第十三話 別たれた先に
かの有名なアンコール=ワットのような建物がそこにはあった。
忘れそうになるが、ここは外ではない。《クシャトリア大迷宮》というダンジョンの中である。ダンジョンは地上ではなく地下に進むようにできている。つまり、階層一つひとつにはある一定の空間しかないと言うことである。ある意味、階層は家の中の部屋に過ぎない。そこに巨大な建造物が存在しているのだ。部屋の中に家具やごみなどが多ければ、自分がいるスペースがなくなる。この階層の大きさを考えれば、部屋の中に一つぐらい机があっても困らないと同じように建物があっても許容できそうだが、問題はそこではなく、イザナにとって階層に建造物が存在しているとは夢にも思っていなかったことだ。
「おいおい、なんだよこれ………」
『お兄ちゃんが探してた場所でしょ?』
今までこんな風に建物の中に入り口はなかった。大抵、壁だったり地面に気付かれないように隠されたところに穴が空いていたりしていた。
この階層の入り口が建物の中だから幻術系の魔法が仕掛けられていたのかもしれない。普通、こんな目立つ建物に気付かないはずがない。そう考えると、イザナが歩き回っても見つけられないわけである。
「本当にここなのかよ……」
『あっ! ボクのことを疑うの!?』
疑うも何も信用をしてない。それに確かめるために呟いた言葉でもある。
『ボクが必死になって逃げたって話はしたよね。その時にね、地面が光ったと思ったら、さっきとは違う場所だと思って外に出でみたらこの建物があったんだよ。慌てて自分の匂いを辿って光った後にいた場所に戻ったんだけど、今度は何にも反応しなくてさ………』
ツキの話を信じるならば、本当にここが入口らしい。今までと違う趣だが、ここはダンジョンである。これに何か意味があるのだろう。
イザナはこの建物を眺めながら、感じていた違和感に思い至った。
(この建物、苔とか蔓があって古く見えるけど、まだ新築したばかりみたいだ。見たところどこも破損した気配はないし―――)
近くによってその建物の入り口付近の壁に直接触れてみる。念のため虹色の玉も当ててみた。
(コイツが触れても消えない……ということは幻とかではなく本当にそこに存在しているということか)
『何してんのよ。とっとと先に行くわよ』
リアの方を見るとすでにリアとツキは入り口の中に入っており、ツキはリアよりも奥に行ってしまっている。ツキが黒くてよく見えないがリアが匂いを辿っているので迷うことはなかった。
入り口から一直線に歩いていると、T字路が見えて来た。ツキの姿は見えないがリアによると、ここを左に曲がったらしく、イザナはリアの指示通りに左を歩いて行った。そこから、右、左、左、左………と曲がっていくと、大きな魔方陣がある少し空間が広い場所に出た。その魔法陣の中心にはツキがおり、どうやらここが目的地らしい。
イザナたちもその魔法陣の中に入ってみるが何も起きない。それ以外に何か仕掛けがあるのかと思ったが、この魔法陣以外何もない。
「何も起きないな―――。おい、ウサギ。本当にここなんだろうな」
『間違いなくここだよ。ボクがここに来たときの部屋だよ!』
ツキは嘘を付いている様子はない。そうなると怪しいのはさっきのT字路の右側である。そっちに行ったことはあるかとツキに訊くとあるわけないじゃんと生意気な答えが返ってきた。
イザナたちはさっきのT字路に戻ると、そのまま直進して右側の通路を歩く。左側とは逆方向の曲がり角があり、そこを何回か曲がると左側と同じような魔法陣が描かれている空間がそこにはあった。イザナたちは迷わずその魔法陣の中に入る。
しかし、何も起こらない。
「―――――何も起こらないな。そもそも魔法陣ってどうやって発動するんだ?」
『おかあさんから教わったけど、魔法陣って魔力を流し込んで発動するらしいわよ。けど、罠とかはすでに魔力が流れているから触れただけでも、発動するんだって』
『この魔法陣にはすでに魔力があるから、普通なら発動するはずなんだけどね』
「ウサギには魔力があるかどうか判るのか?」
『うん。魔力感知があるからね』
そういえば、幻術を見破ったのもコイツだったなと思い出す。イザナとしても魔力や気配感知など役に立ちそうなスキルを手に入れたいが、その前に不完全なユニークスキルの方を完全にしたいと思っている。あと[傲慢]と[暴食]の2つなのだが、如何せん発動条件が解らないのでいつか満たすことを祈っている。せめてこの《クシャトリア大迷宮》にいる間に解放したい。
「こっちでも発動しないとなると、何か条件があるのかもしれないな」
『条件?』
「今思いつくのは………。そうだな、魔方陣が2つ左右反対の場所にあるから、その両方の魔方陣に同時に誰かが居なければ発動しないとか」
『ボクがこっちに来たときはそんなことなかったよ?』
「それはきっとこっちから向こうに行くときだけの条件か、もしくは、お前の時は運よくその条件を満たしたんじゃないか? それにこれはただの推測だ。まあ、両方の場所を行ったけど発動しないならこれが妥当なんじゃないか」
2人はイザナの案に納得したのか、イザナに向こうの魔方陣に行けと言う。確かにこの中で誰かがあっちに行かなければならないのだから、それはしょうがないのだがイザナとしては無性にその提案に納得いかなかったから、反論したが多勢に無勢で負けたのでしぶしぶあちらに行くことになった。
イザナが左側にある魔方陣のところまで行くと、魔法陣が光を帯び始めた。その光が徐々に強くなり、眩しく目を閉じてしまうほどだった。
目を開くとそこは森の中だった。建物の中ではないと言うことはどうやら次の階層にうまく行けたらしい。辺りを見渡したがリアたちの姿はない。
それにしてもダンジョンは嫌らしい場所である。ダンジョンはソロで攻略するものではない。ソロで攻略する者も中にはいるだろうが、それは少数派だろう。普通ならパーティを組んで攻略する。それにソロならこのダンジョンを攻略できないと言うことになる。なにせ前の階層で違う人が来るまで足止めをくらうからである。違うパーティが後から来る可能性は否定しないがかなり低いだろう。それにパーティで来て、この階層に足を踏み入れてもイザナたちのように強制的にチームを分断させられるからだ。
イザナなら一人でも戦闘で困ることもないが、他のパーティで来る奴らは違うだろう。
とりあえずイザナは次の階層の入り口を探しに歩き出す。イザナはリアを見つけるのは無理だろうと考えている。偶然見つけることはあるかもしれないが、イザナが意図的に探すことはできない。理由は至極単純でそんな力を持っていないからだ。逆にリアなら匂いでイザナを探し当てることくらい簡単にできることだろう。だから、リアとの合流はリアに任せて、イザナは次の階層の入り口を探しに歩き出す。前の階層と同じように魔法に掛かると困るので虹色の玉を持ちながらだ。
ツキの両親はこの階層にいるのだろうけど、イザナは探すつもりなど最初からなかった。リアとツキに言った偶然見つかるといいな、と言う言葉は文字通りであり、ツンデレだった訳ではない。男のツンデレなど誰得か。
だが、リアはそうでもないらしくイザナとは違う場所にツキと共に転移したが、そこで最初にしたことはイザナを探すことではなく、ツキの両親を探すことだった。探すと言ってもリアが探すわけではなく、ツキが探してリアはツキの警護をしている感じだ。戦闘力が低いツキではもし魔物に襲われれば勝てる可能性など皆無である。襲う魔物がいればの話だが。
つまるところリアはイザナを探していないと言うことだ。イザナが会いに来てくれると信じているので探しに行く必要もないと考えている。本当に二人は似た者同士である。
リアは頭に乗っているツキの指示の方向へ歩いている。もちろん、リア自身も周りの警戒を惰ってはいない。ツキにもしものことがないように最大限の警戒をしている。スキルにある気配遮断を使い周りから気付かれないようにしたり、耳や鼻を使い相手が近づいてきたらすぐに判るようにしたり、すぐに動ける準備はできている。
これでイザナが居れば完璧なのだが、無い物ねだりしてもしょうがない。
今のリアはツキを守るという使命感に燃えていて、周りが見えていない。ツキも早く両親に会いたいからか興奮していてリアの様子に気づいた様子はない。
リアは全方位を警戒しているつもりでいる。だからこそ、気付かなかった。真上から突撃してくる存在に――――。
◯◎◎◯
イザナは目を疑った。まさか、こんな奴がここにいるとは考えてなかったのだ。いや、いること自体は居るだろうと予想はしていた。だが、もっと下の階層いるものとばかり思っていた。
スカイドラゴン レベル3300
この世界に来てから初めてドラゴンとご対面した。この言い方では誤解を生んでしまう。イザナは生まれて初めてドラゴンという存在を見た。
ドラゴンと聞いてイメージするのは翼を持った巨大なトカゲだろう。そして、火を吹いたりする。その身体は硬くそんなドラゴンを殺すことは一種のステータスである。そして、物語とかでも有名なモンスターの一種だろう。
このドラゴンはドラゴンと言うには小柄で翼を持っていない。アースドラゴンと呼ばれるドラゴンは翼を持っていないと言われているので、翼がなくても驚かないがイザナの目の前にいるのはスカイドラゴンである。なのに、翼を持っていない。その代りなのか前足と後ろ足の間に膜のようなものがある。あれでどうやって空を飛ぶのか気になる。
イザナはそのドラゴンと目が思いっ切り合っている。傍から見れば、熱い視線で見つめ合っているようにも見える。なんか気色悪い。
「ほう。よく人間がここまで来れたものだ」
どこか威厳に満ちた声で呟く。
イザナはドラゴンと出会えたことに驚いていたが、今は違うことで驚いている。
「あんた、人間の言葉が話せるのか?」
「我はドラゴンであるぞ。知能なら人間並みだ」
どうやらこのドラゴンには戦闘する気がないらしく、さっきからずっと寝るときと同じ状態だ。どちらにしろ、イザナが負けるとは思えないが。
「え? でも、どこで人間の言葉を覚えたんだよ?」
「我はこのダンジョンができる前から生きておる。人間の言葉はその時覚えた。しかし、人間よ」
「何だ」
「よく我の言葉が解るな。この言葉は今から2000年ほど前の言葉なのだが、今もこの言葉が使われておるのか?」
「あー、それは………。俺が異世界人だからじゃないか?」
異世界人だと言うことを他人に言っていいものかと考えたが、そういえばこいつはドラゴンだったことを思い出して自分の存在を明かした。
「!? なんと異世界人であったか! 道理でここまで来れたものよ」
「? それはどういう意味だ」
「我をここに招き入れた我が主が予言したのじゃ。いつの日か異世界の人間だと名乗る人間が目の前に現れると。やはり、主の予言は当たっていたか」
「予言だと?」
「うむ。我が主にはそういう力があったらしく、よく自分の予言は絶対だと言っておったわ。―――まあ、そんなことはよい。主からその人間が姿を現したのならば、あるものを渡してほしいと言われておってな。ちと、我に付いて来い」
そう言うと、スカイドラゴンは立ち上がりのしのしとイザナから遠ざかる。イザナは何がもらえるのか気になったので、後に付いていく。
付いて行くとそこにはこのスカイドラゴンが入れるくらいの穴が壁に空いていた。スカイドラゴンはその穴の中にずかずかと入っていく。どうやら目的地はこの中らしい。イザナは少し警戒しながら、のこのことその中に入っていく。
そこに入るとかなり生活感があふれた場所だった。そこに人が住んでいると言われても納得してしまいそうなほどに家具や本などがそこにはあった。
そして、そこにはスカイドラゴンが居らず、代わりに初老に差し掛かろうかという男性が本棚を漁っていた。
「あんた、もしかしてさっきのドラゴンか?」
「―――ん? ああ、その通りじゃ。人化というスキルでの、〈人化の実〉という特殊な実を食べたものだけがこうして人型になれるのじゃよ」
「へぇ、面白いなそれ。俺が食べたらどうなるんだ?」
「ん? 人間が食べたらか? 確か主も食べていたが何も起こらなかったぞい」
人間が食べてもただの木の実らしい。味の方はリンゴに近いがリンゴより酸味が強いらしく、食べたこのスカイドラゴンの主はお気に召さなかったらしい。
スカイドラゴンが探している間、二人は色々なことを話した。スカイドラゴンはイザナの世界に興味があるらしく、色々聞かれた。イザナもスカイドラゴンの主を訊いてみたところ、なんでも自称天才だったらしい。
「おお! これじゃこれ!」
ようやくお目当ての物を探し出したらしい。
イザナは勝手にカップなどを拝借して、コーヒーを淹れて飲んでいた。コーヒーの実をスカイドラゴンが栽培しているらしく、コーヒーの豆が大量にあった。その豆がすでに挽かれていたのを使って、コーヒーを飲んでいる。イザナとしてはこの世界にコーヒーがあることに驚いたが、スカイドラゴンが言うには遥昔からこのコーヒーはあったらしく、この世界でもみなに親しまれている。ちなみに、コーヒーはキリマンジャロに近い味だった。
「ようやくか、探すのに手間取ったな」
「2000年も放置しておったのだぞ。探すのに手間取って当たり前じゃろ。それに、お主が手伝ってくれんかったからのぅ」
「何を探しているのか解らないのに手伝えるかよ」
「それはそうなんじゃが………。まあ、いいじゃろ。ほれ」
スカイドラゴンが渡してきたのは表紙が真っ白な本だった。本棚を漁っていてこれがキノコだったならその本棚はかなりヤバい。どのくらいヤバいかというと3カ月以上お風呂に入らなかった時の臭いと同じくらいヤバい。―――あれ? それってイザナじゃね?
しかし、渡されたのが本だったので一安心である。
白い本には題名が何も書かれてなかった。本を開いて読んでみようとするが、そこには何も書かれていなかった。正真正銘、真っ白な本だった。
「――――?? 何だこれ?」
「知らぬ」
「知らないのかよ………」
「うむ!」
「うむ! じゃねえよ」
「我が頼まれたのはその本を渡すことじゃ。その本がどういうものなのかは主しか解らぬ。なにせ主が創った物だからな」
「創った? あんたの主がか?」
「そうじゃ。主が創った物じゃ。だからただの本の訳がない。気を付けた方が良いぞい。なにせ主はイタズラ好きだったからの。その本に恐ろしい仕掛けを仕掛けている可能性も……」
「怖いこと言わないでくれる」
イザナはスカイドラゴンの棲み家から離れる。本当にこの本を渡すだけが目的だったらしく、あのスカイドラゴンとは友好的な関係が築けた。イザナがその場を離れようとしたとき、スカイドラゴンから一つお願いごとをされた。
「頼み? まあ、何の役に立つのか解らない本をもらったお礼に聴いてやらんでもないぞ」
「何で上から目線なんじゃ。それに役に立つか解らん本って……」
「こんなことで落ち込むな。で、頼みは?」
「うむ。頼みというのは我の息子のことじゃ」
「息子? あんた息子がいるのか」
「子供はたくさんおる。なにせ番との間に沢山もうけたからの。子供どころか曾孫までおる。これがまた可愛くての」
「いや、子供自慢はいいから早く要件言ってくれない?」
「なんじゃい。つまらんのぅ。まあ良い。頼みというのはさっきも言ったが息子のことじゃ。息子はこの階層に存在する〈禁忌の実〉を口にしてしまったのじゃ」
「〈禁忌の実〉? 何だそれ?」
「〈禁忌の実〉というのはこの階層でそう呼ばれている力を簡単に手に入れることができる実じゃ」
「それはすごいな。けど、禁忌というぐらいだからそれだけじゃないんだろ?」
「うむ。その実は力を得る代わりに自我を失うのじゃ。それによって、理性のない同族だろうが食い殺す獣が誕生する。〈禁忌の実〉を食べたものは目についた生き物を片っ端から食べようとする」
「そんな実をあんたの息子が食べてしまった、と」
「うむ。あれは今から1週間ぐらい前じゃ。気付いておるじゃろ? この階層に魔物が少ないことに」
イザナがこの階層で出会った魔物は目の前にいるスカイドラゴンが最初だった。
「我も息子のために殺そうとしたんじゃが、もともと患っておった病が悪化して、戦いにすらならなった。子供たちは我が隠したが、他の魔物まで助けられなくてな。この階層に沢山居ったラフラビももうおらん。全員息子に食われてしまった」
「ラフラビ?」
ラフラビとはツキと同じ種族だったはずだ。もういないと言うことは全滅したと言うことだろう。まだ生き残りがいるかもしれないが、それを確かめる術はない。それに、ツキが戦いに巻き込まれたと言っていたが、おそらくこのスカイドラゴンたちの戦いだったのだろう。
「知っておるのか?」
「ああ、というか、この階層まで連れてきてもらった」
「そうか………。まだ生き残りが居ったのか」
どこか安堵したような声色だ。
「そいつはある魔物の戦いに巻き込まれたと言っていたが、それはあんたと息子のことか?」
「我だけじゃない。多くの息子たちが戦い。そして、死んでいった。〈禁忌の実〉を食らった息子は我らの中では一番弱かったのじゃ。だからこそ、〈禁忌の実〉を食ろうたのじゃろう。そして、我らの中で一番強くなりおった」
その声には悲しみがにじみ出ている。本当に多くの同族が死んでいったのだろう。
「こんなことお主に頼むのはお門違いなのだが、頼む。我の息子を殺してくれ。それこそがあやつにとって救いになるじゃろうから………」
何となく頼まれることを解っていた。そして、まっすぐに頭を下げてくるこの男が大きく見えた。だからか、自分でも解らぬままその頼みを受けた。聞き入れるつもりなど最初はなかったのに。
そして、イザナは狂ったスカイドラゴンを探しに向かった
ノリで白い本出したけど、何に使えば良いだろうか?