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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十九章 電脳の天使
91/100

第十九章 電脳の天使 其の七

変更履歴

2011/07/26 エアコンのリモコンを操作して消してから、 → 追加

2011/07/26 ここでも容器を置いた後にエアコンを消してから、 → 追加

2012/01/06 小題修正 電脳の女神 → 電脳の天使

2012/01/15 誤植修正 位 → くらい

2012/01/15 誤植修正 沸かない → 湧かない

2012/01/15 誤植修正 乗せると → 載せると

2012/01/16 記述修正 乗せてから → 置いてから

2012/08/13 誤植修正 四分の一灯油を → 四分の一の灯油を

2012/08/13 誤植修正 書き込むを → 書き込みを

2012/08/13 誤植修正 後ろ指差されて → 後ろ指を指されて

2012/08/13 句読点調整

2012/08/13 記述修正 全てが荒らされていた → 全てが炎上し荒らされて収集が着かなくなっていた

2012/08/13 記述削除 これは電子掲示板サイトでも話題になっていて、彼等は個人情報を晒されて吊るし上げを食らっていたし、

2012/08/13 記述修正 困った顔をしている私を見て → 困った顔をしているであろう私を見て

2012/08/13 記述修正 大人しく取って貰っていた → 大人しく取って貰った

2012/08/13 記述修正 あの道化の差し金で → 紅白の道化の差し金で

2012/08/13 記述修正 あのピエロを嫌悪する → あの忌々しいピエロを嫌悪する

2012/08/13 記述修正 私は椅子の隣まで近づくと → 私が椅子の隣まで近づいた所で

2012/08/13 記述修正 私とPCに繋いだ → 私の臍とPCに繋いだ

2012/08/13 記述修正 最後の手順について説明する → これから最後の手順について説明する

2012/08/13 記述修正 灯油を掛けて火を点けるんだ → 灯油を掛けて火を点けてくれ

2012/08/13 記述修正 部屋に入って → 部屋に入った時

2012/08/13 記述修正 もしずっと返事があって → もしもずっと返事があって

2012/08/13 記述修正 先に燃えそうな時 → 先に燃えそうになったら

2012/08/13 記述修正 私の設定を → 『にゃにゃんシステム』を起動して

2012/08/13 記述修正 海苔を探し出して → 海苔を探し出して準備を終えると

2012/08/13 記述修正 椅子に座わり → 椅子に座わって

2012/08/13 記述修正 手で丸めては → 不器用に両手で丸めては

2012/08/13 記述修正 こうして最後の食事は完成した → こうしてお世辞にも褒められたものではない、何ともお粗末な最後の食事は完成した

2012/08/13 記述修正 青年が、徐に → 青年が特に挨拶もなく徐に、

2012/08/13 記述修正 私の口と両手についた → 腕を伸ばして私の口と両手に付いた

2012/08/13 記述修正 食事中の彼の態度を見ていて → 食事中の彼の様子を見ていて

2012/08/13 記述修正 この先に対する考えを → 今後の未来に対する考えを

2012/08/13 記述修正 この行為に因って青年の考えに変わり無いのが判り私の心は沈んだ → この行為で青年の考えに変化が無いのが判って私は悲しくなった

2012/08/13 記述修正 灯油を頭から被り始めた → それを使って灯油を頭から被り始めた

2012/08/13 記述修正 境地に至る前に潰えてしまったのだろう → 境地に至るには時間が足りなかったのだろう

2012/08/13 記述修正 この残念な結論に基づいて → この結論に基づいて

2012/08/13 記述修正 『にゃにゃんシステム』のメニューから → 『にゃにゃんシステム』の

2012/08/13 記述修正 何故か見捨てられた → まるで見捨てられた

2012/08/13 記述修正 かなり消耗しているのが → 相当消耗しているのが

2012/08/13 記述修正 そろそろ実体化に → そろそろ実体化にも

2012/08/13 記述修正 私に対して役目を果たさなかった事を怒り → 更に私が役目を果たさなかった事に怒り

2012/08/13 記述修正 裏切られたと失望すらするかも知れない → 裏切られたと感じて失望するかも知れない

2012/08/13 記述修正 放火に因る証拠隠滅だ、実際に人間の体が → 放火に因る証拠隠滅だ。しかし実際に人間の体が

2012/08/13 記述修正 殺人と暴行未遂の放火に因る証拠隠滅だ → 放火に因る殺人と暴行未遂の証拠隠滅だ

2012/08/13 記述修正 ではそろそろ始めよう → じゃあそろそろ始めよう

2012/08/13 記述修正 にゃにゃんの手でも使えるかにゃ? → にゃにゃんの手でも使えるのかにゃ?

2012/08/13 記述修正 君は一旦この部屋から出て → 君はこの部屋から出たら

2012/08/13 記述修正 そして自分の部屋、彼が最後を迎えるであろう場所へと → そして彼が最後を迎えるであろう場所である、自分の部屋へと

2012/08/13 記述修正 四分の一の灯油を → そうして四分の一の灯油を

2012/08/13 記述修正 リモコンを操作して消してから → リモコンを操作して止めてから

2012/08/13 記述修正 灯油を布団に浴びせ始めて → 灯油を布団に浴びせ始め

2012/08/13 記述修正 忽ち寝室も灯油臭が充満して行く → 忽ち寝室は独特な臭気が充満して行く

2012/08/13 記述修正 容器が空になると → やがて空になると

2012/08/13 記述修正 まともな性格が垣間見る事が → 本来の彼の性格を垣間見る事が

2012/08/13 記述修正 口はかなり小さく出来ていて → 口がかなり小さく出来ており

2012/08/13 記述修正 笑い転げていた → 笑い出した

2012/08/13 記述修正 すっかり有名人になっていて → すっかり有名になっていて

2012/08/13 記述修正 賞金稼ぎの様な役割をする憲兵キャラまで現れて → 賞金稼ぎの様なキャラまで現れ

2012/08/13 記述修正 青年は、灯油の容器の脇にあった灯油ポンプを → 青年はまず、灯油の容器の脇にあった灯油ポンプを手に取って

2012/08/13 記述修正 満タンの容器を抱えて廊下に戻ると → 重そうに両手で容器を持って廊下に戻ると

2012/08/13 記述修正 少し腹が立ったのだが → 少し腹が立って無意識に膨れっ面をしていたのだが

2012/08/13 記述修正 そう悪くは無かったかなと → そう悪くは無いかと

2012/08/13 記述修正 私はこの時 → 私はこの時これが

2012/08/13 記述結合 釜を取り出しテーブルに置いた。この後釜の中の米を → 釜を取り出しテーブルに置いた後、釜の中の米を

2012/08/13 記述修正 2012/08/13 記述修正 一旦動きが止まり、流しへと向かい → 一旦動きが止まった後に流しへと向かい、

2012/08/13 記述修正 今では彼等の個人情報だけでは無く、対象の彼等の行動や → 電子掲示板サイトでは晒される対象は彼等の個人情報だけに留まらず、彼等の行動や

2012/08/13 記述修正 更には当人の家族もその盗撮対象に含まれており → 更には当人以外の家族や周囲の人間もその攻撃対象に含まれており

2012/08/13 記述修正 この頃にはコミュニティサイトやプログサイトで → この頃には各サイトで

2012/08/13 記述修正 暴言を繰り返していた者達への → 標的の者達への

2012/08/13 記述修正 脅迫紛いの発言も多数あり、自宅の住所やケータイ番号も暴露されていた → 自宅の住所やケータイ番号も暴露され、脅迫紛いの発言も数え切れず書き込まれていた

2012/08/13 記述修正 気分の悪くなる灯油臭がこの部屋中に充満し始めるが → 気分の悪くなる刺激臭が部屋中に充満し始めるが

2012/08/13 記述修正 だがその前に一つ確認したい事があった → だがその前に先程の出来事で気づいた、最後の抵抗を試みた

2012/08/13 記述修正 視線を向けて苦笑してから → 視線を向けて、今までとは何か異なる感じで苦笑してから

2012/08/13 記述修正 エアコンを消してから → エアコンを止めてから

2012/08/13 記述修正 灯油臭が強まる中も → 目に染みる臭いが強まる中も

2012/08/13 記述修正 黙々と灯油を掛け続けていた → 黙々と掛け続けていた

2012/08/13 記述追加 そんな私の様子をニヤニヤしながら~

2012/08/13 記述修正 台所に着くと、青年は → 台所に着いたら青年はすぐに

2012/08/13 記述修正 流しで米を研ぎ始めた → 流しで研ぎ始めた

2012/08/13 記述修正 予定通りの終焉を望むべきだろう → 予定通りの終焉を求めるべきだろう

2012/08/13 記述修正 召喚された初日の事を → この世界に現れた初日の事を

2012/08/13 記述追加 『猫の手着脱』や『猫の足着脱』の設定の意味を~

2012/08/13 記述修正 始めからこれであれば → それにしても、始めからこれであれば

2012/08/13 記述修正 私が眺めていた自分の右手に → 私が眺めていた自分の人間の右手に

2012/08/13 記述修正 この灯油を掛けて → 灯油を掛けて

2012/08/13 記述修正 灯油の容器を持って → 残り少なくなった灯油の容器を持って

2012/08/13 記述修正 布団の上に容器を置いてから → 布団の上にそれを置いてから

2012/08/13 記述修正 灯油の赤い容器が置いてあった → 満杯に入った灯油の赤い容器が置いてあった

2012/08/13 記述追加 私が召喚された時期がもっと前であったなら~

2012/08/13 記述修正 炊飯器から釜を取り出して → 炊飯器から釜を取り出し

2012/08/13 記述修正 私から裏切られて → 私から裏切られ

2012/08/13 記述修正 刻みつけられてしまう → 死に往く魂に刻みつけられてしまう

2012/08/13 記述修正 塩やふりかけを適当に掛けてから → 塩や振り掛けを適当に掛けて

2012/08/13 記述追加 コミュニティサイトでは~

2012/08/13 記述追加 プログサイトでは~

2012/08/13 記述修正 片手で持つ事からして → 持つ事からして

2012/08/13 記述修正 召喚者の意に反して → 召喚者の意に反した上に

2012/08/13 記述修正 更に召喚者の心にも → 更に召喚者の心にまで

2012/08/13 記述追加 味の方は塩と振り掛けの掛かり方が~

2012/08/13 記述修正 米を炊くくらいは出来るのだと → 米を炊くくらいは出来るのかと

2018/01/26 誤植修正 そう言う → そういう


そしてとうとう最後の日である、七日目の朝がやって来た。

この頃には各サイトで、標的の者達への批判や反論が凄まじい事になっており、もうあちこちで実名を晒されて自宅の住所やケータイ番号も暴露され、脅迫紛いの発言も数え切れず書き込まれていた。

コミュニティサイトでは、連日連夜彼等の議題がアクセス上位を占めた。

プログサイトでは青年の書き込みが原因で、閉鎖に追い込まれた所もあった。

質問サイトでもコメントした質問は、全てが炎上し荒らされて収集が着かなくなっていた。

電子掲示板サイトでは晒される対象は彼等の個人情報だけに留まらず、彼等の行動や過去の写真、自宅や学校を盗撮した画像や動画も上げられていて、更には当人以外の家族や周囲の人間もその攻撃対象に含まれており、宛ら犯罪者の様な扱いになっていた。

ゲームサイトでも彼等のアカウントはすっかり有名になっていて、キャラの容姿を真似た煽る為の模倣キャラや、そういう煽りキャラを狩る専門の賞金稼ぎの様なキャラまで現れ、彼等は何人狩ったかを競い合う様な、達成すべき目標にまでされていた。

通信販売サイトやネットオークションサイトでの詐欺紛いの行動については、まだ一週間も経っていないと言うのもあり、目立った反応は無かったが、これはもう暫くしてから火がつく事になるのだろう。

これらの状況を見る青年は、日を追う毎に報復の成果の増加とは反比例した冷めた態度を取っていて、最終日に当たる今日はニュースサイトを開く事もなく、今まで荒らしていたサイトを少し見た段階でウィンドウを閉じた。

もう報復の結果にも興味は無い様子の青年は、『にゃにゃんシステム』を起動して『生体設定』の『食事回数』と『食事量』の値を変更してから、私を連れて台所へと向かった。




台所に着いたら青年はすぐに無言で炊飯器から釜を取り出して、米櫃から米を装って入れると流しで研ぎ始めた。

青年に対する私の勝手なイメージでは、料理は全く出来そうも無いと思っていたのもあり、米を炊くくらいは出来るのかと妙に感心しつつ、私はテーブルの椅子に座って、最後の晩餐ならぬ最後の朝食の完成を待っていた。

かなり大量に炊いているらしく、炊き上がるまでに三十分は掛かり、その間青年は大きな皿を出してから塩や振り掛けや海苔を探し出して準備を終えると、テーブルの上に置いてから椅子に座わって、リモコンで台所にある小さなテレビを点けて眺めていた。

テレビではニュース番組をやっていて、青年が標的にしていた人間の事が、僅か数秒のニュースとして取り上げられていたが、青年はそれを見ても全く反応しなかった。

やがて米が炊き上がると青年は再び立ち上がって、炊飯器から釜を取り出しテーブルに置いた後、釜の中の米を杓文字で撹拌してから、一旦動きが止まった後に流しへと向かい、そこで手を洗っていた。

その後青年は、再びテーブルに置いた釜の前に立つと、まだかなり熱のありそうなご飯を装い、不器用に手で丸めては大皿に並べる作業を繰り返し始めた。

毎回ご飯を装う量が違っているのと、握り方が一定ではないので大きさも形状もまるで合っていない、不揃いのおにぎりが次々と作られて行き、大小合わせて十個のおにぎりが出来た所でご飯は無くなった。

この後青年は作ったおにぎりの上から、塩や振り掛けを適当に掛けて、海苔も適当に巻きつけていた。

こうしてお世辞にも褒められたものではない、何ともお粗末な最後の食事は完成した。

青年が特に挨拶もなく徐に、大きなおにぎりを手に取り食べ始めたのを見て、私もそれに倣って食べる事にした。

私はこの時これが、この数奇な運命に巻き込まれてからの、始めてのまともな食事である事に気づき、普通に生きている人間であれば極めて当たり前な事を、今まで全くしていなかった事に、何とも言えないものを感じた。

感慨に耽りながらいざ食べようと手を伸ばしたのだが、猫の手では指で掴むのは不可能なので、ならば両手で挟んで取ろうとしても、おにぎりは隙間が殆んどない状態で並んでいて、私の大きな手では入らずに取る事が出来ない。

そんな困っている私を横目で見た青年は、笑っていた。

最初は口元を歪めているだけだったのだが、堪えきれなくなったのか、最後は声を上げて若干大袈裟なくらいの声量で笑い出した。

そんなに私が苦労している姿が面白いのかと、少し腹が立って無意識に膨れっ面をしていたのだが、素で笑っている青年を見る事が出来たのは、そう悪くは無いかと思い直した。

彼は相変わらず笑いながら、小さいおにぎりを一つ取ると私に差し出したので、私は両手でそのおにぎりを受け取った。

受け取った小さ目のおにぎりは塩味で、咀嚼して飲み込むと言う行為は久し振りの感覚であり、実に感慨深く感じた。

この器は鼻や口がかなり小さく出来ており、小さいおにぎりですら一口で食べられず、数回に分けて食べなくてはならなくて、その度に手についたご飯粒が頬や顎にまでくっ付いてしまうが、不器用な猫の手では取れないので、仕方なくそのままで食べ続けていた。

そんな私の様子をニヤニヤしながら青年は眺めていたのだが、何故かそれはそれほど不快には感じず、いつの間にか私もつられて自然に微笑んでいた。

味の方は塩と振り掛けの掛かり方が均一ではないので、口にする都度に濃度が変わっていたが、もう途中からそんな事は気にならなくなった。

青年が大き目のおにぎりを一つ食べつつ、私に小さいおにぎりを渡す手順を繰り返して、慎ましやかな最後の宴は終わった。

青年は空になった大皿を見てから、口の周りや手がご飯粒塗れで困った顔をしているであろう私を見て、腕を伸ばして私の口と両手に付いたご飯粒を取り始めたので、私は動かずに大人しく取って貰った。

こうして世話を焼かれていると、歯車が狂う前までのかつての青年が持っていた、常人としての本来の彼の性格を垣間見る事が出来た気がして、何となく嬉しく感じた。

本当ならば妹思いの優しい兄として成長していたのかも知れないのに、運命はその道には繋がらなかった、これは偶然だったのかそれとも宿命だったのか。

私が召喚された時期がもっと前であったなら、状況を好転させられたのかも知れないのではなどと、恐らく有り得ないであろう空しい仮説が脳裏を掠める。

今回は未だに一度もその姿を見ていない、紅白の道化の差し金でこの状況に転落しているのだとしたら、あの忌々しいピエロを嫌悪する理由が一つ増える事になるだろう。




食事が終わった後、青年は私に台所から出る様に指図した後に流しの所へ向かうと、下の収納部からサラダ油の大きなボトルとごま油のボトルを取り出していた。

そしてそれらの蓋を開けると、今まで座っていたテーブルや床へと撒き散らし始めて、やがて空になると無造作に二つの容器を投げ捨ててから、台所を後にした。

食事中の彼の様子を見ていて、若しかすると今後の未来に対する考えを、改めてくれているのではないかと期待していたのもあり、この行為で青年の考えに変化が無いのが判って私は悲しくなった。

その後青年は玄関の前で立ち止まり、素足のままで玄関へと降りた。

向かった先には靴箱がありその奥に隠れる様に、この気温から考えると季節外れとも思える、満杯に入った灯油の赤い容器が置いてあった。

青年はまず、灯油の容器の脇にあった灯油ポンプを手に取って蓋を開けた容器に刺し入れてから、重そうに両手で容器を持って廊下に戻ると、そのまま両親の部屋へと向かった。

寝室に入ると、エアコンのリモコンを操作して止めてから、両親の並んでいる布団の間に持っていた容器を下ろし、遺体の様子を確認する事も無く灯油を布団に浴びせ始め、忽ち寝室は独特な臭気が充満して行く。

青年にとっては、両親の変わり果てた姿を見るのが辛いから、最後の姿も見たくないと言う事なのだろうか。

ここで容器の四分の一ずつの灯油を二つの布団に掛けると、再び容器を持ち上げて寝室を後にした。

その後は廊下に出て玄関を通って階段を上り、妹の部屋へと向かった。

一週間前と変わらず、下着姿の変わり果てた本来の妹を見ても、彼にとってもうそれは前の間違った姿でしかない為なのか、何の感情も湧かない様子に見えた。

ここでも容器を置いた後にエアコンを止めてから、青年は残りの灯油を妹の死体へと浴びせ始めて、目に染みる臭いが強まる中も黙々と掛け続けていた。

そうして四分の一の灯油を遺体やベッドに浴びせ切ると、何の感想も無い様で振り返る事も無く妹の部屋を後にする。

そして彼が最後を迎えるであろう場所である、自分の部屋へと戻って来た。




残り少なくなった灯油の容器を持って自室へと戻って来た青年は、布団の上にそれを置いてから、机へと向かいPCの電源を入れた。

そして『にゃにゃんシステム』を起動してから私へと手招きしたのを見て、私が椅子の隣まで近づいた所で、青年はケーブルを私の臍とPCに繋いだ。

「んにゃあっ」

この喘ぎ声も今日で最後になる筈だと思うと、何とも言えない心境だ。

青年は私へと視線を向けて、今までとは何か異なる感じで苦笑してから、チャット画面を開いて最後の会話を始めた。


SHINYA>これから最後の手順について説明する

SHINYA>君はこの部屋から出たら、まず一階の両親に火を点けて欲しい

SHINYA>その次に二階の妹に火を点けてくれ

SHINYA>その間に僕はこの部屋で独りのうちに自分の手で死ぬ

SHINYA>君は両親と妹が片付いた後に戻って来るんだ

SHINYA>そしてドアをノックして、僕からの返事がなくなってから入る

SHINYA>僕が死んでいるのを確認したら、灯油を掛けて火を点けてくれ

SHINYA>それで全部終わりだ

SHINYA>ライターはこの後で渡す


にゃにゃん★>あのう、質問して良いかにゃ?

SHINYA>うん

にゃにゃん★>部屋に入った時、おにいちゃんが死んでない時はどうするのにゃ?

SHINYA>その時は僕に声をかけて、それでも反応がなければ予定通りでいい

にゃにゃん★>じゃあ、その時におにいちゃんが返事したらどうするのにゃ?

SHINYA>その時は、えぇと、それはないから考えなくていい

にゃにゃん★>にゃにゃんは部屋に入る時に返事があったら外で待ってるのかにゃ?

SHINYA>うん

にゃにゃん★>おにいちゃんからの返事がなくなるまでかにゃ?

SHINYA>そう

にゃにゃん★>もしもずっと返事があって、その間に火事が燃え広がってもかにゃ?

にゃにゃん★>部屋の外のにゃにゃんが先に燃えそうになったらどうすれば良いにゃ?

SHINYA>そんなには時間は掛からないよ、多分

にゃにゃん★>あのう、やっぱり、考えは変わったりはしないのかにゃ?

SHINYA>今さらもうどうしようもないじゃないか

にゃにゃん★>でも、何だか、そのう、あんまり気が進まないにゃん……

SHINYA>僕の気持ちは変わらないよ

SHINYA>やると言ったらやるんだよ!

SHINYA>これは絶対に変わらないから!


そう書き込んでから立ち上がった青年は、布団の上に置いてあった容器に刺さっていた灯油ポンプを掴むと、それを使って灯油を頭から被り始めた。

途端に気分の悪くなる刺激臭が部屋中に充満し始めるが、青年はそれも意に介さずに浴び続けていた。

この時の青年の表情は、私の言葉に対してむきになっているのか、変に強張った顔をしており、もう心は定まっていて揺るがないと言う事をアピールしたいのだろうが、何だか意固地になっている様に見えてしまう。

容器の残りの灯油を自分に掛け終えると、わざとらしく空になった容器を足で蹴り倒していたのだが、そんな態度も単なる強がりにしか見えない。

どうやら私の願っていた境地に至るには時間が足りなかったのだろう、残念だが彼が選択したこの結論に基づいて、全てを終わらせるしかないらしい。

だがその前に先程の出来事で気づいた、最後の抵抗を試みた。


にゃにゃん★>分かったにゃん、もう何も言わないにゃん。

にゃにゃん★>でもライターって、にゃにゃんの手でも使えるのかにゃ?


再び席に戻って来た青年は、私からの書き込みを読むと、机の引き出しを開けて使い捨てのライターを取り出した。

それは人の手であれば造作もなく着火は可能だが、私の猫の手ではまず持つ事からして困難なのは、傍目に見ても明らかだ。

これに気づいた青年は、『にゃにゃんシステム』の『機能設定』の中の『猫の手着脱』の値を、“OFF”から“ON”に切り替えて適用した。

そして私の右手を掴んで引っ張ると、猫の手はまるでグローブの様にすぽっと抜けて、中からオレンジ色の爪をした普通の人間の手が出て来た。

『猫の手着脱』や『猫の足着脱』の設定の意味を、腕や足自体が外れて付け替えるものかと想像していた私としては、これは想定外だった。

それにしても、始めからこれであれば朝食の時も苦労はなかったのにと思いつつ、私が眺めていた自分の人間の右手に青年がライターを置いてから、取り外した猫の手を脇のラックに載せると、再びチャット画面へと書き込んでいた。


SHINYA>さあ、これで大丈夫だ

SHINYA>この一週間付き合ってくれてありがとう

SHINYA>もし生まれ変われるのなら、今度はもっと真面目に生きるよ

SHINYA>その時には君とも違う形で再会したいと思う

SHINYA>じゃあそろそろ始めよう


これが青年からの最後の言葉か、召喚目的は結果的には一致しているのだろうが、いまいち釈然としないものを感じる。

そこまで書き込んでから、青年は私からの書き込みを待つ事もなくケーブルを抜いた。

「んにゃあっ」

これが最後になるであろう喘ぎ声を上げてから、私は仕方なく部屋を出る為にドアへと向かって進み始めた。

大した距離でもないのに、数歩進む度に何度も後ろを振り向いては青年の様子を見るが、青年はディスプレイに顔を向けた姿勢で、こちらに背を向けたまま動こうとはしなかった。

「にゃ~ん……」

最後に部屋を出る所で声を発してみても、やはり青年は振り向いてはくれなかった。

結局私は青年の顔を見れないままに、彼の部屋を出た。




まるで見捨てられた仔猫の様な沈んだ心境で、私は暫くドアの所に居たのだが、何となくではあったが体に力が入らないと感じて、糧の残量を確認すると相当消耗しているのが判り、既に能力の使用はかなり厳しく、そろそろ実体化にも影響が現れ始めそうなのに気づいた。

この世界に現れた初日の事を思い出してみると、召喚の期限である一週間は、厳密には丁度今日の正午辺りまでで時間切れとなる筈だが、それよりも先に糧が尽きる可能性も出てきた様に思えた。

与えられた使命を果たす為には、あまり悠長にしているのは危険だと感じつつも、ここで私はこれから取るべき行動について苦悩していた。

それは、青年の最後の依頼を果たすべきなのかどうかについてだった。

青年の最終的な希望は、放火に因る殺人と暴行未遂の証拠隠滅だ。

実際に人間の体が完全に燃え尽きるまでの火力は、灯油を掛けた程度では期待出来ないのだが、青年は自分自身も含めてとにかく燃やしてしまいたいと願っている。

しかしながら、実際もし彼が宣言していた通りに自殺しているのであれば、実のところ私が遂行しようとしまいと、彼にはその結果を知る手段は無い。

もし死ねずにいれば、一向に煙も立たない事で気がつくだろうが、その時の青年はきっと、自ら火を放ちに行くのではないだろうか。

何故なら青年にとっては、この事件を世間に知られて、後ろ指を指されて生きる事を最も恐れているからだ。

更に私が役目を果たさなかった事に怒り、裏切られたと感じて失望するかも知れない。

でもそうした負の感情を抱いた時には、もう既に私の存在は消えてしまっていて、彼の心には最後に信じた私から裏切られ逃げられた記憶だけが、死に往く魂に刻みつけられてしまう。

召喚者の意に反した上に、更に召喚者の心にまで深い傷を負わせるのは、私の思想や心情としては不本意この上ないし、それでは青年があまりにも不憫だ。

どの選択をしても破滅が待っているのなら、我が心情に則り召喚者の意に従って、予定通りの終焉を求めるべきだろう。

私は心を決めると、指示された通りにまずは一階の寝室へと向かった。





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