05
ケイトとアランは相も変わらず炬燵に足を突っ込み、奇妙な衣服の上に布団のようなものを羽織っている。しかし、前と違って目の下に黒い隈が浮かび、頬も何処かこけて見える。更に額には『徹夜上等』なる文字が書かれた鉢巻が巻かれている。
「さぁさ、ケイトくんも炬燵に入って休みなよ」
「蜜柑ありますよ」
この前と同じように春斗がケイトを炬燵へと誘い、アランが蜜柑を進める。
「蜜柑……」
アランの一言でケイトは口元を少しにやつけながら炬燵へ向かい、靴を脱いで装備を剥ぎ、ダンジョンでかき集めたアイテムを脇に置いて蜜柑に手を伸ばす。
「アオイもお疲れ様」
「あなたも楽にして下さい」
『はい』
ケイトの肩に乗っていたアオイは飛び立ち、炬燵の開いている面へと降り立つ。すると、アオイの身体が輝き出す。光は徐々に大きくなり、人の形を作り出す。
光が晴れると、長く青い髪をした少女が炬燵に足を突っ込んでいたではないか。見た目はケイトよりも幼げで、大きくくりくりとした目は翡翠色だ。青色のフリルドレスに身を包み、肩に翼を模したケープを羽織っている。
「へっ?」
突然現れた少女に、ケイトは蜜柑を向いていた手を止め、目を点にする。
「あ~、この姿はやっぱり楽ですね~」
少女は炬燵に顎をつき、脱力してのへんとなる。
「鳥の姿も飛べるから、それもそれでいいんですけどね~」
顔を軽く左右に振りながらうだうだとだらけ、ほぅっと深く息を吐く少女。
そんな少女にケイトは目を点にしたまま確認を取る。
「……もしかして、アオイさん?」
「はい、そうですよ?」
「……鳥の使い魔じゃあ」
「え? いえ。私は人型の使い魔ですけど?」
「え?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
きょとんとするケイトにきょとんと返すアオイ。
「あー、アオイさんはね、色んな生き物に姿変えられるんだよ。そのケープの力でね。因みに、ケープ作ったのはアランさんね」
「……へぇ、凄いですね。効果もそうですけど、この刺繍の細かさと言ったら並みの腕では無理ですよ」
春斗がアオイのケープを指差して身内自慢し、ケイトの視線はケープへと移す。翼を模したケープには小鳥や小動物が刺繍されている。ケープと同色の糸で刺繍されたそれは主張し過ぎず、かと言って地味ではない。程よく存在を醸し出す配置と大きさ、そして可愛くデフォルメされた小鳥と小動物はまるで生きているかのように縫われている。
そして、自然とケイトの視線は製作者のアランへと移る。
「昔からこういうの作るのが好きでして」
視線を向けられたアランは少し俯き、僅かに頬を染めながらもじもじし始める。
「漸く自由を得られたので、自分の好きな事をしようと思いまして……」
「……成程」
大人な女性のアランが頬を染めてもじもじする姿は少し可愛い、とケイトは思った。
「この半纏とかジャージもアランさんが作ったんだよ」
「座布団も一から作ってましたね~」
「そうだったんですか。服なんて町の店で売ってるのより形綺麗ですし、座布団もしっかりしてますよ」
春斗とアオイが更にアランの作品群をケイトに紹介し、ケイトは下心なしに褒める。その都度アランは徐々に俯いて行き、頬の染具合も濃くなっていく。
照れるアランを微笑ましく眺める三人。居住空間には暖かな空気が満ちて行く。
「さて、一息吐いたところで」
何やかんやでトークを挟み、蜜柑を食べてお茶を飲んだ一同は春斗の言葉で居住まいを正す。
「改めて、テストプレイお疲れ様。そして協力ありがとう」
「ありがとうございます」
「あ、いえ」
「で、早速だけど感想聞かせて貰ってもいいかな?」
「はい」
ケイトは軽く咳払いをすると、自分の想った事をそのまま口にする。
「階層を移動しただけで構造が変わるのは素直に面白いと思いましたし、飽きが来る事は殆ど無いように思えました。ただ、ダンジョンに入る時武器やバッグを取るはマイナスだと思います。自分が慣れた得物の方が魔物討伐の効率も上がります。更に、ダンジョンにはアイテムが多く落ちていますが、バッグが無いと収拾する量が必然的に減ります。なので、丸腰にするのは止めた方がいいと思います」
「ふむふむ」
「あと、毎回階層が変わるのでマッピングの意味がありません。冒険しに入るのなら気になりませんが、稼ぎに来て潜る人からはちょっと嫌われるシステムかもしれません。そう言う人は早く深い所に潜ってより質のいいものを手に入れようとすると思いますし」
「成程成程」
「そして、一番言いたいのは魔物部屋と罠と魔法書です。魔物部屋と罠は確実に殺しに掛かってますよね? せめて罠は他のダンジョンと同じような――と言うよりもこの前のプロトタイプと同じようにしないとあれだけで死ぬ人続出すると思います。一般的な罠の発見に慣れてれば慣れてる程死亡率上がるかと。魔物部屋は完全に初見殺しですし、あの大部屋に当たったらパーティー組んでても生きて帰れる気がしません」
「そう?」
「そうですっ! あと魔法書! と言うか『爆破』! あれ何ですか⁉ あんなのがタダで手に入るのが異常ですし、それが大量に野に放たれたら魔術師の仕事を奪いかねない、一種の武力行使に使われる等で世に混乱をもたらしますよ!」
「あ、はい。すみません」
フラストレーションが爆発し、急に饒舌になるケイトに、春斗は少し引き気味になり、やり過ぎたかと少しばかり反省する。
「はぁ、はぁ、……えっと、あと、首輪はないと思います。あれを人前でするのは恥ずかしいですし、色々と誤解を招くのでって、俺まだつけてた」
ケイトははたと気づき、赤面しながら急いで首輪を外す。
「そうですか……結構可愛いと思ったのですが……」
少し肩を落とし、しゅんとして呟くアランの様子に気付かずケイトは続ける。
「で、ミミックの仕様はよかったと思います。倒すと確定で、それも擬態したものより少し上のランクのアイテムを落とすので冒険者にとって美味しい魔物になってます。なので、もう少し上の階層でも出るようにすればいいかと、個人的に要望します」
「そっか」
「あと、パン美味しかったです」
「あ、ありがとう」
以上ですかね、とケイトは一息吐いて蜜柑を一房食べる。
「やっぱ、テストプレイって大事だなぁ。自分じゃどうとも思ってなかった事が浮かび上がって来るし」
腕を組み、うんうんと頷く春斗。自分の中でケイトの言葉を反復し、手直しする部分を脳内に羅列していく。
「それにしても、マイナスの印象が多いなぁ」
「だから言ったではないですか。ほぼそのまま再現するのは止めた方がいい、と」
天井を仰いだ春斗に、アランは僅かに目を細めて軽く息を吐く。
「再現?」
「えぇ。『千変万化』は春斗の世界にあるダンジョンを再現したものになります」
「ダンジョンと言っても、本物じゃなくてゲームなんだけどね」
春斗の世界にもダンジョンがあるのか、と少しばかり親近感を覚えるケイトだったが、一つ気になる単語があった。
「って、ゲーム?」
「あ~、分かりやすく言えば人形を操って人工的に作った場所を進んで行ったり、人形同士を戦わせたりするもの……かな?」
「?」
「僕の世界ではそれが娯楽の一つで、誰も彼もそれで遊んで楽しんでたんだ。だから同じようなダンジョン作れば誰もが楽しめると思ったんだけどね。実際はそうでもない、か。……実物あれば見せれるんだけど、生憎ないんだよね。次来る時までにはどうにかしとくから」
「はぁ……」
今一想像し難かったので、取り敢えずそう言うのが春斗の世界にはあるのだとケイトは納得する。
「じゃあ、ケイトくんの感想を参考に手直しするから、手直しした後もう一回テストプレイして貰ってもいいかな?」
「あ、はい。いいですよ」
二つ返事で了承するケイト。次のテストプレイでは理不尽が無くなっているといいなぁ、と声に出さず願っていると春斗が何か思い出した様で手を一つ叩く。
「あ、そうだった。ケイトくんがテストプレイして貰ったのは『千変万化・甘口』だから」
「甘口?」
「一番難易度が低いダンジョン。他に『中辛』『辛口』『激辛』の難易度があるんだ。難易度が上がる毎に魔物の強さと種類も変わって、潜れる階層も増えて行くんだ」
「……あれで、一番難易度低かったんだ」
確かに、魔物はこの近辺に生息するものだけだったので、難易度は低いとは思う。しかし、発見し辛い罠や魔物部屋等の存在が思いの外難易度を上げているよなぁ、とケイトは少し遠い目をする。
ふと、そう言えばまだ訊く事があったとケイトは脇に置いた真っ白の箱を炬燵の上に乗せて春斗に問い掛ける。
「あ、そうだ。このかわりの箱って何ですか?」
「あぁ、それね。それは代わりのものに変わる箱だよ」
「は?」
返ってきた答えは意味不明な言葉だった。
「春斗、その説明では不十分ですよ」
頭に疑問符を浮かべていると、アランがある程度噛み砕いた説明を始める。
「かわりの箱は、状況に応じ持ち主に必要な物の代理品へと変化する箱です。ただし、あくまでも代理品なので幾らかスペックは落ちます」
「つまり?」
「剣が必要なら剣に、弓が必要なら弓に、盾が必要なら盾に変化します」
「……マジか」
装備が壊れる、または盗まれたとしても一時凌ぎが出来るようになる。それだけでかなり有り難い。しかも、それが状況に応じて自在に変わるとなると、幅が広がる。スペックは落ちるが、それでも有用なのに変わりない。
「それは本来『激辛』の最奥地下九十九層に落ちているアイテムなのですが、今回は特別に『甘口』に置かせていただきました」
「え?」
「いくらなんでも、蜜柑だけではこちらとしても心苦しいからね」
微笑むアランとにっこり笑う春斗。思いの外、凄い謝礼を受け取ってしまったケイトは暫し放心する。
「あと、『千変万化・甘口』で手に入れたアイテムもケイトくんのものだから。売るもよし、日々の冒険に活用するもよしだから」
「え?」
春斗の言葉で我に戻ったケイトは思わず脇に置いたアイテム群を見てしまう。これらを売れば、暫くは宿代の心配をしなくて済む。が、売る際に何処で手に入れたのか訊かれるだろう。素直にテストプレイで手に入れたとは言えず、かと言ってダンジョンで手に入れたともいえない。何せ、プロトタイプのダンジョンでは手に入らないものばかりなのだから。
なので、売るとしても。そして装備するとしても『千変万化』が一般開放されてからにしようと心に決める。
「あの、暫くこのアイテム達ここに置いて貰ってもいいですか? 混乱を回避する為に」
「いいけど、混乱?」
ケイトは春斗に掻い摘んで説明し、あまり長居しても三人の邪魔になるかと思い謝礼である蜜柑一ネットを貰ってお暇する事にした。
ダンジョンの入口まで鳥に変化したアオイに送って貰い、ケイトは約四時間ぶりの外へと出る。
「では、手直しが終了しましたらまた呼びに参りますので」
「うん。じゃあ、また」
「はい、また」
ダンジョンの中へと舞い戻っていくアオイを見送り、ケイトは町へと戻っていく。