第十八章 異変・異常・異界 其の三
変更履歴
2012/01/04 誤植修正 位 → くらい
2012/01/04 誤植修正 乗っていた、乗せた → 載っていた、載せた
2012/01/05 記述統一 変らなかった・変らずに・変った・変って → 変わらなかった・変わらずに・変わった・変わって
2012/06/13 誤植修正 女の子への持つ → 女の子の持つ
2012/06/13 句読点調整
2012/06/13 記述修正 結局混雑具合は変わらなかった → 結局混雑具合は変わらない
2012/06/13 記述修正 周囲は人まみれの場所だった → 周囲は人だらけの場所だった
2012/06/13 記述修正 何かを読んでいたり → 何かを読んでいるか
2012/06/13 記述修正 目を閉じたりしている → 目を閉じて眠っている様に見える
2012/06/13 記述修正 全て背中のランドセルに入っているのか → 全てランドセルの中なのか
2012/06/13 記述修正 ポケットの中の持ち物も確認してみると → ポケットの中も調べてみると
2012/06/13 記述修正 一切所持品は無いのが判った → 何も入っていなかった
2012/06/13 記述修正 自分がいる席とは反対側の方は、満員の車内では → 自分がいる席の反対側はと言うと、車内が満員なので
2012/06/13 記述修正 随分時間が経ったと思われる頃に → 随分時間が経ったと思われた頃に
2012/06/13 記述修正 このままずっと乗っていても → しかしながら、このままずっと乗っていても
2012/06/13 記述修正 降りるべきではないと判断していた → 降りるべきではないと感じていた
2012/06/13 記述修正 席を立ち上がった所だった → 立ち上がった所だった
2012/06/13 記述修正 地味な色合いの制服を着た → やはり地味な色合いの制服を着た
2012/06/13 記述修正 私へと上目遣いに → 私を見上げて上目遣いに
2012/06/13 記述修正 一目見てから目を背けると → 一目見てからすぐに顔を背けると
2012/06/13 記述修正 携帯ゲーム機を取り出して → 持っていた携帯ゲーム機で
2012/06/13 記述修正 私が進むべき場所へと → 私が向かうべき場所へと
2012/06/13 記述修正 何処にも進んではいないのではないか → 実は何処にも進んでいないのではないか
2012/06/13 記述分割 向かっているのかすら怪しい、若しかすると → 向かっているのかすら怪しい。若しかすると
2012/06/13 記述修正 私はダークスーツを着て → 今度はダークスーツを着て
2012/06/13 記述修正 私立の小学生の様な制服の児童と → 私立の小学生の様な紺色の制服を着た児童と
2012/06/13 記述修正 中学か高校生らしい制服の青年 → 黒の学生服やセーラー服を着た中学生か高校生
2012/06/13 記述修正 スーツ姿の成人 → ダークスーツ姿の会社員
2012/06/13 記述修正 老人や幼児は一度も見ていない → それ以上年齢が上の老人や年が幼い幼児や赤ん坊は、一度も見ていない
2012/06/13 記述修正 ねえ、と、何処にいるの、を → 『ねえ!』『どこ?』『どこにいるの?』を
2012/06/13 記述修正 私は後を追うべく → 私はすぐに女の子の後を追うべく
2012/06/13 記述修正 そして私の手が人形を掴んだ → そしてやっと人形を掴んだ
2012/06/13 記述修正 扉は開き、私の手は空を切り → 扉は開いてしまい、私の手は掴み損ねて空を切り
2012/06/13 記述修正 更に降りる人間の波に飲み込まれ → 更に降りる乗客の人波に飲み込まれ
2012/06/13 記述修正 赤い服の女の子を見失った → 赤い服の女の子を見失ってしまった
2012/06/13 記述修正 客達が降り切る前に → 者達が降りる人間を待たずに
2012/06/13 記述修正 乗り込む客に挟まれて → 乗り込む客に挟まれてしまい
2012/06/13 記述修正 最後は転倒した → 最後は突き飛ばされて転倒した
2012/06/13 記述修正 あれほど混乱していたホームからは、赤い服の女の子の姿は → 既に赤い服の女の子の姿は
2012/06/13 記述修正 誰一人居なくなっていた → 身動き出来ない程に混雑していたホームは誰一人いなくなっている
2012/06/13 記述修正 新たな動きがあった → 待ちに待った新たな動きがあった
2012/06/13 記述修正 その行動は取れずにいた → その決断を出来ずに躊躇していた
2012/06/13 記述修正 過去の失敗は繰り返さず → 過去の失敗を繰り返さず
2012/06/13 記述修正 外は窓ガラスが結露し → 窓ガラスが結露し
2012/06/13 記述修正 全く見えないが → 外の様子は全く見えないものの
2012/06/13 記述修正 外はかなり明るいのは判り、今は昼間であるのは → かなり明るいので今が昼間であるのは
2012/06/13 記述修正 間違いなさそうだと判った → 間違いなさそうだ
2012/06/13 記述修正 私は張り紙を手に取ろうと看板の前へと踏み出すと → 私は張り紙を手に取ろうとして看板の間近へと踏み出すと
2012/06/13 記述修正 『2059』と記されていて → 『2059』と記されており
2012/06/13 記述修正 看板の前へと → 看板の正面へと
2012/06/13 記述修正 ホームを呆けた様に眺めていた → 無人のホームを呆けた様に眺めていた
2012/06/13 記述修正 押しのけられた人間達は → 押し退けられた人間達は
2012/06/13 記述修正 ひたすら押しのけて後を追う → ひたすら押し退けて後を追う
2012/06/13 記述追加 すると視界は閉ざされて暗闇となり~
2012/06/13 記述修正 新たな事実は無いが → その間新たな発見も大して無く
2012/06/13 記述修正 各駅停車らしいと言う事くらいか → 各駅停車らしいのが判ったくらいか
2012/06/13 記述修正 電車は依然として変わらずに進み続けていて → 電車は依然としてのろのろと悠長に進み続けていて
2012/06/13 記述修正 乗り込んでいて → 乗り込んでいながら
2012/06/13 記述修正 目立った変化も起きないままに → こうして目立った変化も起きないままに
2012/06/13 記述修正 人間達なのに → 人間達ばかりなのに
2012/06/13 記述修正 車内アナウンスが掛かりそうなものだが → 車内アナウンスが流れそうなものだが
2012/06/13 記述修正 必ずや見つけ出して捕まえて → 必ずや見つけ出してこの手で捕らえ
2012/06/13 記述修正 あれがこのおかしな召喚の答えに繋がる → 何故ならあれがこのおかしな召喚の答えに繋がる
2012/06/13 記述修正 個別の判断がつかない → 個々の違いが判らず見分けがつかない
2012/06/13 記述修正 ずらりと立ち並んでいる → ずらりと立ち並んでいた
2012/06/13 記述修正 真っ赤なワンピースの女の子で → 真っ赤なエプロンドレスを着た小さな女の子で
2012/06/13 記述修正 目の前の二人のサラリーマンの → 目の前に立っていた二人のサラリーマンの
2012/06/13 記述修正 これはつまりもうすぐ目的地或いは → もうすぐ目的地か或いは
2012/06/13 記述修正 私はその反対側の席を確認すると → 私はすぐに反対側の席を確認すると
2012/06/13 記述修正 学生服の高校生だった → 学生服姿の高校生であった
2012/06/13 記述修正 全く違う物なのでは無いのか → 全く違う物なのではないのか
2012/06/13 記述修正 乗り込んで来ない → 乗り込んで来ないのは何故か
2012/06/13 記述修正 この世界にはそんな人間は → この世界には私が認識出来るまともな人間は
2012/06/13 記述修正 いつしか私は睡魔に襲われてしまい → この殆んど変化の無い状態を繰り返しているうちに、いつしか私は睡魔に襲われてしまい
2012/06/13 記述移動 今睨んでいるサラリーマン風の男は~
2012/06/13 記述修正 今睨んでいるサラリーマン風の男は → 私が落ち着かずに辺りを見回しているのが気になったらしい、こちらを見た隣のサラリーマン風の男もやはり
2012/06/13 記述削除 明らかにこちらへと顔を向けて鬱陶しそうに睨んでいる、それは判るのに
2012/06/13 記述修正 利用出来る物でも入っていないかと → 鏡かその代わりになる物でも入っていないかと
2012/06/13 記述修正 少し動くだけで隣の人間とぶつかってしまい、その相手から → 少し動くだけで先程のサラリーマンとぶつかってしまい、
2012/06/13 記述修正 吊革に掴まる皆同じ様な服装の社会人や → 立って吊革に掴まっているのは全員同じ様な服装の、ダークスーツ姿の社会人や
2012/06/13 記述修正 皆携帯を弄っていたり → 誰もが携帯を弄っていたり
2012/06/13 記述修正 先程とは逆隣の → 今度は先程とは逆隣の
2012/06/13 記述修正 これの目的は何なのか → この召喚の目的は何なのか
2012/06/13 記述修正 ここに座っているのか → ここにこうして座っているのか
2012/06/13 記述修正 と言うよりも → と言うより
2012/06/13 記述修正 あの手にしている人形、あれに用があるのだ → あの子が手にしている人形に用があるのだ
2012/06/13 記述修正 今は午前中なのかも知れない → 今はまだ午前中か正午過ぎくらいなのかも知れない
2012/06/13 記述修正 これが終わる条件は → これが終わる条件を満たす為には
2012/06/13 記述修正 どうしても → まるでマネキンの列でも見ているかの様にどうしても
2012/06/13 記述修正 シートの終わりにある網棚の支柱は見えない → 扉がある筈のシートの終わりは見えない
2012/06/13 記述修正 やがて眠りに落ちた → やがて私は眠りに落ちていく
2012/06/13 記述修正 さほど時間を待たず → さほど時間を置かず
2012/06/13 記述修正 駅の状態を確認したかったのだが → 駅の状態を確認すべく努力するも
2012/06/13 記述修正 静寂が訪れた → 閑散とした静寂が訪れた
2012/06/13 記述修正 この成長の意味は何だろう → この成長とは何を意味しているのだろうか
2012/06/13 記述修正 ここにはただホームだけが → ここはホームだけが
2012/06/13 記述修正 存在している場所だった → 存在している場所であるのが判った
2012/06/13 記述修正 何としてもあれを捕まえたい → 何としてもあれを捕まえなくてはならない
2018/01/21 誤植修正 そう言う → そういう
2018/01/21 誤植修正 そう言った → そういった
目を覚ますと今度は一転して、周囲は人だらけの場所だった。
一定のリズムで揺れる長椅子には左右に密着してスーツ姿の男が座り、目の前にもダークスーツ姿のサラリーマンやOLが、こちらを向いてずらりと立ち並んでいた。
しかし誰一人として会話はしておらず、何かを読んでいるか何もせずに目を閉じて眠っている様に見える。
定期的な揺れと同時に、常に一定のガタンゴトンと言う音も下から聞こえていて、やはりここも良く知る場所である乗り物の車内であるのが判った。
私は湧いてきた記憶から察して、背後を振り返れば窓があってそこから外が見える筈だと思い、後ろを振り向いた。
そこには想像通り一面大きな窓があったのだが、窓ガラスが結露し曇っていて外の様子は全く見えないものの、かなり明るいので今が昼間であるのは間違いなさそうだ。
私はここで、自分の視界が左右に座っている人間の頭部よりもかなり低いのに気づき、自分の姿を確認してみると、紺色のジャケットと同じく紺色の半ズボンを履き、黒いランドセルを背負った子供であるのが判った。
念の為衣服のポケットの中も調べてみると、全てランドセルの中なのか、何も入っていなかった。
この後もう一度改めて周囲を確認すると、まず私は車両の中央のシートの真ん中に座っているらしく、私の位置からは扉がある筈のシートの終わりは見えない。
自分がいる席の反対側はと言うと、車内が満員なので立っている人間が邪魔で見通しが利かない。
立って吊革に掴まっているのは皆同じ様な服装の、ダークスーツ姿の社会人や、暗い色調の制服を着た学生、更には吊革に手が届きそうもない、自分と同じ様な制服姿の子供もおり、誰もが携帯を弄っていたり、本や新聞を見ていたり、音楽を聴いていたりしている。
しかし不思議な事に、まるで猿山の猿でも見ている様で、その人間達の顔はどれも同じ様にしか見えず、個々の違いが判らず見分けがつかない。
後ろを向いている者もいるが、こちらを向いている者達の誰の顔も隠されている訳ではなく、仮面を被っている訳でもない、ちゃんと人間の顔として認識していて、何一つおかしな点は無いのも判るのだが、まるでマネキンの列でも見ているかの様にどうしても個体差が判らないのだ。
私が落ち着かずに辺りを見回しているのが気になったらしい、こちらを見た隣のサラリーマン風の男もやはり、何故か顔の特徴は認識出来なかった。
一体どう言う事なのかと疑問を抱きながら、自分の顔も彼等の顔と同様に認識出来ないのかと疑問に思い、背負っているランドセルの中に、鏡かその代わりになる物でも入っていないかと探そうとしたのだが、座っているシートの場所に余裕がなく、少し動くだけで先程のサラリーマンとぶつかってしまい、無言で睨まれてしまった。
これでは一度席を立たなければ、ランドセルを下ろすのは無理だと悟り、自分の顔を確認するのは諦めて元の姿勢に戻った。
それにしても、この電車は何処へと向かっているのだろう、それに今は朝の出勤や登校時間帯なのだろうか、それとも夕方の帰宅時間帯であろうか。
どちらも未だはっきりとは判らないが、電車である以上は何処かの駅へと向かっている筈であろうから、駅に着けば何かが判るかも知れない。
今回も前回や前々回の、召喚らしからぬ召喚と同様であるのは間違いなく、今度こそは過去の失敗を繰り返さず、あの道化師を模した物を見逃さずに、必ず捕まえると心に誓っていた。
何故ならあれがこのおかしな召喚の答えに繋がる、何らかのヒントになっているのではないかと思われるからだ。
今回はまともに動ける体の様だし、必ずや見つけ出してこの手で捕らえ、この妙な召喚の仕掛けを暴いてやろう。
私はそう考えつつ、定期的な音だけが響く無言の車内を眺めて、その時を待ち受けた。
電車は徐行運転なのか相当遅い速度でしか進んでいない様で、それも暫く走ると速度は落ちて停止してしまい、また暫くすると進み出すのだが、それも長くは続かずにまたしても停止するのを繰り返していた。
こんな時は普通、状況を説明する車内アナウンスが流れそうなものだが、そういったものは一切なく、依然として車内は無言のままで、停車時には何か唸っている様な機械の動作音だけが聞こえている。
周囲の人間達の中にも、窓の外を見ようとしたり周りの様子を見たりする者もいたが、それ以上は特に何をするでもなく、元の状態や作業へと戻って行く。
時計すら無いので、そんな状況がいつまで続いたのか判らないが、随分時間が経ったと思われた頃に、遂にここで初めて車内アナウンスが聞こえて来た。
それは次の駅への到着を告げるもので、駅名も明確に発していたのだが、どうしてか私にはそこだけが良く聞き取れなかった。
放送からさほど時間を置かず、徐行していた電車は動き出して駅へと入り、ホームで停車した。
車内の乗客は周りの人間と押し合いながら、私のいる席側とは反対側へと流れて降りた後、降りた人数と同程度の新たな乗客が乗り込んできた様で、結局混雑具合は変わらない。
入れ替わったのは大体一割程度だと思うのだが、配置が変わったからなのか同じ様にしか見えない人間達ばかりなのに、車内は想像以上に入れ替わっている様に見えた。
この停車時に何とか駅の状態を確認すべく努力したものの、人の壁は殆んど途切れる事無く、結局駅の様子は見れずに電車は発車した。
この後も電車は断続的な徐行を繰り返して、かなりの時間をかけて次の駅へと到着した。
この駅でもある程度の人間が入れ替わり、また満員状態に戻って駅を出発する。
新たに乗り込んで来るのも代わり映えのしない、同じ様な地味な色合いの大人や子供だ。
相変わらず駅の様子も見えないし、車内アナウンスも駅名は聞き取れない。
停車した駅がどうなっているのかは、降りてみれば判るのだろうが、この段階で降りても良いものかどうかが判らず、その決断を出来ずに躊躇していた。
しかしながら、このままずっと乗っていても良いのかも判っていないので、確率としては五分五分とも言えるが、電車の行き着く先に目指すものがあるような気もして、今のところは未だ降りるべきではないと感じていた。
こうして目立った変化も起きないままに、電車は次の駅へと向かってゆっくりと進んで行く。
この殆んど変化の無い状態を繰り返しているうちに、いつしか私は睡魔に襲われてしまい、いつの間にか眠ってしまった。
体への衝撃で目が覚めると、丁度駅に着いて隣の席のサラリーマンが立ち上がった所だった。
どうやら私は、そのサラリーマンに寄り掛かって、すっかり眠ってしまっていた様だ。
慌てて周囲を確認すると、今までと同様の乗客の入れ替わりで、降りる乗客と車内に残る乗客とで押し合いをしていた。
しかし何かが違って見える気がして、それを考えていると、私の隣にランドセルを背負った小学生が座った。
私は何も考えずに、やはり地味な色合いの制服を着たその子供を見下ろしていたのだが、こちらの視線に気づいた相手は、私を見上げて上目遣いに一目見てからすぐに顔を背けると、持っていた携帯ゲーム機で遊び始めた。
ここで私は違和感の正体に気づいた。
私は眠る前までは子供であり、左右のサラリーマンと比べてもかなり小さかった。
当然今回隣に座った小学生とは、同じ様な高さの視線になる筈なのに、どうして私は見下ろせるのか。
自分の所持品を確認しようとすると、背負っていた筈のランドセルはなく、服装も黒の学生服であり、膝の上にはスクールバッグが載っていた。
これはどう言う事なのか、眠っているうちに成長したとでも言うのだろうか、そんな事は普通であれば在り得ないのだが、現状では何がどうなってもおかしくはない状況とも思え、この現象に対してどう対処するべきかが判らない。
電車は依然としてのろのろと悠長に進み続けていて、それ以外には周囲にも目新しい変化もなく、ただ大勢の乗客が乗り込んでいながら、誰も何も発せずに電車に揺られ続けている。
私はこの状況について、改めて考え始めた。
そもそもこれは召喚なのか、召喚であるならば召喚者は何処にいるのか、この召喚の目的は何なのか、そして私は何をする為にここにこうして座っているのか。
召喚ではないとすると、この状況は一体何なのか、過去二回の召喚じみたものとの関連性は何かあるのか、これが終わる条件を満たす為には何をどうすれば良いのか。
それらの疑問を抱きつつも、何か行動を起こすべきなのかの確信を得る事が出来ず、何も決断出来ないまま座り続けていた。
その後も電車は幾つかの駅へと止まり、そして通り過ぎた。
その間新たな発見も大して無く、敢えて言うならこの電車は各駅停車らしいのが判ったくらいか。
もうかなりの時間が過ぎている気がするのだが、夕暮れに近づく様な雰囲気はなく、窓からの光は明るく日は高い様子から、今は午前中か正午過ぎくらいなのかも知れない。
だがそれにしては、もう数時間は経過している様に思えるのだが、一向に通勤通学客であろう乗客が減らないのはどう言う事なのか。
依然として全てが判らぬままに電車は進み続けていて、私は次々と湧き上がる疑問と疑念の渦中に飲まれていた。
この電車は私が向かうべき場所へと進んでいるのだろうか、いや、何処かへと向かっているのかすら怪しい。
若しかすると円環状の周回路線を延々と回っているだけで、実は何処にも進んでいないのではないか。
乗客についても私の疑念は向けられた。
これほど多くの人間がいるのに、個別に認識出来る人間は一人として乗り込んで来ないのは何故か、と言うかこの世界には私が認識出来るまともな人間は存在しないのではないか、更に言えば、この周りにいる彼等は本当に人間なのか。
外は明るいから昼間だと判断したが、それすら信憑性は殆んど無いし、今乗っているのは本当に電車なのかどうかも、私の想像でしかない、本当は全く違う物なのではないのか。
全ての推測が揺らぎ崩れ始めてしまい、その所為か私は眩暈に似た目の前が暗くなる感覚を感じて、頭を抱えてスクールバッグに顔を埋めた。
すると視界は閉ざされて暗闇となり、望郷の念と言う訳ではないだろうが多少は精神が安らぐ気がした。
そうしているうちに意識は薄らぎ、やがて私は眠りに落ちていく。
またしても体への衝撃で意識を取り戻すと、電車は駅に着いていて、今度は先程とは逆隣のサラリーマンが席を立った所だった。
私はすぐに反対側の席を確認すると、そこに座っていたのは見覚えのある携帯ゲーム機で遊んでいる、学生服姿の高校生であった。
急いで自分の姿を確認すると、今度はダークスーツを着て鞄を膝に載せた、サラリーマンになっていた。
またもや、眠っているうちに体が変わってしまった。
体の変化のタイミングには、何かが起こっているのではないかと疑っていたのもあり、私は眠ってしまった事を強く悔やんだが、もう過ぎてしまった事をどれだけ悔やんでも始まらない。
隣のゲームをしている高校生も、私と同様に姿が変わっているのは、多分私が眠っている間に入れ替わったのではなく、同一人物が成長して姿が変わったのではないかと思えた。
そういう意味では、乗り降りしている乗客に比べて、それ以上に入れ替わっている様に感じていたのは、この様な変化が他の乗客にも起きていたからだったのか。
この成長とは何を意味しているのだろうか、乗り降りしている人間は子供から大人まで混ざっていたから、成長すると降りる訳でもないらしい、どうも良く判らない。
ただしこの車内での人間の種類は、私立の小学生の様な紺色の制服を着た児童と、黒の学生服やセーラー服を着た中学生か高校生、ダークスーツ姿の会社員、この三種類しかおらず、それ以上年齢が上の老人や年が幼い幼児や赤ん坊は、一度も見ていない。
つまりこれ以上私自身は成長しない筈で、もうすぐ目的地か或いは、終着地点が来るのではないかと思えて来た。
私はそれを期待しながら、新たな最後の変化を待ち続けた。
またも幾つもの駅を過ぎて、そろそろ次の駅へと到着する車内アナウンスが流れた後、待ちに待った新たな動きがあった。
まだ駅に近づいてはいないが、誰かが車内を移動し始めていて、その人間の声が聞こえたのだ。
それは小さな子供の声で、『ねえ!』『どこ?』『どこにいるの?』を何度も繰り返して呼んでいるらしく、その声が段々と私の所へと近づきつつあり、それと同時に立っている人間は、押されて波打つ様に僅かに動く。
車内中央を大人の足を縫う様に進んで来たのは、真っ赤なエプロンドレスを着た小さな女の子で、私の前に差し掛かった時、目の前に立っていた二人のサラリーマンの体の隙間からこちらを見て、立ち止まった。
「あ、****、みぃつけた!」
赤い服の女の子は、まるでかくれんぼの相手を見つけたかの様に、私の名前だと感じた聞き取れない言葉を発して笑うと、はしゃぐ様な笑い声を上げながら、また進み出してそのまま通り過ぎて行く。
最初は保護色になって判らなかったのだが、女の子は小さな胸に両手で抱きしめる様にして、縫いぐるみの人形を一つ持っていた。
それは私が捜し求めていた、あの紅白の道化師の姿をした人形だった。
私はそれに気づいて、すぐさま立ち上がって女の子を捕まえようとしたのだが、手を伸ばしても女の子には届かず、待てと言う私の声には反応せずに、女の子は更に進んで遠ざかって行く。
私はすぐに女の子の後を追うべく、目の前のサラリーマンを押しのけて立ち上がろうとしたが、丁度ブレーキをかけた所で、立っていた人間が雪崩を打って押し寄せて来てしまい、思う様に空間が確保出来ず移動もままならない。
小さな女の子は身を屈める様にしながら、足の隙間を進んでおり、成人の体となっている私ではそれは真似出来ず、こちらは立ち塞がる人間達をひたすら押し退けて後を追う。
私に押し退けられた人間達は、皆不快な表情をしているのが判ったが、今はそんな事は知った事では無い。
こんな、人間なのかどうかも判らない奴等よりも、あの女の子、と言うより、あの子が手にしている人形に用があるのだ。
何としてもあれを捕まえなくてはならない、私はそれだけを考えて、顔の区別出来ない人間達を押し退けて進み続けた。
そうしているうちに電車は駅へと到着し、降りる乗客達は開く扉へと集まり出した。
この時赤い服の女の子は、その降りる客の流れに巻き込まれて、開く扉の前で身動きが取れなくなっているのが見えた。
力ずくで目の前の人間を押し退けながら、女の子の持つ人形へと、私は手を伸ばした。
そしてやっと人形を掴んだ、と思えた一瞬前に扉は開いてしまい、私の手は掴み損ねて空を切り、更に降りる乗客の人波に飲み込まれ、赤い服の女の子を見失ってしまった。
まるで波に攫われるかの様に押し出されて駅へと降ろされると、今度はすぐに扉の左右で待っていた者達が降りる人間を待たずに乗り始めて、私は降りる客と乗り込む客に挟まれてしまい、ぐるぐる回った挙句最後は突き飛ばされて転倒した。
その混乱が収まり電車が発車してから起き上がると、既に赤い服の女の子の姿は消えていた、と言うか女の子だけでなく、身動き出来ない程に混雑していたホームは誰一人いなくなっている。
あれほどいた降りた乗客は何処に消えたのか、ホームを見渡しても改札へと向かう階段や通路は見当たらず、ここはホームだけが独立して存在している場所であるのが判った。
走り去る電車が遠ざかると何の音もしなくなってしまい、先程までは考えられなかった閑散とした静寂が訪れた。
私は何がどうなっているのか理解出来ずに、無人のホームを呆けた様に眺めていた。
すると中央付近に見える駅名を記した看板が目に入り、とりあえず駅名だけでも確認しようと思い、看板の正面へとやって来た。
錆びた看板には大きく『2060』と記されていて、進行方向には『2061』、逆方向には『2059』と記されており、それ以外には何も書かれていなかった。
ただ看板の下の所には、張り紙が貼られているのだが、字が小さいのと風で紙が揺れていて、記載内容を読む事が出来ない。
この張り紙の内容が気になって、私は張り紙を手に取ろうとして看板の間近へと踏み出すと、何故か足は地面を踏む事無く沈み込み、体は前のめりに倒れて足と同様にホームの地面に吸い込まれる。
ホームの下へと自由落下し始めた体は反転し、それと同時に世界は切り替わった。




