第十八章 異変・異常・異界 其の四
変更履歴
2012/06/15 誤植修正 袋抱き → 袋叩き
2012/06/15 誤植修正 体型いわゆる → 体型はいわゆる
2012/06/15 句読点調整
2012/06/15 記述修正 見覚えのある小学校の一室だった → 見覚えのある小学校の教室だった
2012/06/15 記述修正 別れる事になるのなら → 見限られてショックでトラウマになるくらいなら
2012/06/15 記述修正 綺麗な方が良い → 叶わなかった悲恋の方が美化出来て良い
2012/06/15 記述修正 この後時間があれば遊びに行かないかと誘われ、正直顔は大して好みじゃないし → 顔は大して好みじゃないし
2012/06/15 記述修正 趣味ではなかったのだが → 趣味でもなかったのだが
2012/06/15 記述修正 私の本能はもう一点に → 本能は正直で私の視界は一点に
2012/06/15 記述修正 この後は買い物をしたり → この後は夕方まで、買い物をしたり
2012/06/15 記述修正 ゲームセンターに行ったりして、その間は腕を組まれたりして → ゲームセンターで遊んだりしていた間、ずっと腕を組まれたりして
2012/06/15 記述修正 これも全ては演出だった → これも全ては彼女の強かな演出だった
2012/06/15 記述修正 夕食では好きな先輩がいると相談をされて終始その先輩の尋問で終わり → 夕食では好きな先輩がいると言い出したので話を聞くと、それは私と同期の友人の事で、その後は終始その友人に関する尋問で終わり
2012/06/15 記述修正 その代金の払い損になった事を → この日の投資が全て払い損になった上に、欠席した講義の単位まで落とす事になったのを
2012/06/15 記述修正 もっと綺麗な話や → 素晴らしい美談や
2012/06/15 記述修正 これでは只の女好きの男の → これでは只の女好きな男の
2012/06/15 記述修正 轢かれた蟾蜍の気持ちが良く判った → 車に轢かれた蛙の気持ちが良く判る
2012/06/15 記述修正 冷静な態度の女と悲鳴を上げて動揺している女の → 無言で冷静を装う動揺した女と、悲鳴を上げて動揺した振りをする冷静な女の
2012/06/15 記述修正 殆んどまともには室内は見えない → 殆んどまともに室内は見えない
2012/06/15 記述修正 髪も解いていて → 結んでいた髪も解いていて
2012/06/15 記述修正 その時の顔がとても綺麗だった → その時の姿を見て私は恋心を抱いた
2012/06/15 記述修正 その段階で絶望的な結果は見えていたが → その時点で既に絶望的な結果は見えていたが
2012/06/15 記述修正 後になって気づいたがまんまとはめられた → 後になって気づいて余計に腹が立った
2012/06/15 記述修正 噂になっていた → 噂になっていた子だった
2012/06/15 記述修正 午前中の講義が終わって → 女の子は私に挨拶した後、午前中の講義が終わって
2012/06/15 記述修正 女の子はテーブルの正面の席に → テーブルの正面の席に
2012/06/15 記述修正 急変してしまった → 豹変してしまった
2012/06/15 記述修正 フェンスの外で → フェンスの外側で
2012/06/15 記述修正 ただ今までと違って → ただ今度は今までと違って
2012/06/15 記述修正 不思議絵の様に思える様な → 騙し絵の様な
2012/06/15 記述修正 これから上司との付き合いが始まった事を → これをきっかけにして、上司と付き合い始めた事を
2012/06/15 記述修正 中身を見てみると → 早速仕様書の内容を確認すると
2012/06/15 記述修正 作り直しなのではないかと思っていると → 作り直しなのではないかと思っていたら
2012/06/15 記述修正 私は地面へと到達して → 私は地面へと到達し
2012/06/15 記述修正 上司は私を押して → 上司は私の体を押して
2012/06/15 記述修正 屋上の縁へと向かう → 屋上の縁へと向かい
2012/06/15 記述修正 新人である私は → 新人である道化頭の私は
2012/06/15 記述修正 スケジュールが遅れており → スケジュールよりも遅れており
2012/06/15 記述修正 遅れを取り戻そうと → 進捗の遅れを取り戻そうと
2012/06/15 記述修正 私はこの時 → そして更に、予定が無ければこれから遊びに行かないかと誘われ、私はこの時
2012/06/15 記述修正 とんだ思い違いをして → 思い込んで
2012/06/15 記述修正 この子と一緒に部室を出て行った → 下心満々でこの子と一緒に部室を出て行った
2012/06/15 記述修正 妙に近くで隣の椅子は空いているのに、 → 隣の椅子は空いているのに、妙に近くで
2012/06/15 記述修正 視線はかなり開いている大きな胸の谷間に注がれた → 視線は動く度に揺れ動く大きな胸の、かなりはだけた服から覗く白い谷間に注がれた
2012/06/15 記述修正 私は午後からの → 大学生になっている道化師面の私は、午後からの
2012/06/15 記述修正 元々甘いものは嫌いだとか言いながら → 自分は辛党だとか元々甘いものは嫌いだとか言いながら
2012/06/15 記述修正 どう見ても甘そうな弁当の → どう見ても甘そうな菓子パンや弁当の
2012/06/15 記述修正 私は窓際の席で → 高校生になっているピエロ頭の私は、窓際の席で
2012/06/15 記述修正 予想は出来たが、それを迎えた場合なんて想像もしたくもなかった私は、独り教室に取り残され → この後独り教室に取り残された私は
2012/06/15 記述修正 女子の三人は → それに対して女子の三人は
2012/06/15 記述修正 それは私よりも背の高い気の強い女子で → それは私よりも背が高く気の強い女子で
2012/06/15 記述修正 むしろ歯向かう様に遊び続けていた → むしろ、それに歯向かう様に遊び続けていた
2012/06/15 記述修正 見ている他の児童も → 見ている筈の他の児童も
2012/06/15 記述修正 特別おかしいとは → 私と同じ様には見えていないのか、特別おかしいとは
2012/06/15 記述修正 普通に想像すれば、オフィスビルであれば → 普通に想像するとオフィスビルなら
2012/06/15 記述修正 入っているのではないかと考えたのだが → 入っているのではないかと思われ
2012/06/15 記述修正 大概窓にはブラインドが → そうだとすると大概窓にはブラインドが
2012/06/15 記述修正 自分の姿が見えるかと → 自分の姿が映るかと
2012/06/15 記述修正 私を突き落とした犯人なのか → それとも私を突き落とした犯人なのか
2012/06/15 記述修正 関係している見知った人間だったのか → 関係している人間だったのか
2012/06/15 記述修正 想定すら出来まい → 満足に仮定すら出来やしない
2012/06/15 記述修正 唐突に逆さまとなって → 逆さまとなって
2012/06/15 記述修正 へらへらして笑いながら殴られている → へらへらして笑いながら仲間達に殴られている
2012/06/15 記述修正 私は激怒した → 私は天国から地獄へ堕ちたかの様なショックを受けた
2012/06/15 記述修正 冷静を装いつつ内心大喜びで向かい → 冷静を装いつつ、内心期待と緊張で訳が判らなくなりそうなほどに動揺しながら向かい
2012/06/15 記述修正 普通に想像すると → 一般的な
2012/06/15 記述修正 私はフェンスの内側で → 私はフェンスの内側から
2012/06/15 記述修正 部室にやって来た → 一人で部室にやって来た
2012/06/15 記述修正 教室を覗く様にしている一つ下の下級生の女子と、その後ろに隠れる様にしながらこちらを見ている女子が居た → 一つ下の下級生の女子が二人待っていて、一人は教室の中を覗きこんでこちらに手を振り、もう一人はその後ろに隠れる様にしながらこちらを見ていた
2012/06/15 記述修正 どう考えても上手く行く筈が無い → 成績も性格も凡庸でしかなかった私ではどう考えても上手く行く筈が無い
2012/06/15 記述修正 二人の女子と先生がやって来て → 二人の女子が先生を連れて戻って来て
2012/06/15 記述修正 私は他の二人の男子と一緒に → 小学生の私は他の二人の男子と一緒に
2012/06/15 記述修正 真面目に掃除もせず → ろくに掃除もせず
2012/06/15 記述修正 落下している最中であり → 落下している最中で
2012/06/15 記述修正 スーツ姿の女があった → スーツを着た女の姿があった
2012/06/15 記述修正 私の脇にしゃがんでこちらを見上げながら → 私のすぐ隣にしゃがんでこちらを見上げながら
2012/06/15 記述修正 失意の負け犬と化していた → 失意の負け犬と化している
2012/06/15 記述修正 人を待っていた → 一人で人を待っていた
2012/06/15 記述修正 顔を伏せて啜り泣きを始め → 顔を伏せて啜り泣き始めてしまい
2012/06/15 記述修正 内心嬉しくて → 内心喜びながら
2012/06/15 記述修正 せめて落下地点に通行人が居なければ良いのだが → 屋上の様子が判らなくなると次に落下地点の事が気になり
2012/06/15 記述修正 確認する事が出来なかった → 確認する事も出来ない
2012/06/15 記述修正 潰れて地面に張り付いていた → 体が潰れて地面に張り付いていた
2012/06/15 記述修正 予想していた場所だった → これまでの流れから考えれば、予想出来た場所だった
2012/06/15 記述修正 それが古い仕様書だったと答えて → それは古い仕様だと答えて
2012/06/15 記述修正 私に渡したのがまだ古いバージョンだったと → 私に渡したのが前のバージョンの設計書だったと
2012/06/15 記述修正 仲間達へと報復する為に一日中走り回り → 報復する為に一日中走り回って仲間達を探し出し
2012/06/15 記述修正 会話が出来るのが楽しくて → 会話が出来るのが嬉しくて
2012/06/15 記述修正 私はそれを続けていた → 私は女子の言葉に対して過剰に反論しながら、嫌がらせを続けていた
2012/06/15 記述修正 見覚えのある物だったが → 見覚えがあったが
2018/01/22 誤植修正 そう言う → そういう
背中に風を感じて前を見ると、そこにはまず太陽と青空があった。
眩しい太陽は雲一つ無い晴天の空で輝き、私の目を眩ませる。
それ以外に見えたのは、視界の下方向にビルの屋上と、そのビルの縁には、顔を出してこちらを見下ろすスーツを着た女の姿があった。
その女の正体を確認しようとするより前に、それらはあっという間に小さくなっていく。
背中側の全身に感じる強烈な風圧は、私が重力に因って高層ビルの屋上から、地面へと引き寄せられる速度を、ほんの僅かに減速してくれている証だと理解した。
だがそれはとても微々たるものであり、落下速度としてはむしろ加速度がついている様に感じられた。
現状としては、私は高層ビルから落下している最中で、これを止める術は全く思い付かない。
と言っても考えている時間の余裕もなく、きっと程なくして私は地面へと到達し、自動車に轢かれた小動物の様な、無残な姿へと変化するだけだろう。
何故私は落ちているのか、自ら飛び降りたのか或いは落とされたのか、あの上に居た女は助けようとした目撃者なのか、それとも私を突き落とした犯人なのか、そもそも私と関係している人間だったのか、それらも全く判らず、現状の情報量では満足に仮定すら出来やしない。
そう考えつつ、私は大して離れていない、高層ビルの壁面へと視線を向けた。
このビルの窓は全て鏡面であり、外側から見ても、ビルの室内の様子は判らない様になっている。
通り過ぎて行った階で、誰か落ちる私の事を気づいたりしていないのかと思い、見えていたであろう上方の階を確認しても、窓が開いて誰かが顔を出したりする様子も見えず、どうやら誰にも気づいて貰えていない様だ。
屋上は既に殆んど見えなくなっており、あの女が今どういう行動を取っているのかも、全く判らない。
屋上の様子が判らなくなると次に落下地点の事が気になり出したが、私は上を向いた姿勢のままで落ちていて、体勢が思う様に変えられず、真下を見てそれを確認する事も出来ない。
暫く手足を動かして色々と試したが、どうにも上手く体は反転出来ないので、もう下を確認するのは諦めて、後は運を天に任せる事にした。
こうしてもがいているうちに、通り過ぎて行くビルの窓の速度が妙に遅い気がして、私は改めて窓の方に注目した。
そこには落下している自分の姿が映るかと思ったのだが、光の具合なのか何故かガラスは鏡面には見えず、普通のガラスの様に透過して室内の様子が見えていた。
一般的なオフィスビルならば、企業のテナント等が入っているのではないかと思われ、そうだとすると大概窓にはブラインドが掛かり閉じられていて、外は見えない様になっているのではないか。
そういう意味では、殆んどまともに室内は見えない、そう考えていたのだが、そこには想像とは違う光景が見えていた。
窓の中に見えたのは、見覚えのある小学校の教室だった。
こんな高層ビルの中に、明らかに違和感のあるその光景は、自分の過去に見ていた記憶にある風景だと感じた。
一瞬で通り過ぎる筈のその階の窓は、まるで私の体がそこで制止しているかの様に、細部まで見渡す事が出来て、更に内部では時間が進んでいるのも確認出来た。
私はこれから起こる事を知っていると感じる、クラス内の風景に注目した。
今は放課後の掃除の時間で、恐らく教室の掃除の担当である、六人の児童が掃除をしている。
男子女子共に三人ずつで、この中の一人の男子は私だった。
背格好も着ている服も懐かしく見覚えがあったが、ただ一点だけ記憶とは違っている箇所があった。
それは顔と言うか頭で、室内にいる小学生の私は、あの紅白の道化師そっくりの頭をしているのだ。
これにはかなりの不快感を覚えたが、それ以外は見れば見るほどに懐かしいと感じる風景で、全く違和感は無く、子供の私の異様な姿を見ている筈の他の児童も、私と同じ様には見えていないのか、特別おかしいとは認識していない様に見える。
その点には目を瞑って、私はこれから起こる事を眺めていた。
小学生の私は他の二人の男子と一緒に、ろくに掃除もせず箒と雑巾で野球をしていた。
それに対して女子の三人は真面目に掃除をしていて、この中の一人が班長だった。
それは私よりも背が高く気の強い女子で、何度と無く私達を注意していたが、私達は聞く耳を持たずにむしろ、それに歯向かう様に遊び続けていた。
そのうち班長の女子は先生に言いつけると言い残して、いつも一緒にいるもう一人の女子を連れて、教室を出て行った。
私達男子は告げ口される事に腹を立てて、残っていた一人の女子に八つ当たりを始めた。
この女子は小柄で大人しい性格をしており、私達が遊んでいても文句を言ってきたりした事はなかったが、この幼い年代では女子全てを子供じみた感情で敵視していた。
残された女子は私達に詰め寄られて、とても困った顔をしていた。
実はこの頃の私は、この大人しい女子の事が気になっていて、それで事ある毎にちょっかいを出していた。
本当は仲良くしたかったのだが、私は子供過ぎてそんな行動は取れなかった。
この時も私は女子を構うチャンスだと感じて内心喜びながら、つい調子に乗って水の入ったバケツを持ち上げて掛ける振りをし、意中の小さな女子を脅かしていた。
女子は小さな声で、お願いだから止めてと私へと頼んでいて、こうして会話が出来るのが嬉しくて、私は女子の言葉に対して過剰に反論しながら、嫌がらせを続けていた。
その時に二人の男子のうちの一人が私にぶつかり、その所為で私は手が滑ってバケツを落としてしまい、バケツはひっくり返って女子は頭から水を被り、落下したバケツは女子の頭に当たってしまった。
女子はその場に座り込むと、顔を伏せて啜り泣き始めてしまい、はしゃいでいた私達は絶句して、どうしたら良いのか判らなくなり、私はぶつかった男子と責任の擦り合いを始めた。
この時本当は罪悪感もあり、すぐにでも謝らなければと感じていたのだが、他の男子も居る前で素直にそういう態度を取る事も出来ず、ひたすら責任転嫁の言動を繰り返していた。
そうしているうちに、二人の女子が先生を連れて戻って来て、私達男子は全員先生に怒鳴られた後職員室へと連れて行かれ、意中の女子は他の二人の女子と共に保健室へと向かった。
これ以降、私はこの女子からは本当に怖がられて避けられる様になり、私の方も近づけなくなってしまった。
今にして思えば幼稚過ぎる自分の行動に呆れる話であり、あの女子には本当に申し訳ない事をしたと思う。
長い長い一瞬の間にそこまで見た所で、一時停止していた落下は再開された様に、再び下方向へと落ち始めた。
次に見えたのは、夕暮れで西日の差す夏の日の中学校時代の教室で、部活が終わった後に相変わらずの道化師頭をした中学生の私は、一人で人を待っていた。
暫くして教室に入って来たのは、同じクラスの女子であり、私はその女子へと以前に告白していた。
そしてこの日は、女子から返事をするからと呼び出されて、ずっと待っていたのだ。
この女子は図書委員で成績も良く、眼鏡を掛けていて色白で長い髪を後ろで結んだ、クラスでは目立たない存在だった。
だが図書室で図書委員の仕事をしている時は、クラスでは殆んど外さない眼鏡を外し、結んでいた髪も解いていて、その時の姿を見て私は恋心を抱いた。
私は偶然にそれを目撃してからというもの、普段から本なんて読まないのに意味もなく図書室へ行ったり、読む気もない難しい本を、この女子が受付している時を見計らって、借りたり返したりしていた。
女子は教室へと現われた段階で、非常に申し訳ない気まずそうな顔をしていて、その時点で既に絶望的な結果は見えていたが、僅かな可能性に期待して私は返事を尋ねた。
すると女子は、一言ごめんなさいと言って深く頭を下げてから、他に好きな人がいると言われて、駆け足で教室を出て行った。
この後独り教室に取り残された私は、これから先の学校生活を考えて、酷く憂鬱な気分でこちら側の窓の外を見ていた。
この時はショックで項垂れていたが、これは後々になると、失恋で終わって良かったのではと思うようになっていた。
当時のまだ幼稚な私では、付き合ったとしても上手く交際は出来なかっただろうし、この女子の好きだった相手は、学年トップの成績を誇る上級生の生徒会長だったのだから、成績も性格も凡庸でしかなかった私ではどう考えても上手く行く筈が無い。
下手に付き合った挙句に見限られてショックでトラウマになるくらいなら、幼い頃の思い出は叶わなかった悲恋の方が美化出来て良い、そう感じていた。
しかしそれが判るのはまだ随分と先の事なのだが、と私は苦い思い出を噛み締めつつ、哀れな若かりし自分を見ていた。
そんな失意の負け犬と化している私と目が合った時、回想は終わって再び落下し始めた。
次に見えたのは、ある冬の日の昼休みの高校の教室で、高校生になっているピエロ頭の私は、窓際の席で男子の友人達と共に、購買で買ってきたパンを食べていた。
この日は男子生徒からすると、命運の分かれる日で、朝から貰った貰ってないだとか、貰える貰えないとか、話題はそればかりだった。
私や友人達は午前中が経過しても誰も入手しておらず、そろそろ皆強がって、自分は辛党だとか元々甘いものは嫌いだとか言いながら、どう見ても甘そうな菓子パンや弁当の卵焼きを食べていたり、仏教徒だから関係ないとか言い始めていた時だった。
そんな時に、廊下の扉の傍の女子から私の名前を呼ばれて、私はそちらを見ると、一つ下の下級生の女子が二人待っていて、一人は教室の中を覗きこんでこちらに手を振り、もう一人はその後ろに隠れる様にしながらこちらを見ていた。
私はその二人の所へと冷静を装いつつ、内心期待と緊張で訳が判らなくなりそうなほどに動揺しながら向かい、判っているくせに何か用と、格好つけて尋ねると、前に居たショートの女子がニコニコしながらくるりと回って、後ろの短いおさげ髪の女子の背中を押して、私の前に立たせた。
その女子は私と目があった途端に俯いてしまったが、耳が真っ赤になっているのが判って、私は小躍りしそうな程に嬉しかったのだが、優越感に浸りつつ平静を装い続けた。
俯いた女子は少し顔を上げてから私へと、受け取って下さいと言って紙袋を差し出して、私がそれを受け取ると、すごい勢いで走り去り、その後をショートの女子が追いかけて行った。
私は押さえ切れない勝者の証を手に、満面の笑みを浮かべて、亡者の様にこちらを睨んでいる、敗北者である仲間達の所へと戻ると、すぐに袋叩きにあったが、まるで痛みは感じなかった。
この日はずっと有頂天で帰宅したが、実はこれは仲間達の仕組んだ罠で、二人の女子は仲間の妹の友達に演じて貰ったのだと、家に帰って紙袋を開けた時にそれが判明し、私は天国から地獄へ堕ちたかの様なショックを受けた。
どうりであいつらその場で見せろと言わなかった訳だと、後になって気づいて余計に腹が立った。
休日だった翌日私は、報復する為に一日中走り回って仲間達を探し出し、笑い転げながら逃げ惑う仲間達へと、怒りの拳を振るったのを思い出す。
あのおさげの下級生が私のタイプだっただけに、怒りは倍増だった。
今にして思えば、それをきっかけに紹介してもらえば、良かったのではないかと思うのだが、当時はそこまで頭が回らなかったのが悔やまれる思い出だ。
へらへらして笑いながら仲間達に殴られている、まだ真実に気づいていない、無様な自分を見た所で回想は終わり、再び落下し始めた。
次に見えたのは、夏の暑い日の大学のサークルの部室で、大学生になっている道化師面の私は、午後からの講義までの時間を潰す為にここに来ていた。
私以外には誰も来ておらず、この部室唯一の冷房である古い扇風機を目の前に配置して、勝手に止まっては叩いて動かすのを繰り返していた。
そうすると、一年生の後輩の女の子が一人で部室にやって来た。
その子は今年の新人部員の中でも一番スタイルが良く、先輩達も含めて誰が最初に手をつけるかと噂になっていた子だった。
女の子は私に挨拶した後、午前中の講義が終わって、今日はもう何も予定がないので部室に顔を出したと、テーブルの正面の席に座りながら説明した。
私はその話を聞きながら、ずっとこちらを見ている女の子にどうかしたのかと尋ねると、実は私に話したい事があると言われた。
まだ講義の時間までは余裕があったので、私はその子に今なら聞けると伝えると、女の子は立ち上がって私のすぐ隣にしゃがんでこちらを見上げながら、頭を振ってここじゃなくて違う場所で話したいと言って来た。
隣の椅子は空いているのに、妙に近くでわざわざそんな真似をしたのはこの子の常套手段で、私はそれにまんまと引っ掛かり、視線は動く度に揺れ動く大きな胸の、かなりはだけた服から覗く白い谷間に注がれた。
顔は大して好みじゃないし、性格的にもそれほど好きではなく、体型はいわゆるぽっちゃり型で趣味でもなかったのだが、本能は正直で私の視界は一点に釘付けになっていた。
そして更に、予定が無ければこれから遊びに行かないかと誘われ、これは何かを期待しても良いのではと思い込んで、午後は暇だと答えてから、下心満々でこの子と一緒に部室を出て行った。
この後は夕方まで、買い物をしたりゲームセンターで遊んだりしていた間、ずっと腕を組まれたりして、かなりその気にさせられていたのだが、これも全ては彼女の強かな演出だった。
散々こちら持ちで遊んだ挙句に、夕食では好きな先輩がいると言い出したので話を聞くと、それは私と同期の友人の事で、その後は終始その友人に関する尋問で終わり、この日の投資が全て払い損になった上に、欠席した講義の単位まで落とす事になったのを思い出していると、それで回想は終わって、再び落下し始めた。
次に見えたのは勤務先のオフィスで、まだ一年目の新人である道化頭の私は、所属するプロジェクトで一人だけスケジュールよりも遅れており、進捗の遅れを取り戻そうと残業をしていた。
するとプロジェクトマネージャーである、女性の上司が出先の打ち合わせから一人で帰って来た。
私は挨拶をした後に、時間があるかを上司へと確認してから、仕様で良く判らない箇所について幾つか尋ねた。
それはどう考えても意味が判らなくて、自力では理解出来ない箇所であり、設計者の上司に聞くべきだろうと判断していた部分だった。
上司はその仕様を確認すると、それは古い仕様だと答えて、私に渡したのが前のバージョンの設計書だったと謝られた後に、最新の仕様書の格納場所を教えて貰った。
早速仕様書の内容を確認すると、気になっていた場所以外にも大分仕様が変わっていて、これは作り直しなのではないかと思っていたら、上司から心配そうな表情で結構変わってなかったかと聞かれた。
私は大丈夫ですと答えつつ、本当に大丈夫だったか今までの作業量と戻りを計算していると、上司からこの分の遅れはスケジュールを調整するから、気にしないでいいと言われた。
その後に、今回のお詫びじゃないけどこの後飲みに行かないかと誘われて、私はその誘いに応じて帰る支度をしてから、消灯して上司と共にオフィスを後にした。
これをきっかけにして、上司と付き合い始めた事を思い出すと同時に、この上司が最初に屋上で見たスーツの女である事にも気づいた。
どうして私は上司と屋上に居たのか、それを思い出そうとすると、再び落下し始めた。
次に見えたのは、これまでの流れから考えれば、予想出来た場所だった。
ただ今度は今までと違って、騙し絵の様な光景として再現されていた。
地面へと向かって落ちている筈のビルの壁面は、逆さまとなって上昇していたかの様に、私はビルの側面が途切れた屋上へと到達したのだ。
そこには私と上司の女が居て、上司の女は落下防止のフェンスの外側で、何かを叫んでいる。
私はフェンスの内側から何かを話しかけているが、強風で何も聞き取れない。
そのうち上司は泣き始めて、ふらふらと屋上の縁へと向かい、私は走り寄ってフェンスを乗り越えて、上司の腕を掴む。
そこで上司はその手を振りほどこうとして暴れ、私はその反動で体勢を崩し、前へとよろける。
その時、上司は私の体を押して、突き落とした。
私は地面が続いていて前へと進み出るかの様に、一歩前へと歩を進めて、そのまま前のめりになり、ゆっくりと落下していく。
この上司とは周囲には秘密で交際を続けて、それなりに上手くいっていたのだが、私が大学時代から付き合っていた恋人がいる事が発覚してしまい、それから上司の態度は豹変してしまった。
私は何とかして関係を取り繕おうと、話し合う為にここへと呼び出したつもりだったのだが、どうやら向こうは殺すつもりで来ていたらしい。
突き落とされて落下していく様にしか見えない自分を眺めながら、私は反対方向に当たる上空へと向かって落下して行った。
空へと放り出された私は、一体どうなるのかと思いつつも、自分の過去として見えた走馬灯の数々を思い出して、私の人生には女に絡む思い出しかなかったのかと落胆した。
天才や英雄的な活躍までは期待していなかったが、もっと劇的な人生の転機や、素晴らしい美談や、感動する出来事等が思い出されても良いのではとも思う。
これでは只の女好きな男の、哀れな自業自得の人生ではないか。
そんな風にへこんでいる時、この走馬灯への感慨は唐突に終止符が打たれた。
それは、あるべき地面への到達だった。
パイ生地が壁に思い切り叩きつけられるのに似た音と共に、私の体の後ろ半分が、歩道のアスファルトにめり込んでしまったかの様に、体が潰れて地面に張り付いていた。
感覚的には頭蓋骨は砕けて脳は潰れて、内臓もあらかた破裂し、四肢も何箇所も砕けて、轢かれた蛙の気持ちが良く判る、そんな気分だった。
唯一幸運だったのは、落ちた私とぶつかる寸前の距離で、歩いていた二人の女が助かった事だ。
私の最後の視界には、無言で冷静を装う動揺した女と、悲鳴を上げて動揺した振りをする冷静な女の、対照的な二人が映っていた。
第十八章はこれにて終了、
次回から第十九章となります。