第十九章 電脳の天使 其の五
変更履歴
2012/01/06 小題修正 電脳の女神 → 電脳の天使
2012/01/13 誤植修正 位 → くらい
2012/01/13 誤植修正 乗る → 載る
2012/01/13 誤植修正 して見せてから → してみせてから
2012/08/09 誤植修正 私から逃れる様、に → 私から逃れる様に
2012/08/09 誤植修正 抱き着かれれば → 抱き付かれれば
2012/08/09 誤植修正 返答を書き込みを → 返答の書き込みを
2012/08/09 句読点調整
2012/08/09 記述修正 反論ばかりを書き込み、炎上させていた → 反論ばかりを書き込んで荒らしていた
2012/08/09 記述修正 こちらから話し掛けずに居て → こちらから話し掛けずに居たのだが
2012/08/09 記述修正 ずっとケーブルは繋がれる事なく過ごした → ケーブルで繋がれる事もなかった
2012/08/09 記述修正 私は肩を掴まれて移動させられて椅子に座らされた → 椅子に座る様に指示されたので私はそれに従った
2012/08/09 記述修正 私は今日を振り返って → 私はとても長かった今日一日を振り返って、
2012/08/09 記述修正 起きた出来事を → 起きた様々な出来事を
2012/08/09 記述修正 微かに漂うこの匂いと → 微かに漂うこの独特な匂いと
2012/08/09 記述修正 身を持って知る事になった → この後すぐに身を持って知る事になった
2012/08/09 記述修正 手当たり次第に様々な物を、大量に → 様々な品物を大量に
2012/08/09 記述修正 これを用いる様な心境ではないのだが → これを用いる様な心境ではないものの
2012/08/09 記述修正 とんでもない高額の落札をしたり → とんでもなく高額の落札をしたり
2012/08/09 記述修正 持っているかすら知る筈の無い → 持っているか知る筈の無い
2012/08/09 記述修正 ただ同然の低額で → 只同然の低額で
2012/08/09 記述修正 自分の行った対象の人間を貶める行為で → 標的にした人間を貶める行為に因って
2012/08/09 記述修正 私は真っ暗な部屋の中で → 私は何も見えない部屋の中で
2012/08/09 記述修正 放置されていた → 放置された
2012/08/09 記述修正 これを期限である → 召喚者たる青年はこれを期限である
2012/08/09 記述修正 言ってみれば最後の一週間を → やはり最後の一週間を
2012/08/09 記述修正 青年の体の上に載る → 青年の体の上に乗る
2012/08/09 記述修正 私は意を決して → 私は意を決すると
2012/08/09 記述修正 その動きによる摩擦で → その動きによる刺激で
2012/08/09 記述修正 特に腰を勃起部分に → 特に腰を局部に
2012/08/09 記述修正 押し付ける様に抱きついた → 押し付ける様に抱き付いた
2012/08/09 記述修正 悲鳴を上げると同時に → 悲鳴を上げると共に
2012/08/09 記述修正 そのまま早足に部屋を出て行った → そのまま足早に部屋を出て行ってしまった
2012/08/09 記述修正 果てたのではなかろうか → 果てたのではないだろうか
2012/08/09 記述修正 『睡眠時間』の設定が → 『生体設定』画面の『睡眠時間』の設定値が
2012/08/09 記述修正 正確には正午 → より正確には正午近く
2012/08/09 記述修正 死体と共に → 家族の死体と共に
2012/08/09 記述修正 それも出来る事なら → 更に出来る事なら
2012/08/09 記述分割 そう思える様に彼を導きたい、だからまず最初に → そう思える様に彼を導きたい。だからまず最初に
2012/08/09 記述修正 変えて貰えない限りは変え様が無い → 変えて貰えない限りはどうしようもが無い
2012/08/09 記述修正 それを嘘だとして → それを嘘だと否定したり
2012/08/09 記述修正 コメントを追加して → コメントを追加して更に煽り
2012/08/09 記述修正 更に状況を悪化させる様に → より状況を悪化させる様に
2012/08/09 記述修正 青年がノートPCを持って → 青年がノートPCを
2012/08/09 記述修正 こちらに見える様に手で持っていて → こちらに見える様に持っていて
2012/08/09 記述修正 顔の確認以外に顔の表情のつけ方を → 顔だけでなく表情のつけ方も
2012/08/09 記述修正 チラ見を繰り返していて → ちらちら見るのを繰り返していて
2012/08/09 記述修正 照れて真っ赤であり → 照れて紅潮しており
2012/08/09 記述修正 おにいちゃんの事大好きにゃん! → おにいちゃん大好きにゃん!
2012/08/09 記述修正 免役の無いであろう → 免役が無いであろう
2012/08/09 記述修正 とても効果的だった → 寧ろとても効果的だった
2012/08/09 記述修正 実現したかっただけなのだろうかと → 実現したかっただけなのだろうと
2012/08/09 記述修正 最初に色々と言い過ぎてしまったからか → まだ昨日の事を怒っているらしく
2012/08/09 記述修正 私との会話を避けてしまっている → 私との会話を避けている
2012/08/09 記述修正 信用や地位を失墜させる → 信用や地位を失墜させ
2012/08/09 記述修正 でも出来たらどうしてそんなに → でもどうしてそんなに
2012/08/09 記述修正 昨日はごめんなさいにゃん → 昨日は本当にごめんなさいにゃん
2012/08/09 記述修正 私に抱き付く様に両手を回した所で気がついた → 寝惚けて私に抱き付く様に両手を回した所で、この状況に気がついたらしい
2012/08/09 記述修正 彼も認めざるを得まい → 彼も認めざるを得ず
2012/08/09 記述修正 大人しく敷きっ放しだった布団の上に座っていた → 敷きっ放しだった布団の上に大人しく座っていた
2012/08/09 記述修正 本当にありがとうにゃん! → 本当にありがとにゃん!
2012/08/09 記述移動 にゃにゃん♪>本当にありがとにゃん!
2012/08/09 記述修正 私の肩を軽く触れる様に叩いて → 肩を軽く触れる様にして
2012/08/09 記述修正 しきりと慰めようとしたいのだが、 → 慰めたいのだが
2012/08/09 記述修正 自己弁護しているコメントもあった → 自己弁護しているコメントも見られた
2012/08/09 記述修正 体をずらそうとしていた → 体をずらそうとし始めた
2012/08/09 記述修正 呼ばせ続けるだろうか → 呼ばせ続ける筈は無い
2012/08/09 記述修正 本当は彼の説明とは順番が異なっていて → 実際に起きた事象は彼の説明と順番が異なっていて
2012/08/09 記述修正 妹への肉体的な欲求を満たすべく → 最初に妹への肉体的な欲求を満たすべく
2012/08/09 記述修正 報復対象者の自宅の住所になっているので → 対象者の自宅になっているので
2012/08/09 記述修正 十人程を対象として → 十人程を標的として
2012/08/09 記述修正 様々なサイトにログオンして → 色々なサイトにログオンして
2012/08/09 記述修正 報復行為を行うと → 様々な報復行為を行うと
2012/08/09 記述修正 私の頭は人間離れした胴体の短い体型の為に → 私が足長で胴体の短い人間離れした体型の為に
2012/08/09 記述修正 彼の首辺りまでしか → 頭が彼の胸元辺りまでしか
2012/08/09 記述削除 私を抱擁しているのに気づいて
2012/08/09 記述修正 勃起し始めたのは判った → 勃起し始めたのが判った
2012/08/09 記述修正 あまり寝相も良くない青年は → 相当に寝相の悪い青年は
2012/08/09 記述修正 妹の死体を思い出し → 妹の死体の姿を思い出し
2012/08/09 記述修正 具の無いラーメンだけの → 具の無い即席麺だけの
2012/08/09 記述削除 それに対して反論するコメントにも更に噛み付く様な書き込みを繰り返して、
2012/08/09 記述修正 誹謗中傷や詐欺と言った → 誹謗中傷の
2012/08/09 記述修正 青年を見上げつつ → 青年を上目遣いに見上げつつ
2012/08/09 記述修正 動揺や混乱をする点にある → 動揺や混乱を来す点にある
2012/08/09 記述修正 そうすればおにいちゃんの → そしたらおにいちゃんの
2012/08/09 記述修正 席から退くと → 席を譲るべく立ち上がって脇に移動したが
2012/08/09 記述修正 私に声を掛けずに椅子に座った → 私を無視するかの様に椅子に座った
2012/08/09 記述修正 かなり強く性行為を嫌がっているのは判り → 昨夜の事を根に持っているのは判り
2012/08/09 記述修正 昨晩の私の判断が → やはり私の判断が
2012/08/09 記述修正 書き込む事も出来ずに → 伝える事も出来ずに
2012/08/09 記述修正 やっているゲームに → 遊んでいたゲームに
2012/08/09 記述修正 ついでではないだろうか → ついでではないのか
2012/08/09 記述修正 人生最後の目的なのだろうかと → 人生最後の目的なのかと
2012/08/09 記述修正 純朴な青年の心を魅了し → 純朴で愚直な青年の心を魅了し
2012/08/09 記述修正 初なのだろうとも思いもしたが → 初なのだろうとも思いつつ
2012/08/09 記述移動 $Ж¶ИΨ∀>飯を食い終わったら~
2012/08/09 記述修正 俺が頼んでもない勝手な事を → 俺が命じてない勝手な事を
2012/08/09 記述修正 しているのかは未確認であるが → しているのかは未確認だが
2012/08/09 記述修正 判っていなかったので興味はあった → 判っていなかったのでかなり興味があった
2012/08/09 記述修正 だからもう泣き止んでくれ → だから頼むからもう泣き止んでくれよ
青年からの書き込みが終わった後、早速作業は始められた。
手段としての作業方法は理解出来たが、具体的に青年が復讐と言う行為をどの様に実行する気なのかは、判っていなかったのでかなり興味があった。
実際の作業は、復讐対象であろう十人程を標的として、色々なサイトにログオンして彼等のアカウントを暴き出し、見つかった所で次にそのアカウントを使って、様々な報復行為を行うと言うものであった。
コミュニティサイトでは、他者へと誹謗中傷の暴言を繰り返し、反感を買う様に書き込んでいた。
ゲームサイトでは略奪や裏切り等の、モラルに反する行為や取引での詐欺行為を繰り返した。
質問サイトでは適当な回答や、質問者や他の回答者に対して煽る様な、反論ばかりを書き込んで荒らしていた。
ブログサイトでは、他者への非難や侮辱する書き込みばかり行い、炎上させていた。
電子掲示板サイトでは、ある程度暴言を書いた所で、敢えて個人情報が露呈する様に書き込んで、故意に個人を特定させたりしていた。
通信販売サイトでは、様々な品物を大量に着払いで購入していた。
オークションサイトでは、とんでもなく高額の落札をしたり、持っているか知る筈の無い高価な品物を適当に選び、只同然の低額で出品して落札者を放置したりを繰り返していた。
ここで購入や落札した物の送り先は、勿論青年の住所ではなく対象者の自宅になっているので、やはりこれは金品目的ではなくて、純粋に嫌がらせとしての報復が目的であるのが良く判った。
私はひたすら青年に言われるままに、ログオン画面に向かって尻尾で解読やパスワードの解除をしたり、息を吸ったり吐いたりしてログの改竄や消去を行っていた。
青年は標的にした人間を貶める行為に因って、反感を買ったり叩かれ始めるコメントを見ては、しばしば満足げにほくそ笑んでいた。
その態度を見ているとそれなりに充実感はあるらしいが、これが人生最後の目的なのかと思うと、やはり疑問を感じる。
報復の手始めとして家族を殺しているから、その流れで私を作り出して残る復讐対象の人間にも仕返しをしている、と言う考えなのだろうが、これは結局のところ、言ってしまえば家族を殺したついでではないのか。
だとすると、彼の望むものはどちらかと言うと、最初に殺害した家族の方にあったのではないかとも思えるが、そう思うに至った背景についてはまだ判らない。
この日は夜の夕食まで作業してから、青年はまた台所で具の無い即席麺だけの夕食を済ませて、後はPCの画面で普通にゲームをしたり、何かの動画を見たりして過ごしていた。
遊んでいたゲームに出てくるキャラも、見ている動画のキャラも、どちらもこの部屋に並んでいるフィギュアやこの器に似た姿の物ばかりで、彼はこの様な容姿のキャラがよほど好きなのであろうと思えた。
私はそんな彼の行動を、座っている椅子の少し後ろから眺めていたり、画面を見ていない時は他に居場所もないので、敷きっ放しだった布団の上に大人しく座っていた。
今日のところは、彼の行動を観察する事にしていたので、こちらから話し掛けずに居たのだが、青年の方も私から何かを言われずにいる方が落ち着くのだろうか、彼はまるで私が居ないかの様に、こちらに関わらずに過ごしていたのもあり、夕食後はケーブルで繋がれる事もなかった。
そして最初は見つけられなかった、スチールラックのフィギュアの中に埋もれていた、何かのキャラの時計が夜中の三時を指した時、青年はPCをシャットダウンし始めた。
どうやら眠る事にしたらしいが、私はどうしたら良いのだろうとふと疑問に思っていると、青年は自分が寝るのに邪魔だからだろう、椅子に座る様に指示されたので私はそれに従った。
そして青年は風呂にも入らず、着替えもせずに部屋の電気を消すと、真っ暗で良く判らないが布団に寝転んだらしい。
暫くすると、かなり耳障りな歯軋りと鼾が聞こえて来て、青年は眠ってしまったのが判った。
私は何も見えない部屋の中で、一人取り残される様に放置された。
豪快な寝息の騒音の中、私はとても長かった今日一日を振り返って、起きた様々な出来事を思い出していた。
これまでに無く非実用的で神らしからぬ器、うだつの上がらない召喚者の青年、真の目的とは思えない願望の遂行、怠惰で自堕落的な生活パターン。
召喚者たる青年はこれを期限である一週間繰り返して、それで人生を終了させる心算なのだろうか、やはりそれは何か違う気がしてならない。
私はここで妹の死体の姿を思い出し、あれこそが本来の目的であったのではないかと考え始めた。
実際に起きた事象は彼の説明と順番が異なっていて、最初に妹への肉体的な欲求を満たすべく衝動的に行動してしまい、それが上手く行かずに結果として死に至らしめた。
その後にこの事実の発覚を恐れたか、或いは発覚した後始末として、両親をも殺害して今に至っている。
私を使って実行している事は、やはり最後の一週間を楽しむ程度の余興なのではないか。
こう考えると、彼の真の目的は殺害してしまった妹への感情の成就、とはならないだろうか。
これを裏づける点としては、私からの青年への呼び名だ、何の思い入れもなく自ら殺害した妹と同様の呼び名である『おにいちゃん』などと、呼ばせ続ける筈は無い。
この呼び名こそが、殺しても尚忘れられない妹への未練の証ではなかろうか。
そう考えた私は、青年が眠っているのを好都合と考えて、行動に出る事にした。
若い男であれば、恋愛対象の姿をした者に抱き付かれれば反応しない筈は無く、その若さ故に衝動も抑えられはしまい。
本物の妹にした様に欲情させてしまえば、後は彼の方で好きにするだろう。
それに口では幾ら否定していても、実際行為を行ってしまえば彼も認めざるを得ず、これが一番手っ取り早く真意を暴く方法なのは間違いない。
この体が、そういった行為に耐えうる構造をしているのかは未確認だが、少なくとも口は使えそうであるし、まあどうにかなるだろう。
早速私は行動を開始した。
私は椅子から立ち上がると、四つん這いになって手探りで布団まで進み、頭を机の方に向けて眠っている青年の脇をぶつからない様に通り過ぎて、まず足元まで移動した。
私の体重は5kgもないので、青年の体の上に乗るタイミングを気をつけないと、寝返りの反動だけでも耐えられない。
相当に寝相の悪い青年は、かなり頻繁にしかも不規則に寝返りを打っていて、それをあまり触らずに確認しなければならないのは、なかなか骨の折れる作業だった。
しかし暫く時間が経つと、青年の鼾の音量の低下に連動して寝返りの頻度が減り、安定して来たのが判った。
そろそろ良いかと判断して、私は意を決すると敷き布団の横から近づき、掛け布団も跳ね除けて大の字になっている青年の体の上に、腰の位置を合わせて重なる様に構えた。
そしてゆっくりと手足を曲げて体を下げて行き、青年の体に自分の体を密着させた。
かなり風呂に入っていないのではと疑いたくなる様な、汗臭さとそれ以外の不快な体臭もしているが、ここは我慢だ。
青年はすぐに目を覚ます事も無く、特に体にも反応は無かったのだが、寝惚けて私に抱き付く様に両手を回した所で、この状況に気がついたらしい。
私が足長で胴体の短い人間離れした体型の為に、頭が彼の胸元辺りまでしか届いておらず、表情は見えなかったのだが、とりあえず体が硬直して震えているのと、速やかに勃起し始めたのが判った。
下半身の反応からしてこのまま行為に及ぶかと思っていたのだが、彼は狼狽えながらも私から逃れる様に頭の方へと体をずらそうとし始めた。
しかし下半身の方は、その動きによる刺激で更に反応してしまい、どんどん大きく硬くなっていく。
どうも本能としては推測通りだが、彼の意思はそれに抵抗し続けている様だ。
この状態で何故拒むのかが良く判らずに、もうここまで来れば一気に阻む理性を吹き飛ばしてしまおうと、こちらから体を、特に腰を局部に強く押し付ける様に抱き付いた。
そうした途端、今までは動揺のあまり声も出せなかった青年は、この新たな衝撃で遂に裏返った情け無い悲鳴を上げると共に、私を両手で突き飛ばした。
その力には私自身の質量の低さや、猫の手で掴む事が出来ない点もあり、その跳ね除ける力に全く逆らう事も出来ず、私の体は簡単に吹っ飛ばされてしまい、青年の足元に放物線を描いて仰向けで倒れた。
この後青年はすぐに動き出さずに暫く固まっていて、荒い息だけが聞こえて来ていた。
一分程度経過した所で青年は急に立ち上がって、部屋の電気を点けてから押入れを開けて何か衣服を掴むと、そのまま足早に部屋を出て行ってしまった。
この後私は今回の行動について、反省点を考えていた。
体の反応としては成功であったと思うのだが、結果的には彼から拒絶されてしまったのは、何故だろうか。
いや、拒絶と言うよりは、微かに漂うこの独特な匂いと急いで出て行ったあの対応を考えると、青年はあの接触でもう終わってしまったと捉えるべきか。
そう考えてみると、妹の死体の下着が脱がされた形跡が無かったのも、今回と同様で挿入前に果てたのではないだろうか。
つまり青年は早漏である事がコンプレックスで、それを隠したいと願っていたから、あれほどまでに行為に対して理性で拒んでいたのかも知れない。
これが原因で妹の殺害に繋がったのかも知れないと気づき、私は今回の行動が軽率だったのではないかと気になり始めた。
その様な結論に至った所で丁度戻って来た青年は、早足で歩きながら私の手を乱暴に引っ張って、椅子に座らせた。
そしてノートPCと私をケーブルで繋ぎ、無言のままで『にゃにゃんシステム』を起動すると、『生体設定』を開いて『睡眠時間』の数値を“0”から“24”へと変更して適用した。
この数値は一日での必要な睡眠時間の設定になっていて、“24”を指定すると一日中眠っている設定になる、と言う事をこの後すぐに身を持って知る事になった。
この時見た青年の横顔は、涙目になっている様に見えたのだが、それは気の所為だったのだろうか。
私はそれを確認する事も出来ず、青年へと詫びる言葉を伝える事も出来ずに、この後すぐに眠らされてしまった。
翌朝、より正確には正午近く。
私は目を覚ますとそれと同時に、部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
目の前は昨晩の最後の光景と同じく、私は青年の部屋の机の前の椅子に座っていて、目の前にはノートPCが開いて置いてあった。
ただ少し違うのは、『生体設定』画面の『睡眠時間』の設定値が再び“0”に戻されていたのと、チャット画面が開いていた事だ。
$Ж¶ИΨ∀>飯を食い終わったら昨日の作業の続きをやる
$Ж¶ИΨ∀>これからは夜に眠らせて朝になったら起こす
$Ж¶ИΨ∀>俺が命じてない勝手な事をするのはやめろ
$Ж¶ИΨ∀>またああいう事をしたらもう二度と起こさない
青年のコメントを示す文字列がまたも良く判らない物へと変更されているが、これは折を見て後で確認するとして、とりあえずまた今日も報復作業に明け暮れる心算なのと、理由を明言していないが昨夜の事を根に持っているのは判り、やはり私の判断が誤りであったと改めて痛感させられた。
青年は殺害が発覚するまでの残り一週間しか生きている心算は無い筈で、もし私が次に何かをした時には、彼は最期の瞬間までこの閉ざされた暗い家の中で、家族の死体と共に独りで過ごして死んで行くのかと思うと、せめて私だけは最期まで彼の元に居てやりたいと感じた。
更に出来る事なら、青年には単なる現実からの逃避だけでは無く、少しでも多く満足感を与えたいし己の人生に納得して全うして欲しい、そう思える様に彼を導きたい。
だからまず最初に私に対する心象を回復させなければならない。
そこで私は青年が戻ってくる前に、その為の謝罪の弁をチャット画面へと書き込んでおく事にした。
にゃにゃん♪>昨日は本当にごめんなさいにゃん。
にゃにゃん♪>言われた通りもう勝手な事はしないにゃん。
にゃにゃん♪>でもどうしてそんなに嫌がるのかにゃ?
にゃにゃん♪>おにいちゃんの気が向いたらで良いから教えてにゃん。
どうもこのふざけた口調では、どれだけ真面目に謝罪しても、とてもその様には感じられない文章にしかならない事に閉口してしまうが、こればかりは設定を変えて貰えない限りはどうしようも無い。
それに青年のものだけでなく、私の名前の文字列も少し変えられていて、名前の最後に音符が追加されているが、とてもでは無いが現状はこれを用いる様な心境ではないものの、やはりこれも今は変更する術は無い。
私が青年へと返答の書き込みを終えた所で、青年が戻って来たので席を譲るべく立ち上がって机の脇に移動したが、青年は私の書き込みを見ても特に反応を示す事も無く、私を無視しているのか一瞥もせずに椅子に座った。
その後ニュースサイトの内容をチェックした後に、昨日と同様の報復作業を開始した。
昨日荒らしたサイトでは更に炎上している所があったり、個人特定や通報するしないなどの騒ぎになっている箇所も、幾つかあった。
中には本人がそれらの書き込みや対応を否定して、自己弁護しているコメントも見られた。
青年はそれを嘘だと否定したり、同情した者達を嘲笑うコメントを追加して更に煽り、より状況を悪化させる様に仕向けていた。
どうやら青年は、最初に確認したニュースサイトに、事件として対象者達が晒されるのを期待しているらしい。
直接的な攻撃には出ずに、対象の当人に成り済ましてその相手の信用や地位を失墜させ、そして相手の姿を見る事も無く追い詰める、極めて陰湿で卑劣な手段に見えるが、果たしてこれでどれだけ気が済むものなのだろうか。
こんな事をしているよりも、私との対話に興味を感じてくれれば良いのだが、まだ昨日の事を怒っているらしく、彼は私との会話を避けている気がする。
もっと彼の望むキャラになりきって応じておくべきだったのかと、今更ながら悔やみ考えるが、それはもう手遅れで時間の無駄だろう。
私は彼の真意を知りたい、そしてそれを叶えたいだけなのだが、その感情はもう彼には伝わらないのかも知れない。
そう思っていると、これはシステムの設定が有効だったのか、思わぬ事に私は泣いていた。
自分の指示に応じようとしないのでこちらを向いた青年は、泣いている私を見ていた様だったが、視界が涙で歪んではっきりと見えず、彼がどの様な表情で私を見ているのかは良く判らなかった。
数秒私を見ていた青年は、手を伸ばしてラックに置いてあった何か箱の様な物を取ると、そこから白い物を取り出して私へと差し出した。
それはティッシュで、意図としては涙を拭けと言う意味と判断し、私はティッシュを受け取って涙を拭った。
視界が良くなると青年が困惑した表情をしているのが判り、彼は『にゃにゃんシステム』の『性格設定』画面にある『泣き虫』の設定値とこちらを、何度も交互に眺めていた。
この時に私の脳裏に閃くものがあり、それを確認すべく開いたままになっていたチャット画面へと書き込み始めた。
にゃにゃん♪>にゃにゃんはおにいちゃんに嫌われたくないにゃん。
にゃにゃん♪>にゃにゃんはおにいちゃんの素直な気持ちが知りたいにゃん。
にゃにゃん♪>そしたらおにいちゃんの本当の願いが叶えられるからにゃん。
にゃにゃん♪>それだけは判って欲しいにゃん……
青年がこの器に求めているのは、快楽としての肉体的な恋愛対象ではなく、癒しとしての精神的な恋愛対象だったのではないか。
もっとストレートな表現をするならば、未経験の行為には踏み込まずに、その手前の段階の子供じみた恋愛を実現したかっただけなのだろうと思えた。
免役が無いのでそれ以上の行為を行う事に自信が無く恐れを抱いていて、その結果自分の頭でシミュレーション可能な所までしか望んでいないし、また行う事も避けている。
この説の証拠としては、身内であろうと人間に似せた物であろうと、彼が女性と言うものの扱いに不慣れであり、すぐに動揺や混乱を来す点にある。
どうして流れたのかは不明だが、私の涙で彼は酷く動揺し、心を揺るがされているのは間違いない。
その証拠に青年は泣いている私を無視出来ずにいて、慰めたいのだがどうして良いのか判らない風に見える。
この状態をもう暫く続けてやれば、恐らく青年は私の狙った様に語り始めるのではないか。
私はそれを期待して、俯いてもう涸れ始めていた涙を隠す為に、床にぺたんと腰を下ろして座り込み、啜り泣く真似をしながら様子を窺う。
するとキーボードを叩く音が聞こえた後に、肩を軽く触れる様にして青年は私を呼んだ。
私が顔を上げる前に、わざと涙を拭う素振りを強調してみせてから、顔を上げて片目だけでちらっと見上げると、青年がノートPCをこちらに見える様に持っていて、ノートPCの画面を見ると、そこには彼からのメッセージが書き込まれていた。
$Ж¶ИΨ∀>分かったからもう泣かないでくれ
$Ж¶ИΨ∀>お前の聞きたい事に答えるから
$Ж¶ИΨ∀>だから頼むからもう泣き止んでくれよ
今回は私の予想が当たった様で、青年から聞きたかった言葉を言わせるのに成功した。
これでやっと、彼の現状や本心についても把握する事が出来る。
それにしても、泣いている姿だけでここまで持って行けるとは、正直これほど容易いとは考えていなかった。
この青年はどれだけ初なのだろうとも思いつつ、私はここで念を入れて、畳み掛ける様にダメ押しをしておいた。
にゃにゃん♪>本当かにゃ!?
にゃにゃん♪>本当に本当にかにゃ!?
にゃにゃん♪>本当に話してくれるのかにゃ?
$Ж¶ИΨ∀>話すよ
にゃにゃん♪>何でも聞いた事教えてくれるかにゃ?
$Ж¶ИΨ∀>何でもはちょっと……
にゃにゃん♪>やっぱり教えてくれないの? かにゃ……
$Ж¶ИΨ∀>分かったよ、何でも答えるから泣かないでくれ
にゃにゃん♪>本当にありがとにゃん!
にゃにゃん♪>にゃにゃんはとっても嬉しいにゃん!
にゃにゃん♪>おにいちゃん大好きにゃん!
そしてこの後私は、まだ潤む瞳ではにかむような微笑を浮かべて、座ったままで青年を上目遣いに見上げつつ見つめながら、更に瞳を細めて口を軽く開いて微笑んだ。
部屋に置いてあるフィギュアのポーズや表情を観察しておいた事と、玄関で鏡を見た時に、顔だけでなく表情のつけ方も確認しておいたのが、ここで役に立ったと思いながら、私は彼の目を見つめていた。
ここは敢えて少々やり過ぎで見え透いているくらいの言動や行動でも、免役が無いであろう青年には、寧ろとても効果的だった。
青年は私の顔を正視出来ずちらちら見るのを繰り返していて、またも動揺していたが、その顔は照れて紅潮しており、口元はにやけているのが見えた。
やはりこの器は、彼自身が自分の好みに作り上げた存在であるのもあるのだろうが、それ以上に青年は異性に対する経験は無く、免疫が無かったのが功を奏したと言えよう。
こうして何とも在り来たりで古典的な手法を用いて、純朴で愚直な青年の心を魅了し、意外に容易く篭絡に成功したのだった。