表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第二十章 背反の双丘
96/100

第二十章 背反の双丘 其の四

変更履歴

2011/08/17 誤植修正 取り合えず → 取り敢えず

2012/01/23 誤植修正 例え → たとえ

2012/01/24 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m

2012/01/24 記述統一 捕え → 捕らえ

2012/09/03 誤植修正 ハッチワーク → パッチワーク

2012/09/03 誤植修正 得れそうな → 得られそうな

2012/09/03 誤植修正 扉が開して → 扉が開いて

2012/09/03 誤植修正 天井をを → 天井を

2012/09/03 誤植修正 タウロス → タウルス

2012/09/03 誤植修正 内容になさるのが → 無い様になさるのが

2012/09/03 誤植修正 答える様に → 応える様に

2012/09/03 誤植修正 応えてやろうでは → 答えてやろうでは

2012/09/03 句読点調整

2012/09/03 記述修正 カードに関する記述の削除

2012/09/03 記述修正 金貨に関する記述の変更

2012/09/03 記述結合 応えてやろうではないか。しかし…… → 応えてやろうではないか、しかし……

2012/09/03 記述削除 ああ、それともう一つ~

2012/09/03 記述削除 それは余にとっては全く価値の無い物だが~

2012/09/03 記述削除 カードを使うか否かは~

2012/09/03 記述修正 こうして道化の王が → こうして道化の王は

2012/09/03 記述修正 一方的な演説を喋り終えると → 一方的な演説を終えると

2012/09/03 記述修正 メイドの猫達や犬の使用人も → メイドの猫や犬の使用人も

2012/09/03 記述修正 気になったのは臭いであったが → 気になったのは臭いで

2012/09/03 記述修正 不潔な体臭らしき → 不潔さから発する体臭らしき

2012/09/03 記述修正 同じ素材の鎖が伸びており → 同じ質感の鎖が伸びており

2012/09/03 記述修正 生きた建材を用いて、作られているのではないかと → 生きた建材を用いているのではないかと

2012/09/03 記述修正 もし人間の頭であった場合 → ですが人間の頭であった場合

2012/09/03 記述修正 消費される事になります → 消費される事になるでしょう

2012/09/03 記述修正 陛下の勅命に従い金貨を集め → 陛下の勅命を全うし

2012/09/03 記述修正 面会を望まれるのが → 要求されるのが

2012/09/03 記述修正 そう言うと → 家令がそう言うと

2012/09/03 記述修正 取り敢えずここまでで → ここまでで

2012/09/03 記述修正 今までは神やら悪魔として → 今までは神や悪魔として

2012/09/03 記述削除 目標物に破壊や死を齎せば後は~

2012/09/03 記述削除 それが達成出来れば~

2012/09/03 記述削除 もしもただの一枚も金貨を見つけられなかったり、

2012/09/03 記述削除 まあそれがどう言ったものかは~

2012/09/03 記述修正 まともな行動が出来る様にしておけ → まともな行動が出来る様にしておくのだ

2012/09/03 記述削除 饅頭頭の化物よ~

2012/09/03 記述修正 そこは狭く薄暗い → そこは狭く暗い

2012/09/03 記述修正 確認が出来そうだ → 落ち着いて現状の確認が出来そうだ

2012/09/03 記述修正 異常な濃さの香水の → 異常にきつい香水の

2012/09/03 記述修正 何かされるのかと警戒して → 何をされるのかと警戒して

2012/09/03 記述修正 私が立ち上がると → すぐに立ち上がると

2012/09/03 記述修正 身分としての名であり個人を表す名ではないので → 身分としての名称であり個人を表す名前ではないので

2012/09/03 記述修正 私の様な単独の場合は私の名と → 私タウロスの様な単独の場合は名前と

2012/09/03 記述修正 彼等は敗戦後に → 彼等は敗北後に

2012/09/03 記述修正 人間の原料として → 人間を原料として

2012/09/03 記述修正 虫類の頭であれば → 虫の頭であれば

2012/09/03 記述修正 今現在は猊下お一人だけです → 今現在滞在中なのは猊下お一人だけです

2012/09/03 記述修正 勅命を受けている者達は → 勅命を受けているのは

2012/09/03 記述修正 この館の様々な場所で → この城館の様々な場所で

2012/09/03 記述修正 陛下や貴族階級の方々や → 陛下を始めとする王族や貴族階級の方々

2012/09/03 記述修正 私からの説明は以上になりますが → こちらからの説明は以上になります

2012/09/03 記述修正 私の権限で回答出来る事について、お答え致しますが → 回答出来る範囲内でお答え致しますが

2012/09/03 記述修正 大半のものは → 大半の者は

2012/09/03 記述分割 捕らえられるのです、お知り合いの → 捕らえられるのです。お知り合いの

2012/09/03 記述修正 召喚で果たすべき指示の事を → それと召喚で果たすべき指示の事を

2012/09/03 記述修正 まず最初に手で触れて感じたのは → 手で触れて感じたのは

2012/09/03 記述修正 弾力があり妙に熱を帯びており → 弾力があって妙に熱を帯びており

2012/09/03 記述修正 それなりに大きな甲高い子供の笑い声の様に聞こえる音がした → 甲高い子供の笑い声の様に聞こえるそれなりに大きな音がした

2012/09/03 記述移動 そう言って道化は牛頭の男へと合図を送ると~

2012/09/03 記述修正 そう言って道化は牛頭の男へと合図を送ると、牛の使用人は → そう言って家令は

2012/09/03 記述修正 前に出して見せた → 目の前に差し出した

2012/09/03 記述移動 それは、第一関節程の~

2012/09/03 記述修正 余からの慈悲だ、その金貨は渡してやれ → こやつに金貨の実物を見せて覚えさせよ

2012/09/03 記述修正 それからこの館に於ける最低限の礼儀作法と身分について → それとこの館での身分と最低限の礼儀作法について

2012/09/03 記述修正 私が受け取った金貨を眺めていると → 私が受け取った金貨をひと通り確認してから返すと

2012/09/03 記述修正 贈呈すると約束した金貨でございます、どうぞお受け取り下さい → 例の金貨でございます、どうぞご確認下さい

2012/09/03 記述修正 「これは我が国の貨幣であり → それは我が国の貨幣であり

2012/09/03 記述修正 要するにそちの為すべき仕事は → つまりそちの為すべき仕事は

2012/09/03 記述修正 これを探し出して余の元へと → 余の金貨を探し出して余の元へと

2012/09/03 記述削除 「余の余興でも見たであろう~

2012/09/03 記述修正 そして壊したものの中にある、これと同じ物を回収せよ、そちが行うべき事はただそれだけだ → 「そちが行うべき事は金貨を集める事、ただそれだけだ

2012/09/03 記述修正 実に簡単な仕事であろう?」 → 実に簡単な仕事であろう?

2012/09/03 記述修正 藁の寝床で横になると → 藁の寝床で横になった時

2012/09/03 記述修正 そのまま眠りに落ちていた → そのまま眠りに落ちてしまった

2012/09/03 記述修正 ここの流儀に従っておく事に決めると → ここの流儀に従うべきと結論づけると

2012/09/03 記述修正 多くの真相を聞きたいのが、当面の目標だ → 事の真相を聞き出すのが当面の目標だ

2012/09/03 記述修正 道化の王とそっくりな道化の事だが → “ジェスター”とそっくりな道化の事だが

2012/09/03 記述修正 最大の番人は、城そのものです → 最強の番人はもっと強大な存在です

2012/09/03 記述修正 それから蛇足ですが → 最後に蛇足ですが

2012/09/03 記述修正 お考えでいるのであれば → 企てているのであれば

2012/09/03 記述修正 愚かな考えは持たない事を → つまらぬ考えは持たない事を

2012/09/03 記述修正 恐らく猊下は判読が難しくて、他の者達は猊下の言葉は理解出来ても、その者達からの返答が理解出来ないでしょうから → 恐らく理解出来ないでしょうから

2012/09/03 記述修正 もっと良い待遇へと → より良い待遇へと

2012/09/03 記述修正 首の後ろで縛ってから → 後ろで縛ってから

2012/09/03 記述修正 布の角度を少し手直しした後に → 布の向きを少し手直しした後に

2012/09/03 記述修正 気を取り直して、次にこの部屋の様子を確認する → 次にこの部屋の様子を確認する

2012/09/03 記述修正 枷が付けられているのが判った → 枷が付けられているのに気づいた

2012/09/03 記述修正 落ち着いて室内の状況も → 満足に室内の状況も

2012/09/03 記述修正 そやつを地下牢へ運べ → そやつを地下牢に運んでおけ

2012/09/03 記述修正 処分をどうするか改めて検討する → 処分をどうするか改めて検討しよう

2012/09/03 記述修正 それだけでなくとも当然この城内に於いても → それだけでなくこの城内に於いて

2012/09/03 記述修正 処罰を受ける事になる事も → 処罰を受ける事になるのも

2012/09/03 記述修正 陛下や私等が発している → 今こうして用いている

2012/09/03 記述修正 養人舎から逃げ出していた人間を捕らえた時に → 建国当初に人間の大規模な反乱が起こった時、飼育施設の養人舎を一時占拠していた者達を捕らえると

2012/09/03 記述削除 どこで覚えたのか判りかねますが、

2012/09/03 記述修正 寓話もありましたが → 話もありましたが

2012/09/03 記述修正 その技を伝授された大工達が → その技を伝授された者達が

2012/09/03 記述修正 どの女中も全て → どの猫の女中も全て

2012/09/03 記述修正 全てスクローファですし → 全てスクローファで

2012/09/03 記述修正 扉は一見すると壁と同じ様な継ぎ接ぎ模様だったが、確認するとこちらはある程度規則的で → それに対して扉は床と違ってある程度規則的で

2012/09/03 記述修正 細長い棒状の物を、まるでログハウスの丸太の壁の様に、 → まるでログハウスの丸太の壁の様に、細長い棒状の物を

2012/09/03 記述修正 約1m程の鎖の先には、翼の生えた赤ん坊の天使の形をしているらしい彫像が → 約1m程の鎖の先に、鎖を掴んでいる翼の生えた赤ん坊の天使の形をしているらしい

2012/09/03 記述修正 鎖を掴んでいるのが判った → 私の頭部よりは小さい彫像が繋がっていた

2012/09/03 記述修正 つまらぬ考えはご再考する事を → つまらぬ考えはご再考される事を

2012/09/03 記述修正 普通の民の様に処刑出来る様なものでも無く → 簡単に処刑出来る様なものでも無く

2012/09/03 記述修正 くれぐれもご機嫌を損ねる事の → くれぐれも機嫌を損ねる事の

2012/09/03 記述修正 その身分は終生変わる事が → それは終生変わる事が

2012/09/03 記述修正 その扉は上部に → その扉は上部中央に

2012/09/03 記述修正 人間は出入り出来ない幅、約10cm程度の隙間が空いている → 床から約10cm程度の隙間が空いている

2012/09/03 記述修正 この奇怪な名をした → この奇怪な名を持つ

2012/09/03 記述修正 陛下との対話でも → 陛下との謁見でも

2012/09/03 記述修正 それを身につけてからに致します → それに着替えてからに致しましょう

2012/09/03 記述修正 後頭部に強烈な打撃を受けて → 後頭部に強烈な打撃を食らい

2012/09/03 記述修正 逆に罰を与えねばならぬ → 逆に罰を受けねばならぬ

2012/09/03 記述修正 口を歪めてから間を置いて → 更に口を歪めてから間を置くと

2012/09/03 記述修正 横幅いっぱいの大きさのある → 横幅いっぱいの大きさの

2012/09/03 記述修正 こちらは人間の標準的な大きさの目が → 私の頭部と変わらない巨大な目が

2012/09/03 記述修正 この地での滞在を許可されます → 半人としてこの地での滞在を許可されます

2012/09/03 記述修正 序列に応じた職種に → 序列に応じた下位の職種に

2012/09/03 記述修正 踝まで届く程に長いのだが → 踝まで届く程に丈が長いのだが

2012/09/03 記述修正 或いは散髪時に着る刈り布を、前だけでなく横や後ろも長くした物にしか → 或いは散髪時に着る刈り布にしか

2012/09/03 記述修正 記述削除 申し訳ありませんが、

2012/09/03 記述修正 部屋の右奥の箇所に → 部屋の奥の箇所に

2012/09/03 記述修正 左奥には便所らしき蓋と穴がある事と → 何故か床の中央に窪みがある事と

2012/09/03 記述修正 床や壁が平らではなくパッチワークじみた、様々な色の → 壁が平らではなく様々な色の

2012/09/03 記述修正 こんな不気味なものがずっとあったのかと思うと、気分が悪くなる → こんな不気味なものが存在する所に閉じ込められているのかと思うと、一刻も早くここを逃げ出したくなった

2012/09/03 記述修正 その様な立場に転落しない様に → その様な立場に転落なさらぬ様

2012/09/03 記述修正 もう次の動作に入り、私へと一枚の金貨を差し出した → もう次の動作に入っていた

2018/01/27 誤植修正 そう言った → そういった


「そちが行うべき事は金貨を集める事、ただそれだけだ、どうだ、実に簡単な仕事であろう?

それは我が国の貨幣であり、表には余の横顔が、裏には我が国の紋章が刻まれている。

つまりそちの為すべき仕事は、余の金貨を探し出して余の元へと運ぶ事だ。

そちの知りたがっている多くの疑問についても、分相応な働きを見せたならば、その恩賞として答えてやろうではないか、しかし……」

そこで一旦言葉を切った“ジェスター”は、見開きっぱなしの左眼を一旦細めて更に口を歪めてから間を置くと、かっと見開いて言葉を繋いだ。

「しかし、入手に失敗した場合は、逆に罰を受けねばならぬ。

それだけでなくこの城内に於いて、目に余る失態や余に対する冒涜や背信が見つかれば、それ相応の処罰を受ける事になるのも、忘れるでない。

今のそちの価値なんぞは、そこらに転がっている骨の欠片とさして変わらんのだからな。

余からの説明はこれで全てだ、後は大人しく召喚までの間、奴隷以下の怪物たるそちに相応しき場所にて、我が下僕としての初仕事に備え、心して待つが良い。

タウルス、こやつに金貨の実物を見せて覚えさせよ、それとこの館での身分と最低限の礼儀作法について、確りと躾けておけ。

つまらぬ失態で興を台無しにされては、面白くないからな、調教に関してもお前に任せる、晩餐会に出しても恥ずかしくない程度の、まともな行動が出来る様にしておくのだ。

それが無理ならば、使えぬ物は仕方が無い、処分をどうするか改めて検討しよう。

これにて謁見は終了だ、スクローファ達よ、そやつを地下牢に運んでおけ」

こうして道化の王は一方的な演説を終えると即座にこの謁見を終わりにし、タウルスと呼ばれた牛頭の使用人と脇に居たメイドの猫や犬の使用人も、それに応える様に一礼していたのが見えた。

これで終わらされてしまっては、私の疑問は殆んど解決していないと焦り、反論すべきかと迷った数瞬の合間に、私を両脇から押さえていた、どうやらスクローファと言うらしい猪の兵士達から、後頭部に強烈な打撃を食らい意識を失った。




再び目を覚ますと、そこは狭く暗い独房の中だった。

あの道化の居た部屋では、急な展開が続いて満足に室内の状況も確認出来なかったが、今は自分一人しか居らず拘束も解かれていたので、落ち着いて現状の確認が出来そうだ。

まず最初に、殴られたのであろう頭部や体の痣を確認していると、右足首に枷が付けられているのに気づいた。

枷からは同じ質感の鎖が伸びており、それを手繰っていくと約1m程の鎖の先に、鎖を掴んでいる翼の生えた赤ん坊の天使の形をしているらしい、私の頭部よりは小さい彫像が繋がっていた。

念の為に引っ張ってみるが、当然その程度では鎖はびくともせず、天使の彫像はずしりと重く、鎖同士は接触して擦りあうと、甲高い子供の笑い声の様に聞こえるそれなりに大きな音がした。

これでは走って逃亡するのは難しそうだと理解してから、次にこの部屋の様子を確認する。

この暗い場所でまず気になったのは臭いで、道化の居た部屋で味わった異常にきつい香水の匂いとは違い、不潔さから発する体臭らしき不快な臭いが漂っている。

部屋の中で目につくのは、唯一光が差して部分的には見えている、恐らく廊下に面した壁の中央にある、出入り口の扉だった。

その扉は上部中央にスリット状の小さな覗き窓があり、下部には食べ物を入れる為なのだろうか、床から約10cm程度の隙間が空いている。

道化の王と対面した豪華な部屋とは異なり、牢獄なのもあるだろうが、窓も無いこの独房では部屋全体が暗く、扉の外から差し込む僅かな光では、この室内の他の部分の様子を目視で把握するのは不可能だった。

そこで私は四つん這いになって手探りで辺りを探り、室内の状態を確認する事にした。

手で触れて感じたのは、ここの床も壁もかなり波打つ様に荒れている事と、弾力があって妙に熱を帯びており、若干湿ってもいる事だった。

捕らえられる前に見た流血する城壁の有様を考えると、ここの壁や床も何らかの生きた建材を用いているのではないかと思えてしまい、思わず悪寒が走る。

床から立ち上がって、壁も含めて手が届く範囲の全てを確認してみると、この3m四方の狭い部屋には、入り口から見て部屋の奥の箇所にベッドの代わりらしき藁が積まれていて、何故か床の中央に窪みがある事と、壁が平らではなく様々な色の壁紙が不規則に継ぎ接ぎされているのが判った。

それに対して扉は床と違ってある程度規則的で、まるでログハウスの丸太の壁の様に、細長い棒状の物を縦に並べて繋げている様に思えた。

勿論扉は施錠されていて、こちらから押しても全く動かず、引くにもドアノブに当たる突起も無く、覗き窓や下の空いている部分を掴んで手前に引いてみても、やはり動きはしなかった。

もし閂の様な施錠だけなら、上手くすればここから手を出せば届くのではないかとも思い、一度試そうとしたが、廊下の外で見張っているらしい者から、訛りのきつい罵声と共に出した手を蹴り飛ばされて、すぐに手を戻す羽目になった。

スクローファと呼ばれていた猪の兵士に比べれば大した力では無いみたいだが、見張っている者は、私の独房の目の前にでも居るのか、或いは足音も立てずに移動する能力でも持っている様で、蹴られるまで私には感知出来ず、安易に脱獄は出来なさそうだと感じた。

今が昼か夜かも判らない状況の中で、これまでの事を考えようと藁の所で座っていると、時を移さずに、今度はしっかりとした足音が聞こえて来た。

その足音は段々と大きくなり、この部屋の前で止まるとびくともしなかった扉が開いて、数人の獣頭の半人達が入って来る。

最初は右手に抜き身の剣を構えて、左手に松明を持った二人の鹿の兵士、その後に牛頭の正装をした使用人と、最後は手に白い布を抱えた白い猫のメイドだった。

何をされるのかと警戒して、すぐに立ち上がると鹿の兵士は剣を構えたので、私は抵抗の意思は無いのを表す為に、両手を上げた。

兵士達の後ろから牛頭の使用人が低い声で何かを命じて、鹿達の剣を下ろさせてから私の前へと進むと、こちらへと聞き取れる言葉で語り始めた。

「先程はご挨拶が出来ず、申し訳ありませんでした。

まずはこちらから、ご挨拶をさせて頂きます。

私はこの城で家令を務めさせて頂いております、タウルスと申します。

我が主の指示に因り、猊下には当館に滞在するのに必要な、礼儀作法と身分についてご理解頂きたく、私から説明させて頂く為に参りました。

その前に陛下から御召し物の贈り物がございますので、まずはそれに着替えてからに致しましょう。

一度腰を下ろして頂けますでしょうか、カトゥス」

そう言うと、カトゥスと言う名らしい白猫のメイドが前に出て来てこちらへと近づき、膝をついた私へと、手にしていたシーツにしか見えない白い布を広げて、私の頭へと被せた。

その布は裾の長いポンチョの様な構造をしており、首を通す穴から頭を出された後は、首の所を紐で適度に窄めて後ろで縛ってから、布の向きを少し手直しした後に、一度牛頭の使用人へと何かを伝えていた。

「猊下、もう一度立ち上がって頂けますか」

使用人からの指示に従って私は立ち上がると、メイドは私の周りを一周しながら、着付けた状態を確認していた。

その作業を速やかにこなすと、仕立てには問題は無かったらしく私から離れて、命じたタウルスへと終了の報告なのか何か声を掛けてから、一礼して先に独房を出て行った。

私は改めて、着させられた道化の王からの贈り物とやらを確認すると、これは首から踝まで届く程に丈が長いのだが手を出す穴は存在しておらず、外套の様な長さの白いポンチョか、或いは散髪時に着る刈り布にしか見えなかった。

この家令が私を猊下と呼ぶ点と、今の自分の頭部が白い球体であるのを加味した時、私の脳裏に何か雨の降っている風景が閃き、詳細は思い出せなかったが、この姿がとても屈辱的であると本能的に感じた。

あの道化の王は、私を本当のジェスターの意である、滑稽な宮廷道化師に仕立てようとしているのではなかろうか。

「良くお似合いです、猊下」

しかし牛頭の家令はこの姿を見ても全くの無表情であり、無頓着な態度のままに社交辞令的な応対をした後、もう次の動作に入っていた。

「それと、こちらが例の金貨でございます、どうぞご確認下さい」

そう言って牛の使用人は懐から一枚の硬貨を取り出して、私の前まで歩み寄り目の前に差し出した。

それは、第一関節程の大きさをした金貨だった。

私は屈辱と不満を堪えつつ着せられた布を手繰って手を出してから、気に食わない意匠の金貨を受け取った。

小さいながらずしりと重みがあるのは、純金の証明か。

私が受け取った金貨をひと通り確認してから返すと、タウルスは道化の主に命じられていた仕事をこなすべく語り始めた。

「まず最初に、当主であらせられるジェスター様について、ご説明致します。

陛下はこの国の建国者であり、人間達に支配されていたこの土地を奪還した英雄でもありまして、現在は初代国王として百年の安定した統治が続いております。

その為当館のみならず、この国に於ける陛下のお立場は神と等しいものであり、その支配者としての言葉は絶対の価値と力を有しております。

その深い思慮からの御言葉は、時に我々も至らぬ故に理解が及ばない事もございますが、陛下のなさる事は結果的には常に正しくあり、そこに疑う余地はありません。

裁判に於いても、裁き手たる陛下に対して赦しを乞う事になりますので、陛下の逆鱗に触れては命は無いとお考え下さい。

しかしながら、従順な者達に対しては陛下は寛容であり、多くの臣民は約束された安寧を享受しておりますので、陛下の期待に応える事こそが命を長らえ、最終的には幸福を得る事にも繋がります。

次に、この獣人の国である、エデンについてご説明致します。

ご覧の通り、このエデンの住人は陛下を除いて、全て獣頭半人の種族でございまして、国内に於ける身分はその頭部の種族に因り決定されて、それは終生変わる事がありません。

分類方法は至極単純明快で、獣としての身体能力で決定されておりまして、簡単に申せば、力強き猛獣達は上位である貴族であり、家畜や小動物はそれぞれ序列に応じた下位の職種についている様な次第です。

例えば私タウルスは家令であり、先程衣服をお持ちした猫のカトゥスは女中となります。

この名は身分としての名称であり個人を表す名前ではないので、私タウルスの様な単独の場合は名前と同義ですが、複数人存在する職種の場合は意味合いが変わります。

どの猫の女中も全てカトゥスと言う名ですし、猪の頭をした衛兵達は全てスクローファで、鹿の頭の近衛兵達は全てセルヴスとなるのです。

こう言った生まれついた自らの身分と立場を理解して、それに従事し陛下の怒りを買わなければ、生活は保障される理想的な世界です、我々エデンの民にとっては。

このエデンにも頭部が人間の生物も存在していますが、彼等は敗北後にあらゆる資材として活用される万能な資源として、食材や建材や時には愛玩動物として用いるべく、養殖に因る頭数管理をしております。

もうお分かりでしょうが、この城館も人間を原料として建てられています。

人間を原料として加工する力は陛下の持つ秘術の一つでありましたが、現在では陛下から直々にその技を伝授された者達が、建物の建築や補修を行っております。

我々エデンの民にとっての人間は、このエデンの礎となる為に作り出される存在でしかなく、彼等はどの様な姿形にされても、文句など言えぬ只の資材でしかありません。

建国当初に人間の大規模な反乱が起こった時、飼育施設の養人舎を一時占拠していた者達を捕らえると、この地をディストピアだと叫んだと言う話もありましたが、それは敗者たる人間達の戯言に過ぎません。

もう一度言っておきます、ここエデンは、為すべき事さえこなしていれば、幸福に過ごせる獣人達の理想郷なのです。

次に今の猊下のお立場について、ご説明致します。

現在の猊下の身分は虜囚であり、城内での自由な行動は許されませんし、陛下の前でも意見はおろか、許可が出なければ拝顔する権限すら無いのです。

しかし、その奇怪な被り物の下に獣の頭がついているのなら、獣人族として市民権を得る事が出来ます。

もし鳥の頭であれば友好国である鳥人族の旅行者として通行証を与えますし、爬虫類や両生類や虫の頭であれば、この地に滞在を可能とする特別な許可証が無い場合は、爬虫人・両生人・蟲人族の民として、それぞれの国へと送還致します。

ですが人間の頭であった場合、資材として管理・選定され、適役の用途へと消費される事になるでしょう。

ですがこれらの措置には一つだけ例外がありまして、猊下は今陛下から勅命を受けておりますので、その場合はたとえ人間であったとしても、勅使として認められている間は、半人としてこの地での滞在を許可されます。

この勅使と言う身分は、陛下のお心一つで容易く変わるものですので、くれぐれも機嫌を損ねる事の無い様になさるのが宜しいかと存じます。

今は任命されてはいても実績がございませんので、虜囚としての扱いとなっておりますが、功績を重ねていけばそれに応じた自由や権限を、陛下より賜る事が出来ます。

そうすれば居住場所や食事についても、より良い待遇へと変わりますので、それまではこの粗末な場所で辛抱頂きますでしょうか。

因みに猊下の様な勅使は、他にも多数居られましたが、陛下の命令に逆らったり、陛下を欺こうとしたり殺めようとした挙句、皆企みに失敗して処刑されておりまして、今現在滞在中なのは猊下お一人だけです。

勅命を受けているのは大抵が特別な力を有する者達ですので、その身分を剥奪されたからと言って、簡単に処刑出来る様なものでも無く、そういった処刑出来ない者達は、陛下の駒として働く勅使から一転して、災いを為す悪魔としてこの城館の様々な場所で封じられています。

猊下もその様な立場に転落なさらぬ様、お気をつけ下さい。

直近の処刑された勅使としては、“嘶くロバ”と名乗っていた者が偽証罪に因り処刑されて、現在はここよりも更に地下にある牢獄に、力を封じられて幽閉されております。

そう言えば、陛下との謁見でもその名が出ていたと記憶しておりますが、猊下はあの者の事をご存知だったのでしょうか。

もし面会を望むのであれば、陛下の勅命を全うし、その恩賞として要求されるのが一番の早道となります。

最後にこの地での言葉について、ご説明致します。

今こうして用いている猊下もご理解頂ける言語と言うのは、エデンの民の中でも上位の身分の者しか理解出来ない、半人族の標準語でありこの世界の共通語です。

ですので身分が低い兵士や使用人達の言葉は、恐らく理解出来ないでしょうから、何かご用命の際には私タウルスか馬の執事であるカバルスが居る際にご発言下さい。

陛下を始めとする王族や貴族階級の方々、司祭、医者、司書、宮廷魔術師の言葉は標準語ですので会話は可能ですが、勅使の身分では返答は出来ても、勅使からこの方達へ声を掛ける事は許されておりませんので、ご注意下さい。

こちらからの説明は以上になります、何か質問があれば、回答出来る範囲内でお答え致しますが」

黒牛の家令に因る説明が終わり、私は今まで聞いた内容以外で家令の立場で回答を得られそうな疑問を考えて、一瞬器の事が過ぎったがこれを判るとは思えないのと、私に対して語る許可が下りているのは作法と身分についてだけであろうから、たとえ何かを知っていてもこの家令は答えないだろう。

他に一つ残っていた疑問として、以前私の前に現われた時の道化師の姿や名乗った名の違いについてが、かなり気に掛かっていた。

どう見ても中身は同一人物だが、その性格や口調は別人の様に見えていた、あれは演技なのかそれとも本当に別人なのか。

この内容を無難な問い掛けにして、私は家令へ王は常にあの様な口調や性格なのかと尋ねると、家令の回答は陛下は普段通りであり、あれ以外の姿などは無いし性格が変わる事も無いと断言していた。

それ以外には、現状思いつく疑問は無いと答えると、家令は最後にもう一度口を開いた。

「最後に蛇足ですが、猊下があらぬ事を企てているのであれば、それは恐らく失敗する事になりますので、つまらぬ考えは持たない事をお勧め致します。

たとえ猊下が、ここの兵士であるセルヴスやスクローファを容易く倒せたとしても、この城での最強の番人はもっと強大な存在です。

天井をご覧下さい」

家令がそう言うと、鹿達は持っていた松明を高く掲げた。

指示に従い天井を見上げると、そこには横幅いっぱいの大きさの巨大な口が噤んでいて、更に四隅には私の頭部と変わらない巨大な目が一つずつ付いており、時折瞬きをしているのが見えた。

こんな不気味なものが存在する所に閉じ込められているのかと思うと、一刻も早くここを逃げ出したくなった。

「この聖ディオニシウスの骸は、別名生ける城であり、未だかつて脱獄や脱走に成功した者は存在しません。

大半の者は兵士に捕えられるのではなく、この城自体に捕らえられるのです。

お知り合いの“嘶くロバ”も同様に、逃亡に失敗してこの城に捕えられました。

その点も踏まえて、つまらぬ考えはご再考される事を、私からはお勧め致します。

猊下の勅命の儀式に関しては、恐らく一週間後辺りになるのではと思われますが、その主命を受け次第手配致しますので、それまではこちらでお待ち下さい。

それでは失礼致します」

そう言うと一礼して、タウルスと言う身分の家令は、セルヴスと言う身分らしい鹿の近衛兵を連れて出て行った。




牛の家令達が出て行った後、私は今の諸々の講釈を振り返りつつ、今後の行動について考えていた。

家令の忠告では、兵士よりも問題はこの城自体だと言っていた、具体的にどの様な仕組みがあるのかは判らないが、もし天井の口がこちらへと伸びて来るのなら、私を一飲みにするのは容易いだろう。

そんな罠の様な物が、この奇怪な名を持つ城館の館内に張り巡らされているのだろうか、だとすると軽率な行動は危険だと思える。

それと召喚で果たすべき指示の事を勅命と呼んでいた様に聞こえたが、召喚を発動させるのに儀式が必要だとは初耳だ、この地では勝手にトンネルが近づいて来る様な現象は、発生しないと言う事か。

それも何となく道化の秘術の一つだと言われそうだが、この点は次に来た時に、家令へと聞くだけ聞いてみる価値はあるかも知れない。

後は“クラウン”と名乗っていた、“ジェスター”とそっくりな道化の事だが、もはやこれは道化当人に直接確認するか、“嘶くロバ”にでも尋ねるしか無さそうだ。

ここまでではっきりした事は、今までは神や悪魔として半ば誇大妄想的に自覚していたのが、一転して囚われの身へと落ちて、忌々しい道化師の指図を聞かねばならない、隷属された立場へと変わったと言う不快で受け入れ難い事実だろう。

抗う術も無く牢屋に閉じ込められ、不気味な天井の目に監視されて、更にこの様なおかしな衣装を着させられ、命ぜられるままに働かなくてはならないとは、神が聞いて呆れてしまう。

感情的には納得し兼ねるがしかし今は未だ、この屈辱的な身分に甘んじておくべきだろう。

まずは“嘶くロバ”との再会を果たして、事の真相を聞き出すのが当面の目標だ。

それを達成してから、ロバの紳士の話と状況に因っては、共謀して脱出を図る事も出来るかも知れない。

とにかく好機が訪れるまでは、大人しくここの流儀に従うべきと結論づけると、今までの様々な展開で心身共に疲弊していたのもあって、取り敢えず藁の寝床で横になった時、扉の下の隙間に一瞬、羽ばたく翅の様な光るものが見えた気がしたが、疲労から来る強力な睡魔には勝てず、そのまま眠りに落ちてしまった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ