第十九章 電脳の天使 其の六
変更履歴
2012/01/06 小題修正 電脳の女神 → 電脳の天使
2012/08/12 誤植修正 なるたろう → なるだろう
2012/08/12 誤植修正 イジメに助長に → イジメの助長に
2012/08/12 句読点調整
2012/08/12 記述修正 進学校へと入学させる為、 → 進学校へと入学させる為に
2012/08/12 記述修正 勉強も働こうともしない → 勉強もせず働こうともしない
2012/08/12 記述修正 この旅行から帰ったらもう一度学校に行くし → もう一度学校に行く気になったから
2012/08/12 記述修正 バイトもやると両親に伝えて → 旅行中に自分で行きたい所を探すつもりだと両親に嘘を伝えて
2012/08/12 記述修正 更に高校入学の頃には → この時の妹は頭は良くて
2012/08/12 記述修正 その代わりに時間を私との対話、と言うか私の質問に対する告白を行う → その代わりに私との対話を行う
2012/08/12 記述修正 やがてクラス内全体の → やがてクラス全体の
2012/08/12 記述修正 一度そう決まってしまえば → 一度決まってしまえば
2012/08/12 記述修正 その役割はそう簡単には → その役割はそう簡単に
2012/08/12 記述修正 自分のしたい趣味だけを行うだけの → 自分のしたい趣味を行うだけの
2012/08/12 記述修正 フィギュアやゲーム等は、欲しい物は → フィギュアやゲーム等の欲しい物は
2012/08/12 記述修正 ネットの通販で購入して入手し → ネットの通販で購入し
2012/08/12 記述修正 オンラインゲームや動画サイトの → ゲームや動画サイトの
2012/08/12 記述修正 そこでの彼は理由も無く何故かただ一人だけ、あらゆる異性のキャラから好意を抱かれる立場で、周囲の異性達は全て理想的な容姿をしている → 決して自分が虐げられたり傷つけられたりする事のない、唯一の絶対安全な居場所となった
2012/08/12 記述削除 青年の行動を非難したり、青年の正体を見て軽蔑の目で睨む者も存在せず、
2012/08/12 記述修正 主人公と言う意味での自分に好意しか持たない、 → 主人公は理由も無く何故かただ一人だけ、あらゆる異性のキャラから好意を持たれる立場で、更に周囲にいるのは
2012/08/12 記述修正 彼の感性からすると可愛い女の子達の楽園だった → 彼の感性からすると全て理想的な容姿をしている、可愛い女の子達ばかりだった
2012/08/12 記述修正 気にし始めていったらしい → 気にし始めたらしい
2012/08/12 記述修正 原因の一つだがそれだけではないと → 原因の一つだけどそれだけじゃないと
2012/08/12 記述修正 あの凶行こそが → 彼の論理からすればあの凶行こそが
2012/08/12 記述修正 青年からの両親に対する → もう全てを諦めてしまった今の青年に出来る、両親への
2012/08/12 記述修正 素直な性格をしていた妹だった → 素直な性格をした妹だった
2012/08/12 記述修正 妹は母親が家に居ない様になった → 母親が家に居ない様になった
2012/08/12 記述修正 我慢しなければいけないのだと → 我慢しなければいけないんだと
2012/08/12 記述修正 一人で耐えていたのだろう、と青年は語っていた → 妹はずっと一人で耐えていたんだと思うと青年は語っていた
2012/08/12 記述修正 制服を脱ぎ始めて色仕掛けを掛けて来て → 逃げるチャンスを作る為に制服を脱いで誘惑して来て
2012/08/12 記述修正 触られた途端に果てた → 触られた途端に果ててしまった
2012/08/12 記述修正 認識を変えさせるまでは → 認識を変えさせるまでには
2012/08/12 記述修正 どうにもやりようが無い → もはやどうにもやりようが無い
2012/08/12 記述修正 ブランド品を持ち → ブランド品を幾つも持ち
2012/08/12 記述修正 責め苦から解放されて → 現実と言う責め苦から解放されて
2012/08/12 記述修正 まさに別人となって → 文字通り別人となって
2012/08/12 記述修正 行動が出来たのだった → 行動が出来たのだ
2012/08/12 記述修正 辛い記憶なのだろう → 辛すぎる記憶なのだろう
2012/08/12 記述修正 そこでは皆周りの相手を蹴落とす事と → しかし入学してみるとそこは、皆周りの相手をライバルとして蹴落とす事しか眼中になく、
2012/08/12 記述修正 勉強と成績に関するストレスを → 学校生活はそれに因って生じる成績の優劣に対するストレスを
2012/08/12 記述修正 成績が良いだけの純朴な青年には → 成績が普通より少々良いだけの青年には
2012/08/12 記述修正 その場所は → その殺伐とした空気の場所は
2012/08/12 記述修正 その途端に妹は思わず失笑し → そのあまりの早さに妹は状況を忘れて思わず失笑し
2012/08/12 記述修正 妹は息絶えるまで → もう逃げられないと感じた妹はキレたのか、息絶えるまで
2012/08/12 記述修正 貧相で早漏の → 見苦しい容姿や貧相で早漏の
2012/08/12 記述修正 メニューのモックまで作って → メニューのモックを作った所までで行き詰まり
2012/08/12 記述修正 知る者など居ないので、 → 知る者など居らず
2012/08/12 記述修正 アクセスしなければ良いので → アクセスしなければ良く
2012/08/12 記述修正 ネット内でも他者と関わらず → ネットでも他者と関わらず
2012/08/12 記述修正 事実が引き金となって → 事実が引き金となり
2012/08/12 記述修正 最後の支えは無くなり、心が折れてしまい → 最後の心の支えもなくなってしまい
2012/08/12 記述修正 学校を休むようになり → 学校を休み始め
2012/08/12 記述修正 更に酷い報復を受けるので → 更に酷い報復を受けるのは目に見えていたので
2012/08/12 記述移動 最初の頃は普通に会話していた~
2012/08/12 記述修正 入学後授業が始まると → 一学期の中間試験を迎える頃には
2012/08/12 記述修正 成績でも授業について行くのが難しいと悟り、あらゆる意味で焦り始めた時に → やはり彼の学力では授業について行くのも難しく焦り始めた時に
2012/08/12 記述修正 病んだ精神が回復して → 病んだ心が回復し
2012/08/12 記述修正 芽生える事を祈りつつ会話を行った → 芽生える事を祈りつつ会話を続けた
2012/08/12 記述修正 そして現れたのは私だった → そして現れたのが私だった
2012/08/12 記述修正 これは本当の妹ではない → これは本当の妹じゃない
2012/08/12 記述修正 妹の姿ではないと思い始めて → 妹の姿じゃないと思い込み始めて
2012/08/12 記述修正 違うのだと錯覚を生じ始めた → 違うのだと言う妄想に囚われていった
2012/08/12 記述修正 私はこの回答の後に → この回答を聞いた後に
2012/08/12 記述修正 友人達や家からも離れて → 友人達や家からも離れ
2012/08/12 記述修正 中学三年で、年上の高校生のヤンキーと → 中学三年で高校生のヤンキーと
2012/08/12 記述修正 たまたま目についた自分が → 多分たまたま目についた自分が
2012/08/12 記述修正 反故にする事無く → 完全に反故にする事無く
2012/08/12 記述修正 良く判った → 聞いていて良く判った
2012/08/12 記述修正 それをきっかけにして → これをきっかけにして
2012/08/12 記述修正 でも全ては成績の良い青年の為だと、 → でも
2012/08/12 記述修正 専業主婦としての母親が → パートを始めてから母親が
2012/08/12 記述修正 オプションがついた状態で、固定となっていた → オプションがついた状態で具現化した
2012/08/12 記述修正 基本的には自室から出ずに → その生活パターンは基本的には自室から出ずに
2012/08/12 記述修正 寝静まっている時間や → 家族が寝静まっている時間や
2012/08/12 記述修正 誰も居ない時間に行き → 誰も居ない時間に済まし
2012/08/12 記述修正 なってしまったこの状態を → なってしまったこの現状を
2012/08/12 記述修正 現在ここに至っている → 現在に至っている
2012/08/12 記述修正 彼の理想通りの本来の妹の姿である → 彼の理想とする本来の妹の姿である
2012/08/12 記述修正 そして青年は本当の妹 → その結果青年は本当の妹
2018/01/25 誤植修正 そう言う → そういう
この日から青年の生活パターンは少し変わった。
日中に関しては、これまで通りに報復作業を繰り返していたが、夜は一人でゲームや動画観賞はせず、その代わりに私との対話を行う時間になった。
あの時は勢いで何でも答えるとは言っていたが、それはあの場の雰囲気で口走ったのであろう事はこちらも重々承知しており、その点は青年の語れる範囲で話は進められた。
だがあの口約束を完全に反故にする事無く、青年は律儀に話し辛いであろう内容であっても、出来うる限り語ろうと努力しているのは、聞いていて良く判った。
対話の形式としては、私から尋ねたい事を質問し、青年がそれに対して自分の観念や願望を語った。
語っている時の青年は、前日に見られた様な動揺は殆んど無く、また日が進む毎に冷静さは増して行く様に感じられて、誰かに内心を打ち明ける行為が、彼にとっても精神的な治癒になっているのではないかと思えた。
私はこれで青年の病んだ心が回復し、自滅的な思考から離れた本当の願望を生じてくれる事を期待して、青年に新たな認識が芽生える事を祈りつつ会話を続けた。
この様な形で青年の本心であろう認識が、毎晩語られて行った。
二日目の夜は、青年の過去に関する話を聞いた。
青年は小学校時代までは成績も良く、賢い息子が自慢の優しい両親と、二つ下の素直で可愛い妹に囲まれた、幸せな日々だったと言う。
それが変わったのは、青年が進学校である私立中学に入学してからで、青年は本来の成績以上に入学試験が良く出来てしまい、偶然にも合格出来たらしい。
しかし入学してみるとそこは、皆周りの相手をライバルとして蹴落とす事しか眼中になく、学校生活はそれに因って生じる成績の優劣に対するストレスを発散する場であり、ただ成績が普通より少々良いだけの青年には、その殺伐とした空気はあまりにも合わなかった。
一学期の中間試験を迎える頃には、やはり彼の学力では授業について行くのも難しく焦り始めた時に、青年は容姿に関してのイジメに遭った。
実際にはイジメの対象は誰でも良かったのだが、多分たまたま目についた自分が選ばれたのだと、彼は言っていた。
最初の頃は普通に会話していた周囲のクラスメイト達も、次第に彼を避けて行き、すぐに誰も普通に話し掛けて来なくなり、何かをやらされたりイジメられる時だけしか、話し掛けられる事は無くなった。
更に成績が悪い事もイジメの助長に繋がり、やがてクラス全体の標的にされた。
一度決まってしまえば、その役割はそう簡単に変える事は出来ず、青年は標的としての学校生活をひたすら耐え続けた。
両親には心配させたくないから告白出来ず、イジメを受けている事を担任に話せば更に酷い報復を受けるのは目に見えていたので、結局誰にも打ち明ける事は出来ずに一人で彼は耐えたと言う。
中学二年になれば、クラス替えもあるだろうからと思って一年間耐えて来たが、イジメを行っていたグループとまた同じクラスになってしまい、状況は全く変わらなかった。
この絶望的な事実が引き金となり、青年の中にあった最後の心の支えもなくなってしまい学校を休み始め、二年の終わりには完全な不登校となっていた。
この頃から現実逃避の行動として、元々好きだったアニメやゲームに極端に傾倒し始める。
中学三年も完全に引き篭もって過ごし、殆んど外出する事は無く、どうしても外出しなければならない場合も、自分を知っている近所の人間や地元の同級生を避ける様に平日の昼間に行動し、どの様な目的であっても地元からは離れた場所まで行っていた。
中学はとりあえず卒業して、定時制の高校へと入学したが、一ヶ月で不登校になり退学し、その後は通信制の高校にも入ったが、これも続かずに辞めてしまった。
こうして青年は、学業を放棄して外界への接点を全て閉ざし、自分のしたい趣味を行うだけの、極めて自堕落な生活に浸っていった。
その生活パターンは基本的には自室から出ずに、食事は時間をずらして台所へと食べに行き、トイレも出来るだけ家族が寝静まっている時間や、日中の誰も居ない時間に済まし、風呂も数日に一度の割合で平日の昼間に入る様にしていた。
部屋にはネットに繋がる環境を作り、フィギュアやゲーム等の欲しい物はネットの通販で購入し、配送指定で家族が不在の日時を指定した。
行動するのは基本的に夜間かと思いきや、彼の場合は誰も家族の居ない昼間で、ネットでも他者と関わらず孤独だったので、回線の速度が空いていて速いし、家に誰も居ないので気兼ねなく家の中を移動出来ると言うのが、その理由であった。
それから二年が経過して、今青年は本来なら高校三年の筈だった十八歳になって、現在に至っている。
イジメの詳細については辛すぎる記憶なのだろう、青年は明言しなかったので具体的には判らないが、そこは追及しなくとも良いと判断して、これ以上は訊かなかった。
三日目の夜は、青年の趣味について尋ねた。
引き篭もる様になってから、青年はずっと部屋の中で過ごしていた。
そこで出来る事と言えば、ネット環境を使用しての遊びである、ゲームや動画サイトの観賞だった。
青年がのめり込んで行った原因は、辛い現実から逃避する為で、ディスプレイの向こう側の世界では、今の青年を知る者など居らず誰も非難したりはしないし、もし批判的な意見をして来る場所ならばこちらからアクセスしなければ良く、彼はそうやって自分の居心地の良い場所だけを選択して関わる様になっていた。
更にオンラインではないゲームの世界は、青年しか存在しない完全に閉ざされた世界であり、決して自分が虐げられたり傷つけられたりする事のない、唯一の絶対安全な居場所となった。
この二次元の世界には、主人公は理由も無く何故かただ一人だけ、あらゆる異性のキャラから好意を持たれる立場で、更に周囲にいるのは彼の感性からすると全て理想的な容姿をしている、可愛い女の子達ばかりだった。
そこに浸っている時だけが、青年は自分の身に背負わされている現実と言う責め苦から解放されて、文字通り別人となって生き生きと行動が出来たのだ。
つまり青年は自分自身を成り立たせる為に、言わば生きて行くのに必要な行動として、二次元の世界へと入り浸っていたのだと、告白していた。
ゲームの世界では自分を必要としているキャラが居るけど、もうリアルの世界には自分の居場所は無くなっていたし、リアルには不満しか感じないから、無理にそこへ出て行けばきっと良くない事しか起きないと、最後に青年はそう付け加えた。
この後私は私自身である、『にゃにゃん』について彼に尋ねてみた。
青年曰く、『にゃにゃん』はこれまでの引き篭もり人生の中で、無数に関わってきた女の子のキャラから、最高のキャラを作ろうとして設計したものだと語った。
元々は勿論この様なリアルの世界に現れる超自然の存在ではなく、PC上で自由に動かせる3Dキャラの設定だったらしい。
それを自分で作ろうとし始めたものの、プログラム言語が理解出来ず、外見のデータと性格等を設定するメニューのモックを作った所までで行き詰まり、挫折したのだそうだ。
だから私の外見は、『にゃにゃんシステム』のメニューからでは変更出来ず、全てのオプションがついた状態で具現化した。
それであんなコンセプトの判らない格好をしていて、性格だけはあれほど細かくメニュー画面が出来ていたのかと、これを聞いて納得出来た。
『にゃにゃん』は昔の妹をイメージしているから、性的な何かをする対象ではなく、ただ傍にいて明るくて元気で素直なキャラでいて欲しかったんだと、青年は語っていた。
今の私が入っているキャラの性格は自分では想像出来なかったし、方向性がちょっと違っていて最初は戸惑ったけど、今じゃ嫌いじゃないと、彼は答えた。
駄目な兄を諭してくれる出来た妹だと思うと、青年は私の目を見据えて答えていた。
四日目の夜は、青年の親に対する感情を聞いた。
青年を私立の進学校へと入学させる為、母親はパートを始めたらしく、父親の収入だけでは賄い切れなかった点を見るに、それほど裕福な家庭と言う訳では無かった様だ。
今にして思えば、青年の成績の良さを更に伸ばす為に無理をした結果が、家庭内の亀裂の兆候になったのではないかと、青年は語っていた。
パートを始めてから母親が家を空ける様になり、妹は口にはしなかったが不安を感じていた様だし、家族での会話が減っていた気がしたと言う。
でも皆自分達の不安や不満は抑圧していた、全ては青年の為だと。
しかしその多大な期待の結果は不登校であり、青年としてはこの家族からのプレッシャーもあって、一年間は耐えたのだが、逆にこれが決定的なトラウマを植え付ける結果になったと、打ち明けていた。
不登校になった当初は、父親も母親も心配してくれたが、次第に両親は世間体を気にし始めたらしい。
そして如何わしい人形ばかり集めて、遊んでいるだけの生活を続けて、勉強もせず働こうともしない青年に対して、両親の苛立ちは膨らんで行き、そして通信制の高校を辞めた時から、青年への接し方が完全に変わってしまった。
それまでは青年の歪んだ趣味も暗黙で許していたのだが、毎日の様に文句や小言を言う様になり、小遣いもかなり多く渡していたのを、あんな物を買う為なら小遣いは減らすと言われて、実際に減らされてしまった。
小遣いの減額に対して抗議をすると、母親はヒステリックに喚き散らして青年を叱りつけて、その夜に父親からはこんな物全部捨てろと怒鳴られた挙句に叩かれた。
この出来事が青年の心にあった、両親に対する信頼が壊れてしまい、疑念と憎悪の始まりとなったらしい。
青年の要求を拒否した両親の行動は、これをきっかけにして立ち直らせたいと言う計算があったと思われて、それは極めて正当であったと思えるが、青年の心には両親の行為は、自分に対する裏切りにしか見えなかった。
期待に応えるべく辛い状況を耐えて来た自分に対して、それを評価せずに努力した結果としてなってしまったこの現状を、一方的に自分だけが悪い様に言われたのは、彼にとってはショックだった。
それに自分の趣味の事を正面から否定されたのも、今の青年にとって唯一の心の支えとも言える物であっただけに、それに対する否定的な言動は、彼に未だ僅かながら残っていた自尊心を逆撫でした。
これに因って両親すら学校の人間と同じ、自分の味方ではないと認識した青年は、更に心を閉ざして行った。
私はこの回答の後に、結局両親を殺した理由は、自分に対する裏切りからと言う事かを尋ねると、それは大きな原因の一つだけどそれだけじゃないと、青年は答えた。
彼は両親の裏切りにショックを受けてはいたが、それと同時に両親の感じている自分への失望も強く感じていて、これ以上自分が両親に嫌われたり疎まれたくなかったと答えた。
青年は私が現われた前日である旅行出発の前夜に、もう一度学校に行く気になったから、旅行中に自分で行きたい所を探すつもりだと両親に嘘を伝えて、二人を喜ばせた後殺害したと言う。
これで両親の中の自分の評価を最も良くして、自分の中の両親に対する記憶の最後は、少しは幸せにする事が出来たと真顔で答えた。
彼の論理からすればあの凶行こそが、もう全てを諦めてしまった今の青年に出来る、両親への精一杯の親孝行だったのだ。
五日目の夜は、青年の妹に対する感情を聞いた。
小さい頃の妹は青年の事を尊敬していて、何処に行くにもついて来ようとする、良く懐いていた可愛い存在であり、明るくて元気で素直な性格をした妹だった。
そんな妹の様子が変わったのは、母親がパートに出る様になってからで、元気がなくなった様に感じたが、本人に尋ねるといつも通りに明るく振る舞っていたと言う。
これは今にして思えば、母親が家に居ない様になった寂しさが原因であったのだろうが、それは我慢しなければいけないんだと、それも全ては尊敬する兄の為と自分に言い聞かせて、妹はずっと一人で耐えていたんだと思うと青年は語っていた。
しかしそんな妹の健気な努力は、兄の挫折とその結果の不登校に因って、全てが無駄になってしまった。
更にこの後妹も同じ中学へと入学した際に、青年と同学年の兄弟がいる同級生から、引き篭もっている兄の噂で肩身の狭い思いや嫌な目に遭い、青年に対する尊敬の念は失望と憎悪に変わってしまった。
不甲斐ない兄の所為で狭められた居場所を求めて、妹は元々の友人達や家からも離れ、柄の悪い人間と関わる様になり、その結果中学三年で高校生のヤンキーと付き合い始めた。
この時の妹は頭は良くて成績こそ良かったが、私生活は複数の年上の男達と交際して貢がせた物で遊ぶ金を作っている、どうしようもないビッチに成り下がっていた。
それでも両親は兄とは違って、外見こそチャラチャラした感じに変わっていたが、成績は良い妹の事をとても可愛がっており、親から貰っている小遣いでは、到底買える筈のないブランド品を幾つも持ち、バイトしていると明らかな嘘を吐く様な、救い様のない奴に変わってしまっていても、それを見て見ぬ振りをし続けていたのだと、彼は言った。
体目当ての男達から貢がせて荒稼ぎしている、自分の事を生ゴミでも見るかの様な顔で見て、完全にシカトしている変わり果てた妹が、とてもムカついていたと、青年は告白した。
こうなってしまう原因を作ったのは自分かも知れないが、あれだけ可愛がってやった恩も忘れて、蔑んだ目つきで自分を見ている妹が許せなかったと、彼は話していた。
この回答を聞いた後に、最も鬼門であろうとは思ったが、敢えて私は妹を殺した原因を尋ねた。
そんな心配を他所に青年は私へと意外と淡々とした態度で、自分にとっての妹は今目の前に居る君だと答えてから、妹の部屋に寝ているのは間違った妹であり、今では妹の抜け殻でしかないと当然の様に言ってから説明を始めた。
間違って歪んで育ってしまった妹が両親の死体を見て、青年が殺したのだとすぐに気づき、外に逃げようとしてもドアは施錠されていて逃げられず、自分の部屋に逃げ込んだ。
後を追って来た青年を見た妹は、逃げるチャンスを作る為に制服を脱いで誘惑して来て、妹に招かれるままにベッドに乗った青年は、妹の足で一物を触られた途端に果ててしまった。
そのあまりの早さに妹は状況を忘れて思わず失笑し、それを見た青年は逆上して妹の首を絞めた。
もう逃げられないと感じた妹はキレたのか、息絶えるまで青年に対する罵詈雑言、特にその自堕落した生活や見苦しい容姿や貧相で早漏の一物に対する中傷を浴びせた。
それを聞いた青年の心理には、これは本当の妹じゃない、本来のなるべき妹の姿じゃないと思い込み始めて、目の前の妹は違うのだと言う妄想に囚われていった。
その結果青年は本当の妹、本来の妹を取り戻すべく、まず偽物を始末したのだと言う。
偽物が消えたのだから、これで本来の妹を戻す事が出来る筈だと信じて彼はそれを願った、そして現れたのが私だった。
つまり青年の認識では、間違った妹の転生後の存在こそが、彼の理想とする本来の妹の姿である私なのだ。
六日目の夜は、青年のこれからの事について聞いてみた。
この質問には流石に暫く絶句していたが、軽く自嘲するかの様に笑いながら、自分の未来は後一日しかないと吐き捨てる様に言った。
明日に全てを終わらせる、最後は全部灰にしようと思っていると、青年は遠い目をしながら語り、私に最後に頼みたい事があると言って来た。
それは、自分が死んだ後に家を燃やす事で、全てを焼き払いたいと青年は言って、火をつけて欲しいと私は頼まれた。
もう彼の中では自殺は確定で、この一週間の時間ではその認識を変えさせるまでには、残念ながら至らなかったらしい。
私は少し落胆しつつ明日の予定について尋ねると、青年は明日は朝に起きて、最後の食事として朝食を食べてから、最後のサイトチェックをして終わりにすると説明した。
朝食とはまたいつもの即席のラーメンを食べるのかと聞くと、最後はご飯を炊いておにぎりを食べると青年は答えたので、青年の最後の家族との食事の記憶が、毒殺した両親の記憶で終わるのでは浮かばれないと思い、私も一緒に食べたいと伝えた。
これで少なくとも、最期の食事の記憶は私との朝食に変わるだろう、もうこんな事しか出来ないのが居た堪れないが、もはやどうにもやりようが無い。
青年の態度はこの一週間で変わった、青年はもう挙動不審な態度は取らなくなり、私が見つめても正視して受け止められるし、かなり落ち着いて話をしていた。
しかしこれは、決して良い意味での変化ではなく、寧ろ良くない方向で固着した意識が、一見改善に見えるだけだ。
彼は私との対話で、自分の起こしたこの事件を、己の都合の良い解釈で自己完結させてしまい、正当化してしまった。
両親の殺害は二人を少しでも幸せにする為であり、妹の殺害は正しい姿に戻す為と言う、とても正気とは思えない論理に傾倒し、青年の心情としては唯一の正しい進むべき道として、それが認識されている。
更にその総仕上げとして、歪んだ現実が残っているこの家を焼き払い、全てを炎で浄化するつもりだ。
ある意味彼は破滅的な方向に達観しているのだろう、そういう凄惨な最期が穢れた自分には相応しいだとか、破滅して終わるのが格好良いだとか、勘違いしているのかも知れないが、それを更生させるまでの精神的な改善は私には無理だったのだ。
彼の目には、死に向かうと言う現状の破棄の達成を意味する終焉の到達への安堵と、そういうシチュエーションに酔っている様に見えて、死と言う現実が見えていない様に感じた。
今はきっと何をどう説得したところで、聞く耳を持たないに違いない、思い留めるチャンスは決行直前になるだろう。
その時の青年の本心こそが、彼の求める真の願いの筈だ。
私はそう考えて、この日はもう何も反論せずに、明日に全てを賭けた。