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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第二十章 背反の双丘
99/100

第二十章 背反の双丘 其の七

変更履歴

2012/01/28 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m

2012/01/28 記述統一 捕え → 捕らえ

2012/01/29 誤植修正 乗せた → 載せた

2012/09/21 誤植修正 上り階段へを → 上り階段を

2012/09/21 誤植修正 怪物たとしたら → 怪物だとしたら

2012/09/21 誤植修正 間逆の → 真逆の

2012/09/21 誤植修正 食事を取って → 食事を摂って

2012/09/21 誤植修正 棒先で → 棒の先で

2012/09/21 誤植修正 不安が過ぎるが → 不安が過るが

2012/09/21 誤植修正 タウロス → タウルス

2012/09/21 句読点調整

2012/09/21 記述修正 軽く紹介を済ませてから → 極めて簡潔に狼と鼠の紹介を済ませてから

2012/09/21 記述修正 獄吏達は馬の執事へと → こちらに気づいた獄吏達は馬の執事へと

2012/09/21 記述修正 上りの階段への道を開いて私達は通されて → 上りの階段への道を開けて

2012/09/21 記述修正 一団は裏側に当たる → 我々一団は裏側に当たる

2012/09/21 記述修正 その先には両開きの門が見えていて → この廊下の更に先には、独房の扉の構造と同じく腕が組み合わされた両開きの大きな門が見えていて

2012/09/21 記述修正 両開きの門が見えて来て → 両開きの門があり

2012/09/21 記述修正 今度はそちらへと向かって進んで行く → 今度はその門へと向かった

2012/09/21 記述修正 看守達の駐屯する地区を → 看守達の駐屯するこの地区を

2012/09/21 記述修正 牢番達も数多く居るのが判った → 鼠頭の牢番達も数多く居るのが判った

2012/09/21 記述修正 この地区を通過しなければならない → この地区を通過する

2012/09/21 記述修正 脱獄する為には自分のいる階を含めて → 脱獄する為には、自分の収監されている階を除く

2012/09/21 記述修正 全ての階の看守達を片付けて行かねばならない訳だ → 全ての階の看守部屋を突破しないとならない訳だ

2012/09/21 記述修正 地帯は数mはあり → 地帯は10m以上続いており

2012/09/21 記述修正 前は全く見通せない → その先は全く見通せない

2012/09/21 記述修正 腕は扉の腕と同じく → 腕は扉の閂代わりのそれと同じく

2012/09/21 記述修正 廊下の幅を考えると → 廊下の幅から計算すれば

2012/09/21 記述修正 宛ら巨人の腕かの様に → 宛ら巨人の腕の様に

2012/09/21 記述修正 その剛腕のゲートは開かれて左右の壁側へと寄り集まって行く → 開く様に指示がされたらしく、無数の腕は繋ぎ合っていた手を離して肘を曲げ、左右の壁側へと寄り集まり、程なく剛腕のゲートは開かれた

2012/09/21 記述修正 上り階段を上って行く → 上り階段を上り始めた

2012/09/21 記述修正 各扉の前の天井からは → 各扉の前の天井には地下牢にあった目が一定の間隔で埋め込まれている以外に

2012/09/21 記述修正 館内だとは思うのだが → 館内だと思われ

2012/09/21 記述修正 色調は統一された壁の生皮や → 色調は統一された壁や床の生皮や

2012/09/21 記述修正 両壁で一対になっている → 両壁で一対の

2012/09/21 記述修正 一つの扉を指さしてから → 一つの扉を指差してから

2012/09/21 記述修正 壁一面が両開きの巨大な扉になっている場所で、扉の前には → 曲がった先は壁の中央に天井まで達する縦の細い溝がある場所で、壁の前には

2012/09/21 記述修正 両開きの扉の表面を叩いたり → 壁の溝近くを叩いたり

2012/09/21 記述修正 棒先で何かを描く様に → 棒先で壁に何かを描く様に

2012/09/21 記述修正 すると連続した地響きが起き始めて → すると地響きと共に隙間風に似た音が聞こえ始めて

2012/09/21 記述修正 次第にそれは大きくなってから → それは一旦大きくなってから徐々に小さくなり

2012/09/21 記述修正 最後に一度大きめの振動と共に止み、巨大な扉が開き始めた → 聞こえなくなると同時に壁の溝が割ける様に開き始めた

2012/09/21 記述修正 ものの数秒で開ききった大扉の奥は → ものの数秒で、宛ら巨大な声帯の様に縦筋は三角形に開ききった入り口へと変わり

2012/09/21 記述修正 数mほど廊下が伸びた様に見えるものの、その伸びた先には何も無く行き止まりになっていた → カバルスはその入り口へと入って行く

2012/09/21 記述削除 これに何の意味があるのかが良く判らないが、カバルスはその小部屋へと入って行き、

2012/09/21 記述修正 その行き止まりへと向かって進んで行き → その小部屋へと入って行き

2012/09/21 記述修正 立ち止まっていた私へと → 立ち止まっていた私も

2012/09/21 記述修正 私も後に続く →その後に続くと、奥はほぽ正方形の何も無い小さな部屋になっていた

2012/09/21 記述修正 全員が廊下の行き止まりまで進んだのを → 使用人以外の全員が小部屋に入ったのを

2012/09/21 記述修正 馬は斑犬へと → 馬は外の斑犬へと

2012/09/21 記述修正 使用人は先程開いた扉の内側に当たる壁面に → 使用人は

2012/09/21 記述修正 叩いたり描いたりの動作を行ってから、後ずさって扉から離れる → 小部屋の外から壁面へと叩いたり描いたりの動作を行っていた

2012/09/21 記述修正 すると今度は扉が閉まり始めて → すると今度は開いていた入り口が閉まり始めて

2012/09/21 記述修正 正方形に切り取られた廊下に → 正方形の小部屋に

2012/09/21 記述修正 扉がまたもや開き始めた → 三角形の扉がまたもや開き始めた

2012/09/21 記述修正 従僕の脇を通り過ぎて → 犬頭の従僕の脇を通り過ぎて

2012/09/21 記述修正 かなりの明るさがある → かなりの明るさがあった

2012/09/21 記述修正 昇降室の扉が見えていて → 昇降室の声帯状の扉らしき縦の溝が見えていて

2012/09/21 記述修正 幾つもの扉が見えており → 幾つもの至って普通の扉が見えており

2012/09/21 記述修正 昇降室の大扉の前に → 昇降室の前に

2012/09/21 記述修正 私は晩餐会の支度が → 私めは晩餐会の支度が

2012/09/21 記述修正 何らかの儀式はここでも問題ありませんでしょうか → 儀式の方はここでも問題ないでしょうか

2012/09/21 記述修正 執事が答えそうな疑問として → 執事が答えられそうな疑問として

2012/09/21 記述修正 執事の立場たる私では → 執事の立場たる私めでは

2012/09/21 記述修正 では私はこれで → では私めはこれで

2012/09/21 記述修正 テーブルクロスを引いて → テーブルクロスを掛けて

2012/09/21 記述修正 骨ではない陶器の食器を → 骨ではない陶器製の白い食器を

2012/09/21 記述修正 セットし始めていた → 並べ始めていた

2012/09/21 記述修正 セットされた平皿には → 平皿には

2012/09/21 記述修正 私は三毛猫達の給仕が完了して → 三毛猫達の給仕が完了して

2012/09/21 記述修正 自分で椅子を引いて座ると → 私は自分で椅子を引いて座ると

2012/09/21 記述修正 だとすれば → ならば

2012/09/21 記述修正 独房の扉を良く見ると → 周りの扉を良く見ると

2012/09/21 記述修正 私がいた → 私が居た

2012/09/21 記述修正 互いに腕を掴み合って閂の代わりとなり → この腕が閂の代わりとなり

2012/09/21 記述修正 剣を下げており → 鞭を下げており

2012/09/21 記述修正 猪達に感じたのと似ている → 猪達と同様の

2012/09/21 記述修正 この者達はこの地下牢獄の獄吏である → 彼らはこの地下牢獄の獄吏で

2012/09/21 記述修正 着きました、猊下 → 到着しました、猊下

2012/09/21 記述修正 相反する立場に居るから → 相反する立場に居る点から

2012/09/21 記述修正 先程とは別の装飾の → ここに入った時とは異なる装飾の

2012/09/21 記述修正 先程立っていた使用人とは別の → 先程見たのとは別の

2012/09/21 記述修正 この動く廊下は → この動く小部屋は

2012/09/21 記述修正 黄金の女王と言う呼び名の → 黄金の女王と言う呼び名をした

2012/09/21 記述修正 メイドがテーブルセッティングまでしてして準備しているのは → 使われている食器やメイドがテーブルセッティングまでしているのは

2012/09/21 記述修正 ちゃんと挽肉に処理されていて → こちらはちゃんと挽肉に処理されていて

2012/09/21 記述修正 何と言ってもこれはまともに料理として成り立っている事に → 料理として成り立っている事に

2012/09/21 記述修正 殆んど食べたのではないかと思う程食べた後に → 殆んど飲み干した後に

2012/09/21 記述修正 口が受け付けなくなるのではないかと → 体が受け付けなくなるのではないかと

2012/09/21 記述修正 空は更に青さが増して青天へと変わっていて → 空はそのまま暗くなるかと思いきや、青から紫へと変化し

2012/09/21 記述修正 そんな晴れ渡っている空に → ここに囚われる前に見た

2012/09/21 記述修正 真っ黒な三日月の様なものが浮かんでいるのが見えた → 青紫色の光を放つ異様な太陽もうっすらと姿を現わし始めていた

2012/09/21 記述修正 囚われる前に見たのが闇夜に浮かんでいた紫色の満月だとすると → 囚われる前に見たのが紫色の満月だとすると

2012/09/21 記述修正 今が昼だとすればあれは黒い太陽なのだろうか → 昼間の空は一体どの様な色調なのだろう

2012/09/21 記述修正 段々となだらかに変わり → 遠ざかるに連れて段々となだらかに変わり

2012/09/21 記述修正 赤い空の昼間には欠けている黒い太陽が昇り、紫掛かった青く丸い月が闇夜に昇る → 月があれなのだからきっと太陽も異様な色彩に違いない

2012/09/21 記述追加 いや、告げられている情報から現時刻を考えれば~

2012/09/21 記述修正 空はすっかり暗くなっていた → ここに現れた当初に見たのと同じ空になっていた

2012/09/21 記述修正 戻ったのを見てから再び手をつけた → 戻ったのを見てから食事を再開した

2012/09/21 記述修正 黒い生皮が貼られているらしい → 褐色の生皮が貼られているらしい

2012/09/21 記述修正 鮮血の様な赤から青空へと変化しつつあり → 鮮血の様な赤から青空へと侵食される様に変化しつつあり

2012/09/21 記述修正 普通に考えると → その変わり方はともかく、普通に考えると

2012/09/21 記述修正 そんな事を考えていると → そうして私が周囲を見渡していると

2012/09/21 記述修正 廊下の中央に → やがて牢屋のない広間へと繋がり、広間の中央には

2012/09/21 記述削除 廊下はそれを取り囲む様に左右に分かれており、

2012/09/21 記述修正 灰色の狼の獄吏が屯していた → 灰色狼の獄吏が屯していた

2012/09/21 記述修正 二の腕辺りに握り締めていた様な → 手首辺りに握り締めていた様な

2012/09/21 記述修正 他に幾つか見える閉められている扉は、 → 他の扉は

2012/09/21 記述修正 互いの腕が掴み合っているのが見える → 全て互いの腕が掴み合っているのに気づいた

2012/09/21 記述修正 白い生皮の壁、敷き詰められた絨毯 → 継ぎ目すら判らない滑らかな白い壁、床一面に敷き詰められた分厚い絨毯

2012/09/21 記述修正 是非控えの間にてお寛ぎ頂ければと → 是非お寛ぎ頂ければと

2012/09/21 記述修正 「さて、それでは本日の晩餐会の会場である、『胃の間』の控え室へとご案内致します → 「本日の晩餐会は『胃の間』で行なわれます

2012/09/21 記述修正 そこで早めの食事を摂って頂き → 猊下には控えの間にて早めの食事を摂って頂き

2012/09/21 記述修正 狼のルプス達がいて → 狼のルプス達が居て

2012/09/21 記述修正 左右に看守達の部屋が連なる長屋の通りの様な場所だった → 一本道の左右廊下のが牢屋の代わりに、看守達の部屋が連なる場所であった

2012/09/21 記述修正 ここにある調度品は → この部屋の建材や調度品は

2012/09/21 記述修正 どの程度の時間が経ったのかは → どの程度時間が経過したのかは

2012/09/21 記述修正 正確ではなかったが → 正確に把握出来ていないが

2012/09/21 記述修正 今晩の晩餐についてや → 今夜の晩餐についてや

2012/09/21 記述修正 内側からは黒い壁をしている → 城内からは黒い壁をした

2012/09/21 記述修正 食べる事が出来た → 食する事が出来た

2012/09/21 記述修正 意を決して夕食に手を伸ばした → 周囲を気にせずに夕食に手を伸ばした

2012/09/21 記述修正 そう言って、カバルスを先頭にして、一行は → 語り終えると一行はカバルスを先頭に、

2012/09/21 記述修正 長屋の終わりらしき門をくぐって → 詰所の反対側の門をくぐって

2012/09/21 記述修正 雰囲気が違う場所へと出た → 雰囲気の違う場所へと出た

2012/09/21 記述修正 従順に使命を全うして → 従順に使命を全うし

2012/09/21 記述修正 この体となった今の私としての → 今の私としての

2012/09/21 記述修正 そのお方は → その御方は


扉の外はひたすら左右に伸びる長い廊下になっていて、廊下の両側の壁には私が入っていたのと同じ様な扉が延々と連なり、床も壁も天井も独房内と同様に、継接ぎの様に様々な色の生皮が貼られていた。

独房の扉が開かない様になっていた仕組みを確認すべく、周りの扉を良く見ると、扉の左右の壁から腕が三本ずつ生えていて、私が居た部屋の腕は下に垂れ下がっていた。

その腕を良く見ると、手首辺りに握り締めていた様な手の跡が付いており、他の扉は全て互いの腕が掴み合っているのに気づいた。

仕組みとしては、この腕が閂の代わりとなり、外開きの扉を開かなくしている様だ。

各扉の前の天井には、地下牢にあった目が一定の間隔で埋め込まれている以外に、松明を掲げた人間の腕が一本ずつ生えており、その手は死後硬直しているかの様に微動だにせず、松明からの火の粉が降りかかっても全く反応していない。

廊下の幅はかなり広めで、数人並んで歩ける程度はあり、私の連行は廊下で待っていた灰色の犬らしき頭の看守四人に、斜め四方を囲まれて、その前を鹿に警護されながら馬が歩く隊列だ。

ここで始めて見た灰色の犬達は、歩く時に立てる音からして、どうやら雑用をしていない方の看守達の様で、体格は馬よりは小さいものの、腰には武器らしき棍棒や鞭を下げており、猪達と同様の獰猛そうな雰囲気を感じる。

「彼らはこの地下牢獄の獄吏で、狼のルプスと申しまして、その役職は、時には刑吏や拷問吏でもあります。

普段この監獄の雑務をこなすのは、牢番である鼠のミヌトゥスと言う者達です。

ルプスは腕の立つ者達ですので、どうかご面倒は起こさぬ様にお願い致します」

私の方を振り向いたカバルスは、極めて簡潔に狼と鼠の紹介を済ませてから、すぐに背を向けて前に進み始めた。

今夜の晩餐についてやそれ以外にも色々と確認したい事はあったが、連行中と言う事もあり、ここは取り敢えずこの牢獄から出るまでは黙っている事にして、やたらと重く感じる天使の錘を抱えつつ歩き出した。




かなり長い廊下を進んで行くとやがて牢屋のない広間へと繋がり、広間の中央には大きな階段の裏側が見えて来て、そこにも数名の灰色狼の獄吏が屯していた。

こちらに気づいた獄吏達は馬の執事へと頭を下げると、塞いでいた上りの階段への道を開けて、我々一団は裏側に当たる階段の昇降口へと回り込んだ。

この廊下の更に先には、独房の扉の構造と同じく腕が組み合わされた両開きの大きな門が見えていて、その前にも獄吏達が居たが、そちらには向かわずに階段を上って行く。

階段は途中の踊り場で折り返しており、一つ階を上がるとまたもや同じ様な両開きの門があり、今度はその門へと向かった。

そこでも狼のルプス達が居て、彼等が門扉を開けるとその中は、一本道の廊下の左右が牢屋の代わりに、看守達の部屋が連なる場所であった。

この場所には狼頭の獄吏以外にも、いつも雑用をしていた、ミヌトゥスと言う名らしい鼠頭の牢番達も数多く居るのが判った。

どうやらこの牢獄は一つの階を上がる為に、看守達の駐屯するこの地区を通過する作りになっているらしく、脱獄する為には自分の収監されている階を除く、全ての階の看守部屋を突破しないとならない訳だ。

詰所の反対側の門をくぐって看守部屋の地区を抜け、また正面に見えている階段を上ると、今度は多少雰囲気の違う場所へと出た。

そこはもう正面へと進む廊下も無い場所であり、階段から繋がる道は横に一つだけしか無い。

その脇の廊下へと進むとすぐに直角に左へと曲がっていて、更にすぐ先には検問らしき場所があり、そこにも数名の灰色の狼達が封鎖する様に待ち受けていた。

ここで言う検問とは、鉄格子状の狭い間隔で、無数の太く逞しい腕が両側の壁から生えていて、それが何重にも手を繋ぎ合って道を阻んでいるものであり、その腕の格子がある地帯は10m以上続いており、その先は全く見通せない。

腕は扉の閂代わりのそれと同じく、左右からそれぞれの手首を掴み合う形で繋がっていて、廊下の幅から計算すれば腕の長さは2m以上はある筈なのに、長い腕には見えない所を考えると、宛ら巨人の腕の様に相当に太いのだと気づいた。

これが只単に廊下を塞いでいるだけでも厄介なのに、もしその手に武器でも持って襲い掛かられたらと思うと、やはり脱獄はかなり厳しいと感じた。

栗毛馬はここで何かを検問の狼達に伝えると、開く様に指示がされたらしく、無数の腕は繋ぎ合っていた手を離して肘を曲げ、左右の壁側へと寄り集まり、程なく剛腕のゲートは開かれた。

ここまで私を包囲していたルプス達も、ゲートの手前で引き返して行く。

灰色狼達の管轄はここまでと言う事は、牢獄の終わりを意味すると推測して、遂に地上へと出るのかと期待を抱きつつ前方を見ると、ゲートの先に新たに二人の鹿達が待ち受けているのが見えた。

ゲートを通り過ぎた後に、新たな近衛兵に合流して私が左右を挟まれると、更に一団は一本道の廊下に沿ってすぐに左へ曲がり、目の前にあった上り階段を上り始めた。




今までよりも明るくなっているその階段を上ると、そこは薄暗い地下ではない、地上の階であった、

階段の周囲を見ると、まるで階段を包囲する様に鹿の近衛兵が屯しており、幾つかの扉が開け放たれている部屋の中にも多くの鹿達が見えて、どうやらここは近衛兵の詰所の中央に階段がある構造になっている様だ。

恐らくここは地上の館内だと思われ、くすんではいるが少なくとも色調は統一された壁や床の生皮や、表面が平らな扉、壁から生える両壁で一対の腕が持つ三本の蝋燭が立っている燭台等、今までよりはかなり増しだが、あの道化の王と対話した部屋と比べると、やはり質感は低い様に思える。

そうして私が周囲を見渡していると、馬頭のカバルスが立ち止まりこちらを向いて声が掛けられた。

「到着しました、猊下、まずはここで入浴して頂き、汚れたお召し物を着替えます」

そう言って一つの扉を指差してから、その中へと入る。

その部屋はどうも使用人用らしい、簡素なものだが浴槽を備えた浴室であり、そこに前にも見た様な気もするが毛並みの異なる、二人の錆猫の女中が居た。

足枷の錘を浴槽の両脇に用意されていた台に載せた後、私は錆猫のメイドに促がされるままに、ふざけた衣装を脱がされてから、体と錘を洗われた。

こう言った時の扱いはまるで王族の様だが、両足には囚人の証でもある足枷を嵌められて、実に酷い食事しか与えられていないし、今現在に於いても女中達は、王の目に触れる私の方よりも、衣装に隠れてしまう錘を丹念に洗っている点も、実に腑に落ちない。

この応対の一貫性の無さは、勅使と虜囚と言う、相反する立場に居る点から生じているのだろうか。

そんな事を考えつつ、錆猫達にされるがままにしていると、新たに用意されていた同じ様な白い衣装を着させられて、入浴と着替えは終了した。

若干着心地が変わっている事に気づいて確認してみると、着替えたこの衣装の方が、前に着ていた物よりも生地が上等になっているのが判った。

私の様子を部屋の隅で確認していた馬の執事は、支度が整ったのを見計らい口を開いた。

「本日の晩餐会は『胃の間』で行なわれます。

猊下には控えの間にて早めの食事を摂って頂き、晩餐会への出番をお待ち頂きます。

窮屈な牢獄に比べて快適に過ごせる部屋となっておりますから、まだ時間にはかなりの余裕もございますので、是非お寛ぎ頂ければと存じます。

では参りましょう」

語り終えると一行はカバルスを先頭に、女中のカトゥス達を残して浴室を後にした。




階段から更に離れる方向に廊下を進むと、廊下は突き当たって左右へと伸びる内装の異なる廊下へとぶつかっており、執事はその手前にある右へと曲がる方へと進んだ。

曲がった先は壁の中央に天井まで達する縦の細い溝がある場所で、壁の前には道化の王の隣に居たのと同じ格好をした、一人の斑犬の使用人が立っていた。

栗毛馬の執事の姿を確認した使用人は、執事へと歩み寄ると何かを尋ねていて、執事が返答を返すと、速やかに壁の脇に置いてあった天井まで届く長い棒を持って、壁の溝近くを叩いたり、棒の先で壁に何かを描く様に動かしてから、後ずさった。

すると地響きと共に隙間風に似た音が聞こえ始めて、それは一旦大きくなってから徐々に小さくなり、聞こえなくなると同時に壁の溝が割ける様に開き始めた。

ものの数秒で、宛ら巨大な声帯の様に縦筋は三角形に開ききった入り口へと変わり、カバルスはその入り口へと入って行く。

疑問を感じて立ち止まっていた私も、連行しているセヴルスから進む様に促がされてその後に続くと、奥はほぽ正方形の何も無い小さな部屋になっていた。

使用人以外の全員が小部屋に入ったのを確認すると、馬は外の斑犬へと合図らしき声を掛けて、それに頷いて答えた使用人は、またしても小部屋の外から壁面へと叩いたり描いたりの動作を行っていた。

すると今度は開いていた入り口が閉まり始めて、数秒後には私達は正方形の小部屋に閉じ込められた。

かと思った途端に、再び廊下は振動し始めて、妙な具合に小刻みな揺れが続いた。

何となく味わった事のある様な、僅かな圧迫感を感じる事数秒、揺れは再び収まって振動と共に三角形の扉がまたもや開き始めた。

開いた扉の先はここに入った時と異なる装飾の廊下が繋がっていて、先程見たのとは別の尨犬の頭をした使用人が立っていた。

「猊下、ただ今この昇降室にて、一階から四階まで昇りました。

この動く小部屋は生ける城の力の一つで、各階の扉の前にこの部屋を制御する為に、従僕であるファミリアリスを配しておりまして、彼等の指示で望む階へと移動させる事が出来るのです。

無論これを作り出したのは、ジェスター様の秘術の賜物であるのは、言うまでもございません。

目的の控えの間はここからもうすぐですので、今一度ご足労願います」

栗毛馬は私へとそう説明してから、頭を上げているファミリアリスと言う名の犬頭の従僕の脇を通り過ぎて、進み始めた。

私はまたも質感が変わった周囲の様子を眺めながら、執事の後を追って進んで行く。

壁や天井の生皮は透き通る様な白さで継ぎ目も判らず、表面は滑らかでかつ平らであり、毛が生えているなんて事も無く、繊細で華奢な燭台を握る壁から生え出た腕も、若い女の細腕らしく白い肌に赤く化粧された爪が灯りに照らされている。

燭台に立つ蝋燭の本数も五本と多いのもあるのだろうが、それ以上に炎の色が白っぽく強い光で、窓の無い廊下でありながらかなりの明るさがあった。

階こそ違うが方角的には元の廊下へと戻る様に直進してから、地下牢獄への階段があったのとは逆側の、右手へと曲がってまた直進する。

ここで背後を振り返ると廊下の奥の突き当たりには、たった今乗って来たのと同じ様な昇降室の声帯状の扉らしき縦の溝が見えていて、昇降室に至る廊下の左右の壁には幾つもの至って普通の扉が見えており、その各扉の左右には鹿頭の近衛兵が一組ずつ立っていた。

昇降室の前に居る従僕が二人である点や、近衛兵の配置数からして、これから向かう方よりも、そちらにより重要な存在が居るのは間違い無さそうだ。

あの先に“ジェスター”の居室があるのかも知れないと考えながら、逆方向へと進む執事の後を追う。

右手にあった近衛兵の小さめの詰所らしき部屋を通り過ぎてから、ある扉の前まで来るとその中へと案内された。




その部屋は広さこそ及ばないが、天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられ、継ぎ目すら判らない滑らかな白い壁、床一面に敷き詰められた分厚い絨毯、高価そうなテーブルと椅子やソファー等、道化の居た部屋と遜色無い質感をしていた。

この部屋の建材や調度品は人間を原料として作られた物では無く、木や金属等の素材で作られているのが判り、これを見て牛頭の家令の説明を思い出し、この世界では人間よりも金属や木材の方が価値があるのだと実感する。

部屋の奥に当たる窓の方を眺めると、鮮血の様な赤から青空へと侵食される様に変化しつつあり、その変わり方はともかく、普通に考えると朝焼けから日中への移り変わりなのだが、現時刻は晩餐会の前と言う事を考えると、多分今は夕方手前辺りなのだろう。

下の方へと目を向けると地上の黒い地面が見えており、その一帯は品種までは判らないが、白い花が咲き乱れる花園になっていた。

その白い花園はあの血生臭い城壁の内側まで広がっていて、地面の黒土や褐色の生皮が貼られているらしい城壁の黒い壁面が、互いの真逆の色彩を引き立てている。

黒い城壁は若干左側が奥へと広がっていて、その先には城壁塔があり、そこにはスクローファと言う名だった、猪の兵士が見張りをしているのが見えた。

「猊下、私めは晩餐会の支度がありますので、ここで一度失礼させて頂きますが、儀式の方はここでも問題ないでしょうか」

私が外を眺めている間に、確認をして退出しようとしていたカバルスへと、私は儀式はしないと伝えた後に、他にも訊きたい事があると言って呼び止めた。

「可能であればお答え致しますが、あまり時間がございませんので、手短にお願い致します」

表情こそ変わらないが、恐らくは不満を抱いているのだろう、僅かに早口になって執事は答えたので、私は執事が答えられそうな疑問として、晩餐会の場で私のすべき事は何かと、賓客とは誰なのかについて尋ねてみた。

栗毛馬は僅かに躊躇した後に、その情報が晩餐の席に登場する者としては必要かと判断したらしく、こちらへと向き直って語り出した。

「猊下の為さるべき事については、陛下から特に伺っておりませんので、その時の陛下の御心次第としか答えられません。

ですので特にすべき何か、と言う意味では何もございません。

それから、今宵の賓客についてですが、変に猊下が取り乱されても宜しくないでしょうから、事前にお知らせ致します。

その御方は、このエデンの友好国であり重要な交易相手でもある、鳥人族の国の女王たる、黄金の女王陛下です。

この度の女王陛下の訪問理由については、この城内を取り仕切る権限しか持たない、執事の立場たる私めでは存じ上げませんので、申し訳ありませんがお答えしかねます。

流石に使用人風情では、外交内容までは判らないとは思いますが、城外に関わる疑問については、家令のタウルスへとご確認願いますでしょうか。

では私めはこれで失礼致します」

執事は回答した後に速やかに立ち去り、その後に続いて二人の鹿も出て行った。




このエデンと言う国の住人は獣の頭をした獣人で、晩餐の相手は黄金の女王と言う呼び名をした鳥人の女王か。

その名から想像するのは、途轍もなく派手に着飾った、金色に輝く装いの鳥なのだが、実際のところはどうなのだろうか、それにあの道化に相談とは私の立場からは考えられない事だが、説明が事実ならば国家元首同士の政治的な問題でも語るのだろう。

そんな推測をしつつ扉の方を見ると、私を連行して来た鹿頭の近衛兵が二人だけ残り、扉の前に陣取って私を軟禁していたが、この状態はそれほど長くは続かず、すぐに再び扉が開かれて、今度は三毛猫の給仕役らしいカトゥスが二人、ワゴンと共に現われた。

ワゴンの下の段には、円筒状の鍋と大きな半球状の蓋が被せられた大皿が置かれ、上の段にはナプキンが被せられた食器が置かれていたのが見えた。

メイド達は部屋の中央にあるテーブルへとワゴンを運んでから、持参していた白いテーブルクロスを掛けて、骨ではない陶器製の白い食器を並べ始めていた。

平皿には半球状の蓋の中に入っていたミートローフを、切り分けてから数切れを盛り付け、底の深い皿には鍋の中身である、丸い肉団子が入った透明なスープを注ぎ、グラスには水を注いでいた。

どうもあのメイド達は、コース料理的な配膳をする心算は無くて、料理が無くなって私が要求すれば注ぎ足す形式で給仕するのだろうと判断した。

使われている食器や、メイドがテーブルセッティングまでしているのは特別として、これが使用人の食べている食事なのかと、今まで何かを失ってまで飲み込んでいた残飯と、無意識に比べてしまう。

きっと肉としてはそれほど高級なものでは無く、同じ様な質なのだろうし、それにやはり肉以外の具が無いのは変わらないのだが、こちらはちゃんと挽肉に処理されていて料理として成り立っている事に、思わず感動すら覚える。

これと比べるとあの残飯はただ血と塩を入れて、適当に切った人間らしき肉を入れて沸騰させただけの、料理とは言い難いそれ以前の代物に思えたからだ。

三毛猫達の給仕が完了して、テーブルから少し離れたのを見て、流石に椅子を引きそうには無いので、私は自分で椅子を引いて座ると、ナイフとフォークを手に取った。

女中や近衛兵に見られたままの食事と言うのは、なかなか落ち着かないものがあったが、まともな食事はこの後暫くはありつけないと思うと、食えるだけ食うべきだと考えを改めて、周囲を気にせずに夕食に手を伸ばした。

パンもワインもサラダもデザートも無く、たった二品しかない使用人用の食事は、基本は適度な塩味だが他にも若干の香辛料が入れられていて、実に食欲をそそるものだった。

どちらも挽肉なので硬かったり噛み切れない等と言う事も無く、肉団子は一口で口に入るサイズであり、ミートローフは切ろうと思えばスプーンでも切れる柔らかさで、何の苦労も無く食する事が出来た。

最初に出されたミートローフも肉団子のスープもすぐに食べ尽くし、ワゴンの手前に控えていた猫の女中へと顔を向けると、それ以上は何も言わずとも再びスープを注ぎ、切り分けたミートローフを皿へと載せた。

メイド達の給仕が終わって元の位置へと戻るまでは、グラスの水に口をつけて料理には手を出さずに待ち、戻ったのを見てから食事を再開した。

こうして私は、ここに来てからの一週間で、最も満足の行く食事を取る事が出来たのだった。




夢中で食べていたので、どの程度時間が経過したのかは正確に把握出来ていないが、恐らく一時間は経っていない筈だ。

ミートローフは全てを食べ尽くし、肉団子のスープも用意されていた量を殆んど飲み干した後に、これを味わってしまったらもうあの残飯は、体が受け付けなくなるのではないかとふと不安が過るが、今更それを気にかけてもどうにもならないと開き直り、三毛のカトゥス達がテーブルを片付けている間、離席して再び窓の外を眺めていた。

空はそのまま暗くなるかと思いきや、青から紫へと変化し、ここに囚われる前に見た青紫色の光を放つ異様な太陽も、うっすらと姿を現わし始めていた。

いや、告げられている情報から現時刻を考えれば、あれは夜空に浮かぶ月なのか。

囚われる前に見たのが紫色の満月だとすると、昼間の空は一体どの様な色調なのだろう。

月があれなのだからきっと太陽も異様な色彩に違いない、実に怪しげで不可思議な世界だが、あの奇妙な支配者がいる場所だと思えば妥当に感じる。

そう思いながら、城内からは黒い壁をした血と肉の城壁の向こう側へと目を向けると、まだ青い空の夕方で延々と続く白骨の丘陵が確りと見えていた。

馬の執事の説明ではここは四階に当たる高さの筈だが、ここから見ると自分が最初に現われた場所よりもずっと遠くまで見渡せて、この様な不遇を味わう羽目に遭いはしたが、それでもこの丘を上がったのは正解だったのだと、この時に改めて確信を持つ事が出来た。

何故なら地面の起伏は遠ざかるに連れて段々となだらかに変わり、杭の密度も下がってはいたが、骨の丘は途切れる事無く続いていて、どれだけ遠くを見ても周囲には何も見当たらず、地平線の果てまでずっと続いていたからだ。

白骨の丘を下っていれば、捕らえられる事は無かったかも知れないが、何も無い骨の道を力尽きるまで歩き続けていたかも知れないと考えると、虜囚の立場になれただけでもまだ幸運だったと捉えるべきなのかと、つい考えてしまう。

有無を言わさず力尽くで拘束されて、拒否権も与えられずに脅迫的に命題を強要され、更には殺されたと思っていた知人を捕らえていると告げられても、それでもこうして生きていられるだけ、まだ増しだったと捉えるべきなのかも知れない。

本当にあの道化がこの世界の王であり、私がこの世界では何者かも判らぬ正体不明の怪物だとしたら、こんな化物を即処分しないあの道化の王は、皮肉ではなく本当に寛容だと言えなくはないだろうか。

召使達の様子を見ていても、この悪趣味な城には秩序があるのは間違いなく、外見はともかく城内の規律は保たれていると実感する。

ならば、私の中にある道化に対する偏見となる認識を改めて、彼の言葉に従い従順に使命を全うし、この世界での地位を確立して行くのが、今の私としての正しい行動なのだろうか。

そんな疑問を生じて、物思いに耽って自問しつつ空を見上げると、いつの間にかかなりの時間は流れていて、ここに現れた当初に見たのと同じ空になっていた。

それと同時に扉の開く音が聞こえて振り向くと、牛頭の家令が部屋へと一歩入り、こちらへと声を掛けて来た。

「猊下、お待たせ致しました、お時間です、参りましょう」





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