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ダンジョンテストプレイヤー  作者: 島地 雷夢
『千変万化』
6/26

02

 何事も無く進んでいると、背中に衝撃を受けてケイトは前につんのめる。

「な、何だ?」

 肩越しに振り返れば、クロックバニーが一羽いた。クロックバニーは作物を食い荒らす害獣に指定される魔物だ。額に時計のような紋様があるからクロックバニー。更に、まるで時計を見て確認してるかのごとく食事と睡眠を毎日きっちり同じ時間に行う事からも由来している。

 本来なら、人を見れば一目散に逃げ出す程臆病なのだが、このクロックバニーは勇猛果敢にケイトの背中へとタックルをかました。赤い眼はケイトを敵として捉え、後ろ足に力を入れて再び跳び掛かってくる。

 ケイトは半身を引いて避け、すれ違い様に鞘から銅の剣を抜き放ち切り付ける。彼の背後で重力に従いドサッと落ちる音が響く。今の一撃で首を捕らえたので、クロックバニーは絶命した筈だ。後は亡骸から売れば生活費となる皮と肉を剥ぎ取ろうとケイトは振り返る。

 しかし、振り返った先にクロックバニーはおらず、空気に溶けていく燐光だけが彼の視界に入ってくる。

「あれ? 消えた?」

『このダンジョンでは魔物を倒すと光となって消えます。なので、素材の剥ぎ取りが出来ません。ですが、時折武器や回復薬等を落としますので倒しても損はありません』

 ?マークを浮かべるケイトに淡々とアオイは説明する。そう言う事は最初に言ってくれ、とケイトは息を吐き再び歩み始める。

 魔物を倒しても素材を手に入れられないのは痛い。が、亡骸の処理をしなくても済むのは利点となりえる。ダンジョンのような閉鎖的な空間で亡骸を放っておけば血の臭いで新たな魔物が引き寄せられる。

 更にきちんと処理が出来なければ時間が経てば腐って腐臭が立ち込めてしまう。他の魔物が亡骸を食せば大丈夫だが、中には毒を持つ魔物もいる。後退や免疫が無ければ毒のある魔物の亡骸は食べられず、腐っていく。

 そんな事態に陥らないだけでもありがたい。また、素材が手に入らなくても、時折何かしらの武器や回復薬を落とすのであれば、倒す意味も出てくる。これによって、運が絡むとは言え素材が剥ぎ取れない不満はいくらか解消されるだろう。

 そんな事を思いながら進んでいくと、また広場に出る。右に二つ、前と左に一つずつ道が伸びており端に何やら二つ程落ちている。

 そのうちの一つへと向かい、ケイトは目をパチクリさせる。

「……パンだ」

『はい、パンです』

 そう、パンなのだ。パンがダンジョンの床に置かれているのだ。衛生面を考慮してなのか、何やら密閉された透明な袋の中に入っている。細長い楕円状のそれは拳二つ分の大きさを誇っている。

「何でパンが落ちてるの?」

『探索中の空腹を満たす為です。それ以外に用途がありますか?』

「いや、ないけどさ……」

 取り敢えず拾って、袋を開けて食べてみる。

 焼き立てではないので香りは弱いが、それでも芳醇な香りが鼻孔を通り抜ける。口当たりも柔らかく、ほのかに甘い。脂っぽくも無く、すっきりとした味だ。

「……美味しいし」

『それはよかったです』

 もそもそとパンを食べ終えると、パンの入っていた透明な袋は燐光を放って消えて行く。少し腹の膨れたケイトはこの広場に落ちているもう一つの物へと足を向ける。

 それは、矢だった。それも、鏃まで木で出来た100%木製のもの。

「矢?」

『矢です。このダンジョンには魔法以外にもきちんと遠距離用の攻撃手段が用意されていますので』

「でも、弓が無いと意味ないんじゃ」

『その心配は不要です。試しに、その矢を拾ってみて下さい』

「え? うん」

 ケイトはアオイに言われた通りに矢を拾う。すると、前触れもなく背中に何かが背負われるのを感じとる。手を伸ばして掴み、眼前に持って来れば弓と矢筒だった。

「……何時の間に」

『矢を拾うと自動で矢筒と共に弓が背中に装備されます。矢が無くなれば自ずと消えてなくなりますので、邪魔になりません』

 弓と矢をセットで揃える手間がかからなくていいけど、どう言った原理が働いてるんだろう? とケイトは首を傾げる。が、やはり考えても答えなんて導き出せる筈もなく春斗とアラン(異世界の人達)がやった事だから気にしたら負けか、と矢を矢筒に入れ、弓と共に背負って探索を再開させる。

 それからクロックバニーを三羽屠り、二手に分かれる曲がり角を左に進むと行く先に階段が見えた。

「あ、階段だ」

『その階段を下れば、下の階層へと向かう事が出来ます』

 ケイトは階段を下りて次なる階層へと向かう。

 下の階層の雰囲気は上の解と然程変わらず、時折襲い掛かってくるクロックバニーを退けながら進んで行く。

「あ、盾だ」

 行き止まりに行き当たったが、そこで盾を見付けた。木に革を張り付けただけのものだが、あるのとないのとでは大違いだ。ある程度の攻撃ならば、この盾でも受ける事が出来る。どうしても回避出来ない場合には防御するしかないので、選択が増えるのは嬉しいものだ。

 ケイトは早速拾った盾を装備する。


 でんでんでんでんでんでんでんでん、でぇんどん…………。


 装備したら何故か脳内に不安に駆られるようなおどろおどろしい音楽が流れ始めた。そして、装備した盾から黒と紫の靄が漏れ出しているではないか。その漏れ出した悍ましい靄は盾全体を包み込んでいる。

 ケイトは口を引くつかせながら、肩に止まっているアオイに質問を投げかける。

「……ねぇ、アオイさん? この盾から邪な何かが放たれてるんだけど?」

『あぁ、その盾呪われてますね。時折落ちてるんですよ、呪いの武器や防具が』

「呪わっ⁉」

『あ、ご心配なく。命に別状はありませんので』

 思わず手を離してしまうも、命に関わらないと聞きほっとする。

 で、手から離したのに盾は地面に落ちず、ケイトの腕にへばりつく。腕をぶんぶんと降っても取れる気配はなく、引っ張っても剥がれる気配はない。傍から見ればふざけているようにしか見えないケイトを視界の端に捉えながらアオイは説明をする。

『ただ、その盾を外す事が出来なくなりますけど。手を離しても勝手にへばり付きますよ。呪いを解くには「解呪」の簡易魔法書が必要になりますので諦めて下さい』

「……分かった」

 外れないのなら仕方がない、とケイトは盾を剥すのを諦めて来た道を戻る。道を進んで行き止まりに行き当たれば、その都度戻って別の道を行く。前の階層に比べるとこの階層は行き止まりが多く、広場が少ない。それ故か、行き止まりに武器や回復薬が落ちている。

 ここでは他にもいくつかアイテムを拾い、下へと続く階段を見付けたので、ケイトは降りて行く。

 この階層も前二つと然程変わらない内装だが、違う点がある。

 それは出現する魔物の種類が増えた事だ。

 ここではクロックバニーの他にコケーンが出るようになった。コケーンは鶏に似ているが、体躯は鶏の二倍程、翼はないが異様に発達した足で敵を蹴散らすのを得意としている。こちらも畑の作物を荒らす害獣指定されている魔物で、肉の味は結構いい。

「……あぁ、勿体ない」

 故に、肉が手に入らないのが惜しいと思いながらもケイトは行く手を阻むコケーンを倒していく。

「おぐっ⁉」

 コケーンを倒して前へと進もうと足を踏み出せば、ケイトの脚を何かが捕える。

「な、何だ?」

『どうやら罠にかかったようですね』

 危うく転びそうになったケイトは自分の足元を見る。

 トラバサミだ。いや、トラバサミのようなものが彼の足に喰らいついているではないか。鋭利な歯は存在せず、代わりに軟質素材が使われていて優しく、それでいてしっかりと包み込んで足を離さない仕組みになっている。足をばたつかせた程度では外れなかったので、手でこじ開けて足を解放する。

『罠自体は前の階層から設置されているのですが、運よく踏み抜かなかったので存在に気づきませんでしたね。これからは罠にも充分注意しながら進んで下さい』

 アオイの言葉に頷き、ケイトは地面を見て罠が設置されているかどうか確認しながら進み始める。

 しかし、そんな努力もむなしく暫く進んでカチッと何か踏んだ音が響く。

 すると、ケイトの目の前を一本の矢が飛び、鼻に掠める。矢は壁にぶち当たり、音を立てて地面に落ちる。

「…………」

 どうやら、また罠を踏んでしまったらしいと理解する。しかし、ケイトは足元に注意しながら進んでいたのに罠を見付けられなかった事に疑問を覚える。

 そんな疑問は何回か罠に掛かって漸く氷解する。

 これらの罠だが、何処にあるか全く分からない状態で隠されている。普通の地面に見えても、そこを踏み抜けば罠が顕わになって発動する仕組みになっている。普通の地面と罠が設置されている場所の判別方法は分からず、どうやっても罠を作動させるのを覚悟の上で進まなければならない。

 この間潜ったプロトタイプのダンジョンでは地面が僅かに盛り上がっているかどうかで罠の有無を確認していた。実際、他のダンジョンでも罠は大抵地面に埋められた状態で、僅かに隆起している。

 両親から訊かされていた事なのでケースにも罠の判別をそうやっていた。しかし、この『千変万化』ではその方法は通用しない。隆起が見られず、埋めたような形跡も無駄に均されているような感じも無く、自然な状態だ。そんな場所に罠を設置されれば、誰もが発動させてしまう。

 なので、ケイトは矢が飛んでくる罠を踏んだ感触がしたら即座にしゃがみ込んで回避し、トラバサミもどきを踏み抜いてしまった際はその場に止まって直ぐに外しに掛かるようにする。

「…………これって、絶対に殺しに掛かって来てるよね?」

 またもや矢の罠を作動させてしまい、しゃがみ込んでやり過ごす。放たれた矢は壁に当たって地面に落ちるので、一応回収して矢筒に収めて行く。因みに、この矢も純度100%木で出来ている。

『大丈夫ですよ。ここでは死にませんから気にせず進んで行きましょう』

 ケイトの不安を払拭させるように優しく諭すアオイだが、決して殺しに掛かって来てる事を否定しない。

 因みに、罠はどうしてかケイトにのみ発動し、クロックバニーやコケーンが罠の上を通過しても発動はしなかった。その様を見て「……不公平だ」とややむくれっ面で愚痴を零すケイトだった。

 荒み始めてきた心は、拾ったパンを食べる事によって和らげて行く。ここまででパンは一種類のみしか見つけていないが、大きさは三段階に分かれている。一番大きいのが拳三つ分もある奴で、小さいのは拳一つ分しかない。

 見付けた食料はパンのみで、旨い事は旨いのだが食べる毎に口の水分を持っていかれる。そろそろ飲み物が欲しい、と思いながら進んで行くと次なる階層へと向かう階段を見付ける。

 階段の前にあった罠を作動させてしまい、屈んで矢をやり過ごしてから下る。

 下の階層へと降りて、一歩踏み出す。地面を踏むと同時に、大きな穴が開く。穴は人が一人余裕で収まる程の大きさだ。

「へっ?」

 ケイトは体勢を崩し、何が起きたか理解出来ぬまま重力に身を任せて穴の底へと落下していく。


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