運ぶこともできない。しかも[怠惰]のスキルが発動しないのだ。これではいくらなんでもイザナにもスカイドラゴンをピクリとも動かすことができない。そこで一旦リアたちと老人のところまで行って、その場でリアの治療の場所を提供してもらった後、老人とイザナは斑模様のスカイドラゴンに老人を案内することになった。
老人は死体となった自分の息子の頭を撫でながら、目を瞑っている。
何か語り合っているのだろうか。どことなく老人の顔が悲痛なものではなく穏やかなものである。
老人がスカイドラゴンから手を離すと今度は老人が竜の姿となって自分の息子を運び始めた。イザナは手伝うことなく黙ってその姿を見続けた。
そして、竜の墓と―――イザナが勝手に―――呼んでいる今まで死んでいったスカイドラゴンを葬っている場所にそのスカイドラゴンを眠らせた。
イザナたちは老人が白い本を探していたあの部屋の中にいる。もちろん、リアの治療を専念するという名目の下この部屋でイザナがくつろぎたいからだ。本を片手に老人が淹れてくれたコーヒーを飲みながらリアの完治を待っている。イザナが淹れたときよりもなぜか数倍もおいしかった。イザナとしてはなんだか悔しい気持ちになったが、まあ、これだけおいしいコーヒーを淹れたんだから良しとしようと負け惜しみをした。
ここに少しいるという話をしたとき、リアはすぐに次の階層に行こうと言ったがイザナがこのままでは足手まといだと言ってその提案を拒否した。何よりも自分たちの旅は急いでいる訳でもないのだから、たまには休息も必要だろう。それを口実に一番の理由としてはここにある本を読んでみたいというのが本音だ。老人の話ではダンジョンができる前から在った本しかここには無いとのことだ。まあ、ダンジョンから地上に出ることがまずない。と言うことは、2000年以上前の本がここにはたくさんあると言うことだ。この世界に来てから、この世界に関する資料や物語なんかもたまには読んだ。イザナは無類の本好きではないが、本を読むこと自体は嫌いではない。本は何よりも暇つぶしになったのだから。だが、それは物語などの話である。イザナは知ることが何よりの好物である。だから、物語が書かれた本よりも歴史の資料と言った部類の本の方が好きだ。なので、もちろん古代遺跡などにも大変興味がある。さらには宗教や神話における書物も読破している。最近では宇宙物理学の本にも手を出していた。しかし、理解が全くと言っていいほどできずに、その基礎となりそうな物理系の本もすべて読んだ。
今この世界で2000年前というとおよそ紀元ちょうどだ。その頃の書物が綺麗に残っているだろうか。中には残っているだろうが、その多くは紛失してしまったに違いない。その頃の日本は弥生時代である。まず、文字が存在していないので書物を残すことはできないだろうが、中国は新か後漢あたりの時代である。それよりも古い書物が存在するが、それが本当に間違いなく本物なのだと確かめる術がないので、偽物を本物だと言われてしまえばそれまでだ。しかし、この老人お部屋にあるのは2000年以上もここにおいてあると断言できるものだ。この老人はおそらく主の言いつけを守ってずっとこの階層で生活していただろうから、本が持ち込まれたのは招かれた時だけとなる。つまり、ここにあるすべての本に歴史的価値があると言うことだ。しかも、一部欠けていると言うこともない、まさに完璧な資料に他ならない。それが例え、子供に見せる絵本だとしてもだ。
こんなにも長々と書いたが何が言いたいのかというと、イザナはここにある本をすべて読みたいのだ。
ここに来た時は老人との会話が楽しくて本を読むことを失念していたが、ここに戻ってきた時にこの本の価値に気付いて老人に頼み込んだ。
なので、リアの治療がてら読書に耽っている。ここにある本は老人の趣味なのか、それともこの老人の主の物だったのかは判らないが、中には面白い本がいくつかあった。そのうちの4冊を紹介しよう。
まず、料理本だ。正確に言うにはそれは料理の本ではなく調理の本である。この世界に存在する植物や魔物を美味しく食べるための調理方法が書かれた本であった。
魔物には言うまでもなく様々なタイプが存在している。全身が猛毒で出来ていると言っても過言ではないような肉体を持つ生物や身体が水や火で出来ている生物――フェニックスような魔物と言えば伝わるだろうか。フェニックスも少し違うような気もするがそこは置いといて欲しい――にそれこそツキのようなラフラビは弱いがその代り不味い魔物だったり、植物で言えば触れただけで枯れ果てるモノやその木になっている実を食べようとする生物が近づくと実が種になるのではなく、花に逆戻りし、最後には蕾にまで戻ってしまう木など様々なモノがある。
それを美味しく食べることができるように調理するための手順や方法が事細かに書かれているのがこの本である。つまり、ツキの種族であるラフラビが不味いと言われていることからこの本に書かれている多くの調理方法はすでに消失し、おそらくこの本にしか書かれていないだろうと言うことが解る。調理方法が残っていたとしても伝聞や伝承がほとんどになるだろう。たとえ文献が在ったとしてもこの本ほど詳しく膨大な情報は載っていないと言ってもいいかもしれない。
2冊目は異常環境分布図である。これは何かというと文字通りこの世界の地図に異常地帯がある場所が書かれた本だ。今から2000年以上前の本だから今も同じような状態かどうかは怪しいがそれでも読んでいて興味をそそられるモノだった。この本の中には、重力場が反対向きに働いている場所やマグマと炎だけでできている山に透明というより全く水が見えずに空中に魚が泳いでいるように見える湖に空気中の酸素量が90%以上を占める森、さらには雲の上にある大陸のことなどイザナが一度は行ってみたい場所が沢山書かれていた。この本は完全にイザナの興味を刺激する趣味丸出しの本である。
3冊目はイザナとエルミナの本だった。イザナと言っても大昔にいたとされる方のイザナである。今のイザナが自分自身について書かれている本を読んでいるならそれはナルシストが入っているだろう。
以前、アクラス団長が話してくれたお話に少し似ていたが、少し違う処があるとすればここに書かれているエルミナが〈偽りの聖女〉となっていることだろう。それに、9人の様々な種族を連れていたとあるがここでは8人となっている。加えて、〈遅すぎた英雄〉との戦闘も描かれている。その戦闘ではイザナが勝利し、それ以降、〈遅すぎた英雄〉がイザナと共に行動しているのだ。もしかしたら、最後の9人目が彼なのかもしれない、とイザナは推測した。この本には魔族との戦争のことも書かれている。だが、そこにはアクラス団長が話してくれたのと同じようにイザナは出てきていない。〈遅すぎた英雄〉が一人で勝利したとなっている。
イザナとエルミナの本と書いたが、この本にはイザナと〈偽りの聖女〉が多く登場しており、エルミナが登場するのは子供を産んだこととその子供が国を創った件のところのほんの数行だけである。
この本が2000年以上前のものだが、イザナとエルミナも2000以上前の人間だ。この本の信憑性はイザナがアクラス団長から聞いた話よりは高いだろう。そもそもからして、この本は一体誰が書いたモノなんだろうか。どこを見ても著者名が全くない。それにこの本のタイトルは『この本を読む人へ』だ。このタイトルに逆に興味が惹かれて手に取ってみたのだが、イザナとエルミナのことを書いた本だとは思わなかった。
老人にこの本のことを訊いても曖昧で良く憶えてないと言われた。それが本当かどうかはかなり怪しいところだが。
そして、最後の4冊目は勇者召喚をまとめた本である。勇者のことではなく勇者を召喚するための魔方陣のことがこの本では考察されていた。この本によれば勇者を召喚するためには人などの生贄は必要なく、必要なのは召喚される勇者と縁のある媒介である。その媒介が何かは問われない。石だったり花だったり、最悪人でもいい。別に生物を媒介としたところでその生き物が死ぬわけではない。一度召喚された勇者を媒介に使えば、それに親しい友人や兄弟、両親など勇者と縁のある者が召喚される。誰が召喚されるかは判らない。ただ1人が基本的に召喚されるらしい。もし、他に誰かがいればそれは巻き込まれと言っていい。召喚――否、巻き込まれる規模と敢えて言おう。それは魔方陣に籠める魔力の量で決まる。勇者一人召喚するならおよそ10人の魔法使いが必要だとされる。イザナたちの規模なら国中の人間が魔力を提供しなければまず不可能だろう。つまり、今回の召喚で使われた魔石には相当の魔力が蓄積されていたのだ。バルハット国王がこのことを知っていた可能性は高い。でなければ、勇者を召喚するだけならそれほどの魔石を使うはずがないからだ。
この世界で魔石は貴重なものだ。それこそ一つの魔石を手に入れるためだけに戦争まで起こったほどだ。それをたかが一人を召喚するために使うだろうか? 答えは否である。なぜかは知らないが、勇者でなくても召喚された人間は最初からスペックが高い。それは加奈子たちを見れば解ることだろう。だからこそ、国王の目的が魔王の討伐ではなく、軍事力の強化にあると言えるのだ。もちろん魔王を本気で討伐するために召喚したのかもしれないが、それならすでに違う国が勇者を召喚してしまっている。そして、大規模な人間を召喚したことは近隣諸国には軍事力の増強に映った。さらに、バルハット王国の国王は人間主義の人物だ。
人間主義とは亜人種は人間が管理するべき種族であるという考えだ。王都から離れた辺境の地なら他の種族も住んでいるところはあるが、それは特殊だと言わざるを得ない。王都には獣人などの他の種族の姿は見えない。それは奴隷の姿すらないと言うことなのだ。王都の人間からしてみれば獣人は獣と同じなのだ。汚らわしい獣が近くにいるのが耐えられないのだ。それは王都だけであり、王都と隣国の中間に位置する大きな町では王都ほどの嫌悪はないが奴隷として扱われている。この国で奴隷でない他種族が町の中を歩いていると言うことはまずない。
このことから近隣諸国の王たちはバルハット王国が近いうちにどこかの亜人国と戦争をするつもりだと睨んでいる。
話がだんだんとそれてきたので戻そう。この勇者召喚の本には面白いことが書かれていた。それは勇者として召喚された人間は異世界の人間ではなく、この星に生まれた遥か過去か未来の人間ではないのかという考えである。確かに今の自分でも古代人がどんな生活をしていたのかはよく知らない。歴史の授業なので習ったことはあるがそれは体験していたわけではない。未来のことならなおさらだ。
だが、それはイザナのステータスプレートで否定されるような考えである。イザナのステータスプレートにはしっかりと〈異世界人〉の称号が書かれている。この称号が召喚魔法によって呼ばれた人間のことを指すだけであったなら、実際に異世界から来たという確証はどこにもないので何とも言えないが。
しかし、この説を信じるのならばこの魔法は召喚魔法ではなく、時空間を操る類いの魔法と言うことになる。猫型タヌキも納得のタイムスリップだと言っても良い。
それだとこの世界がイザナたちのいた世界と同じだと言うことになる。このファンタジー世界が地球だということにもなる。一体、イザナたちがいた時からどれ程経ったのかは知らないが、その間に何が起きたのか更なる謎が深まるばかりである。まあ、この説が正しかったらの場合なのだが。イザナとしては面白い考えだが、信じろと言われれば難しいだろう。それなら、本当にここが異世界だと言われた方がしっくりくる。
◯◎◎◯
イザナたちは2週間ほど老人の世話になった。ツキの回復魔法で意外にも早くリアの足は完治した。本当は数日で治ったのだが、さらに1週間様子を見てから次の階層に行こうと言うことになったのだが、2週間もかかったのはリアではなくイザナの方だ。もちろん本である。
ここにある本を全て読破したあと、いくつかの本を貰っていいかと老人に頼んだところ老人は本を読まないらしく、快く譲ってくれた。どうやらこの本は老人の主の物だったらしいが、主はもういらないから欲しいって奴が現れたらあげて良いよと言っていたらしい。イザナは調理本と異常環境分布図の2冊をもらい受けた。
ツキもイザナとリアと一緒に行くみたいだったが、イザナは何も言わなかった。そして、リアは一緒に行くのが当たり前みたいな感じだった。イザナもそれを見て、まあ良いだろうとなっていたのだ。リアとツキはよく二人で一緒にいる。
ツキの両親の墓を二人に頼まれてイザナが作ったが毎日のように2人はそこに墓参りしていた。
イザナが荷物――貰った本――をまとめていると老人が話しかけて来た。
「もう行くのか」
「ああ、色々世話になった。それに本まで貰っちゃって」
「それは別によい。それにしても淋しくなるのう」
「何言ってんだ? じいさん。気持ち悪いぞ」
「お主ではないわ! リアとツキのことじゃ!!」
なぜかあの2人に孫可愛がりをしていた。
「何じゃい。死ぬではないぞ。まあ、お主たちならあと4層など簡単に突破してしまいそうなものだがな」
「え? あと4階層しかないの?」
「そうじゃよ。ここを含めてあと4階層じゃ。まあ、ここは今までの環境に比べるといささか生ぬるいかもしれないが―――」
「いや、俺氷の世界から上がどんな環境か知らないんだけど」
「なに? ――ふーむ。知らんのか」
「あんたは知ってんだろ? なら最後に教えてくれない?」
「まあ、よいだろう。極寒地帯の前は灼熱地帯―――要は暑すぎる場所じゃ。さらにその前が砂漠だけしかない階層が5階層続いて―――」
老人は自分が知っていることを教師が生徒に教えるように話してくれた。その話を聞いてイザナはちょっと上の階層に行ってみたい気持ちがかなり膨らんでいた。しかし、リアとツキがジト目でイザナの方を見ていることに気付いて、咳払いした。
そして、全員が準部ができたのでとうとう旅立つときが来た。
『またね~! おじいちゃん』
『お世話になりました』
「じゃあ、行くわ」
ツキ、リア、イザナの順で老人にお別れの挨拶をした。
「うむ。お主らも達者でな」
老人はイザナたちの姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
「………。行っちゃいましたね。これから淋しくなります」
部屋の中から1人の女性が姿を現す。彼女は人の姿だが老人の奥さんであり、種族はスカイドラゴンである。そして、老人と2000年以上もの間連れ添った大切なパートナーである。だが、イザナたちの前には決してその姿を見せなかった。
「何を言っておるんじゃ。今まで姿も見せんで」
「だって、姿を見たら歓喜極まって抱き付いちゃいそうで……」
「まあ、我も喜び余り抱き付てしまいそうになってしまったが」
「男同士でそれはちょっと……」
「そういう意味ではない!!」
「ふふふ、解ってますよ。それは私とだけですものね」
「………はあ。まあ、よい。それよりここを出る準備を子供たちさせよ」
「それならすでにさせてますよ」
「準備が早いのう」
「ええ、だって彼らがここまで来たと言うことはとうとうこのダンジョンがクリアされると言うことですものね。クリアされたダンジョンは機能を失って暮らせるような場所ではなくなってしまいますもの」
「そうじゃな………。2000年も待って、ようやくこの時が来たのじゃ。―――もうすぐじゃ、あの約束の日まで………」
「ええ」
2人は見えなくなったイザナたちの方を見ながらいつまでもそこにいた。
あと少しで大迷宮編が終わるかも