第二話
「隊長!ご無事で!」
出迎えたのは巨漢の兵士だった。
「デン、センショの森で奴らの一体に遭遇した」
「そ、それは……」
「ああ、もう、あまり時間が無いようだ。俺はこのままメガロ殿の所に報告に行く。お前はこちらの女性を案内してくれ。足を怪我しているそうだ。丁重にな」
「はっ」
デンの返事にうなずくとエイタルは馬を再び走らせる。シノはその後ろ姿をじっと見送った。
「シノ!」
歳のいった女性がシノを見つけるとものすごい勢いで近づいてきた。
「お母さんっ」
目を赤くして怒りの表情を浮かべたシノの母親はシノの頬を張ろうと手を振り上げた。しかし、杖をつくシノの姿を見て手は力を失い、怒りの表情も消え失せる。残ったのは涙だけだった。
シノの肩を抱き、声を殺して泣き始める。
「お母さん……ごめんね……」
その様子を静かに見守っていた巨漢が口を開く。
「それでは私はこれで」
優しげな微笑みを見せ、背中を向けた。
「あ、あの、ありがとうございました!」
巨漢は振り向かないまま手を上げ去っていった。
そこには老人と子供ばかりで若者はいなかった。男も女も動ける者は役割を与えられ、どこかで働いているのだろう。私も、とシノは思った。
(私もエイタル様のお役に立ちたい……!)
シノは強く願った。
落ち着いたシノとシノの母親は周りの老人達と情報交換を始めた。シノが見たトカゲの化け物の話をすると周り中からどよめきが起こった。
「や、やはりあの話は事実だったのか……」
老人の一人が呟く。北の小国ツツメスをあっと言う間に制圧した異形の兵士の話はツツメスからの難民によって周辺諸国に広まっていた。
「今回の流れ星は男だったらしいが……」
ため息をつく老人達。皆、子供の頃から聞かされていたアン女王の伝説には憧れのような感情を抱いていたのだ。自分達に降りかかる災厄と醜悪な化け物はそれと結びつけるのには抵抗があった。
「しかしなあ……そう言えば、アン女王様も周りの国を次々と従えていった訳だし……」
「ああ……、だがしかし……」
俺達が聞いてきたアン女王の話とはあまりにも……、そんな感情が老人達の表情を暗くする。
アン女王の伝説。
遥か昔、流れ星がスターフィールの地に落ちた。その流れ星は女の子だった。アンと名乗ったその少女は不可思議な力を持っていた。やがて、リクヨウの宮廷に迎えられた少女はその力で次々と周りの国々を従えていき、ついにスターフィールを統一した。
そして百年が経った。アン女王は現れた時と変わらない若々しいすがたで健在だったという。それは二百年が経っても変わらなかった。三百年が経とうかという時、アン女王は消えた。何の前触れも無く、突然消えたのだという。
現在ではその話ははっきりと伝えられているのにも関わらず、半神話的扱いになっていた。信じるものも多くいたが疑う者もまた多い。疑う者の考えでは特にアン女王が絶世の美女だというのが眉唾ものだという。
しかし、どちらにせよアン女王の伝説はスターフィール大陸に住む者にとって身近な存在であった。
陽が落ち、暗くなってきた。村の若い女達が帰ってくる。シノとまたひとしきり互いの無事を喜びあっているうちに夜は更ける。皆、横になっていくが眠れぬ者も多かった。そして、ついにその声が響き渡る。
「敵襲ーーーーーーーーーーーー!」