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泡沫-ウタカタ-

作者:

理由なんて無い。ただ一人で目の前に広がる景色を眺めて考えていたかっただけだ。

なんで私じゃないのだろうか、この運命に意味などあるのであろうか?

口に出したって出さなくたって解決する気配が全くないこの疑問。

こんなことに悩む時点で憂鬱でならなかった。


私には一人だけの家族が居た。ひとつだけ年齢が違う姉である。

姉はこの街一番の美女と呼ばれ、いつも明るく前向きで愛想が良く、簡単に言えば誰からも愛される人間だった。何でも出来る完璧な人だけど家事や裁縫が苦手だったりして、そのギャップと呼ばれるものがもっと周りの人間を引き寄せる魅力になっていた。

私とは全く真逆である。


私はほとんど顔が隠れるくらいの前髪に暗い目、読書が好きで暗くて無愛想。

簡単に言えば周りから避けられる人間である。

おまけに動きもゆっくりで出来ないことが多い。唯一できるといえば姉の代わりに幼いころからやっていた家事や裁縫くらいで、滅多に外出しないし外出すると言えば本屋くらいの、街にいてもいなくてもいいような奴だ。



「何で貴方なんですか。」

あの日からもう一週間が経とうとしているけれど、私は何度この言葉を浴びせられただろう。

「ミラじゃなくてあんたが消えればよかったのにね。」

街で私たち姉妹の面倒をよく見てくれていた老夫婦からその言葉を聞いたときは、もう何もかもどうでもいいとさえ思ってしまっていた。

「あいつ、唯一の家族が死んだっていうのに泣きもしないんだぜ?薄情なやつ。気味悪い。」

何度も言われたその言葉。

面倒だと思い込んでしまったら終わり、どうでもよかった。


姉のミラは一週間前、ここ百年以上は降ったことが無いと言われる大雨の日に亡くなった。

大雨で川が氾濫し私たちの家も水で溢れてきたためミラと一緒に街の中心部へたくさんの人と避難し、そこで一夜を過ごした筈なのに翌日ミラはいなくなっていた。朝街中をたくさんの人と探し回っているときに街と別の街との境で倒れているのを男性が見つけて亡くなっているのが発覚した。


一週間経った今でも街中の人は犯人探しで忙しく、また何故ミラが死ななければいけなかったのかとずっと騒いでいる。私が一番混乱している筈なのに街が騒がしくてそうでもないようだった。

おまけに色々な人に責められるものだから、訳がわからなかった。


そんなわけで一人になった私は、一か月以上一人でそのままの家で過ごしていた。

いつもと変わらない毎日。家事をして暇があれば読書をして。

たまに姉が行ってくれていた買い物に勇気をだして行ってみるけど、店につくなり店主に追い返されてそのまま帰宅。仕方なく家にあるものや近くの山から材料をかき集めて暮らした。


そんなある日だった。

「リタ…だよね?」

あの日よりも少しましな雨が降る日。

突然家のドアがノックされ、低くて柔らかい声が響いた。

「…はい」

静かにドアを開けると、そこにはあの日ミラを発見した男性が立っている。

「僕はランディ。君を引き取りに来た。」

黒いタキシードを着たその男性は、ミラと同じような優しいふわりとした顔で笑った。

雨も降っていることだし、とりあえず中へ招くことにした。

ミラがいなくなって使わなくなっていた椅子に腰かけてもらい、温かいミルクを差し出すと、男性は静かに「ありがとう。」とまた笑った。

「じゃあ詳しく話してもいいかなあ」

私もランディさんの正面に座って、静かに頷いた。

「まず何故僕がミラを一番に発見したかと言うと…僕がミラをあの日外へ出したからなんだ。」

ミルクの入ったマグカップをじっと見つめながらランディさんは言った。

私は驚きのあまり手に持っていたマグカップを落としそうだったけどなんとか堪えた。

「全く訳がわからないよね、ごめんね。ミラは僕の大切な…大切な彼女だったんだよ。」

これにはあまり驚きはしなかった。ミラはあれほど人気者なのだ、たくさんの人に愛されたのだ、思いが通じ合っている相手くらいいたであろう。

「あの大雨の中彼女を外に出したのは、彼女が街を出たいと僕に頼んできたからなんだ。ここで生きてたら駄目なんだと、そう言った。」

頭が混乱した。ミラがこの街で生きていたら駄目だなんて?なんて可笑しな話なの。

「そうしてミラがこの街を出ようとした瞬間、とある人に殺された。」

ゆっくりと涙を流しながらランディさんは言った。

震える声は手は、本当にミラが好きだったのだと分かったような気がする。

「何でミラは?」

そう聞くと、ランディさんは顔を上げて驚いた表情を見せた。

「彼女はね、ある選択を迫られていたんだよ。」

「選択…?」


「この街は百年に一度の大雨の日、街の中で“一番”の人間を街を災害から守るために生贄として差し出さなければいけないという古い掟があるんだ。もちろん混乱を招かないために一部の人間しか知らない掟で僕も全く知らなかった。」

「そんな掟があったのですね。だから一番として、姉が…」

マグカップをテーブルに置くと、ランディさんはゆっくりと首を横に振った。

「違うんだ。街の一部の人間は…リタ、君を生贄にしようとしたんだ。街の中で“一番”の“いらない人間”として…。それを知ったミラは全力でそれを阻止しようとした。リタを差し出すなんて駄目だと、リタの命をそんなところで終わらすわけにはいかない…」

予想外の返答に、私は何も言えなくなった。

「必死に訴えるミラに対して、一部の人間たちは代わりの者を用意するように指示したんだ。もちろんミラは誰かを殺すようなことは出来なかった。だから自分自身を“一番の人気者”として生贄にするようにお願いしたんだ。一部の人間たちは今度は必死にそれを阻止しようとした。そして結局話がまとまらないまま、大雨の日がやってきたんだ。」


私はゆっくりと目を閉じた。


「ほとんどの人が眠りについた中、ミラは俺にリタをこれから頼んだと言いに来た。そして本来生贄がいかなけらばならない場所、街の境目に向かったんだ。普通の人なら止めろと言っただろう、だけど俺は止めなかった、止めれなかった。誰かが生贄にならなきゃ終わらない大雨を止めると言い放った彼女を。」


「そう、だったんですか。」

真相がわかって少し落ち着いて、私は唾を飲み込んだ。


「だから今日こうしてここにやって来た。ミラに頼まれたからね。ミラは言ってたよ、君は一人で生きていける人間だと思い込んでるみたいだけど、意外と寂しがり屋だって。…遅くなってごめん、これからは一緒に生きて行こう。」

ランディさんは私の目を真っすぐ見つめて手を差し伸べてきた。

「どんな話をしても泣かないから強い子だなと思ったけど、吐き出していいんだ。君は一人じゃないし誰かに甘えてもいい。我慢なんていらない。」

私はゆっくりとランディさんの手を握り、その温かい温度を体中に実感して、目から大量の涙を溢れだした。ランディさんはそのままゆっくりと抱きしめてくれた。人とは温かいものなのかな。


声を出して泣いた。押し殺すことなく叫び泣いた。今まで一人だった“つらさ”と姉がいなくなってしまた“つらさ”と結局最後まで私なんかを助けてくれる姉に対しての変な気持ち。

つらいってこんな気持ちなのかと実感すると勝手に涙が溢れ出行くのだった。



人間は泡沫のようだった。

所詮はかなく消えて行ってしまう。


だけど私の中にはしっかりと姉が居た。

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