第二十章 背反の双丘 其の三
変更履歴
2011/08/08 記述追加 杖を掴んでいる指が~ → 追加
2011/08/08 記述追加 膝に載せられている左手も~ → 追加
2011/08/09 記述追加 室内には息苦しさを覚える程の~ → 追加
2011/08/16 誤植修正 取り合えず → 取り敢えず
2012/01/21 誤植修正 例え → たとえ
2012/01/21 誤植修正 移動速度は倍は早く → 移動速度は倍は速く
2012/01/21 誤植修正 して見れば → してみれば
2012/01/22 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2012/01/22 記述統一 捕え → 捕らえ
2012/09/01 誤植修正 知れぬが → 知らぬが
2012/09/01 誤植修正 城壁の部分たろう → 城壁の部分だろう
2012/09/01 誤植修正 負い付かれてしまう → 追い着かれてしまう
2012/09/01 誤植修正 申し開きやの → 申し開きや
2012/09/01 誤植修正 朦朧としている前に → 朦朧としている内に
2012/09/01 誤植修正 丘の上に立つ → 丘の上に建つ
2012/09/01 誤植修正 昇るに連れて → 登るに連れて
2012/09/01 句読点調整
2012/09/01 記述削除 立地的な矛盾は説明がつくが~
2012/09/01 記述修正 苦痛や感覚は → 苦痛や感覚に於いても
2012/09/01 記述結合 変わっていた。それとここまで来ると、今まで吹いていた → 変わっていて、更に今まで吹いていた
2012/09/01 記述修正 この辺りに来ると、杭は極めて密接し → この辺りまで来ると杭は極めて密接し
2012/09/01 記述修正 前方から吹いて来る湿気のある温暖な風に代わっていた → 前方から湿気のある温暖な風が絶え間なく吹いている
2012/09/01 記述修正 過去を垣間見たり出来た → 過去を垣間見たりといった
2012/09/01 記述分割 興味深いものであったであろう、過去を垣間見たりといった → 興味深いものであったであろう。過去を垣間見たりといった
2012/09/01 記述修正 「良く見るが良い → 「篤と見るが良い
2012/09/01 記述修正 滑稽な己の姿を → その無様で滑稽な己の姿をな
2012/09/01 記述修正 どう思っていたかは知れぬが → どう思っていたかは知らぬが
2012/09/01 記述修正 罰を与えてやったまでよ → 罰を与えてやったまでの事
2012/09/01 記述修正 余の為に働くのであれば → 余の為に尽くすのであれば
2012/09/01 記述修正 許可してやっても良いぞ → 許可してやっても良いぞ?
2012/09/01 記述追加 嘗ての召喚でも痛みを伴う事態は幾つかあったが~
2012/09/01 記述分割 その許可も得てはおらぬからだ、今はたまたま余の計らいで → その許可も得てはおらぬからだ。今はたまたま余の計らいで
2012/09/01 記述修正 話をしてやっているだけの事だ → 話をしてやっているだけだと知れ
2012/09/01 記述修正 しかしそれをそちが手に入れた時には、実に鷹揚な余としては → しかし実に鷹揚な余としては
2012/09/01 記述修正 実に寛大な広い心で以って → 事と次第に因っては、実に寛大な広い心で以って
2012/09/01 記述修正 聞き入れてやろうではないか! → 聞き入れてやろうではないか。
2012/09/01 記述修正 太い線で囲まれた口だけで → 太さをした一本線で引かれた口だけで
2012/09/01 記述修正 彫刻に出てきそうな → 宛ら彫像かと見紛う程の
2012/09/01 記述修正 全裸の屈強な男の肉体だった → 全裸の屈強な男の身体だった
2012/09/01 記述修正 この杭だらけの丘が → この杭だらけの道が
2012/09/01 記述修正 厳つい体と比較しても → 厳つい図体と比較しても
2012/09/01 記述修正 逃げ果せる可能性としては → 逃げ果せる手段としては
2012/09/01 記述修正 直に追い着かれてしまうのは時間の問題だと知りつつ → 追い着かれてしまうのは時間の問題だと焦りつつ
2012/09/01 記述修正 何回転か転がって → 何回も転がって
2012/09/01 記述修正 棍棒を投げつけたのが → 投げつけて来た棍棒が
2012/09/01 記述修正 見た目通りの強力な腕力で → 見た目通りの強い腕力で
2012/09/01 記述修正 この地の王 → この地を統べる王
2012/09/01 記述修正 今の自分の顔に驚愕している感情が → 今の感情が
2012/09/01 記述修正 丸い顔に触れると自身の顔を触れている実感も感じて、更に驚いた → 改めて丸い顔に触ると間違いなく触れている感覚もあった
2012/09/01 記述修正 ロバの首だったとでも → 別のロバの首だったとでも
2012/09/01 記述修正 体を大事にしろ、の意味だったのかと思い知らされた → 体を大事にしろと言う意味を思い知らされた
2012/09/01 記述修正 有り難く聞くが良い → 心して聞くが良い
2012/09/01 記述修正 適当な言葉を語っているだけなのか → 適当な事を語っているだけなのか
2012/09/01 記述修正 それからその格好では奴隷以下だ → しかしその格好では奴隷以下だな
2012/09/01 記述修正 どう見ても白い球体に → これは白い球体に
2012/09/01 記述修正 この頭は被り物にしか見えなかった → まるで被り物としか思えない代物だった
2012/09/01 記述修正 自分の目で見ていた通りの → 自分の目で見ていた通り
2012/09/01 記述修正 二人の小柄なメイド服を着た、猫の召使いを連れて → メイド服を着た、二人の小柄な猫の召使いを連れて
2012/09/01 記述修正 そのうちに猪の兵士共は → その間に猪の兵士共は
2012/09/01 記述修正 或いはここら辺りでも → 或いはこの辺りでも
2012/09/01 記述修正 杭に上がれば逃れられるかも → 杭の上に登ってしまえば逃れられるかも
2012/09/01 記述修正 攀じ登れる傾斜ではないし → 攀じ登れる傾斜ではなく
2012/09/01 記述修正 もう助からないだろうし → まず助からないだろうし
2012/09/01 記述修正 見た目の通りに体力のあるこの器は、長時間の上り坂でも問題無くこなしていたのだが → 白く光る緩やかな坂道を進み続けていると
2012/09/01 記述修正 この距離では全く見えないが → この距離では全く見えないものの
2012/09/01 記述修正 多くの人間が居る建造物が → 多くの人間が居る何らかの施設が
2012/09/01 記述修正 私は長く遠くへ離れる様に落下したとは思えず → 私は遠くへ離れる様に落ちたとも思えず
2012/09/01 記述修正 大量の木の杭で → 大量の木の杭であり
2012/09/01 記述修正 大量に不規則な長さや角度で、地面に立っているのだ → 不規則な長さや角度で無数に地面に刺さっているのだ
2012/09/01 記述修正 全てこの男の仕掛けだったのだと → やはりこの男の仕掛けだったのだと
2012/09/01 記述修正 憤りが蘇って来るのを感じた → 不条理に対する憤りが再燃するのを感じた
2012/09/01 記述修正 受けた衝撃で → その時に受けた衝撃で
2012/09/01 記述修正 脈打ち、震え、蠢いて → 震えて、熱を放ち、脈打っており、
2012/09/01 記述修正 それぞれの血管が血を噴いている → 千切れた血管から血を噴き続けている
2012/09/01 記述修正 その肉の壁は → その悍ましい壁は
2012/09/01 記述修正 血管から血が流れ、壁面を血塗れにし → 破れた血管から血が溢れ出して壁面を血塗れにし
2012/09/01 記述修正 外観を合せるかの様に → 外観を合せる為か
2012/09/01 記述修正 背骨と肋骨の凹凸が → 連なる背骨と肋骨の凹凸が
2012/09/01 記述修正 それにその動き方が全体として統一性が無く、 → 更に
2012/09/01 記述修正 私は頂上へと目指して → 私は
2012/09/01 記述修正 何かしらの器としての力を期待しつつ → 何らかの力を期待しつつ
2012/09/01 記述修正 まだ原形を留めていた、大きな頭蓋骨を見ると → まだ原形を留めていた頭蓋骨を見ると
2012/09/01 記述修正 その大きさからして人間の様に思えて → その大きさからして人間のものらしく
2012/09/01 記述修正 ここはどうやら処刑された人骨で出来ている丘らしい → この地面はどうやら処刑された人骨で出来ているらしい
2012/09/01 記述修正 幻想的な満月の様なものだけが見えており → 怪しげな満月らしきものだけが見えており
2012/09/01 記述修正 私の器からは、奇跡的にも致命的な苦痛は → 私の器に苦痛は
2012/09/01 記述修正 ゴツゴツした尖った石が → 尖った砂利が
2012/09/01 記述修正 そちは余に対して、申し開きや意見を口にする権限など → 申し開きや意見を口にする権限などうぬには
2012/09/01 記述修正 この愚か者が → この戯けが
2012/09/01 記述修正 それはあのロバの事でなのか? → それはあの驢馬頭の事でなのか?
2012/09/01 記述修正 それを裏づけていたが → 被り物である認識を強めたのだが
2012/09/01 記述修正 金銀の刺繍が入った → 金銀糸の刺繍が入った
2012/09/01 記述修正 金銀や宝石で飾り付けられた → 貴金属や宝石で飾り付けられた
2012/09/01 記述修正 特徴的な左右非対称の肉体や、目を引く赤い巻き毛や赤い目も変わらず → 特徴的な左右非対称の肉体や目を引く赤い色の巻き毛と目
2012/09/01 記述修正 紅白の道化服に紅白の手袋や靴も → 紅白の道化服に手袋や靴も
2012/09/01 記述修正 装飾品が若干違っている様に感じた → その他の装飾品が若干違っているのに気づいた
2012/09/01 記述修正 真意を計りかねて → 真意を測りかねて
2012/09/01 記述修正 無言のままで道化師を睨んでいると → 無言のまま道化師を睨んでいると
2012/09/01 記述修正 見えない態度をしていた → 見えない態度を取っていた
2012/09/01 記述修正 どこから考えて良いのかも判らず、混乱していた → どれから考えて良いのかも判らない
2012/09/01 記述修正 過去の召喚の詳細の事も → 過去の召喚の詳細の事も、どれもが気に掛かって仕方がない
2012/09/01 記述修正 牛頭の使用人は → それを聞いた使用人は
2012/09/01 記述修正 どれだけ奇妙な姿をしているのか → どれだけ珍妙な姿をしているのか
2012/09/01 記述結合 宝冠を被っている。右手には → 宝冠を被っていて、右手には
2012/09/01 記述修正 持ち主と同じ道化顔のデザインをしている → 握りの部分が持ち主と同じ道化顔と言う悪趣味な装飾が施された
2012/09/01 記述修正 象牙製らしい飾りが付いた杖を → 象牙製らしい杖を
2012/09/01 記述修正 黒い犬頭の人間が立っていた → 黒い犬頭の人間が立っている
2012/09/01 記述修正 奴等の言語の号令らしい → 兵士達の号令らしい
2012/09/01 記述修正 これで面目は保たれるから → これで面目は保たれるので
2012/09/01 記述修正 合計で十人は居る猪と狢の兵団は → 総勢二十匹は居る猪と狢の兵団は
2012/09/01 記述修正 私の望む様なまともな精神を持った → 私の望むまともな精神を持った
2012/09/01 記述修正 骨の道に繋がる城壁は → 骨の道に繋がる城壁の箇所は
2012/09/01 記述修正 隙間なく並んでいた → 隙間なく配置されていた
2012/09/01 記述修正 遂に待望の建造物が → 遂に待望のものが
2012/09/01 記述修正 白骨を踏みしめて進むのは → 白骨を踏み締めるのは
2012/09/01 記述修正 歩く速度が落ちる事も無く → 歩く速度も落ちずに
2012/09/01 記述修正 あの落ちて来た谷の底では → 落ちて来た谷の底では
2012/09/01 記述修正 死体の残骸が刺さっているのもあり → 死体の残骸が引っ掛かっているのもあり
2012/09/01 記述修正 それを堪えて周囲を確認する → それを堪えつつ周囲を確認する
2012/09/01 記述修正 疾走してついて来ており → 疾走してついて来ていて
2012/09/01 記述修正 恐怖を覚えた → これまでに感じた事の無い程の恐怖を覚えた
2012/09/01 記述修正 鏡を退けた後も → 鏡を片付けた後も
2012/09/01 記述修正 テーブルが置いてあり → アンティーク調のテーブルが置いてあり
2012/09/01 記述修正 肘付き椅子が見えた → テーブルと揃いの肘付き椅子が一脚見えている
2012/09/01 記述修正 それはどこかで自身を見て確認すべきと判断する → 形状については今はそこまでにして別の観点で考察を再開する
2012/09/01 記述修正 気づかなかったのだが → 最初は全く気づかなかったのだが
2012/09/01 記述修正 取敢えずは無事に辿り着いたらしい → 奇跡的にも無事に辿り着いたらしいのが判ると
2012/09/01 記述修正 私は反転させてから立ち上がると、周囲を見渡した → 私は周囲を見渡した
2012/09/17 誤植修正 何週か → 何周か
2012/09/17 記述修正 暗闇の中に黄色ではなく青紫色に光り輝く、怪しげな満月らしきものだけが見えており → 夕焼けの様な橙色の空の中央に、黒い光を放つ青紫に輝く異様な太陽が浮かんでおり
2012/09/17 記述修正 今は夜中の三時らしいのが → 今は三時らしいのが
2012/09/17 記述修正 雪だるまが首だけになったか → それにしても見れば見るほど奇怪な姿だ
尖った砂利が体を圧迫する痛みと、凩の様な冷たい風の寒さで凍えて、私は目を覚ました。
たとえ気体だったとしてもその落下速度からして、全身が砕け散ったに違いないと思える程の衝撃であったのに、意識を取り戻した私の器に苦痛は感じなかった。
奇跡的にも無事に辿り着いたらしいのが判ると、谷底を確認すべく私は周囲を見渡した。
途中から光が届かなくなっていたのだから、何も見えないであろうと推測していたのだが、その予測は外れていた。
空を見上げると、夕焼けの様な橙色の空の中央に、黒い光を放つ青紫に輝く異様な太陽が浮かんでおり、それとは対照的に、足元は燐光の様に光る一面青白い大地が見えていて、どうやらここは白く光る丘陵の中腹の様だ。
私が今居る場所は、この丘陵の麓から丘を回りながら頂上へと昇る馬車道らしく、道には車輪の轍が出来ていて、そこから外れるととてもではないが馬車は通れない様な風景が広がっている。
それは大量の木の杭であり、不規則な長さや角度で無数に地面に刺さっているのだ。
私の身長を大柄な人間程度だと想定すると、3mから4mの高さで突き立つ杭は、上部が鋭利でそれが下に行く程に直径が大きくなっていて、地面辺りでは人間の胴体程の太さになっている。
この杭の中には白骨化した死体の残骸が引っ掛かっているのもあり、これらは串刺し刑に処された罪人の様に見える。
その死体の骨が、大地と同様に青白く光っているのを見て、改めて地面を確認すると、砕けていて原形を留めておらず最初は全く気づかなかったのだが、これらは全て白骨の破片であるのが判った。
まだ原形を留めていた頭蓋骨を見ると、その大きさからして人間のものらしく、この地面はどうやら処刑された人骨で出来ているらしい。
それを理解した上で再度周囲を確認すると、ここは見渡す限りの丘陵地帯であり、面積としては先程まで居た円形状の丘陵と、さして変わらない大きさはあるだろう。
もしここが元は一切の平地であったとすると、想像を絶する処刑者で築かれている丘なのは間違いない。
これ程の人間が全て、トーラスの丘の上に住んでいたと考えるのは、少々無理がある気がする。
と言うより今私の居る場所は、恐らく落ちて来た谷の底では無いのではと思えていた。
この推測がより正しいと裏づけるのは、私の周囲には一切聳え立つ様な高い絶壁が存在しない点だ。
落下して来た大地の土台に当たる部分が見えなくなる程、私は遠くへ離れる様に落ちたとも思えず、そうなるとトーラスの丘は宙に浮いていたか、或いは土台が真下には無く、木の枝の様に曲がっていたとも考えられなくも無いが、何となくその可能性は低い気がする。
ここで私は自分の体を確認すべく下を向くと、そこには今まで無かった筈の人間的な肉体があり、その姿は宛ら彫像かと見紛う程の、白い肌をした全裸の屈強な男の身体だった。
器が変わっていると言う事は、即ちここは先程とは別世界なのだと確信しつつ、自分の目で見えない頭部について手探りで確認すると、やけに大きく丸い形状をしているのが判った。
まるで何か被り物でもしているかの様であり、完全な人間の裸体である胴体との違いに疑問を抱きつつも、形状については今はそこまでにして別の観点で考察を再開する。
器が変わったのだから、何らかの力を期待しつつ糧の流れを探るが、前回と同様に糧は全く届いていない。
つまり今の私は、頭部が良く分からないが、超自然の力も期待出来ない生身の肉体を持った、只の全裸の男でしかないらしい。
ここまで考えた後に、私はこれからどうすべきかを検討し始めた。
進むべき道は、この一本道を上るか下りるかだが、下りの道を目で追っていくと、丘を周回しながら延々とこの杭だらけの道が続いているだけにしか見えず、それ以外に何かが有りそうには見えない。
逆に上る道の先も下りの道と同じく丘を回る様に登っているだけだが、この距離では全く見えないものの、轍の数からして頂上付近には多くの人間が居る何らかの施設があるのでは無いかと期待出来る。
取り敢えず頂上に行けば、周辺の風景も見えるかも知れないし、何らかの情報が掴めるのでは無いだろうかと思い、私は坂道を登り始めた。
裸足で割れた白骨を踏み締めるのは、予想よりは苦痛も少なく、歩く速度も落ちずに進む事が出来た。
周回する馬車道は、一周の距離の体感としては、トーラスの丘の外周と変わらない様に感じる。
しかしトーラスの丘の時と比べて今の私の姿の方が移動速度は倍は速く、道も砂利道であり探索もせずに進んでいるので、一周する時間は格段に短い。
何周か上っていくと気づいたのは、杭の密度が上がって来た事くらいだろうか。
最初に居た場所であれば、道なりでは無く頂上目指して斜面を真っ直ぐに登り、杭を避けつつ杭の森を突っ切るのも可能かと思えたが、今では杭の密度が高過ぎて視界も妨げられており、巨大な障壁の様になりつつある。
杭自身は発光しないので、より白骨の道が闇の中にくっきりと浮かび上がって、道を外れる心配は皆無になったのが唯一の利点か。
白く光る緩やかな坂道を進み続けていると、体を動かしている所為かも知れないが、それ以外にも登るに連れて、気温が上がっている様な感覚を覚えていた。
更に数周上った所で、いよいよ頂上部に達したらしく、馬車道は丘の斜面に沿った、殆んど直線の緩やかなカーブから、ほぼ直角に丘陵中心部へと曲がっていた。
この辺りまで来ると杭は極めて密接し、人間では入る事すら出来ない程に変わっていて、更に今まで吹いていた冷たい空っ風は止んでおり、その代わりに前方から湿気のある温暖な風が絶え間なく吹いている。
そんな杭の壁に挟まれた、真っ直ぐに頂上へと進む道を辿って行くと、遂に待望のものが視界に入り始めた。
まず最初に見えたのは、城壁らしき建造物で、更に近づいて行くと今度は杭の壁よりも高い位置に、その奥にある城壁よりも奥の建造物らしい、二つ並んだ塔が見えて来た。
右側に見える塔の方が少し低く、こちらの塔は時計塔になっている様で、巨大な時計の文字盤らしき物が、この辺りの骨と同じ原理なのか光って見えている。
現在の時刻を確認出来るかと思い目を凝らすと、針の状態からして今は三時らしいのが判った。
時計の文字盤の燐光に照らされて、辛うじて見えている左側の塔は、右の時計塔よりも塔自体は低いが、上部の尖塔部分を合せると時計塔よりも高い様だ。
こちらは単なる周囲を見張る為の塔であるらしく、特に特徴のある物はついていない。
時計塔の三角屋根の上にも、見張りの塔の尖塔の三角屋根の上にも、国旗だろうか旗が見えるのだが、流石に模様等の詳細については見えず、良く判らない。
燐光に照らされた範囲で最も気になるのは、やはり城壁の部分だろう、その理由は城壁の色合いが、私の想像する材質では無い様に見えていたからだった。
それはある意味、この異様な世界に相応しいとも思える、肉で出来た城壁だった。
まるで鯨の様な巨大な動物を捌いたかの様な、赤い生肉の壁が聳り立ち、肉の表面に走る大小無数の破れた血管から血が溢れ出して壁面を血塗れにし、その流れ出た血は壁面下の堀に流れ込み、溜まっているのが見える。
嫌悪感を抱きつつも更に近づいて行くと、その悍ましい壁は単に捌かれた巨大な肉が置いてあるのではなく、壁は生きていて、震えて、熱を放ち、脈打っており、それに合せて千切れた血管から血を噴き続けている。
更に肉壁を良く見ると、一つの塊ではなく敢えて言うなら挽肉の様に、異なる部位の筋肉が寄せ集められて、一つの肉塊として癒着しているのが判った。
つまりこれは、合成して作られた生きている肉の壁だと判り、嫌悪感は更に増大する。
更に骨の道に繋がる城壁の箇所はどうやら跳ね橋になっている様だが、他の城壁部分とは異なり只の雑多な肉塊では無く、頸と四肢を切り落とした人間の背中が整列して隙間なく配置されていた。
しかし見た目は城壁と外観を合せる為か、生皮を剥がされて赤黒い肉を晒しており、癒着に因って組織融合しているかの様な完全な密着具合で、連なる背骨と肋骨の凹凸が他の壁面とは異なる模様に見せている。
こんな形の生物が存在する訳は無いだろうから、これは意図的に超自然の力で作り出された、一種の怪物なのだろう。
白骨の丘の上に建つ流血する生きた肉の城壁、明らかに悪趣味だとしか思えないこの建造物に、私の望むまともな精神を持った情報提供者が居るとは、到底思えない。
やはりこんな気色悪い丘は下って、別のもっとまともな場所を目指すべきだったのかも知れないと後悔し始めた時、人間の背中で出来た跳ね橋が、ゆっくりとこちらへと倒れ始めた。
私は跳ね橋が下りた後に現れる存在に注意を向けて、その時を待ち構えるべきかと一瞬迷ったが、嫌な予感の方が好奇心よりも上回り、振り返って跳ね橋の様子を確認しつつ、来た道を小走りに戻り始めた。
かなりゆっくりと時間を掛けて下りて来た跳ね橋の向こう側に居たのは、銀色の甲冑姿の大柄な猪の頭をした兵士と、小柄な狢の頭をした兵士の集団だった。
黒っぽい毛並みの猪の兵士は、厳つい図体と比較してもなお巨大な頭をしていて、胴長短足なのだが腕力は相当に強そうに見える。
それに対して狢の頭をした兵士は、皆猪よりも頭一つは小さく横幅は半分程度しか無くて、こちらはそれ程強そうには見えない。
総勢二十匹は居る猪と狢の兵団は、酷く訛りの強い言葉の様な良く判らない号令の元で、一斉に下り切った跳ね橋を駆け足で渡ると、こちらへ向かって突っ込んで来るのが見えた。
私は命の危険を感じて、全速力で逃走し始めた。
あの獣の兵隊と戦った所で、一対一ならまだしも、この数と武装の差では勝ち目が無い、寧ろこちらが全裸で身軽な点を利用して、逃げるのが得策だ。
可能性は低そうだが、とりあえず奴等が不審者を追い払いたいだけなら、これで面目は保たれるので追手は引くだろう。
執拗に追跡された場合は、私を捕らえるべく差し向けられた兵隊であろうから、一本道であるこの場所では、一旦は振り切れたとしてもそのまま逃げ切れる可能性は低い。
数少ない逃げ果せる手段としては、両脇の杭の森に身を潜める事だが、それには入り込める密度の所まで走って戻らなければならない。
或いはこの辺りでも、杭の上に登ってしまえば逃れられるかも知れないが、杭はとても攀じ登れる傾斜ではなく、もし登ろうとして手間取ったり滑り落ちたりした時は、まず助からないだろうし、先程は手にはしていなかったが飛び道具を出されたら、最早どうしようもない。
だからこそここで最も確実なのは、走って逃げる事だ、そう判断して、私は全速力で下り道を走った。
我ながらそれなりの速度が出ており、鎧姿の獣共には追いつかれまいと思っていたら、私の想像を上回る速さで奴等は追従しており、小さく聞こえている兵士達の号令らしい雄叫びが段々と近づいて来るのが判った。
半ば信じられずに後ろを振り向くと、狢は後方の様だが猪共が二足走行で疾走してついて来ていて、その速さは明らかに私を上回っていた。
外見からは想像出来ない俊足に驚き、まるで普通の四本足の猪に追い駆けられている様だと感じながら、追い着かれてしまうのは時間の問題だと焦りつつ、全力で走り続けた。
もう一周出来れば、杭の壁に潜り込めるかも知れない所まで下った時、突如足に強烈な打撃を受けて、私は転倒しながら吹っ飛んだ。
何回も転がって杭の根元へと激突した私は、その時に受けた衝撃で軽い脳震盪を起こしてしまい、すぐに立ち上がる事も出来ない。
何かと思えば、猪共の一匹が投げつけて来た棍棒が、私の足に当たって縺れたのだ。
その間に猪の兵士共は速やかに私を包囲して、こちらが意識も朦朧としている内に、手にしていた棍棒で一斉に殴り掛かられてしまい、私は何も抵抗出来ずに袋叩きに遭い、意識を失った。
酷い打撲の苦痛で再び意識を取り戻した私は、特に痛む頭部を気にしながら目を開き、未だ意識は朦朧としていたが、それを堪えつつ周囲を確認する。
そこは豪奢な部屋の中で、外の様に寒くも無く適温に保たれていた。
室内には息苦しさを覚える程の高い濃度で香料が漂っており、それは強い麝香の香りと血生臭さが混ざっている匂いなのが判った。
私は両手を後ろに縛られて拘束された状態で、ベージュの絨毯の敷かれた床に座らされていた。
私を左右から取り押さえているのは、意識を失う前に袋叩きにされた猪の兵士で、見た目通りの強い腕力でしっかりと捕まえられており、体は一切動かせない。
正面を見ると私の少し前に、猪の兵士よりも細身で軽装備だがもっと身なりの良い姿をした、抜き身の剣を握って私を見下ろしている、鹿の頭をした兵士が二人立っていた。
その向こうに如何にも高級な装飾が施された、アンティーク調のテーブルが置いてあり、更にその向こうには窓を背にして、テーブルと揃いの肘付き椅子が一脚見えている。
椅子の右隣には地位が高そうな正装をした、上級使用人らしき大柄な黒い牛頭の人間と、椅子の左側にはこちらは普通の召使いらしい、黒い犬頭の人間が立っている。
その二人の間の椅子に座っていたのは、一目見ただけで思い出す、忘れもしない紅白の道化師だった。
以前に“嘶くロバ”の切断された首を投げつけて来た時の姿とは、特徴的な左右非対称の肉体や目を引く赤い色の巻き毛と目、襞襟付きの紅白の道化服に手袋や靴も変わっていないが、その他の装飾品が若干違っているのに気づいた。
頭には以前に被っていた、如何にもピエロと言った感じの複数の角が生えた三角帽子では無く、黄金と赤い生地で出来た煌びやかだが、若干サイズが大きい宝冠を被っていて、右手には握りの部分が持ち主と同じ道化顔と言う、悪趣味な装飾が施された象牙製らしい杖を持っている。
杖を掴んでいる指が不自然に感じて良く見ると、柄の部分を握る指の数が、見えていない親指を除いて五本見えており、どうやら中指に相当する指が二本ある様で、前に見た時は気づかなかったが、この道化は多指症らしい。
膝に載せられている左手も確認すると、こちらも同様に六本指だが右手とは少々異なっていて、小指の隣に更に細く短い第六指が生えている。
普段は腰に佩いているらしい、貴金属や宝石で飾り付けられた儀礼用であろう剣を、隣の召使いに持たせている。
肩から羽織っている金銀糸の刺繍が入った紫色の生地のマントが、机の下から見えており、明らかに長過ぎて裾が床にまで垂れ下がっている。
そんな姿をしている道化師は、短い足を組んで大きな背凭れの椅子に踏ん反り返って座りつつ、意識を取り戻した私へと向かって喋り始めた。
「ようこそ余の居城、『聖ディオニシウスの骸』へ、そして余こそはこの城の主にしてこの地を統べる王、その名も“ジェスター”である。
ここへ辿り着くまでの余興はどうであった、気に入ってくれたかな?」
そう言われて、前に道化と会った時の会話を思い出し、幾つかの名を名乗っていた中に、それもあったのを思い出した。
“ジェスター”と言うのはその姿からして、てっきり宮廷道化師の職業を表しているのだと思っていたのだが、そうではなくこの道化自身の名前だったらしい。
王と名乗った道化“ジェスター”の言葉は、この後もまだ続いた。
「なかなか趣向を凝らした、そちにとっては興味深いものであったであろう。
過去を垣間見たりといった、とても有意義な時を過ごして来れた筈だが?
四つの展開は、どれも良き思い出となったであろうよ、ククククク……」
そう言うと“ジェスター”は私を見下ろしながら、不愉快な顔つきで含み笑いをしていた。
それらの言葉を聞いて、今までの召喚で幾度と無く現われていた道化師を象徴する物は、やはりこの男の仕掛けだったのだと判明し、当時感じた不条理に対する憤りが再燃するのを感じた。
「ところで、そちは何を滑稽な面をしているのだ?
それで怒っている心算なのか、ふうむ、どうやら今の己がどれだけ珍妙な姿をしているのか、理解出来ておらぬ様だ」
そう言うと道化の王は、隣の牛頭の使用人に何か小声で伝えて、それを聞いた使用人は一礼してからこの部屋を出て行く。
その後すぐに、牛頭の使用人は女中らしきメイド服を着た、二人の小柄な猫の召使いを連れて戻って来たが、その猫の女中達は大きな全身鏡を運んで来た。
「篤と見るが良い、その無様で滑稽な己の姿をな」
鏡は私の目の前に置かれて、私はここで始めて自分の全身の姿を確認する事になった。
首から下は自分の目で見ていた通り、今はあちこち痣だらけの、白い肌をした逞しい人間の男だったが、しかし首から上は、ふざけているとしか思えない頭になっていた。
広い肩幅と同等の幅がある球体の白い頭部に、完全な丸である二つの黒目と、黒く均一の太さをした一本線で引かれた口だけで、頭髪や眉等の毛髪は一切無く、鼻も耳も無い、要するに雪だるまの首そのものだった。
これは白い球体に目と口を描いているだけにしか見えず、まるで被り物としか思えない代物だった。
今の感情が表情に一切反映されていない点も、被り物である認識を強めたのだが、首の部分を見ても手で触れてみても隙間も継ぎ目も無く、改めて丸い顔に触ると間違いなく触れている感覚もあった。
猫のメイド達が鏡を片付けた後も、私は精神的な動揺から立ち直れずにいて、そんな私の様子を半笑いで眺めていた“ジェスター”は、何かを思いついたらしく、再び私へと語り始めた。
「それにしても見れば見るほど奇怪な姿だ、そうだ、余がそちに新しい名を与えてやろう、これからはその新たな名で名乗るのだ。
しかしその格好では奴隷以下だな、よし、その新たな名に相応しい衣装をそちに授けようではないか、楽しみに待つが良い」
獣の頭の半人を従えた道化は、にやつきつつ満足げにそう告げた。
目を覚ましてからここまでの出来事で、既に多くの疑問が浮かんでいるが、あまりにも数が多過ぎてどれから考えて良いのかも判らない。
今度は“ジェスター”と名乗った道化の事も、この奇怪な城の事も、“嘶くロバ”を髣髴とさせる獣頭の半人達の事も、今の私の姿や能力の有無の事も、さも私へと見せたかに語った過去の召喚の詳細の事も、どれもが気に掛かって仕方がない。
その様な私の探求への渇望を判っていながら、道化の王は更に疑問を増やす様な発言を追加する。
「確かそちは余を恨んでいた様だが、それはあの驢馬の事でなのか?
そちがあれをどう思っていたかは知らぬが、その様な事は知った事では無い、余からしてみれば、彼奴は余に背いた愚か者の一人に過ぎぬ。
だから彼奴には罰を与えてやったまでの事、そちが余の言いつけを守り余の為に尽くすのであれば、面会くらいは許可してやっても良いぞ?」
面会、と言うのは遺体や墓標と対面する事では無い筈で、それを判って語っているのなら、即ち“嘶くロバ”は生きていると言う事か。
しかしあの時の切断されたロバの首は、毛並みから見て明らかに“嘶くロバ”自身であったのは、この目で見て確認もしているが、実はあれは完全に同じ姿をした別のロバの首だったとでも言うのか。
それともただ単に私を動揺させたいだけで、適当な事を語っているだけなのか。
私がその言葉の真意を測りかねて、どう考えれば良いのか判らずに無言のまま道化師を睨んでいると、道化の王はやはりそんな戸惑う私の姿を見て、楽しんでいる様にしか見えない態度を取っていた。
過去に与えられた不快な出来事もより鮮明に思い出して、頭に血が上った私は道化へと反論と罵声を浴びせようと口を開いた瞬間、すかさず鹿の兵士から鳩尾目掛けて長靴で強烈な蹴りを食らい、一瞬で息も出来なくなり悶絶する。
この苦痛で前回道化に言われた言葉である、体を大事にしろと言う意味を思い知らされた。
嘗ての召喚でも痛みを伴う事態は幾つかあったが、それらとここでの苦痛はまるで質が異なっていて、今の痛みに比べると今までの別の器は痛みすら形式的なものに過ぎず、本来の私の生死には繋がらないものだったのだと痛感する。
若しかすると、ここでの致命的な肉体の損傷は、本当の意味での死を意味するのかも知れないと、これまでに感じた事の無い程の恐怖を覚えた。
「申し開きや意見を口にする権限などうぬには与えておらぬ、己の立場を弁えよ、この戯けが」
僅かに苛立った声でそう告げてから、また声色を元に戻した傲慢な道化の王は言葉を続けた。
「今のそちの心を読み取ってやろうか、そちのその白い饅頭頭の中は、多くの疑問符で満たされておるだろう。
それらの疑問に対して、余は答えてやる義務は無い、何故ならそちは我が国の愛する民では無いし、正式な謁見の申し出もその許可も得てはおらぬからだ。
今はたまたま余の計らいで、畏れ多くも話をしてやっているだけだと知れ。
しかし実に鷹揚な余としては、獣人かどうかも判らぬ怪しげな頭をした、そちの様な化物からの陳情も、事と次第に因っては、実に寛大な広い心で以って、聞き入れてやろうではないか。
その為に満たすべき条件を、これから余が直々に説明してやろう、心して聞くが良い」