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九つの極罪  作者: 阿志乃トモ
第一章 クシャトリア大迷宮編
11/33

第十一話 Gと恐怖

第十話を一部変更しました。

「半年」⇒「3ヶ月」

 イザナたちは今魔物に囲まれている。


「グルルルルル―――」


 魔物の声が聞こえない。唸り声しかさっきから発していない。こんな奴らすぐに倒せばいいのだが、如何せん体がうまく動かせない。体が重いのだ。リアの方も本来のスピードが活かせずに苦戦している。


 魔物の方は重さを感じていないのかレベルがそれほど高くないのに機敏に動き回っている。レベルだけならリアでも圧勝できるほどだが、体におもりをつけているようなで攻撃を当てようにも躱されて当たらない。


「リア、まだ大丈夫そうか?」

『ふ、ふん、ワタシを誰だと思っているの?』


 強がっているが声はかなりきつそうだ。それにして、どうしてここの魔物は平気そうなんだろう。とういうより間違いなく、生まれた時からこの環境で育ったからだろうか。


(氷の世界から出ていってから碌な目にあっていないな)


 イザナはここに来るまでを走馬燈のように思い出していく。


 リアと共に次の階層に足を踏み入れると、そこは完全な氷の世界だった。雪などなく木々や大地すら氷で創られていた。ふと横に顔を向けると自分自身が写っていた。それも何重にも重なってだ。ちょうど鏡と鏡に挟まれた時に起きるアレである。


 リアはその光景にはしゃいでいた。今まで同じ階層に住んでいたから違う景色が見られるのは嬉しいのだろう。しかもすべてが氷でできている。イザナから見てもこの階層の景色は幻想的だった。


 ただ、魔物姿が見当たらなかった。どこ見ても氷景色で生命が存在しているのか疑問が湧くほどだ。イザナは気配感知などのスキルを所持していないので魔物がいるかどうか判らないが、リアの嗅覚によると魔物の匂いはしないそうだ。


 なので、優雅にリアと共に歩いていると、下から影が見えた。すると、その影が地面を突き破っていきなりイザナたちを襲った。イザナたちは影で何かいることが判ったので、回避するのは余裕だった。


 襲ってきた魔物は頭と言うか額(?)から鋭い角を持った全長が20メートルくらいのクジラのような魔物だった。海獣と呼ばれる分類であり、海獣は水の中で生活している。どういう仕組みなのか知らないが陸でももちろん水中でも活動できる魔物なので海獣という名称が付けられた。


 その海獣は鋭い角を以ってして氷を突き破って、姿を現した。どうやらこの氷の下は水の様でリアの嗅覚を以ってしても魔物が見つけられない訳である。


 ただ、海獣にとって姿を現した相手が悪かったとしか言えない。捕食しようして現れたのだろうが、その海獣が何かを発する前にイザナによって斬られた。しかも、氷を突き破って、角が丁度天を指すかのような格好のところを狙われたので、完全に無防備だった。イザナはそういう隙を見逃さない奴なのだ。


 そして、その状態のまま海獣は倒れる。だが、海獣の重量は重い。はっきり言えば、その海獣の重さにより、海獣が出て来たところから氷の大地に亀裂が入り、それがかなりの大規模な崩壊へと繋がった。


 もちろん、イザナが居るところは範囲内で、つまるところ、このままだと水中に真っ逆さまだ。泳げない訳ではないが水中で戦闘行為ができる訳ではない。海獣は何もさっき殺した奴だけでは何のだ。


 何が言いたいのかと言うと、氷の大地の崩壊ともに海獣たちが次々に姿を現した。流石にイザナも数多の海獣を相手にするのは面倒だと考える。では、どうするか。


 戦略的撤退に徹した。関係ないことなのだが、撤と徹って似ていて紛らわしいと思う。


 ほとんどが氷なので大きな扉を見つけるまでに時間は掛からなかった。と言うか、大きな扉と言うことはボス部屋だと言うことだ。なので、必然的にこの階層は一の位が0のキリ番と言うことになる。


 今のイザナたちにとってそんな情報はどうでも良かった。目の前に救いの手があると言う事実の方が重要だった。迷わず、その扉を開けて、突撃する。


 そして、イザナの無双である。


 勝負は一瞬だった。ボスが出て来た瞬間に消え去った。これ以上は語るまい。


 そして、次の階層に足を踏み入れた瞬間に激しいGが掛かった。このGは別にあの皆に嫌われている虫のことではなく、重力の方のGだ。重力加速度とも言う。質量が基本的に変化しないのだから、激しいGを感じると言うことは重力加速度の値が変化していると言うことだ。あの飛行機を急落させて、無重力を感じるのとは意味が違う。


 今この空間ではおよそ5倍の重力化にある。考えてみてほしい。自分と同じ体重の人間を4人も背負っているのと同じような状態なのだ。しかも、イザナの今のステータスは1である。なので、当然その重量に耐えられるようなものではない。


 この階層に足を踏み入れた途端に蹲る。そこから動けないでいた。


『ちょ、大丈夫なの!?』

「かなり、まずい。敵がいれば何とかなるんだろうけど………。と言うより、[色欲]のスキルはここでは働かないのか?」


<約束されし生存者>の力は状態異常や呪いなどを無効化できる。それによって、寒い場所でも寒さを感じることがなかったのだが、どうやら重力には効かないようだ。


 火山地帯に行って暑く感じないだろう。しかし、だからと言ってマグマに手を突っ込めばただでは済まない。それと同じように環境には強くても物理現象には弱いと言うことなのだろう。イザナは一つ学んで賢くなった。


 賢くなってもこの現状をどうにかできる訳ではない。この重力に耐え切れないのは筋力が1なのが大きい。むしろ、原因だ。


 リアはこの程度平気なのかいつものように動き回っている。仕方ないので、イザナはリアに背負われてこの階層を行動しなければならなくなった。


 敵が現れれば<働かざるニート者>の効果によって、簡単に動き回れるが戦闘が終了すると同時に蹲る。さっきから、この繰り返しだ。


 やっとの思いで次の階層に進む道を見つけても今度は10倍の重力に変化した。だが、次から次へと敵が現れたので、この階層ではリアに背負ってもらうようなヘマはしなかった。それにすぐに次の階層の道も見つけた。この階層では少しリアが残念そうな顔をしていた気がする。


 次の階層も前と同じで次から次へと魔物が現れたので助かった。今度は20倍の重力だったが、重さを感じなかった。


 この調子のままイザナたちは重力地帯のおそらく最後だと予測される階層まで進んでいた。そして、足を踏み入れた瞬間、急に体が軽くなった。今までが嘘のようなまるで羽にでもなったかのような軽さだ。しかし、その代りに今度はリアが蹲った。


『くう、何よこの重力!?』

「なに? 俺は何も感じないぞ」


 するとそこに一匹のサルが現れる。それにより、イザナのステータスが急上昇した途端に途轍もないGがイザナに襲い掛かった。


「なっ! 何だこれ!?」


 蹲ることすらできなかった。まるで、押し潰されるかのようにうつ伏せの状態から動くことができずにいる。


「そ、そうか。解った。解ったぞ、リア!」

『何がよ!?』

「ここの重力はステータスの値が高ければ高いほどに重力が増加し、逆に低ければ低いほどに減少していくんだ! だからこそ、さっきは身体が羽のように軽かったんだ!!」


 サルはこちら見ながら、ニターと笑いながら涎を垂らしている。はっきり言って、かなり不気味だ。


『その前にこの状況をどうにかしなさいよ!!』

「そうは言うが体が動かん!」

『だったらあの玉出してあのサルにぶつければいいことでしょ!?』


 イザナは完全に<無知の知(ディクタソクラテス)>を忘れていたらしい。そっとリアから目を逸らす。


 そして、赤玉を出してサルに向かってぶつけようとする。しかし、サルは危険だと解かったのか軽々と赤玉を避ける。


「リア! 今だ!」

『え?』

「え? じゃない!? 魔法だ! 魔法を使え!」


 リアの方も魔法のことを忘れていたらしい。二人は否定するだろうが二人は似た者同士である。


 リアが魔法を発動するのが遅かったので、サルにあたることはなかったが、サルがリアの魔法を避けた瞬間に死角から赤玉を今度こそぶつけた。すると、イザナの体が軽くなった。どうやらサルを倒せたらしい。


 今度はイザナがリアを持ち上げて移動することになった。不思議なことにリアの体自体は重くなかった。もちろん、担ぐだけならかなり重い。立っただけでもイザナの腰辺りまでの大きさがある。それを持ち上げているのだ。重いに決まっている。しかし、どうやらリアの重力の方まではイザナに襲ってきていない。どうやら、重力を感じるのはその本人だけらしい。


 リアは嬉しそうにイザナに引きずられている。だから夏、周りに対して警戒を薄めてしまっていた。気付いた時にはすでに手遅れで魔物に囲まれていた。


 イザナに非難めいた目で見られていたが、リアはスルーした。


 そして、冒頭である。


 今、何とか<無知の知(ディクタソクラテス)>で応戦しているが、相手は身軽に避けていく。小型の恐竜のような魔物がそこらへんに湧いてくるようにいる。これをどうにかしなければ、かなりやばい。


 心配してリアの方を見ていると、一つ考えが浮かんだ。


「おい、リア」

『こんな時に何よ』

「もしかしたら、この場をどうにかできる方法を思いついた」

『え!? ホント!?』

「ああ、だが、最悪の場合、リアの命はない」

『え?』

「だが、時間がない。悪く思わないでくれ」

『ちょっと、待って!! 何するの!? どうしてこっちに近づいてくるの!?』

「―――【天より堕ちろ】」


 リアに触れながら、[嫉妬]の力を解放する。


『本当に私を殺す気!?』

「大丈夫だ。安心しろ」

『安心できる要素が全くないんですけど!?』

「俺の予想が正しければ、こいつらのステータスはそれほど高くない。でなければ、あれほど身軽に行動することはできない」


 この階層で初めて会ったサルもステータスが低かったからこそ一撃で倒すことができたのだ。それに、この階層には重力が普段と変わらない基準となるステータス値があるはずなのだ。でなければ、イザナが羽のように軽くなる理由が付かない。


 リアはこの階層に来るまでにレベルも上がり、50倍もの重力の中を移動できるようになっていた。それよりも、この重力空間だけでレベルが上がったことにイザナは驚いた。魔物はほとんどイザナが倒したためリアのレベルが上がる可能性は低い。なので、この重力空間によってレベルが上がったのだと考えるのが妥当だろう。


 リアが動けるようになるまでイザナが【聖界】を使い、リアの身を守っている。だが、一回目の半減でリアは喜びの声を出した。


『―――!? 動けるわ!!』

「だったら早くしろ、こいつらよりも弱くなる前に―――っ」


 イザナは【聖界】を解こうとするが、リアがもう少し耐えてと言ってきたので発動したままにした。何かリアに考えがあるのだろう。


 リアの方から何やらブツブツと声が聞こえてくる。


『【我は刻む。汝の理を破り、汝の生命(いのち)を奪い、汝の運命(さだめ)を崩す。汝、永久なる(とき)をここにて知れ】』


 リアがイザナの方に視線を向ける。それと同時に、【聖界】を解き、急いで虹色の玉を作り出した。


 そして、リアが吼えたと思いきや一瞬にして、全てが氷になった。イザナたちを囲っていた恐竜みたいな魔物が、である。地面や草は全く凍っていない。しかも、血を噴いたのか氷の中で血が飛び散りながら凍っている。そして、それがまるで赤い花のようだった。


 氷魔法【ハドマ】


 自身が敵だと認識した者だけを凍らす戦略級の氷魔法である。まだ、リアが使い慣れていないためと今は最低魔力しか使わなかったので範囲が半径1キロメートル程に収まったが、魔力が全快の時はこの階層のすべての魔物を凍らすことができる。


「おい。こんな魔法あるなら最初から使ってくれ」

『集中してないとこの魔法は使えないのよ! あんな押し潰されているような状況で使えるわけがないでしょ!? それにこの魔法、最低魔力がワタシの魔力の半分なのよ!』

「………そんな魔法をここで使ったのか」

『悪い!?』

「これからどうすんだよ!?」

『今は身体が軽いわ。早くワタシの背中に乗ってちょうだい』

「はい? まさか、次の階層の入り口でも見つけたのか?」


 笑いながらイザナはリアに問う。


『そうよ』

「――――え? いつ!?」 

『今さっき』


 リアが視線を向ける先を見てみると確かに向こうの方に入り口があった。


『解ったんなら、早くして』

「あ、はい」


 リアに跨ると風のようにリアが走り出す。そして、イザナは振り落とされた。


『ふざけてんの!?』


 リアに怒られながら、二人は次の階層を目指し駆けていった。



 ◯◎◎◯



 加奈子たちは再び《クシャトリア大迷宮》に足を踏み入れた。イザナが居なくなってから、数日しかたっていないのに、だ。ほとんどの生徒が参加したが、ほんの数人は死にたくないからと参加を辞退した。王宮に残った生徒たちをダンジョンに参加した他の生徒は臆病者と蔑んだ。だが、それでもダンジョンには60人以上の生徒が向かって行った。


 あれから3ヶ月ほどの時が経っている。宮本はあの日から鬼気迫る加奈子のことを俊作と一緒に心配しながら、進んでいる。正輝などはそんな加奈子を見て、張り切っているな程度にしか見ていないが、あれはまるで癇癪かんしゃくを起している子供のようだった。麻衣が気にかけているが咲楽の方もあれからどことなく元気がない。


 それはともあれ、加奈子たちは今50階層のボスに挑んでいる。そのボスは大蛇であった。口からは毒を吐き、その身体は剣を通さない鱗を持っていた。


 正輝が先頭に立って大蛇と戦っている。加奈子と宮本と俊作は近距離から正輝のサポートをしている。未央と咲楽は遠距離から攻撃していく。咲楽の天職は弓使いなので、必然的に遠距離からの攻撃となる。残る麻衣は他の怪我をした生徒や騎士を回復魔法で癒している。


 回復魔法を使える人は魔法使いの中でも一握りである。さらに、天職まで回復系統なのはかなりの激レアだと言っていい。麻衣はその激レアなのだ。回復魔法しかできないが、その効果は抜群である。ここにいるみんなからは〈癒しの天使〉とさえ呼ばれている。元々可愛いからそれも納得のあだ名である。麻衣自身はその名称を恥かしがっているが、その時の表情がさらに人気に拍車をかける。大抵は正輝の睨みによって近づこうとしなくなるのだが、それでもお近づきになろうとする者は後を絶たない。ダンジョンの中で何やってんだよ、と言いたくなるがそこはぐっと言葉を飲み込む。


 加奈子は初め『居合の達人』のスキルを使い、大蛇を切ろうとしたが、鱗が硬すぎて傷つけることすらままならなかった。この大蛇は賢いようで一度見せただけでこのスキルの間合いを把握したらしく、二度目は避けられた。


 正輝も『聖剣を持つ者』の力で大蛇を仕留めるための武器を作っているがそれもいまいちである。もう一つのステータスを5倍にするスキルの方は使った後の反動が激しく使い道を誤れば自殺に等しい。


 未央や他の魔法使いたちも魔法攻撃しているが、どうやら魔法による攻撃が効いてないらしい。中には付加魔法エンチャントで前衛をサポートに徹している者までいるが状況は芳しくない。咲楽たち弓兵の矢も大蛇は弾き返す。なので、正輝たち前衛組が何として仕留めなければならない状況だ。


 前の時はアクラス団長が武器も使わずに一人で倒したらしく、副団長たちは弱点などを教えることはできなかった。騎士団たちはこのダンジョンのボスを全てアクラス団長に任せていたわけではない。次のダンジョンボスはアクラス団長抜きで戦い、勝つことができた。


 ここのボスが異様なのだ。レベルは前のボスと同じ40である。加奈子たちが倒せない相手ではない。しかし、レベルが低い代わりなのか特殊な能力を保持している。これがダンジョンのボスの嫌なところである。ここから先はこんな魔物ばかり出て来る。しかも、ここ以外はレベルが普通に戻った上での特殊能力だ。嫌になる。どうやらここはお試しという感じなのだろう。それにいよいよとなれば、レギルスたち騎士も戦いに参加するつもりでいた。


「正輝、危ない!!」


 宮本は正輝に迫っていた大蛇の尻尾を自慢の楯でなんとか防いだ。さすがは守護騎士と言ったところだろう。強化魔法を楯に使い、楯自体の硬度を底上げして使っている。強化魔法は何も肉体だけに作用するものではない。魔法や魔力以外の様々な物質の性質を強化できる。


「助かったよ、剛」

「いや、気にすんな」

「それにしても、硬いな。こっちの攻撃ちゃんと通っているのかコイツ」

「全くだ。いくら攻撃しても弱ったって感じがしないな」

「ああ、俺が創った剣も魔法を付加した奴だからアイツには効いてないみたいだしな」

「お前のそのスキルでアイツをたおせる剣は創れないのかよ」

「創れないことはないけど、創るのに少し時間が掛かる。今すぐにって訳にはいかない。これも俺のレベルがまだ低いからか」

「レベル61の奴が何言ってんだよ」


 他の生徒はまだレベル40~50ぐらいだから、生徒の中では正輝のレベルは抜きん出ている。レギルスたち騎士のレベルはおよそ80ほどだ。さすがは精鋭の騎士と言うべきだろう。


「2人とも話してないで、戦って!」


 正輝と宮本は大蛇と攻防を繰り広げている加奈子に怒られ、会話を止めて大蛇に突っ込むことにした。


 初めよりは大蛇の動きが遅くなってきていた。少しずつだがダメージを与えることができていたということだ。それに少し希望が見えてきていた生徒たちはここぞとばかりに大蛇に追い打ちをかけるように力を振り絞った。だが、その中で一人だけ動きが止まった生徒がいた。正輝だった。


「なにしてんだ正輝!?」

「正輝も攻撃して!」


 宮本と加奈子に叱責を受けるが、それでも正輝は動かない。何をしているのかと言えば、次の階層に繋がっている扉をジッと見つめていた。


 それに疑問を持ったレギルスが正輝の方まで走っていく。


「どうしたんだ!?」

「あ、レギルス副団長。いえ、向こうから大きな存在(ちから)を何か感じませんか?」


 これは正輝が新しく手に入れた『気配察知』のスキルの力だろう。レギルスも同じスキルを持っているので正輝が見つめている方向へ意識を向けた。気配察知は手に入れたばかりの正輝よりも熟練度は高いのでより正確なことが解る。


 そして、理解してしまった。今まで会ってきたどの魔物をも凌駕する力を持った存在が途轍もないスピードでこちらに近づいてきていることを。おそらくここにいる誰も太刀打ちできないだろうことも。


 そして、見つめていた扉から『それ』が姿を現す。


 扉が破壊された時の音でそこにいる全員がそちらに意識を向ける。もちろん、大蛇もだ。そして、誰よりも大蛇が『それ』に対して恐怖した。気配察知を持っていない加奈子たちも余りの存在感に身体が動けずにいた。


 鑑定でレベルを視なくても理解できる。そもそも鑑定でレベルを視る気すら起きなかった。そこにいたのは真っ白な毛並みのオオカミである。高さが2メートルで犬型の魔物にしてはかなり大きい。そして、それがスノーウルフの特徴でもある。


 レギルスはこのスノーウルフの正体を理解したのか、呟くようにその名を言った。そして、その囁くような声はそこにいる全員の耳に届いていた。


「ま、まさか、〈獣王〉クシャトリア、なのか」


 加奈子たち生徒は〈獣王〉という名を初めて聞いたが、他の騎士たちはそうでもないらしく絶望しきった顔をしている。


 対峙する恐怖に耐えられなくなったのか大蛇が無謀にも〈獣王〉クシャトリアに襲い掛かる。


「シャアアアアアア――――! ア?」


 何が起こったのか誰にも理解できなかった。気付けば、そこに〈獣王〉クシャトリアの姿はなく、代わりに首なしの大蛇がそこにいた。


 ――――ゴトッ。


 後ろから音が聞こえて来たので、振り返ってみれば、白いオオカミの近くに大蛇の首が転がっていた。そのオオカミは悠然と絶対的な強者として佇んでいる。


 〈獣王〉クシャトリアは人間を一瞥するとそのまま扉を壊し、姿を消した。


 緊張の糸が切れたのか全員が膝から崩れ落ちた。そこには泣く者や安堵する者、戦意を喪失した者、中には失禁した者までいた。それほどの恐怖だったのだ。


 このままではいけないとレギルスは仕掛けておいた転移魔法を使い、全員とこのダンジョンから脱出した。王宮に帰り、このことを王様に報告しようと考えていた。生徒の中にはもう戦いたくないと考える者が必ずいることも確信していたので、そんな生徒を王宮に置いていくのも目的の一つだ。


 〈獣王〉と何かをしたわけではない。ただ一度の対面で多くの生徒たちは心を折られた。


まさか、前話の〈獣王〉が伏線だったのか・・・。

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