第6章 ~道化と姫~
自分が異世界にいるのだという実感を持ってから、10分後。
人生で一番の感動をもってさえ、満たせないものがあった。
何を隠そう、空腹である。
普段なら、椅子に座って先生の話を聞いているはずの時間に、6時間近く動き続けていたのだから仕方ない。
「食べ物…。持ってる訳ないな」
元の世界から持ってきていたお茶すら、すでに半分以上がなくなっている。
それに加え、元の世界の通貨が使えないことは分かっているので、一文無し。
「死亡フラグがたちまくってるよ…」
ほんと、泣きたい。
だいたい神様も、神様だよ!?
人のこと勝手に異世界に飛ばしておいて、アフターケアしっかりやろうよ!?
僕、現在進行形で死亡フラグ乱立してますよ!?
なんて、いるかどうかも分からない神様に心の中で叫ぶ。
実際に叫んでも良かったのだが、
「ただでさえ、服装とか髪の色とかで浮いてるのに、叫んでるところ見られて、精神異常者のレッテルまで貼られた日には…」
……この世界での死亡が確定してしまう。
「とりあえず、下戻ろうかな…」
人気が全くない辺りを見ながら呟く。
ものごいをしようにも、辺りに誰もいなければ意味がない。
「それにいい加減、どこかに座って休みたい」
盗賊に囲まれたときは座っていたのだが、それもたった10分である。
6時間のほとんど動き続けている現状の休憩時間としては短すぎる。
最初にいた大通り沿いに、ちょっとした広場のようなものがあるのを、上から見て確認していたので、そこへ向かうことにする。
「せっかく登ってきたのに、下らないといけないのか…。ほんと、ツライ」
ぼやきながらも足を動かす。
登ってきた道を下るのは、あまり面白くないので、広場に一番近い下り坂を使う。
と言っても、
「同じ街の中だから、道が違うからといって、風景が劇的に変わる訳でもないか」
街の外に広がるのも草原だけなので、ほんと何も変わらない。
坂を下るというのは案外楽なもので、登りに要した時間の半分ぐらいの時間で、頂上から広場のある通路に出ることができた。
しかし、なんというか、
「この空腹に、屋台からの香ばしい臭いとか…。ツラい以外の何ものでもないから止めて欲しかったりするなぁ…」
現在、15時25分。
ただ、この時間はもとの世界の、日本における時刻であるため当てにはならない。
実際、この通路には、いたる所に屋台が出ており、道行く人の多くが何かしらのものを買っている。
恐らく、現時刻が、この世界の昼時なのだろうが、それが逆にツラかったりする。
日本と同じ時間ならば、この時間帯であれば、屋台のほとんどは店じまいしているはずで、こんなにも空腹を刺激しなかったであろう。
「あぁ、金なえあれば買えるのに…。金がない」
なんてことを思いながら歩いていると、目的としていた広場に着いた。
上から確認したときには、小さくて見えなかったが、イスもあったので座る。
「…これは明日を向かえられたら筋肉痛になってるな」
身体を休めながら、今後どうするかを考える。
とにかく、お金がないことにはどうしようもない、という結論に行き着くのに時間はかからなかった。
「しかし、どうやって手に入れたものかな…。バイトとかあればやるけど、その場でお金もらえなかったら駄目だし。それになにより、自分で言うのもなんだけど、今の僕ほど怪しいやつを雇ってくれるようなところないだろ」
あったとしても、どんな仕事をやらされるか分かったものではないのでやりなくない。
「大道芸やって稼ぐって手もあるけど、何もできやしないしな」
いや、正確に言えばあるにはある。
日本ならばそれなりにうけるだろう特技があるにはあるのだが、
「魔法がある世界で、巧くやれる自信が全くない…」
魔法ってチート過ぎない?
いや、あればいいなって思ったことは何回もあるけどさぁ!?
僕は全く使えないのに、他の人が使える魔法ほど、実際にあってチートだと感じるものないと思うよ!?
しかし、使えないものはしょうがないのである。
なんて考えていると、広場の隅で、2人の子供が喧嘩しているのに気がついた。
どちらも、尻尾や耳があり、髪の色も赤く、ファンタジー世界特有の人種であることがわかる。
年齢は恐らく、7、8歳ぐらいかな。
背の高さ的にはそうなんだろうけど…。
普通の人間との成長速度の違いがあるのかどうかが分からないので、正確な年齢は分からない。
「しかし、子供の喧嘩の理由って、どの世界でもそんな変わらないみたいだな」
2体の人形を互いに奪い合っている子供を眺めながら思う。
見ず知らずの子供の喧嘩を止めようとするような奴はいない。
しかも、ここは異世界で、喧嘩している子供たちは、人間ではないのである。
普通なら、視てみぬ振りをするのが正しい選択だろう。
「普通なら、ね」
そういって立ち上がる。
そして、
「君たち、喧嘩はよくないよ?」
なんて声をかける。
大人同士の喧嘩なら、わざわざ高校生の未来が入ることはない。
大人なのだから、何が正しくて、何が間違っているのかぐらい分かるたうから。
でも、子供同士の喧嘩なら、話は別だ。
何が正しくて、何が間違っているのか、分からないまま喧嘩をさせるのはよくない。
つまるところ、なんだかんだで優しいのである。
「友達なんでしょ?仲良くしないと」
突然声をかけられて、ビックリしたのか、人形を奪い合う手は止まったが、すぐに大きなドングリみたいな目をこちらに向けながら、声を揃えて子供たちは言った。
「「友達じゃないよ!双子だもん!!」」
反論した後、また人形を奪い合う。
一方、未来はというと、
「双子、か。確かに、よく見ると似てる気がするな」
なんて考えてた。
喧嘩止めろし!!
心の中で自分にツッコミを入れる。
「えっと…。なんで人形取り合ってるのかな?」
喧嘩を止めるには、まず原因を知る必要がある。
「だって、このお人形、ルリのだもん!」
女の子の方ールリという名前らしいーが先に答える。
「違うよ!テトのだよ!」
男の子方ーテトという名前らしいーが反論する。
この間も人形を取り合う手が休まることはない。
「喧嘩の理由は、分かった、のかな?」
とは言ったものの、どうすれば喧嘩を止めてくれるのか…。
ふと、先程まで考えていた”お金を稼ぐ方法”が頭に浮かんだ。
「ねぇ?ルリちゃんに、テト君。ちょっと喧嘩をやめてこっち見てくれないかな?」
上手くいけば、喧嘩も止められるし、お金を稼げるほどの芸なのかどうかも確かめられる。
しかし、なかなか2人はこちらを向こうとしないので、僕は、テトの声を真似て、口を開けず言葉を発した。
『ちょっと面白そうだから見てみない?』
「えっ?」
最初に反応したのは、テト君である。
それもそうだろう。
自分が言ってもいない言葉が、自分の声で聞こえたのだがら。
そんなテト君を怪訝に思ったのか、ルリもこちらを向く。
なので、次はルリちゃんの声を真似て、口を開けずに、
『喧嘩を止めてくれたら不思議なものを見せてあげるよ?』
「!?テト君、この人、ワタシの声そっくりな声出してるよ!!しかも口開けてない!?」
驚きと、興奮が半々の声でルリちゃんがテト君に話しかける。
「でもさっきは、ボクの声そっくりだったよ?」
テトはそういいながら僕の方を見る。
そして、2人は声を揃えて、
「「おにいちゃん、それ魔法?」」
「残念ながら、僕に魔法の素質があるかどうかは分からないだよね」
僕は素直に答える。
なんてことはない、腹話術である。
昔、何かのテレビで腹話術をやっている人を見たときに影響を受け、独学で身につけたちょっとした特技。
それに加え、どうせならと、少し他の人の声を真似る練習をした、という程度の芸。
それでも、僕が魔法を使わずに声を真似たことに驚いた様子の2人は、ちょっと期待を込めた目で、
「「もっと見せて!」」
喧嘩が止まったことにひと安心しながら僕は答える。
「いいよ。もっと見せてあげ、、、、」
ぐぅぅぅーーーー!
答えようとしたのだけども……。
ついに空腹に耐えきれなくなったお腹が鳴った。
何この羞恥プレイ!?
泣きたい!てか、恥ずかし過ぎるでしょ!?
羞恥のため少し顔が赤くなっているだろう僕に、子供たちは優しい声をかけてくれた。
「おにいちゃん、お腹空いてるの?」
「空いてるの?」
「……えっと、まぁ、そうだね」
すると、子供たちはポケットから飴玉のようなものを取りだし、
「おにいちゃんにこれあげるの!」
「あげる」
なんて言ってくれた。
「でも、それ2人のおやつじゃないの?」
「テトもルリも2つずつ持ってるから、お腹空いてるおにいちゃんに1つずつあげる」
「ルリもあげるの!」
そういって飴玉をくれる2人。
子供たちの優しさに、この世界に来て初めて触れた優しさに、目尻が熱くなるのを感じつつ、僕は答える。
「ありがとね。よし!飴玉くれた2人は特別に、もう少し凄いもの見せてあげる」
「「ほんと!?」」
「いいよ。2人が優しいから特別にね!ちょっと、そのお人形、貸してもらっていいかな?」
先程まで、喧嘩の原因となっていた人形に目を向けながら聞く。
これからやろうとしていることのためには、人形が2つ必須になってくる。
ちょっと厳しいかな、と僕は思っていたのだが、子供たちは即答だった。
「「いいよ!」」
そう言って人形を渡してくれる。
「ん。ありがと。じゃあ、ちょっと準備するから、少し待っててね」
そういって、僕は鞄から1枚のルーズリーフー常に鞄に入ってるーと、筆箱からポールペンを取りだし、ドラゴンの絵を書く。
「さて、準備できたよ」
これから、テトとルリに見せようと思っているのは、ちょっとした劇である。
中学生のときに、職業見学という行事で幼稚園に言ったときに、子供たちに見せた人形劇。
1人で、何役も、声を変えながら、人形とドラゴンの台詞を腹話術で、ナレーションを普通の声でやるというもの。
2人の前で、人形を手に取り、始める。
「それでは、2人とも、ご静粛に。これから始まるのは遠い過去のお話し。それでは、お楽しみください」
テト君とルリちゃんは、じっとこちらを見ている。
タイトルは、”道化と姫”。
内容事態は割りと単純なもので、悪いドラゴンに拐われたお姫様を、お姫様に恋をした1人の道化が助けに行く、というもの。
本来なら、道化と姫の声は、すでに決めているものを使うのだけれど、今回はお客さんが2人しかいなおので、少しサプライズをいれる。
道化の声をテト君の声真似で、お姫様の声をルリちゃんの声真似でやる、という感じである。
案の定、道化の初めての台詞のときにはテトが、お姫様の台詞のときにはルリが、予想以上に驚き、そして喜んでくれたのだから、このサプライズは成功したと言っていいだろう。
そして、未来自身も、この世界にきて初めて、先の見えない不安のことを忘れて、物語に集中できた。
しかし、どんな物語にも始まりがあるように、終わりも必ずやってくる。
人形劇を始めて、20分ほどで、僕は劇の最後の台詞を言っていた。
「めでたし、めでたし」
どこからともなく拍手が起きていた。
ルリちゃんかテト君が拍手をしてくれているのだろうと思い、顔をあげると…。
僕は、囲まれていた。
なんの比喩でもなく、文字通り、100人ぐらいに囲まれていた。
そして、拍手もその、僕を囲んでいる人たちのどこからか出ていた。
「……え?」
ちょっと待て!
落ち着け、僕。
落ち着いたか?落ち着いたな?よし、落ち着いた!
状況を整理しよう。
僕は、テト君とルリちゃんの喧嘩を止めるために、人形劇を始めた。
ここまで、大丈夫、問題ない。
しかし、現状はなんだ?
囲まれてるよ?
恐らく、街に住んでいる人たちだろう。
でも、いつの間にこんなに集まってたの?
全然、気がつかなかったよ?
こんなにたくさんの人に囲まれてるのに全く……。
盗賊のときもそうだったけど、僕、鈍感過ぎやしないかな…。
そんな僕の思考を遮ったのは、僕を囲んでいる街の人からの言葉だった。
「おい、にいちゃんよ。さっきの、口を開かずに声出すのってどうやってだい?」
「魔法か何かか?」
「にしては、魔力みたいなのは感じなかったぞ?」
わいわいと、僕がやっていた腹話術についての話題で盛り上がる。
そんな街の人たちに説明をしてくれたのは、放心状態の僕に救いの手を差しのべてくれたのは、テト君とルリちゃんだった。
「ちがうよ、魔法じゃないよ!」
「そうだよ、フクワジュツって言うんだよ!」
「それと、このおにいちゃん、お腹空いてるから、あんまり驚かせないであげて!」
「あげて!」
そんなテト君とルリちゃんの話を聞いた人が、
「なになに、おにいさん、お腹空いてるのかい?んじゃ、これでもお食べな」
「こっちのもやるよ」
そういっていろんなものをくれた。
「あ、ありがとうございます。でもいいんですか?僕みたいに怪しい人にこんな親切にしてくれて…」
そんな疑問を投げ掛けてみる。
その疑問に答えてくれたのは、テトとルリだった。
「いいんだよ?だって、おにいちゃん面白いもん!」
「ワタシたちの喧嘩止めてくれたもん!」
あぁ、泣きそう。
目尻が熱くなるのを再び覚える。
「おいおい、にいちゃん。泣いてるのかい?」
僕を茶化す声が聞こえるが、先程、食べ物をくれるという優しさに触れているので、それでも泣きそうになる。
そんな優しさを感じる中、透き通った声が広場に響いた。
「すいません、ちょっと通して下さい」
「おっ、ルミア様じゃなぇか」
「あら、ほんと。ルミア様だわ」
「なになに、ルミア様も劇見に来たの?」
………誰?
それが、僕の感想。
てか、今凄い感動的な場面なのに、水指しちゃうの!?
空気読もうよ!?
と、心の中で盛大にツッコミを入れているうちに、ルミアと呼ばれた少女が、僕の目の前に現れた。
そして、一言、
「あなたが、不思議な魔法とも、魔術とも言えない術を使う人ですか?」
と、聞いた。
けど、僕は答えることが出来なかった。
目の前に立つ少女を視たことがあったから。
夢の中で、何度も、何度も約束を交わした少女。
必ず助けると誓った少女。
その少女は、夢ではなく、僕の現実に目の前に立っていた。
これが、出会い。
異世界に飛ばされた哀れな道化と、全てを持つ姫との出会い。
世界を巻き込む、運命を敵に回す物語の始まり。